私の中の美

私は美しいものが好きだ。時間とお金をかけて見るものは美しいものでないと嫌だし、そうでないものには時間もお金もかけたくないと思っている。

人間の顔から始まって、音楽や絵画、文章も美しいものであれば好きだし、嬉しい。そこで、ふと疑問が湧く。なぜ私は美しいものが好きなのだろうか。

これについては、ちょっと自分の不愉快な面を深掘りせざるを得ない。

私は美しくない。というか、醜い人間であると思う。美しいものを求めるのは、自分が醜い存在であることを嫌というほど知っているからだと感じている。

美しいものは自分の存在とは対極的にある。だからそれは欠乏の意識化であり、渇望の精神でもある……というようなことを三島由紀夫だったか、何かで読んだ記憶がある。

これについては凄く納得できることで、自分に無いものに対する憧れといえばいいのだろうか。これは強烈な劣等感と背中合わせのものだと、最近は感じている。

とにかく、私は「美しいもの」が大好きだ。

でも、その美しいものとは何なのだろうかと疑問に思った。分かりやすい例は絵画の好みで、単に調和の取れたものを「美しい」と私は見做していないことも考えると分かってきた。

それらを絵画を材に取って概観してみたいと思う。


1.マニエリスム

私にとって、美しさの萌芽を感じるのはルネサンスの時代である。解剖学の発展を背景にした写実的な人体の描写は美しい。それを歪に推し進めたマニエリスムの「美」というものに私は惹かれる。

エル・グレコの引き伸ばされた人体と、過剰な色使いが大好きだ。同じマニエリスム期の芸術家でも、パルミジャニーノは好きになれないから不思議である。エル・グレコは乱視だったとも言われているが、あの引き伸ばされてよじれたよう人体には血の通っていない冷たい美しさを感じる。

美しいものは冷たく思える時がある。

暖かなものに、私はあまり「美しいもの」を見出さないようだ。


2.権威の美

私は印象派が好きではない。画題でも、神話画や歴史画を好んで見る。写実的で、古典的なものが基本的に好みである。私の理想の裸婦像は、ウィリアム・ブグローの表現に帰結する。「玉ねぎ」のような滑らかな染みも皺もない滑らかな裸体が大好きである。極端に理想化され、「完璧」に美しく表現されたブグローの絵画が私の理想である。

マニエリスムの美とは、微妙に異なったものも好んでいる点がちょっと面白い。過剰なまでの美化と理想化。美しいものは完璧であり、完璧なものは美しい。それを体現しているような、一方では権威主義的だと受け取られかねない「美」も私は好きなのだ。


3.不安定な美

だが私は形の整ったものだけを、好きでいるわけでもない。オディロン・ルドンの生理的な嫌悪や不安を催させる美しさも結構好きである。オーブリー・ビアズリーの繊細な線描や、ムンクの不安を呼び覚まされる色使いやテーマも好きだし、美しいと思う。

人間の無意識というのは、醜悪であるからこそ多分美しくあれる。人間のそういう嘔吐を催させるものを切り開いて見せるような美しさ…(万人受けするものではないだろうが) の表れも好きである。不安や無意識、病、狂気というのはわたしの好きなモティーフであり世紀末芸術に見られる特有の「病んだ」表現、そして美しさもまた一つの「美」であると思う。

「調和の取れているものでないと美しいものとはいえない」というのは「美人でなければ女優とはいえない」と宣うのと同じように、無粋なことであると思う。演技が上手ければ、別に顔の造形は「女優」たり得るのに絶対的な要素なんかにならないと常々思っている。

私の中でも、美しさは同じような意味合いを持っているのかもしれない。造形の美しさも大切だけれど、それは絶対的な要素でもない。凄絶な美しさは完璧であるが故に不安定だし、侵されている。自分の存在を不安にさせるような美しさに、怖いもの見たさなのか惹かれる。

それは、より深く内面の世界へ潜っていくための切符のようなものなのだろうか…。


私が美しさを見出すものは、個々ではばらばらでまとまりがなく、対極的な形を取っているようにも思えなくもない。

だが、私の中では地下水脈で繋がっているように思える。

あえて二項対立に落とし込んで考えてみる。ブグローに見られるような完璧な美というのは「明」であり、ルドンに見られるような美は「暗」に、私の中では落とし込まれている。ちょうどその中間、微妙な空間にエル・グレコの描いた「よじれた人体」が存在している。

表面に現れている部分は、古典的で写実的な美しさ。だがその内面は狂気や不安、生理的嫌悪を催させる仄暗いものを内包している。私の中の「美しいもの」は光を抱えているようで、暗い、蒙い……。

私の中の美とは、多層的で幾重にも重なる存在であるのだろう。ブグローもルドンも同じ地下水脈で繋がっている。

美しいもの、万歳。



人間は美をもっぱら遊ぶべきであり、また美とだけ遊ぶべきである。


シラー

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