Calling!
「んじゃーつまり、これからトラブってるところに突っ込む感じっすね? しかも神7が絡むレベルの。イヤーなような、それはそれで逆にときめくような?」
星陵荘の前、タクシーから降りた少女は背伸びをしながら
会計を終わらせ降りた未解は、彼女の言葉にため息を吐く。
「はぁ……
「ういーっす」
気の抜けた返事をし、
「えーっと、一番奥だったすかね? とりゃ」
一切の躊躇無く、夢理菜は花恋達の部屋のドアノブを握って回す。
「むむっ……?」
しかし、夢理菜がどれだけ力を入れようと、そのドアノブは微動だにしない。鍵自体は開いている。その空かない理由が、未解には見えていた。部屋一つ分、全ての分子の座標情報が干渉され位置を固定しているのだ。それも、丁寧に時間制限付きで。
「あれ、鍵かかってるんすか?」
「――あと10秒待て」
「はぁ」
呆けた顔で夢理菜は10秒待ち、ドアノブを回す。すると今度は何の取っ掛かりも無く回り、夢理菜は「おぉ」と小さく声を漏らした。
* * *
「ういーっす。呼ばれて飛び出る夢理菜ちゃんっすよー」
文美が指を鳴らしてすぐ玄関が開き、夢理菜が入ってくる。少なくとも部屋にいた5人にとっては、そう感じられただろう。後数分と聞いていたヒバリは、早過ぎる夢理菜の登場に驚いていた。
「ったく、時間制限を間違えて百年でも閉じこもっておれば、こっちとしても楽なんじゃがの」
うんざりだと表情だけで露わにしながら、未解も夢理菜の後に続いて現れる。
「時間制限――」
「
「もう、
「黙れにわかSF。かじった知識でそう名付ける奴が一番嫌いじゃと言っとる」
「相変わらずお二人は仲良いっすね――と。おぉ、ホントに神7っす」
ソファに倒れ込む実那と優梨を見て、夢理菜は口を丸くする。駆け寄ろうとしたが、それは未解に遮られた。
「まずは花恋からの」
「へーい、むりぴょんヘルプミー……」
覇気の無い声で呼びかけつつ、花恋は手を伸ばして夢理菜に反応する。
「もぅ、相変わらず花恋っちも馬鹿やるっすねー」
「それが取り柄ですから」
「ただの欠点じゃ。そろそろ自覚せい」
力なく笑う花恋に、未解は毒を吐く。
夢理菜は花恋に近付く。そして、花恋の手を取って夢理菜は目を瞑った。
夢理菜の意識外意識が、アイドル次元の花恋の身体情報をスキャニングする。それが夢理菜の意識に抽象化されてフィードバックし、頭の中に花恋の身体イメージとして浮かぶ。CGで表現したかのような人体の内部、夢理菜は消化器と全身の血管に広がる光る物を見つけた。
「……あー、これっすかね。ほいっ、と」
夢理菜はその光に意識を向け、「痛いの痛いの飛んでいけ」と念じる。夢理菜はアイドル次元の座標情報に干渉し、毒である物質だけを体外――火星軌道上くらいの滅茶苦茶な座標に転移させた。
夢理菜が手に触れてから数秒で、花恋の解毒は終了する。それにより段々と、花恋が感じていた目眩や吐き気は引いていった。
楽になり、花恋は頬を緩ませる。
「ふぃー……」
「具合悪いのはすぐ治らないかもですけど、これでとりあえず悪化はしないんじゃないですかね」
「ううん、もう大分良くなったみたい。むしろ健康になった気すらするよ」
「それは何よりっす」
夢理菜はただ身体に有害な物質を感知しているだけなので、これといって毒などに関する知識は持ち合わせていない。彼女は基本フィーリングで生きているのだ。
夢理菜は立ち上がり、神7の二人を見やる。苦痛に顔を歪めていて、そこには夢理菜が画面越しに見ていた少女達の笑顔は無かった。
「そんで、あのお二人も治した方良い感じっすか?」
「ちょっとその前に、だね」
復活した花恋は立ち上がり、優梨の元へと歩み寄る。見下げる花恋を、優梨は顔をしかめて睨み付ける。
「っ……何する気だ」
「ちょっとお電話拝借しますね」
機嫌良さげな笑顔で、花恋は優梨の服のポケットを漁り、スマホを取り出した。パターン入力のロック画面、花恋は知っているルートを指でなぞる。それにより、ロックを一発で突破する。
「えーと電話帳の……あったあった」
そして花恋は一人の人物の電話番号を見つける。その相手は無論、「一色千里」。
一切の躊躇もなく、花恋はその番号に電話を掛けた。
「ちょっと相沢さん、何を――」
「ん、ちょっと聞きたいことがね」
困惑するヒバリを差し置いて、花恋はスマホを耳にあてる。部屋に漂う、張り詰めた空気。幾人がつばを飲んだ。
そしてコールが二回目に入らないうちに、相手が電話を取った。
「もしもし?」
『……』
「千里ちゃ、じゃなくて千里さん――ああいや、万里さんでオーケーですか?」
『……ふふっ、そう来なくちゃ』
花恋の声に電話の先、少女が笑う。テレビなどを通して聞いてきた、聞き慣れた声。そしてその反応に、花恋も口角を上げた。
「別に今日殺すつもりも無かったようですし、もしや腕試しみたいなものなのかなーと思ったんですけど、そういう解釈でもよろしいでしょうか? 能力の通り具合から考えるに、監視もしてなかったみたいですし」
『監視なんて、そんな無粋な真似はしないわ。だって、それだとつまらないじゃない?』
「まぁ、賛同するかはともかく、言いたいことは」
『それで? 優梨と実那は?』
「あー、絶賛食あたりナウです」
『そう。それなら、今日の腕試しは合格ね。おめでとう、相沢花恋』
「――それはどうも」
花恋はヒバリへと視線を向ける。自身の復讐相手がその電話の先にいるという事実に、ヒバリは戸惑いと憎悪の混ざった視線を花恋の持つスマホに向けていた。
「――電話変わっていいですか?」
「っ!」
花恋の言葉に、ヒバリは息を飲んだ。
『えぇ、どうぞ』
「では」
花恋はスマホをヒバリに差し出す。
「……」
画面に映るその名前に、ヒバリは目を落としたまま黙り込む。何を話せばいいのか、千里は何を話すのか。そもそもどうしてあんなことをしたのか。考えばかりがヒバリを囲い、手は中々差し出されたそれを受け取ろうとはしない。
すると花恋は何も言わず、もう片方の手でヒバリの手を取った。驚くヒバリの手を、花恋は優しく握る。
「……」
深く一度、深呼吸。ゆっくりと目を開き、ヒバリは覚悟を決める。花恋からスマホを受け取り、ヒバリは耳にあてた。
「……もしもし」
『や、久しぶりヒバリ』
五年という年月にそれ以上の隔たりを加えてもなお、千里の返答はシンプルなものだった。声自体は今までテレビで聞いてきたのと同じもの。しかし今電話の先にいる相手からヒバリが感じたのは、アイドル・一色千里ではなく姉の翁草万里だった。
「……五年ぶりね」
『元気してた?』
「っ……よくそんなこと言えるわね」
『そこはほら、お姉ちゃんだから』
「今でも姉のつもり?」
ヒバリは眉を寄せ、怪訝な表情をする。電話の相手の微笑が、ヒバリには見えたような気がした。
『ま、そりゃ怒ってるよね。許されないことだというのも、私は分かってるつもりよ。……でも、それはヒバリも同じじゃない?』
「……っ」
ヒバリはナイフの柄を強く握り締め、沈黙する。
『所詮似たもの同士なの。私達にはお互い目指す先があって、そのためには人の命なんか安いと思ってるわけ』
「っ! 自分の家族の命すら安いというの、あなたは……!?」
『ヒバリの殺したアイドルだって、誰かの家族よ?』
「それは罪だと分かってるし、許されるつもりも無いわ。目的さえ遂げられたら、私は罪を償う」
『罪ねぇ……贖罪なんて、ただの自己満足じゃない。それこそ殺人より無駄で愚かな行為よ。死の先は無なんだから』
「……誰かみたいに、開き直るよりはマシよ」
『あら。夢のために、多少の犠牲は付きものでしょう?』
千里は不敵に笑う。今自分が会話をしているのは、自身のためなら家族をも犠牲と葬る人間。そしてそれが自身の姉だという事実に、ヒバリは小さく震えた。
「……一体、あなたの目的は何? どうして父さんや皆を殺したの?」
『――悪いけど、それは言えないわ』
ヒバリの質問に、千里は一転して冷めた口調で返す。
『そうね、一週間あげる。合格のご褒美よ。その間は私達から手を出さないわ。私達も暇じゃないしね』
「一週間――」
ヒバリはカレンダーを見る。一週間後の日付には、赤いペンで花恋達が丸を付けていた。数字の下に書かれているのは、「総選挙予選開始」。神7はもちろん、全てのアイドルが盛んに活動する時期だ。ヒバリとて、仕事が少なからず入っている。その間にできることなど、たかが知れていた。
『ま、せいぜい頑張るのね。花恋ちゃんにもよろしく言っといてー。それじゃ』
「! ちょっと待ちなさ――」
ヒバリが言い切る前に、千里は通話を一方的に切った。ツーツーという音に、ヒバリはスマホを持つ手をぶらりと下げた。
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