文美さんが活躍する展開エトセトラ。
『
テーブルの上に三箇所シールを貼り、そこから棒を立てて四面体を作る――といったイメージが適当だろう。地殻のテーブルはとてつもなく重く、力で動かすのは難しい。そして棒が伸縮することもないため、結果的に上にある頂点を動かすことはできないということだ。
また、運動停止に伴いエネルギー保存則から放出されるはずであるの運動エネルギーは、一時的にアイドル次元へと保存され、能力の解除と同時に返還されることで外部への影響を防いでいる。そのため能力で停止した物体は、解除と共に慣性の法則に則った振る舞いを見せるようになっていた。
対象の制限も「身体の一部だけを対象として選ぶことはできない」くらいのもので、時限の有無も変更可能、停止できる時間の限界も一ヶ月以上であることが本人の検証で示されている。欠点を挙げるとするならば、能力を行使した状態でさらに追加で物体を停止させることはできないといったところか。その理由は未解曰く、「相対座標の固定に扱う三点の情報を二つ分扱うだけの
以上、どこかの誰かが忘れないようにと書いたメモ書きだ。
* * *
「いたぞ! あそこに―――」
花恋達の視界に入った、男の動きが止まる。そしてその装備には目もくれず、花恋達はその横を抜けて歩道を駆けてゆく。やがて道は開け、カフェや家電量販店などの店舗が目に付くようになった。
三人は、秋葉原へと侵入を果たしていた。しかしそこに活気はなく、人の姿はほとんどない。
「文美さん前!」
花恋が叫ぶ。
すると走る花恋達の目の前、アスファルトの上を乾いた金属音が転がった。
「っ、下がって! 口開けて耳塞ぐ!」
どこかの店のテラス席であろうテーブルを、文美が蹴り倒す。それと同時に残りの二人はテーブルの背後へと回り込み、文美の言葉通りに行動した。
文美も間髪入れずにそこに加わり、指を鳴らす。瞬間、鼓膜を破るかのような爆発音が花恋達を襲った。
投げ込まれた手榴弾の爆発は、文美が能力で停止したテーブルによって防がれる。爆風が周囲の椅子を倒し、店のガラスにヒビが入る。頃合いを見て、三人はそこから飛び出して再び走り出した。
「もー! 何すかこれ!? さすがに過激すぎるっすよ!!」
花恋の後を走る夢理菜が泣きながら叫ぶ。何か役に立てるわけでもないので、夢理菜ができるのは全力で走ることくらいだった。
「次、前からです」
それとは対照的、花恋は落ち着いた口調で文美に指示を出す。
すると前方、アサルトライフルを持った別の男が現れた。それを知っていた文美は、すかさず
「はあっ!」
そして、文美は着地から流れるような動作で、男の鳩尾に体重を乗せた肘打ちを決めた。
「がはっ……!?」
的確に急所を突かれ、呼吸できない苦しさに膝から崩れ落ちる男。その背中に追い打ちの蹴りを花恋が加え、あとそれ以上は構わずに三人は駆け出した。
「というか文美先輩、どうしてそんな強いんすか?」
「アイドル、もといオタクの資本は体力。肉体は裏切らないわ」
「へー、ただの危ない人だと思ってたっすけど、何か見直したっす!」
そう、まさにこうやってアイドルからの好感度が稼ぐことが可能なのだよぐへへへへ、とは文美の心の声。
それからも襲いかかる人達。ゼロ年代を彷彿とさせるバンダナ、チェック柄Tシャツの男。さらにガングロギャル、忍者に今どきのJK。時代が交差する謎の空間を、文美の能力を主力に三人は突破していった。
「……妙ね。人が少なすぎる」
街路を駆ける中、文美が呟く。それは二人も感じていたことだった。
敵の数とすれば多いかもしれないが、一繁華街に存在する人間の量には遠く及んでいない。一般人に関して言えば、姿すら見当たらない。その状況はあまりに不自然で、余所者である花恋達にとってむしろ忍び込む好機となっているのだ。
「アイドル不干渉地帯とはいえ、人がいないのはおかしいわ」
「まさか、これもUIFの仕業っすか? でも、これだと不利になるのはあっちっすよね? 元々私達がアウェイだからあまり意味が無いような」
アイドルの人権すら怪しい街だ。殺されたところで誰も助けてはくれない、そういう空気が秋葉原には漂っているはずだった。しかし、今この場所にその様子はない。
疑問と共に、夢理菜は視線を花恋に送る。それに対し、花恋は首を横に振った。
「それに事前に知ってないと無理ですから、UIFじゃないでしょうね。都市でこれだけの規模、昨日今日じゃ不可能だと思いません? それこそ、余程の超能力でも使わない限りは」
花恋のその言葉に、二人は眉を細めた。さらに花恋は続ける。
「それに。朝の段階でも言ったかもしれないですが、昨日あんなにばっちり神7と一緒に見られたのに、それがネットで何の話題にもなってない……一色千里によるものでしょうけど、それなら九割九分関わってるでしょうね。ヒバリちゃんと同じ、認識操作系の能力者が――」
それを実行しうる能力、さらに事前のリークが可能な立場。千を越える文美のアイドルデータベースであっても、それに該当する人物達は絞られた。
「
* * *
「へぇ、もう気付いたのか……さすが、千里が褒めるだけはあるね」
秋葉原、とあるビルの屋上。風に翡翠色の髪をなびかせる少女――二葉明日葉は静かに笑みを浮かべる。
自己以外の全てを対象とする認識操作、『
干渉領域が特殊であり、明日葉の能力は個人単位での認識操作が可能という特徴を持つ。そのかわり視覚情報のみといった細かな調整はできず、能力の対象に関する情報は、全て解放か全て遮断のどちらかとなる。しかしそれはメリットでもあり、個人単位の管理を勘定に入れても、その分対象選択のキャパが増加する。
その
そして明日葉は、あえて花恋達が自分の存在を認識できるようにしていた。花恋や文美の能力に支障が出ないのは、明日葉の能力干渉領域が通常とは異なり、その上で彼女達の認識管理がオープンだったからだ。
花恋達が気付くのか、明日葉は単純にそこに興味があった。そして期待通り状況から自分が関わっていることに気付いた花恋を、明日葉は心の中で賞賛する。
しかし、彼女の能力の対象範囲には通常認識の制限がかかる。認識していなければ、それを対象として干渉することはできないはずだった。彼女一人では、視覚と聴覚の及ぶ範囲――ビルの屋上からの景色が本来の限界だ。
逆に言えば、認識さえすればいい。
だから、明日葉は認識範囲を広げてもらっていた。
「褒めてどうすんのよ。手伝うとはいえ敵でしょ?」
「敵とはいえ、敬意は必要さ。礼儀は大事だよ」
明日葉が手に持っているのは、タブレット端末。その分割画面には上空からの秋葉原の映像と、拡大された花恋達のリアルタイム映像が映し出されていた。
日が差す。タブレット端末の画面が反射し、その画面に一人の少女が写る。
明日葉の後ろに立つ少女もまた、例に漏れない美少女であった。口元こそへの字だが、顔立ちははっきりしていて、見るものに快活な印象を与える。服装も垢抜けたもので、大人びた中に爽やかさを感じさせるものだった。しかし長い茶髪を団子状にまとめたところに
「ふぅん……ま、私が手伝うんだからやらかさないでよね」
少女は腕を組み、顔を逸らす。そして、再び能力へと注意を戻す。今日の意識の先は、遙か空、大気圏の向こう。高度3万6000キロメートルにある、とある静止衛星だ。その衛星は日本上空を常に飛んでおり、地上の映像を撮影しているものだった。そして所有団体は、日本サイキックアイドル協会。
少女――総選挙第5位、『
さらには回線をアイドル次元経由にすることで、ラグを極限までなくしたクリアな映像を、明日葉の持つ端末へと送信することが可能となっている。その映像によって、明日葉は秋葉原全域を把握していた。
そして
「……ま、成功するかどうかは彼女達の問題さ」
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