地下アイドル戦線。
「何だって?」
花恋が問い掛ける。もうすでにその答えを知っているのではないか、そんなことをヒバリは思った。
「一週間は手を出してこないそうよ」
「そっか……ということだそうですよ?」
花恋が神7の二人に話しかける。そして夢理菜に目配せをした。夢理菜は頷き、駆け寄って二人の手を握る。
「むむむー……いたとん!」
夢理菜が能力を行使し、二人の表情が和らいでいく。頭を抱えつつ、優梨は身体を起こした。
「っつー……何だよ、具合悪くなり損かよ」
「残念ながら。今日はお引き取り願えますかね?あ、それとも何か作ります?」
フライパンを振るジェスチャーを見せる花恋に、優梨は再び吐き気を催した。
「もういいわ! 実那、帰るぞ!」
「うぅ、ろくな事が無かった……」
「あ、携帯忘れてます」
「ちっ、返せとっとと!」
花恋の差し出すスマホを強引に取り、そのまま優梨は実那の手を取る。
そして、実那は場所を想像する。
実那の意識外意識はその記憶に該当する地点の座標情報をアイドル次元上で検索する。実那の飛ぶイメージと共に、実那の意識外意識は自身と指定した優梨の身体の座標をその場所の物質と置き換えた。そしてタイムラグ無く、発動と同時に二人の姿は部屋から消え去った。
* * *
「――お帰りなさい」
「ったく、酷い目にあったぜ……」
照明を落とした広い部屋。その一番奥のデスクに座る、一人の少女。毛先を遊ばせた黒髪、服の上からでも分かる細くしなやかな身体のライン。
一色千里は、窓から東京の夜景を見下ろしていた。
「もう、死ぬかと思ったんだから」
「はいはい」
頬を膨らませる実那を軽く受け流し、千里は指を鳴らす。それと同時にブラインドが下がり、部屋の照明が一斉に点けられた。
椅子をくるりと回し、千里は現れた優梨と実那へと微笑みを向ける。
「それで? どんな感じだったかしら?」
「どんなって、何がだよ?」
質問に対し、優梨は嫌そうに首を傾げる。
「ヒバリと花恋ちゃんの様子。察するに大丈夫だとは思うけど。二人とも元気だったかしら?」
「ふーん、私達よりそっちの心配するんだ」
千里の態度に、実那は口を尖らせた。毒まで飲んだ労働の対価に、お疲れの一言では釣り合わないという不満の表れだった。
「それはほら、私は二人を信頼しているから。今度何かお願い聞くから、それでチャラにしてくれるかしら」
「ホント!? 一緒にあのランドとか行きたい!」
やっぱりチョロい、とは千里と優梨の心中である。
「えぇ、構わないわよ」
「わーい! って、やば!? もうこんな時間、ママに怒られちゃう!」
「そう? 気を付けてね」
「いい? 約束だからね!!」
実那の家庭は良いトコなので、門限などルールが厳しかったりする。そのまま慌てるように、実那は
残ったメンバーの間に、淀んだ沈黙が漂う。
「……普通に、元気だったんじゃねぇの」
「そう? ならいいわ」
優梨はデスク向かいのソファに腰を下ろす。そして眉間に皺を寄せ、じりじりと千里を睨み付けていた。
「……何かしら?」
沈黙に耐えかねた千里が、とぼけて聞いてみせる。
「何かしら、じゃねえよ。知ってたんだろ? 私達があの二人に負かされるって」
「まぁね、そうじゃないと困るわよ」
千里は肩を竦めてみせる。その反応に、優梨の表情もさらに悪くなる。
「けっ、趣味が悪いな。言っとくが、私もそこまで付き合わないからな」
「とか言ってて、結局頼めば聞いてくれるくせに」
「う、うるせぇ! ったく、私も帰る!」
「えぇ、今日はありがとね」
肩を怒らせ、優梨も踵を返して事務所から出て行く。その背中を笑顔で見送り、それから千里は長く息を吐いた。
「あれから五年、か。長いような、短いようなね」
デスクの端、小さな写真立てを千里は手に取る。そこに写るのは、幼い二人の少女。その写真を見る千里の目は、微笑んでいながら、どこか哀愁を感じさせるものだった。
「もう少し。あと少しで、目的が達成できる」
「――そこは、本当にキミの望むセカイなのかい?」
事務所に響く、落ち着いた少女の声。その声に、千里は顔を上げる。
「
「あぁ。最初からね」
長く伸びる髪の毛先を翡翠色に染めた、ダメージジーンズ、英語を散りばめた大きめの黒のシャツを着こなす派手な見た目の少女。片手に湯気を漂わすコーヒーカップを持ちつつ、その少女は澄ました表情で壁に寄りかかっていた。
「ま、別に構わないけど。それで? どういう意味かしら」
「そのままさ。彼女達を導いたとして、その先に本当にキミの描くセカイがあるのかと聞いている」
少女の言葉に、千里は再び視線を写真に戻す――微笑。
「――えぇ、間違いないわ。そのために、私はアイドルになったんですもの」
「……そうかい。それがキミの
「ありがと、明日葉」
「感謝されることじゃないさ。ボク達は所詮、セカイの小さな歯車の一つに過ぎないからね。キミの回す運命で動くのが、ボクという歯車の責務だと判断したまでだよ」
澄ました表情のまま少女はそう語り、コーヒーカップの中味を口に運ぶ。因みに中味は飽和するまで砂糖を溶かしたコーヒー風味の液体だ。
「それで、今度はどうするつもりなんだい?」
少女――第10回総選挙第2位・
「そうね、見当は大体ついてるんだけど――丁度良い、お
「構わないけど、一体何をするつもりだい?」
砂糖水を飲み干した明日葉は壁から背を離し、僅かに口角を上げて聞き返す。千里もまた不敵に笑いながら、彼女に言葉を返した。
「少し、UIFについてね――」
* * *
「ふぃー、これでひとまず一件落着」
人のいなくなったソファに、花恋は糸の切れたマリオネットのように倒れ込む。それに続いて、未解も端の方に座った。
「説明してもらおうかの? これは一体どういう状況じゃ?」
「そうそう、私も聞きたいっす」
未解と夢理菜に詰め寄られ、花恋はしどろもどろになる。
「まぁ、ざっくり説明するとヒバリちゃんが一色千里に狙われてるー的な? 細かく説明するのはちゃちっとプライベートな話になりますからね、あははは」
「……」
もちろんそれで未解達は納得せず、花恋をジト目で睨み付ける。
「……」
花恋は逃げるようにヒバリに視線を逃がす。未解もそれに付随してヒバリに目を向け、脚に付けた武器を見やった。
「――もしや、例の殺人事件が関わっとるのか?」
「まぁ、なきにしもあらず? 的な感じであったりなかったり……?」
花恋は曖昧に返す。ただの肯定と受け取った未解は嫌な顔をし、頭を抱え込んだ。
「あぁもう……どうしてこう、厄介事を引っ張ってくる才能に溢れてるんじゃお主は」
「いやはは、照れますね」
「いよっ、流石花恋っち! 天性のトラブル拡張器!」
「お前ら殴るぞ?」
「ノー、冗談! 冗談デス!」
それからてんやわんやしながら、どうにか花恋は二つのたんこぶと引き替えに未解達に事情を説明しきった。
「……つまり、お主等は一色千里を殺したいというわけか。それを見逃せと?」
「うぅ、そういうことです……」
人の命が関わる問題に対し、もちろん未解の態度は固い。
「ま、あちらさんにも陰謀はあるみたいですし、このまま待ってる方が愚かですよ。それに、未解さんもそれなりの見返りは期待できるのでは?」
「――どういうことじゃ?」
花恋の口ぶりに未解は眉を寄せる。頭部のたんこぶを撫でつつ、花恋は話を続ける。
「今後の予定は大体決まってるんですけど、そこで未解さん的に美味しい話が。新人アイドル発掘が捗りまっせ。何なら副業の方も」
花恋は視線だけをヒバリに移す。
「ヒバリちゃん、そのナイフと銃の入手ルート、
「っ――えぇ」
一度も伝えていないその名が花恋の口から出たことに、ヒバリは一瞬うろたえる。花恋の言葉に、未解は口元に手を当て考え込んだ。
「UIFっつうと、
「――なるほど、そういうことか」
相変わらず馬鹿げておる、と未解は呆れ気味に笑う。理解していない夢理菜は、目を丸くして花恋と未解を交互に見ていた。
UIF、地下アイドル戦線。光り輝くアイドル達の裏側、裏社会でレジスタンスとしての活動を行っていると噂される地下組織の名称だ。組織の大きさも、その構成メンバーすら確かな情報はない。旧制アイドルの回帰を組織の目的とし、サイキックアイドル撲滅のためならテロすら起こす過激な集団だ。事件で殺されるアイドルのうち、直接的なものだけでその半数以上はUIF関連。今回のヒバリによる殺人のような支援のケースも含めれば、アイドル殺人事件の実に8割はUIFの息がかかっているとさえ言われている。
「構成員には旧制アイドルを目指している少女も多いと聞きますし、中にはサイキックアイドル文化をよく思わない超能力保有者達もいます。彼女らにとって、一色千里の消滅は悲願だと思いますけど」
「それに便乗しようというつもりか」
「おお、カチコミ便乗、気分は上々という魂胆っすね」
色々な意味で、未解は幾度目かのため息を吐いた。
「それで、どうなのヒバリちゃん? もしかして、最初から一緒にやるつもりだったの?」
花恋の質問に、ヒバリは首を横に振る。
「確かに、UIFが今回の総選挙に合わせて大きな行動を起こそうとしているわ。一色千里の殺害というのも、その目的の一つに入ってると聞いてる。――でも、あくまで私は私一人で動いてたわ。私はただノースタの情報を流す代わりに、武器の調達を依頼しただけ。これは、私の問題だから」
「……そっか」
その言葉に、花恋は小さく何度も頷いてみせた。
「聞いている、というとお主、UIFとそこまでの繋がりがあるのか?」
未解からの質問に、一瞬ヒバリは言い留まる。最早こうなると、判断は一人の人物に委ねた方がいい。
ヒバリは視線を花恋に送る。花恋がそれに気付くと、意を察して頷いてみせた。その反応を受け、ヒバリは続きを話す。
「――別に、私に限った話でもありません。全国的に見ればUIFとパイプを持つアイドルは百人近くいると思います。金銭目的の子もいるでしょうし、全員が全員反アイドル思想を持っているわけではないと思いますが」
「ぬぅ……この先に面倒以外のものを見出せる気がせんな」
ヒバリからの情報に、未解は再び頭を抱える。
「……でも、相手が相手よね」
すると、今まで黙って壁と向き合っていた文美が口を開いた。その言葉は様々なアイドルを知り尽くしている一ファンとしての、純粋な意見であった。
「何人が束になろうが、それこそ一部のアイドルとUIFが手を組んで総力を振り絞っても、千里神を殺せるとは思わないわ。それに今回他の神7も動いているとなると、さらに難しいでしょうね」
「確かに、敵わないでしょうね」
文美の推察に、各々の青息吐息が部屋に充満する。
ソファに仰向けになり、花恋はぼんやりと天井を見つめていた。
「……でも、動かないのはナシです。最適解は、
「それが、能力で見た最適解か」
「えぇ、今できる……いち、ばんの……」
強調しようとする花恋だったが、その視界、照明の光はぼやけ、白が視界を埋め尽くしていく。そして段々と上から黒が視界を侵略し、瞼を閉じた花恋はそのまま意識を失った。
「相沢さん? 大丈夫?」
目を閉じ動かなくなった花恋に、ヒバリが語りかける。横に座っていた未解が、薄く血の滲む首筋で脈を計った。
「……気を失っただけじゃの。能力の過剰使用のせいじゃろ」
「過剰使用――」
『だからあんまり使いすぎると、『相沢花恋』がイカれちゃうってわけ』
ヒバリは歩きながらの会話を思い出した。あわよくば記憶すら失う、リスキーな能力。それを自分のために、惜しげも無く使ってくれたのだとヒバリは思い返す。
「もう、馬鹿ね……」
その後先を考えない行動に、ヒバリは笑いを漏らした。
「――あまり、無理はさせないようにな。
「知ってるんですか?」
未解の言葉に、ヒバリは目を丸くする。他者の能力を見る事ができる未解なら能力は知っているのだろうと考えていたが、その危険性まで気付いているとは思っていなかった。
「うむ。それと本人は気付いていないようじゃがの――」
続きを言う前に、未解は花恋を一瞥し、意識が無いことを確認する。それから、未解は再び口を開いた。
「――恐らく、過度に能力を使ったことで最適解が人格を侵略しておる」
「人格を、侵略……?」
未解の言葉に、ヒバリは理解が追いつかなかった。
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