「スマホは若者の心に有害か?」 C.フローラ


日経サイエンスで面白い記事を見つけたので紹介したい。私もまだ「若者」と分類される中にあって、「スマホは若者の心に有害か?」というテーマには関心をそそられる。

よく最近の若者はスマホに依存することによって、精神的・社会的に弱くなっているという指摘が見られる。最近の調査では、確かに若者がスマホの使用によって、うつや不安、非社交的になりやすいことは指摘されている。だが両者に相関関係があることが分かっているだけで、スマホそのものが脳の発達及び行動にどう影響しているかははっきりと分かっていない。またソーシャルメディアも、10代の精神的な健康問題の原因とされているがアプリ使用による睡眠不足なども関与しており、スマホそのものの影響とは区別する必要がある。こうした技術的なものに、若者が直面する貧困や社会的な問題 (家庭問題やいじめ、景気後退など)の原因を求めることは簡単であるが、どうなのだろうか。

ざっと記事を概観していく。



昔から、若者 (ティーンエイジャー)ほど悪く言われる世代もないだろう。曰く、今の10代はデジタル機器の影響下で育ち、うつ傾向があり、不安感が強く、社会性に乏しく、注意散漫である……などなど挙げればキリがない。

サンディエゴ州立大学のトウェンジ (Jean Twenge)心理学教授らが2017年に発表した調査によると、10代は飲酒・セックス・妊娠・車の運転・デート・仕事を以前の世代と比べてしていない。表向きは好ましいようなこれらの傾向は「若者が大人になりたがらない」憂うべきものを示しており、最終的にはマイナスであると指摘している。またこのような状況下の要因に「スマホの使用」を挙げて「私たちが若者に与えた機器が彼らの生活に深刻な影響を及ぼし、深刻な不幸をもたらしている」と述べている。

またマサチューセッツ工科大学の臨床心理学者タークル (Sherry Turkle)も、「電子によるコミュニケーションは本質的に分断され孤独なものであるため大人も若者も互いを理解し気遣う能力を失いつつある」と論じている。


だが、このスマホ世代…ミレニアル世代後半とその後のZ世代は特にダメになっているわけでもない。スマホは明白で分かりやすい被疑者ではない。先述したトウェンジが注目した時期と同じ時期に若者のメンタルヘルスの改善も見られた、とテンプル大学のスタインバーグは指摘する。トウェンジ自身も共著者とともに、今日の10代は以前の同世代と比べて幸福で満足度も高いと指摘している。このような傾向について分析することは難しい。研究者はそれぞれ異なる方法を用いて心の健康の異なる面を見ているからである。


10代特有の適応力の高さそのものも、彼らを脆弱にしている。思春期は脳の可塑性が高まり、神経の再配線が起こりやすくなる。成人期に入ると脳の構造をつなぐ窓が閉じ始め、行動が固定化していく。つまり、「頭が柔らかい時に経験したことは何でも脳に影響する可能性がある (スタインバーグ) 」のだ。子どもの脳は様々なものから影響を受けている。スマホのみが重要というわけではないが、多くの時間を費やしたものが脳に大きく影響することも確かだ。これらの研究はまだ始まったばかりであり、スマホがどれくらい10代の精神に影響を与えるかは、彼らが「どのように使い、何をしなくなり、どんな社会状況で使うか」にかかっている。


また10代は報酬に敏感な時期である。こうした特質とソーシャルメディアの「いいね」に対する脳の反応を調べた結果、被験者は「いいね」の沢山ついた写真を「良い」と思う傾向が強く、その時社会的認知に関わる脳領域と視覚的注意に関わる脳領域の両方の活性化が起こっていた。また自分の投稿した写真に「いいね」が沢山つく時には報酬に関わる「腹側線条体」という脳領域が反応した。ソーシャルメディア上の「いいね」は、本来の報酬ではないが、「社会的な報酬」を示すことを学習しているのだ。


スマホの使用やソーシャルメディアが若者の心や行動に与えている影響についての文献は増えているが、いずれも相関関係を示すものにとどまり、因果関係までははっきりとしない。うつ状態や不安との関係がわずかに一貫して相関関係が見られるものにとどまっている。カリフォルニア州立大学の心理学者ローゼンも、「すでにうつ状態や不安を抱えている子どもが他の子よりもスマホに向かう傾向が強い可能性はあるものの、影響は両方向である」と指摘する。「社会的比較」や「情動伝染」などが原因として考えられるという。自尊心を失ったり、ネット上の感情に引きずられるかは、結果「誰と関わり、何を見たか」に帰着する。


デジタル上のネガティヴな面は、選択肢が多すぎる事による混乱と、精神的ダメージを受けるようなフィードバックの可能性である。インターネット上では「なりうる自分」がありすぎて分からなくなるのだ。それは結果として自尊心を失わせ、不安やうつ状態を引き起こすきっかけにもなる。

スマホによって、若者が確実に奪われていものが一つだけある。「睡眠」だ。若年層の睡眠時間は100年前と比べて1時間以上も少なくなっている。睡眠の質の変化はそのまま心身に大きな影響を与える。10代はスマホから際限なくエンターテイメントに誘われて眠ることができない。


こうした事象を考える時、新技術は旧来のもの (読書や映画など)よりも注目されやすく偏見を受けやすく、バランス感覚を歪める。10代の精神的な健康問題の主要な要因は睡眠不足の他に家庭問題であるとも指摘されている。「いさかいとストレスは、ぬくもりや支えの欠落と同様、脳に影響を与える。これら他の原因には多くの証拠があるのに、なぜスマホの影響を心配するのか」。

スマホよりも、家庭問題や経済的な不安定さが若者の心身にとってより脅威である。大人たちから見ると自撮りやソーシャルメディアはナルシスト的に見えるがそれには、それぞれ背景がある。また大人の側もスマホに夢中になり、子どもにあまり構わなくなるという深刻な問題も起きている。親と密接で愛情のある関係を築くことは、10代の健全な心を保つ上で最も重要な最も重要な要因である点で研究者たちの見方は一致している。

私たちがヒトとして存在できているのは、ティーンの時期があるからだ。ネアンデルタール人は12歳で子を設けており、ティーンはいなかった。彼らの道具の使い方は約20万年間変化しなかった。10代の精神を楽観的に見るならば、「10代の脳はまさにその特質上、環境に適応できる。雑音の中から、シグナルを見つけ出せるようになるだろう」。



ざっと以上である。

私は率直に、スマートフォンやソーシャルメディアはあくまで入口であり問題の本質はそこにないと思った。青少年を取り巻く環境は複雑であり、更にややこしいことは同じ刺激を受けてもその結果は個人によっても大きく異なる。そこから一定の法則を見つけ出すことは至難の技だ。

インターネット上の特質は先述したように、「インターネット上では『なりうる自分』がありすぎて分からなくなる」ことにある。この点について、主体的に選択肢を持つことができるかで入口としてのスマートフォン、ソーシャルメディア、インターネットの効用は分かれるだろうと感じる。こうした社会インフラや技術を「有害」であると断定するにはまだ早く、視野が狭いと言わざるを得ない。

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