期間限定ユニット的なアレ。

 翌日の仙台市、某局スタジオ。昼の生放送のローカルニュースに、ヒバリはアイドル代表のコメンテーターとして出演していた。


「――はい。各所、警戒態勢は変わらずということでした。ヒバリちゃんは、何か対策とかしてるの?」

「私はほら、透明になれますから」


 MCの振りに、ヒバリはその場で透明化ステルスをやってみせる。今まで生で見たことのない出演者が、オーバーリアクション気味に驚きを示した。これもまた、業界の陳腐なお約束。


「なるほど、それで逃げ切るということですね」

「えぇ」


 自然と出る営業スマイルを被り、つつがなく答えるヒバリ。内容はもちろん、これまで自身が起こしたことについてだった。


「さて、昨日の事件で被害者が6人目ということですが、犯人の目的は一体何なのでしょうか? 近藤さんはどのような見解をお持ちでしょうか?」

「そうですね――凶器と殺害方法は一致していますが、6人中4人からは金品が奪われ、その1人ともう1人には性的暴行の跡、そして昨日殺された朱鷺ときさんに関しては死因となる殺傷以外の目立った痕跡が残っていないということで、犯人の目的ははっきりとは――」


 アイドル犯罪に詳しいというどこぞの若い大学教授が、女性アナウンサーからの質問に当たり障りの無いコメントを長々と語る。その犯人がすぐ横にいるとも知らずに、だ。


 画角の外になったヒバリは、作り笑いの裏で今朝の会話を思い返していた。


  *  *  *


 日の出と共に目覚めると、ヒバリは花恋と共に寝室で寝かされていた。起きた時にベッドとベッドの間で幸せそうに寝ていた文美を踏んでしまい、「はぐっ!……ぐへへ、ありがとうございます……」と返されたのはヒバリの網膜と鼓膜にしっかり残ってしまっている。

 そして起床したヒバリは寝室から出て、リビングでコーヒー牛乳を飲む未解を見つけた。一晩中作業していたのか、未解の目の下には大きなくまがあった。


「もう大丈夫なのか?」

「えぇ、すみません寝てしまって……」

「構わん。さて、それなら花恋のやつも叩き起こすかの。少し手伝ってくれるか、奴は手強い」

「はぁ……」


 そして、2人で花恋を起こすことに奮闘すること30分。

 リビングには寝ぼけ眼の花恋と、体力を削がれた2人が座っていた。


「むにゃ……むにゃあ」


 メトロノームのように、花恋はよだれを垂らしながら左右にゆったりと揺れる。親しい人間は、花恋の寝起きの悪さを嫌ほど知っていた。


「それで? 私達はどうするのが最適解なんじゃ?」


 いら立ちを隠さない未解が、花恋を問い詰める。それに対し「ん? そうだね~、美味しいよね~」とゆらりゆらり目を瞑りながら答えた花恋は、結果未解によって累計3つ目のたんこぶを形成されることで完全に目を覚ました。


 頭をさすりつつ、花恋は昨日見た最適解の記憶を引っ張り出す。


「うぅ痛い……えっとですね、まず行かないことには始まりません」

「何処にじゃ?」

「秋葉原にです」


 しばしの沈黙。もちろん、2人ともその名前を知らないわけではない。


「――秋葉原というと、あの電気街で間違いないか?」


 それでも、未解は聞き返す。それだけの場所なのだ。


「えぇ、あの。私達にとって街ですよ」


 花恋の言葉が寝ぼけではないと分かり、2人は思案を巡らせる。


 秋葉原。電気街として発展したその街は、時代と共にアイドルやアニメなどサブカルの聖地となっていったのは、もはや過去の歴史。10年前の事件を機に、現在その聖地は戦場と化しているのだ。


 サイキックアイドルの興隆により、最も割を食われたのは誰か?――無論、歌って踊っていた旧制アイドル達である。

 サイキックアイドルの増加に伴い段々と彼女達がテレビで露出する機会は減少。その大半がアーティスト路線への変更を余儀なくされ、抗った者も業界の波に消されていったのが、この20年の話。その間かつての栄光を夢見る彼女達はその結束を深め、月日を経て秋葉原への一極化が進んでいった。


 そして10年前に起きたのが、旧制アイドル、及びそのファンや関係者によって構成された2万人規模での決起集会。彼女等は秋葉原を聖地とし、サイキックアイドルが踏み入るならば容赦しないと宣言した。


 そして不幸にも、その場にいたサイキックアイドルの集団との論争が始まってしまった。エスカレートしたその争いは、結果的に両陣営合わせて5名死亡、70名が軽重傷という大規模な人的被害を被る事件となったのであった。


 そしてこの事件で両者の間には決定的な確執が生まれ、サイキックアイドルが秋葉原に踏み込まないのは暗黙の領海となっているのだ。うっかり入り込んでしまい、過激派に殺されてしまったという事件も過去にはある。


 ――いわば、現在の秋葉原はサイキックアイドルを憎む者達のメッカ。花恋はその火の海に、自ら飛び込もうと言っているのだ。

 その目的も、2人には何となく察しがついた。


「UIF本部に直接乗り込むつもりか? 確証も何も無いというのにか? はっ、全く、お主といると退屈せんのう」

「いやはは、そんな褒められても」


 嫌みたっぷりに苦笑する未解に、花恋も満面の笑みで応じてみせる。横から見ていて何となく会話のパターンが分かってきたヒバリだったが、それでも夕べから何も食べずに空となった胃が焼けるような、そんな感覚に襲われた。


「対策はあるの?」


 何をどうするつもりなのか見当がつかないヒバリは、大人しく花恋に聞くことにする。流れに身を任せる、そんな夢理菜の姿勢は正しいなと感じていた。


「まぁ、それなんだけど――」


  *  *  *

 

 ――そしてそれからの協議の結果として、ヒバリはこうして予定通りの仕事をこなしていた。


(殺人のおかげで、自宅待機もマネージャーに提案されてたけど……)


 この場にいないメンバーに、ヒバリは言い難い心配を感じる。

 腕時計で時間を確認する。短針は12時を少し回っていた。


(そろそろ到着する頃かしら……)


 ……無事に帰ってくるといいのだけれど。 


  *  *  *


「いやー、東京なんて中学の修学旅行以来っす」

「私は何度かアイドルのイベントで来たけど、こういうのは新鮮ね」

「仙台も人多いけど、東京はまたレベルが違いますね。人酔いしそうだなー」


 駅のホームに降り立ち、各々が感想をぼやく。

 朝の新幹線に乗り込み、仙台から1時間半。上野駅のホームに、花恋・文美・夢理菜の3人が到着していた。花恋曰く日帰りの予定ということなので、他の2人も荷物は軽い。

 文美は眼鏡をかけずにコンタクト。しかし、それは防御兼お洒落の大きなサングラスをかけるためのものであった。


「でも、未解ちゃんが来れないのは痛かったわね」

「まぁ、いたところで戦闘要員じゃありませんし。バックアップなら仙台からでも電話で十分ですよ。さて、と」


 文美のぼやきに、花恋は本人がいたら殴られそうな言い草で返す。そのままスマホと手帳を取り出し、花恋は手帳に書かれた通りにダイヤルをタップする。

 そして数コールののち、その電話が取られた。


「あ、もしもし?」

『――誰だ?』


 電話の相手は男で、低く圧の掛かった声音をしている。それでも花恋は物怖じせず、マイペースに踏み込んでいく。


「相沢花恋っていうんですけど、未解さんから連絡いってませんか?」

『相沢?……あぁ、あんたがそれか』


 自身と未解の名前を出したことにより、男は納得した様子をみせる。


『公園口から出ろ。そこで待っている』

「はいはい、どもー」


 要件だけをやり取りし、花恋は電話を切る。その落ち着いた姿に、夢理菜は目を丸くしていた。


「はー、花恋っちの度胸はスゴいっすね」

「そう? 相手がコメツキダマシだと思えばなんてことないわよ?」

「何すかそれ」

「虫」

「あぁ」


 夢理菜が一つ賢くなる。そして花恋の「さ、行きましょうか」の声に、3人はホームから歩き出した。慣れない人混みの中を揉まれながらも、3人はお互いが聞き取れる程度の声量で会話を再開する。


「それで、ここから未解ちゃんに手配してもらった車で秋葉原に向かうのよね?」


 未解は今回仕事が残っていたため、バックアップに回っている。具体的には先程電話した車両の依頼、それに情報収集、そしてその他にも緊急時のヒバリのサポートを花恋は任せていた。


「えぇ、最寄り駅周辺はUIF以外にも反アイドル派の警戒も厳重ですから。ヒバリちゃんの名前を出したところで、末端の連中には効き目が無いでしょう。行けるところまで車で行こうという算段です」

「ま、東京の地理もよく分からないっすもんね」


 改札を抜け、3人は上野公園へと出る。お昼時ということもあってか、公園にはサラリーマンの姿が目立つ。

 そしてその中で特に厳ついオーラを放つ、仁王立ちをしたスキンヘッド・サングラス・黒いスーツの3点を揃えた巨漢が、否応なく花恋達の視界に入った。


「あの人じゃないっすか?」

「え、あんなダイレクトに視覚に訴えてくるタイプ? 逆にあそこまでステレオにヤバい感じだと目を引かないとか、そういう法則が東京には存在しているの?」


 その男の様相に、文美の推測は錯綜する。しかし、このメンバーで深く考えるのは彼女一人だけであった。


「まぁ、とりあえず話してみましょう」

「そうっすね」

「あ、ちょっと花恋、むりぴょん!」


 文美の心配をよそに、2人はずかずかと男に駆け寄っていった。



 結局未解の依頼を受けていたのはその男で間違いなく、3人は男の愛車であるこぢんまりとした軽自動車に乗り込むのだった。

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