アイドルをくらわばさらまで


「はぁー、食った食った。ごちそうさま」


 食事を終え、五人はテーブルを囲んでいた。神7の二人がソファに座り、ヒバリと文美はテーブルを挟みその正面の床に座り込んでいる。


「はい、飲み物どうぞ」

「わーいコーヒー牛乳!」


 キッチンから飲み物をお盆に載せ、洗い物を済ませた花恋が戻ってくる。実那は花恋がお盆をテーブルに置くのを待たずにその内の一つを取り、両手でコップを持ち勢い良く飲む。


「ぷはぁ! このために生きてる!」

「文美さんは水でいいですよね」

「ええ、あと出来れば鉄分のサプリメント」

「あーはいはい、あれだけ鼻血出せばそうですよね」


 花恋はタンスの引き出しから瓶を取り出し、その中の錠剤を取り出す。そしてそれを文美の口に入れ、ストローで水を飲ませた。


 その様子を横目に、ヒバリはホルダーに装着した武器がちゃんとあることを確認する。そしてそれが神7の二人に気付かれていないことも確認し、ヒバリは心の中で安堵していた。


 アイドル次元には干渉の先行優位性が存在する。一つの情報に対し、同時に複数の意識が干渉することができないのだ。これはアイドル次元における自然則であり、一色千里といえ例外ではない。

 しかし、ここで重要になるのはアイドル次元における「情報」の分離性だ。物質世界の分子一つを見ても、その分子一つに対しアイドル次元には座標、エネルギー、質量といったように情報パラメータが複数に分かれ存在している。

 

 例えば実那の瞬間移動の場合、意識外意識が干渉するのは座標の情報。そして実那が能力を行使している際、他のパラメータになら他の意識外意識も干渉することが可能なのだ。


 だからヒバリは瞬間移動で花恋達の部屋に来る際、武器の認識阻害を一時的に視覚情報に関わる部分のみ――つまり透明化ステルスに変更していた。もしそうしていなかったら実那の瞬間移動の対象にならず、あの場に銃とナイフだけが取り残されることになっていただろう。それに気付いたヒバリの咄嗟の行動だった。


 透明化ステルスは不完全な認識阻害だ。視覚では捉えられないが、気を向ければそこに何かがあるようには認識できる。ただそれが何かまでは分からない――低確率とはいえ、能力の行使がバレる可能性もあった方法だ。警戒されていればすぐに察知されていただろう。しかし花恋達の茶番により、二人の警戒がおろそかになっていた。図らずも、文美の鼻血と未解のコンプレックスがヒバリの武装を疑われる機会を脱するのに役立っていたのである。


「……じゃ、そろそろ本題に入るか」


 全員が着席したのを確認し、優梨が脚を組みソファにもたれかかる。その瞬間、弛緩していた空気が強張るのを各々感じていた。


「――別に、千里は別にお前を殺そうとなんて思ってねぇよ」

「っ――!」

「っ……」


 さっきまでの悠長な態度とは打って変わって、直球を投げつける優梨にヒバリは驚く。花恋も反応したものの、眉を寄せる程度であった。


「え、殺すって何? もしかして今からヘヴィな話始まる感じ? やだ見えないの怖い!」


 状況を理解していない文美だけが慌てる様子を見せ、アイマスクを外す。視界に神7の二人が入ったことで気絶しかけたが、文美は根性で壁と向かい合い対処しきった。


「あ、最初からそれで良かったですね」

「でもこれだと振り向きたい衝動と戦うことになるのよ。あぁ、今後ろに神7が……我慢、我慢よ文美……!」


 体育座りで膝に顔をうずめ、文美は必死に身体を震わせながら欲と戦っていた。


「ま、ここまで関わったんだ。無関係とも言えないから聞いといた方がいい」


 優梨は笑いながら、文美の背中に語りかける。「ひゃう!?」と短く悲鳴をあげた文美だったが、そこは堪えた。良くも悪くも、文美は面食いなのだ。


「……それなら、今日来たのは何故」


 ヒバリが抑えた声で問う。それに対し、優梨の笑顔は崩れない。


「……6人。何の数字か分かってるだろ?」

「っ……!!」


 ヒバリは唇を噛んだ。 

 その人数を、


「私は別に私怨は勝手にしろって思ってるけど、さすがにそっちは責任とらないと。なぁ?」


 優梨はあざ笑った。その顔を見据えるヒバリは、不可視のナイフの柄を強く握り締める。今日ここに来た理由が花恋との接触なのは確かだが、ヒバリを捕まえる上の大義名分を、彼女達は既に手中に収めているというわけだ。

 ――捕まえるだけなら、穏便な話だが。


「相手はアイドル殺しの殺人鬼。私達が来たところに反撃してくる、なんてことがあってもおかしくないわな。そうなると私達も、実力行使せざるを得ないって感じ?」


 優梨が腕を振るう。その瞬間、ヒバリの頬に赤く線が入った。そしてそのまま、衝撃波が部屋の壁を襲う。威力を調整していた分、それは壁紙が小さく剥がれる程度に済んだ。


「っ――!」


 優梨の能力、突風ブラスト。本人のイメージする風の動きをモデルに、優梨の意識外意識が余剰エネルギーだらけのアイドル次元から熱量を物質世界の気体分子に自由自在にエンコードし、風を起こす能力。イメージという制約上範囲は視界と自身の周囲に限定されるが、それでも余りある自由度を持つ能力だ。今回のように範囲をごく小さく、そして多量のエネルギーを注げば、それは骨すら絶つ衝撃波ともなる。


「透明人間の上、凶器から考えるとどうやら銃も持ってるみたいだし。まぁ保身の上で殺しちゃってもしょうがないわな」

「殺人鬼……ヒバリたそが?」


 一人状況から蚊帳の外の文美。予想外の事実に、顔を上げ壁へと問い掛けていた。


「そ。こいつがここら辺のアイドルを殺して回ってた犯人」

「っ……!?」


 文美は言葉を失った。色々な意味で振り返りたい衝動に駆られる。しかし後ろを見て、そこに待つのはトップアイドル達。それはもう文美にとって血の海も同然だ。ぎりぎりのところで、文美は思いとどまる。


 そんな文美の背中を見つつ、ヒバリは頬の血を拭って優梨を睨む。その目に、ヒバリは歪んだ殺意を見た。今ここで能力によって認識の外に逃げようと、ヒバリ本人がいなくなるわけではない。部屋の中全てを対象に優梨が能力を行使すれば、隠れる意味もないだろう。ヒバリの背に、冷や汗が流れる。


「……はぁ、ものは言いようですね」


 するとそこで、二人のやり取りを横で静観していた花恋がため息を吐いた。


「いいよヒバリちゃん、もう能力解除しちゃって」

「でもそれは」

「いいから」


 刹那、花恋は冷気をまとう。凍てつくような視線に、ヒバリは息を飲む。口元が笑っていないため雰囲気は違うが、その目はあの路地裏、花恋が銃を突きつけた時と同じものであった。


 彼女には、何か考えがある。ヒバリはそう直感した。


「――分かった」

「うむ、それでよし」


 ヒバリが頷くと同時、花恋は立ち上がる。その時には既に、花恋は再び朗らかな笑顔に戻っていた。その豹変ぶりに、ヒバリは得も言われぬ恐怖を感じた。

 ヒバリが認識阻害を解除する。身に付けていた武器が露わになり、血の付いたサバイバルナイフと拳銃に優梨は一瞬動揺の色を見せた。

 途中で水を差されたことで、優梨は不満そうに眉を寄せる。


「相沢花恋……だったか? お前の目的は何だ?」

「目的?」

ヒバリこいつに加担する目的だよ。何で人殺しの味方をする?」

「わぁお、特大ブーメラン」


 優梨の言葉を、花恋は楽しそうな表情にジェスチャーも付けて返してみせる。


「ヒバリちゃんが何をしようが、私は味方ってもう決めてるんですよ。何でと聞かれても、そういうものとしか言えません。逆に私が聞きたいですよ。どうして優梨さんは一色千里に従ってるんですか?」

「っ! この……!」


花恋に煽られ、優梨は腕を振るう。



>私は、



 そして優梨は花恋に向かって能力を行使した。しかし、部屋の中に起こったのは


「っ!? 嘘、どうして!?」

「――動き付きだと、タイミングが分かりやすくていいですよね」


 能力が発動せず困惑する優梨に、花恋はいたって普通のことのように答える。


「まさか……能力を被せたっていうのか!?」

「さすが神7。理解も速いですね」


 拍手する花恋に、優梨は驚愕の表情を見せた。

 光速を越えるスピードでアイドル次元を駆け巡る意識外意識。とはいえ、優梨の突風ブラストは時間的に連続した干渉だ。

 そして、花恋の能力はを対象とする。情報パラメータの全てに、ほぼ同時に干渉する。能力の先行優位性が存在する以上、優梨のような能力相手にならキャンセル技としても応用が利くのだ。


「そりゃ驚きますよね、私もできるとですから」


 その言い回しに、ヒバリは今花恋が能力を使ったのが戻ってきてだと悟った。既に一度、花恋は能力を行使している。

 なら、一回目はどこで使ったのか。

 

 目印は、風。


「……換気扇」

「あ、ヒバリちゃんは気付いてたか」


 花恋がキッチンで料理をしている際、カーテンが大きく動いた。窓も開いており、換気扇を回し始めたからだとヒバリ達は思っていたが、そこに被せて花恋は能力を行使していたのだ。


「私の能力、干渉できる情報という情報全てを手当たり次第触るんですよ。だから優梨さんのような比較的時間のかかる能力だと、こうやって出鼻をくじくことはできるみたいです」

「お前……!!」

「あー、静かにしてくれません? みーたんが具合悪そうじゃないですか」

「何……?」


 花恋に言われ、さっきから黙ったままだった実那へと優梨は振り向く。隣に座っていた実那は険しい顔をし、目頭を押さえていた。


「何かね、物が二つに見えてきた……頭も痛いし、すごい気持ち悪い」


 顔をしかめてそのまま、実那は優梨の膝に頭を預けて倒れ込む。それと同時、優梨にも実那が言ったものと同じ症状が襲ってきた。


「――まさか」


 優梨は怒りに燃える瞳を、焦点の合わないまま花恋に向けた。当の花恋は楽しそうに笑いながら、ポケットから二つの同じ瓶を取り出した。


「秘密の隠し味をと思って最後にパスタに調味料を加えたんです。そしたら何故かテトラミン……いわゆる貝毒なんですけど、間違ってこっちを加えてしまって。文美さんが他の調味料と同じ容器に入れたもんですからつい」


 分かりきった虚言にキレた優梨が攻撃しようとするも、優梨の症状はどんどんと悪化し、吐き気、めまい、頭痛が次々と襲ってくる。逃げられぬその苦痛に、能力のイメージもままならないまま、優梨はソファに倒れ込む。


「この、やろう……!! 何でそんなもん持ってるんだ……!!」

「実はウチの事務所のアイドルに佐藤夢理菜さとうむりなちゃんという解毒能力を持つアイドルがいましてね? アイドルとして解毒って出番が無いのでランクはCなんですけど、まぁ顔が文美さんのドストライクでして。『むりぴょんに解毒されたい! 死なない程度の強さで出来れば視覚に関わる毒!』という願望から、ツブ貝を仕入れて唾液腺を集めるという奇行に二人で走った事があるんです。文美さんはそのおかげでこの毒に耐性が――あ、だめ耐えられない」


 言い切るまで耐えきれず、花恋は床に倒れ込んだ。


「あー、あの変な味ってツブね。アサリじゃないと思ったのよ」


 唯一食べた中での生存者である文美は、納得したように壁相手に頷く。


「ば……バカなの……?」


 ヒバリの口から漏れていたのは、ただただ素直な感想だった。

 すると突然、部屋に一昔前のヒットソングが流れ出す。それは花恋のスマホの着信音だった。花恋は腕に痺れを感じながらも、スマホを取り出しヒバリに渡した。画面に出ている名前は、「御手上未解」。

 その相手に驚きを隠せないまま、ヒバリは電話に出る。


「……もしもし」

『その声、翁草か?花恋はどうした』

「今少し出れる状況じゃないんですけど……」

『そうか、なら概ね花恋の思い通りということか』


 未解の言葉に、ヒバリは耳を疑う。


「思い通り?」

『大方毒でぶっ倒れておるのだろう? 商店街で頭を撫でてきた時、小声で佐藤夢理菜を連れてくるよう頼まれていての。どうせそんなことだと思っとったわ』

「っ……!?」

『あと数分でそっちに着く、そう伝えてくれ』


 用件だけを言い、未解は通話を切ってしまった。

 未解はあの時怒ったのではなく、花恋の頼みを聞いてあの場から抜け出したのだ。

 つまりあの時点で、花恋はここまでの流れを考えついていた。能力を使ったタイミングを考えるに、毒を用いることは超能力による最適解ではなく、の判断。しかし効果的に能力を行使するという点で、ヒバリにはこれが最適解なのではないかと感じていた。


「何だって?」


 眉間に皺を寄せながら、苦笑いで花恋はヒバリに問い掛ける。その少女のまだ知らぬ領域に、ヒバリは笑うしかなかった。


「……もう少しで着くそうよ」


 ヒバリの言葉に、花恋は安堵の表情を見せる。


「オーケー……文美さん、この部屋全部?」

「はぁ……ヒバリたそについては後できっちり聞かせてちょうだい。――それで、一体何分?」

「カップラーメン」

「オーケー」


 壁を向いたまま、文美はパチンと指を鳴らす。


 その瞬間、花恋達のいる部屋は停止した。


 

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