「意思決定とは」

ホーソン実験というものがある。これは産業心理学において極めて有名な実験で、労働生産性についてのこれまでの概念を転換するものだった。

労働生産性を上げるには、誰もが実施できる統一化されたマニュアルの元で働くことで実現されると考えられていた。例えば自動車のライン工事での労働のように、労働者はライン上にそれぞれ決められたマニュアルの元で部品を組み立て、決められた意思決定、と範囲内で仕事をすることが効率化の最適解であるとされた。この理論を提唱したのがフレデリック・テイラーでありこれはテイラー理論とも、科学的管理法とも呼ばれた。そしてこの理論の実践者で成功者でもあったのが巨大自動車企業であったフォードである。

だがホーソン実験ではこうした科学的管理法だけでは生産性は上がらないことが示された。人はやりがいや自尊心、社会的承認、自己実現など内発的動機によっても大きく効率性を左右される。また人間関係なども大きな要素である。現在では単純に人材を管理するだけでは業績は上がらず、人材を組織に留めておくことができないことも分かっている。

要は働くことにおいて私たちに大きな影響を与えているのは、外的な資源や刺激ではなく内発的な働きによるものが大いにあるということだ。端的にいうならば人間関係であり、そこから派生するコミュニケーションの在り方である。

組織の中において、様々あるコミュニケーションの型で最も重要なものは「意思決定」である。どのようにして適切な意思決定をすべきなのだろうか。

意思決定には、共通する3原則があるという。


1.正しい考え方をすること:組織は意見の相違を容認し、それが事実に基づき個人的なものでない限りは場合によっては奨励する。


2.一人の人間に質の管理を任せるのではなく、担当者を持ち回りにする:他者の批評を行う部内者は「社内政治のための資産」を失いがちになるため、チェックリストを作りこうしたデメリットを減らす。


3.多様な意見やスキルをプロセスに取り入れる:内部に特別チームや部外者を意思決定プロセスに参加させる。競争優位性を高める源泉になる。


以上が共通3原則である。まず判断すべき事柄に対して、正しく考えアプローチを取ることである。また責任の所在を明確にすると同時に、組織内で特定の個人が今後働く上での有利な経営資源を減らさないためにも、その責任者は平等に割り当てられるべきである。そして、そのライン上には多様な意見や価値観がなるべく反映されるようにするべきである。

これらは、「組織全体の意思決定を改善する」ことに役立ち、さらに「個人の努力を超えて意思決定の質を管理する」ことができるのだ。



意思決定といっても、判断するのは人間でありそのプロセスに関わるのも人間である。経営学の本やビジネス書を最近何冊か読んでいるが、大切なことは理論やテクニックに拘泥することではない。結局どの理論も土台となるのは人間同士の関係であり、その基本は基礎的信頼関係が築かれているか、あるいはどう築いていくべきなのかという点である。それがなければどんなに優れた理論もテクニックも形なしである。いうならばフェラーリを持っているけれどもライセンスなし、の状態とでも言おうか。

こうした信頼関係の構築は、まず自らが組織内で価値あるべき存在として認められ、またそのように扱われているという実感がなければならない。

さらに「物事に関わったと感じるためには、自分の意見に耳が傾けられ、理解されなければならない」当然議論において、「全ての立場が通ることはないが、どんな意見でも適切な答えを導く上で役立つもの(アンディ・グローブ)」であるとの認識を1人1人が持つべきなのだ。


「発言したところで、全く考慮をされないと、かえって害になることが多い。最終決定を認めるどころか、怒りやフラストレーションの源になる。参加者が意思決定プロセスはごまかしに過ぎず、単にリーダーの望む解決策を有効にする手続きと感じているとすると、実行する段階になってもモチベーションは上がらないだろう」


組織内の判断は、内容にもよるが時として曖昧なものにならざるを得ないものもある。そこで重要なのは、「曖昧さを認めながらも対立をあえて奨励する毅然とした態度、議論を終了すべきかを察知する能力、自らの選択理由を説明する忍耐力があるかに求められる」だろう。


「相談時には多様性、実行時には統一性を求める」


これはインテルのCEOの言葉だが、これは極めて重要なことだと思う。

意思決定のためのコミュニケーションの間口は、限定されるべきではない。多様な意見や価値観を募る姿勢そのものが、一つの明確なメッセージとなり、構成員の信頼に寄与する。初めから身内で固めて下される意思決定など、実行するに値しないと思われてもやむを得ない。

また意思決定力の問診票ともいうべき基準もある。



1.その意思決定は適切なものだったか。

2.然るべきスピードで決断したか。

3.それはきちんと実行されているか。

4.然るべき人たちが関わっていたか。

5.以下の点ははっきりしていたか。

a.誰が解決策を提案したか。

b.誰が助言したか。

c.誰に最終決定権があったか。

d.誰が実行責任を負ったか。

6.意思決定の役割分担・プロセス・期限は守られたか。

7.その意思決定は事実に基づいていたか。

8.異論や反証があっても、最終決定権の所在は明らかだったか。

9.その意思決定者は、社内の然るべき職位の人物か。

10.業績評価基準やインセンティブは正しい意思決定を促すものか。



いずれにしろ、正しい意思決定を促すものは適切なやり方で築かれた確かな人間関係と信頼、スキルに拠っている。

うまくいっていない組織は、テクニックではなくそれよりもっと初歩的な部分で大きく躓いている。信頼関係の欠如あるいは毀損である。これに気づいていないエグゼクティブは多い。それには自らがその躓き、末端にまで目線を合わせていく度量の深さと謙虚さが必要になるが、そうした管理者はなかなかいない。成功した管理者に、コミュニケーションが上手い人や人望が篤い人が多いのは、テクニックや理論の前に、目の前の相手との確かな関係性が必須であることを知っているからだ。これを知らない、認めたくない人間ほど目先の理論やテクニックに走って自らを大きく見せようとする。

経営とは、そこで働く人たちの維持管理をいかにするかが基本であると思う。そして、末端にまで明確なメッセージをいかに伝え、実行させるかが重要なのである。意思決定とはその応用であり、その前段階で躓いているようなら、適切な意思決定などあり得ない。




引用:「意思決定の教科書」ハーバード・ビジネスレヴュー

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