アキハバラ・トラップ

「そういや、どうしてヒバリたそにそのままテレビに出てもらったの?」


 軽自動車の車内、後ろの席に座る文美が花恋に聞く。助手席に座る夢理菜はというと、運転する強面の男の威圧に萎縮――というわけでなく、乗ってすぐ眠りに着いていた。

 文美からの質問を聞きながら、花恋は窓の外の光景へと目を移す。林立するビルのガラスには、アイドル総選挙の告知ポスターがそこかしこと貼ってあるのが目に付いた。


「私にもそうするべきだ、としか。能力で見出したんで、詳しくは分からないんです。恐らくは総選挙で最終投票に進むことが重要なんじゃないかと」

「総選挙ね……もちろん、現神7も一アイドルとして参加するわけだから、簡単な話じゃないわよ。北海道・東北Bブロックのライバルには、現神7の二葉明日葉ふたばあすはもいるわけだし」


 アイドル総選挙は、まず全国16のブロックに分かれて予選投票が行われる。そして各ブロック上位5人、計80人が最終投票へと駒を進めるという仕組みだ。


 しかしブロックとはいっても、実際問題、上位陣はプロデュース力のある大都市の大手事務所所属のアイドルに偏っている。さらには投票数による地域格差も大きく、地方と都市では票の格差も存在しているのが現状だ。


 とはいえ最終投票に残ることは全国的に大々的に名が知れることになるため、次の仕事に繋がりやすい。しかしここで留意すべきなのが、ブロックの出場規定。アイドルが総選挙で出る予選ブロックの地域は、所属するアイドル事務所のによって決定される。つまりルール上は、大阪出身のこてこての関西弁アイドルでも、北海道・東北の代表として出場することが可能である。


 これを利用するのが、いわゆる「iアイドルターン」だ。

 iアイドルターン――大都市出身のアイドルが、総選挙の決勝投票に残るために競争率の低い地方ブロックへと異動する戦法。この戦法を考慮に入れ、地方支部を設ける大手事務所も少なからず存在する。


 しかし、メリットばかりではない。地方ブロックの事務所では仕事も大都市ほど多くなく、結果として全国ネットでのメディアへの露出頻度は少なくなる。つまり、ローカルアイドル化する。なので決勝投票に残る確率こそ高くなるが、そこからさらに票を集め、上位を目指すのかえって難しくなるということだ。


 逆に一発当てて一躍スターになるためには、地方から都市圏の大手事務所に進む必要がある。一色千里などがちょうどこの典型であろう。


 花恋達の属するNorth Starsノーススターズは、大手の中では比較的地域に根ざした事務所だ。宮城・山形・福島が該当する北海道・東北Bブロックは毎年寡占状態、上位5人のうち、毎年3人以上はNorth Stars所属のアイドルとなっている。


 そんな中で前回の総選挙、北海道・東北Bブロック1位になったのが山形、プラムプロダクションのエースである二葉明日葉なのだ。


 派手な見た目、特徴的な言い回し、そしてその能力。個性のあるキャラで、イロモノながら彼女は全国区での人気を得て神7のナンバーツー、一色千里という殿堂入り級を除けば実質1位まで上り詰めていた。そしてその人気は神7になったことにより加速し、絶対的なポジションを獲得している。


「まぁ、ウチのブロックは実質4枠ですか。それなら、ヒバリちゃんは入りますね」

「――そうね」


 流れる都会の街並みを眺めながら、文美はヒバリより上アイドル達の顔を思い浮かべる。その一人一人が魅力的で、応援したくなるポイントを持っているアイドルだった。そして彼女らを亡き者にしたヒバリが、彼女らの空いた椅子に座ろうとしているのだ。


 ――でもどうしてか、現在文美は彼女達に対する悔恨も、ヒバリへの憎悪の気持ちも持ち合わせていなかった。文美自身もそれに疑念を抱くこともなく、こうして花恋と共に東京へと出向いている。


 不自然な沈黙と、車の無駄にキツい芳香剤の臭いが彼女達を包んだ。


 そのまま数分も車で進むと、街頭のあちこちにあったポスターが姿を消す。それに文美が気付いたところで、車はウィンカーを出し路肩へと停車した。


「残念だが、俺が送れるのはここまでだ。後は自分で歩いて行ってくれ」


 男はそう告げ、震える手でサングラスを掛け直す。その震えが、この先に待つものの恐ろしさを如実に表していた。


「ありがとうございます。ほらむりぴょん、起きて」

「ん~……もう着いたんすか?」


 夢理菜を起こし、三人は車から降りる。男はそそくさとギアを入れ、何処かへと車を走らせていった。

 少なくない人通りの中、花恋は周囲を見渡す。しかし土地勘が無いので、どうしたものか分からない。ここは素直にと、花恋は未解に探してもらったマップを開くことにした。


「えーと、道路の感じからすると、大体今この辺かな。了解了解――」


 さて、と一息。



>私はUIFのアジトの場所を特定し、最も安全なルートを見つけ出した。



 能力を行使する。花恋の意識外意識が、アイドル次元の情報を網羅する。

 そして瞬きすら許さぬうちに、最適解は花恋の脳内へとフィードバックされた。いつも以上に情報量が多かったせいか、花恋の視界に一瞬ノイズが混じった。


「――っ!」


 歯を食いしばる。風は道路の埃を巻き上げ、花恋の髪とスカートを揺らした。

 解に対する花恋の最初の反応は、驚き。


「ありゃりゃ、これまたハードモードになっちまいましたな」


 そして、苦笑いであった。


「何があったんすか?」


 花恋の反応に、良くないことを悟った夢理菜が問い掛ける。口角を引きつらせたまま、花恋はあははと笑う。


「どうにも逆探知されたみたいで、既にバレましたねこれは」

「何ですって?逆探知ってどういうことよ?ましてや、まだ秋葉原まで入ってないのに」


 問いたてる文美の口を、花恋は人差し指で制した。


「とりあえず急いで行動しなきゃですので、詳細は移動しながら。大丈夫ですよ、ちゃんとそれに対応した抜け道ルートですから――こっちです」


 花恋が歩き出す。そしてその先導に続き、文美と夢理菜も早足で移動を始めた。それは人の流れに逆らうような、不自然な行動であった。


 すると、背後で3人組の女子高生が花恋達と同じ方向へと移動し始めた。そしてその動きを、花恋はしっかりと把握していた。それでもすぐにはスピードを上げず、そのままの速度で歩く。


「……次、曲がったら走ります。その後は、文美さんお願いします」


 花恋は指を3本立て、文美に向かって小さく話す。


「――えぇ」


 花恋の指示を理解した文美は小さく頷き、目の前を確認する。そこは道というより、ビルとビルの間の路地裏といったところだった。


 5メートル、3メートル、1メートル。


 路地裏の手前に来たところで三人は息を合わせ走り、路地裏へと入り込む。それに焦った女子高生3人組は、花恋達の後を追い走り出す。

 スカートの下に忍ばせたに、手を伸ばしながら。


 三人組が路地裏へと入る。その時点で花恋達はさらに曲がったところまで逃げており、その姿は見えない。少女達は、さらにダクトの回る奥へと進んでいく。

 そして角を曲がり、少女達がそれを構えた瞬間。


 ぱちんっ、と軽い音が、コンクリートの壁と壁の間に反響した。


「やれやれ、都会は物騒で嫌ね。そんなものがJKの標準装備?」


 サングラスを外し、能力を行使した文美は静止した少女達を一瞥する。文美の停滞ステイシスにより動きを止めたその手には、ヒバリも手にしていたものが握られていた。


「拳銃――」


 その武器に、夢理菜は息を飲む。ヒバリが持っていたのを見たとはいえ、それでもまだ日常生活からは乖離した物に違いは無かった。ましてや、普通に街中を歩いていた、それも同い年くらいの少女達がそれを手にしている。その事実に、夢理菜は驚きを隠せなかった。


 ひとまず最初の盤面をクリアし、花恋は息を吐いた。そして、蝋人形のように動かない少女達に近付いていく。


「んー……これ、ヒバリちゃんのと同じ型ですね」

「それじゃあ――」


 名前を言おうとした文美だったが、花恋がそこに「ええ」と被せた。


「輸入ルートはUIFで間違いないです。ただ、この子達がちゃんとした組織の一員かまでは分かりませんね。こんな聖地の外郭のパトロールくらい、ブツと使命感さえあれば成り立ちますから。ま、今はどっちにしろ敵に違いないですけど」

「そうね……それに、この様子じゃまだまだいるわけでしょ?」


 ここからの道程を想像し、文美は引きつった笑いを見せる。


「ええ。それと、今現在機械での逆探知なんて空想の産物ですから、何かしら能力を察知する未解さんタイプの能力者が、UIFあちらにいることになりますね。今この瞬間も私達に向かってきてるでしょうし」

「はー、これが日本最大のレジスタンス組織の力っすか」


 夢理菜もまた、嘆息を漏らす。武器を装備した多数の人間に、能力者の存在。それらを相手に、何せこっちは三人なのだ。


「――ま、所詮数ですよ。情報アドバンテージはこっちが勝ってます」


 それでも、花恋は笑みを崩さない。そしてその態度に、二人も釣られてしまう。


「ふふっ、花恋はそうでなくっちゃ」


 レンズを袖で拭き、文美は再びサングラスを装着する。夢理菜も何かしようと探し、とりあえず下ろしていた髪の毛をヘアゴムでまとめた。


「さて、ここから文美さん大活躍な展開ですけど、お願いできますかね? 相手を負傷させないという条件下で、文美さんの右に出る者はいませんから」

「上等よ。久々に本気を見せてあげるわ」


 肩を回し、文美は気合いを入れ直す。


「それじゃあ、行きますよ――」


 そして花恋の案内で路地裏を抜け出ると同時、文美は少女達に行使していた停滞ステイシスを解除する。


 追っていたはずの相手の消失に、少女達は驚くばかりであった。

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