長き一日(4万3千字)
「此奴の能力は、干渉可能な全ての情報を使って自身のシミュレートモジュールに演算をさせ、その結果を記憶として自身に還元させておる。じゃあ聞くが、その記憶は一体どこに書き込む?」
「――今まで他の記憶があったところ、ですか?」
ヒバリの回答に、未解は「うむ」と頷いてみせる。
「カガクテキに考察する余地はあるじゃろうがの。私の能力はアイドル次元での情報干渉の残渣を読み取る感覚的なものじゃ。理論で答えを出すには向いとらん。それでも、記憶を書き込む時に記憶の取り捨て選択をしているのは何となく分かる」
「取り捨て選択って――まさか記憶を選んで消している?」
「あくまで、本人からすれば無意識下じゃろうがの。恐らく花恋の意識外意識は、最適解の上で邪魔な情報――特定の対象の情に繋がる記憶とかかの。それらを排除しておる。分かりやすく言うと、能力――『
「あ、『
未解の説明を文美が捕捉する。文美からの横やりに、未解は「余計な情報じゃ」とガンを飛ばしていた。
「だから、人格の侵略……」
ヒバリは寝息をたてる花恋へと目を向ける。ヒバリには、この少女の頭の中でそんなことが起きているようには思えない。しかし花恋の言葉には、確かにそれを証明するものが散りばめられている。
「それじゃあ、昔の記憶が無いというのも――」
「恐らく、能力の反動が原因じゃろうな。普段上書きしている量から考えると連続して何度も行ったか――もしくは、そもそもの能力に変化が起きたか」
未解の言葉に、ヒバリは事務所の座学でやった内容を思い返す。
記憶を失うことで、能力に変化が起こる。過去の超能力者を対象とした研究のデータの中に、それは実際に記録されている現象だ。
能力の制限は、そのほとんどが意識によって支配されている。それゆえに記憶を失う、または大きな精神状態の変化が引き金となって能力が消失したり、逆に強化されることがあるのだ。そのデータに花恋だけが該当しないと考えるのは、随分とおざなりな推測だろう。
「ま、本人も覚えていないことじゃから、全ては邪推に過ぎんがの。……それで、お主はどうするつもりじゃ?」
未解はヒバリに問い掛ける。その目は真剣そのもので、ヒバリの背筋を震わせる。
「どうする、とは」
「こんな目的を実行するために記憶を捨てるようなやつの言うことを聞くのか、と聞いておる」
「――」
ヒバリは黙考する。
相沢花恋。出会いは人殺しの現場で、最初は殺すことだって考えた相手。しかし嫌悪するどころか、好意的に手伝うとまで言ってきた少女。自分勝手に他人のことを考え、笑顔を絶やさない。それでいて、能力で人格に影響が出ている可能性まで出てきた。まだ知らないことばかりだし、正直協力してもらう相手としては不気味過ぎる存在だ。
……それなのにどうしてだろう。今この瞬間、彼女に対して懐疑的な気持ちを持てないのは。
「――私は、信じるつもりです」
だからヒバリは、抱いている気持ちをそのまま口に出した。
「私がやったことが許されるとは思いませんし、目的を果たしたら自首します。――でも、まだ終われない」
ふっ、とヒバリは息を吐く。そして、花恋の寝顔を見て嗤ってみせる。
こういう言葉とか、相沢さんは好きそうだなと考えつつ。
「――それに、使えと言ったのは
「……ふっ、そうか」
ヒバリのあえての挑発的な態度に、未解は微笑で返した。
「これまでのアイドル殺人、そして最終的には一色千里の殺害……全く、一つも褒められたものではないの。とはいえ犯人は武装していて、私達にそれを止める力は無い。情報を漏らそうと思えば殺すと脅された」
未解は夢理菜と文美へと目配せする。夢理菜は親指を立て、サングラスを再装着し復帰した文美もジェスチャーでおどけてみせた。
そして再び、未解はヒバリと向かい合う。童顔に二つ輝く双眸が、妖艶な光を帯びる。
「――ま、こう言えば信じてもらえるじゃろ」
「っ!? それって――」
それはつまりヒバリの復讐に、ここにいる全員が協力するということだった。どう口封じしたものか、それとも喋れなくするべきなのかとも一考していたヒバリにとって、未解達の反応は斜め上を行く結果となった。
「私に関しては、立場上全面協力とまではいかんがの。まぁ、この二人は別にどうということはないじゃろう。所詮Cランク風情、仕事も大して舞い込んどらん」
未解の指摘に「うっ、心が痛いっす……」と夢理菜は傷つき、「別に、私は拝めれば十分よ!」と文美は凄んでみせる。
そんな彼女らの態度を、ヒバリはイマイチすんなり受け入れられなかった。
「……どうして、協力してくれるんですか?」
「勿論さっき言ったのも含まれとるぞ。一色千里より自分の命が可愛いからの。それと敢えて言うなら――」
一呼吸置く。そして未解が目を向けたのは、眠る少女。
「――花恋を放し飼いにする方が怖い」
「あぁ……」
妙な納得感がヒバリに生まれる。花恋の好きにさせるとどうなるのか、一日だけでもヒバリは十分味わっていた。リードを未解達が持ってくれるというなら、ヒバリにとってこれ以上心強いものもない。
「どうせ花恋っちに巻き込まれますからねー、それなら自分から飛び込んだ方が気分的にマシっすよ」
「そうそう、それに、もしかしたらまた神7が近くで拝めr――こほん、未解ちゃんと同じよ」
本音を言いかけた文美だったが、未解の視線に刺され訂正する。
それぞれ理由は違えど、ヒバリへの協力を示した。ヒバリもまだ信じられないような、どこか浮ついた状態ではある。それでも張り詰めていた緊張感が抜け、身体にかかっていた圧力から解放された気がした。
そしてその緊張が弛緩すると同時、ヒバリは自身の身体に力が上手く入らないことに気付く。
「あれ……」
やがて視界もぼやけ、ヒバリはバランスを崩す。倒れそうになったヒバリを、夢理菜が慌てて受け止めて支える。しかしヒバリの意識は持たず、ぐったりと全身から力が抜け落ちてしまっていた。場所も無く、夢理菜はヒバリをその場に寝かす。そしてそのまま、ヒバリは夢見の世界へと落ちていった。
「こりゃ、ヒバリっちも相当無理してたみたいっすね」
「ま、何人も殺してきた分の精神的負担が一気に来たのじゃろう。今まで一人でやってきたということは、周囲全員が敵みたいなもんじゃ」
「んで、どうするんすか未解先輩。今なら通報し放題っすけど」
夢理菜の言葉に未解は少し考えてみせるが、すぐに優しげな笑みを浮かべた。
「ま、今日ぐらいはゆっくり寝かせてあげてもよいではないか。――それに、あんな話を聞いて一色千里を放っておくわけにもいかんしの。化け物退治じゃ、なんであれ味方は多い方が良い」
「千里神の殺害、ね……」
最終目的に、文美はまだ少し躊躇いを感じていた。それを見かねた未解は、短くため息を吐きながら文美へと歩み寄る。
「文美、耳を貸せ」
「ん?はい」
文美が顔を寄せる、そして、未解はその耳元で呟いた。
「――」
「…………!?」
未解の二三言に、文美の顔色は不安から驚愕へと瞬時に変わる。正面から見ていた夢理菜は意味が分からず首を傾げていた。
「未解ちゃん、それは本当なの……!?」
わなわな震えながら、文美は未解に再度聞き直す。
「絶対とは言い切れんが、確かに信頼できる筋からの情報じゃ」
「ふふ、ふふふふ……」
不敵に笑い始める文美。その整った鼻から、再び赤い血がたらりと零れた。
「やるわ、やるしかないわ! そうと決まれば早速準備よ! 出発は明日早朝、未解ちゃん、車の手配を! 私も準備するわ!」
手早く鼻にティッシュで栓をし、立ち上がった文美は颯爽とアイドルグッズに埋もれた寝室に姿を消していった。その態度の変わりように、夢理菜は苦笑する。
「先輩、何吹き込んだんすか?」
「何、ちょっとあやつの好きなアイドルについての」
「あー。聞きたいような、聞きたくないような……」
花恋とヒバリの寝息、文美の騒音。
星陵荘の一部屋で、彼女達の激動の一日は終わりを告げた。
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