思ったより茶番。
「それで、千里が言ってたのはどれとどれ?」
実那が対峙する四人の顔を面倒くさそうに一瞥し、
「えーと、ヒバリがあの黒髪の胸が無い方で、もう一人は分かんないな……多分あのお子様探偵じゃないから二人のどっちか……鼻血出してるサングラスの方? 絶対あっちの方がヤバいやつだよ」
「え――あ、文美さん鼻血! 鼻血出てます!」
「もーね、無理よ。この状況で止められるわけがないじゃないへぶっ!!」
日本のトップたるSランクアイドルの後光は対Aランクアイドル用サングラスすら易々と貫通し、細く整った須藤山脈が噴火した。そしてそのまま、文美は直立で地面に倒れ込む。
「文美さーん!? しっかりして!気を確かに!」
花恋と文美がコントを繰り広げている横で、ヒバリは現れた二人を警戒し見ていた。花恋に教えると同時に現れた時点で六道実那は予想していたが、もう一人来た人物はヒバリにとっても嫌な相手だった。
何よりヒバリが懸念していたのは、彼女の能力が戦闘に関して強力なことだ。
七織優梨の能力は
「――何の用かしら?」
低く落ち着いた声で、ヒバリは優梨に問い掛ける。これだけ人の目があればすぐに手を打ってくることもないという考えだった。その言葉に、優梨は面倒くさそうな顔をする。
「別に、ただの軽い挨拶。私に関して言や、千里に確認してこいって言われた時に一番実那の近くにいたから来ただけだし」
ピアスを弄りつつそう告げ、優梨は周囲のギャラリーを見渡す。その視線だけでも、何人かの女子が文美のようにばたばたと倒れていく。
「まーここだとあれだし、どっか店でも入って話さない? 私まだ夕飯食べてなくてさ、もうお腹ペコペコなんだわ」
「えーでも優梨ちゃん、そんなことしてたら千里ちゃん怒らない?」
「千里もよく言ってるでしょ、腹が減ってはアイ活出来ぬって」
「そっか、それならいっか!」
実那は早々に丸め込まれる。単純で扱い易い、というのは優梨の心情だ。
「お主、
ヒバリにそう聞く未解は警戒の色を見せている。理由なくして、神7ともあろう人物がこんな宮城の寂れた商店街に来るはずがない。そして状況を見れば、その目的がヒバリにあるのは誰にでも分かることだ。
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ
「……」
回答に詰まり、ヒバリは黙り込む。その沈黙の内によくない事を察した未解は、頭を抱えため息を吐いた。
「全く、仕事以外の面倒事は嫌いじゃな……」
「ねぇ、そこの子供探偵さん、どっか良い店知らない?」
実那の遠慮のない言葉が、未解のコンプレックスを刺激した。
「――何じゃと?」
「だから、良い店知らない?」
「いくら自分の立場が高かろうが、年上に対し礼儀というものがあろう」
「え、年下じゃないの?」
実那(14歳)は目を丸くする。その反応に、未解の額に血管が浮かんだ。
「とっくに高校など卒業しとるわ!」
「「えっ……」」
実那の反応よりも先に、ヒバリと優梨が驚きの声を漏らす。ヒバリは花恋の態度で一応年上なのかと疑問ながら受け入れていたのだが、さすがに三つ以上も離れているとは思ってもいなかった。
実那も未解の年齢に驚き、目を大きく見開く。
「えー!? すごい! 全然見えない! 若いね!」
「っ――ここまでの殺意は久方振りじゃのう……」
拳を震わせ、未解は沸き上がる怒りを必死に抑え込む。
「未解さん、どうどうどう」
すかさず文美の介抱をしていた花恋が駆け寄り、頭をなで回す。それで怒りが頂点に達した未解は、高速ターンから回転力を乗せた拳を花恋のボディーにお見舞いした。
「ごふぁっ!?」
「えぇいどいつもこいつも子供扱いしよって! もう帰るわ!!」
踵を返し、未解は早足でギャラリーの中を突っ切って消えてゆく。残されたのは鼻血を出して気絶する人、腹を抱え悶える人、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる人、そして呆気にとられる人二名であった。
「……」
ギャラリーからのシャッター音が、虚しく商店街に響き渡る。
* * *
「で、結局戻ってくるというね」
復活した花恋は、開けきった窓を見て肩を竦めた。
あの場から実那の瞬間移動で一度脱出した五人は、それから十数秒の討論で「食べるものくらいならウチにあるよ」という花恋の提案により再び花恋と文美の部屋に戻ってきていた。街中であれ以上騒ぎを大きくするのも躊躇われたため、ヒバリもしぶしぶこの提案を飲んだ。
「ま、実那の
担いでいた文美をソファにぶん投げ、優梨は息をつく。
「……」
ヒバリは喋らず、ただ優梨を警戒する。ヒバリの緊張と優梨の弛緩が織り混じった微妙な空気が、両者の間には流れる。その周りでは実那が勝手にテレビを点けてチャンネルを回したり、花恋が鼻歌を歌いつつ冷蔵庫の中身を確認したりしている。
「あ、適当にくつろいでてくださいねー」
キッチンからの声に、ヒバリは怪訝な顔をする。気絶した先輩と、敵であろう神7の二人。それらと同じ空間に放り込まれて、何をどうくつろげというのか。
「あ、この前ロケ行ったとこだ!」
「あー、あの山ん中か。この時期で何であんなに虫いたんだろうな、マジで」
「……」
横からテレビを見る二人に視線を注ぐヒバリに、優梨がニヒルに笑う。
「まぁ、そう焦んなって。別に食ってからでもいいだろ?」
「そうそう、焦ってもいいことないよー」
「――あれ、家にみーたんと優梨様が……まさか幻覚?」
「ふんふんふふーん」
キッチンでは花恋がコンロの火を点け、換気扇のスイッチを入れる。開いたベランダの窓からの風が吹き込み、カーテンを揺らしていた。
「……はぁ」
大きなため息をつき、ヒバリは壁にもたれかかる。ある程度警戒心を残しつつ、ヒバリは花恋のフライパンを振る音に耳を澄ませた。
「わぁ、美味しそう……!!」
二十分程で、テーブルの上には人数分の魚介パスタが並んでいた。開いたアサリの貝が見た目を際立たせ、上にはパセリや糸唐辛子といったトッピングまで加えられている。
「あるものでですけど、まぁ許してください」
エプロン姿の花恋が苦笑いをする。待ちきれんとばかりに優梨は「いただきます」と合掌し、その麺を口に頬張る。
「――ん、普通に美味いな、ニンニク効いてて良い」
これといって大袈裟な反応をすることもなく、優梨は二口目を運ぶ。アイドルともいえど、カメラが無ければ食レポなんてこの程度だ。この場合、単に優梨の語彙力が乏しいことも問題の一因ではあるのだが。
優梨の食いっぷりを見て、他の面々も続いていただきますと挨拶し口に運ぶ。
「んー、これ美味しい!」
純真無垢に、実那は左手で頬を押さえ身体を左右に揺らしその美味しさを全身で表現する。語彙をボディランゲージでカバーする食レポにおける実那の常套手段が、すっかり身に付いている証拠であった。
「文美さん、口開けてー」
「あー」
そしてその横では、復活しサングラスからアイマスクへとグレードアップした文美に花恋がパスタを食べさせていた。それを咀嚼して飲み込むと、文美は不満そうな反応を見せる。
「んー、花恋これ何か変な味するの気のせい? うっかりヤバいのとか入れてたりしない?」
「多分血と鼻栓のせいですかね。でも取ったらまたアイドルの匂いがーとか言って鼻血出すんですから、多少は我慢してください。はい、あー」
「あー」
「……」
この状況にイマイチ食欲の湧かないヒバリは手を動かすでもなく、ただ目の前のパスタに目を落とすだけだった。
「あれ、ヒバリちゃん食欲ない?」
花恋が心配そうな表情でヒバリの顔を覗き込む。
「ごめんなさい、ちょっと今は……」
「まぁ、無理して食べるよりはね」
花恋の笑顔に、ヒバリは気まずさを感じた。このまま食べないというのも、状況が状況とはいえ花恋の好意を無視することになる。少しくらい食べて、味の感想でも言うべきなのではとヒバリは考えた。
「そ、それじゃあ一口くらいなら」
「あ、食わないならくれ」
しかしヒバリがフォークに手を伸ばしたところで、自分の分を完食した優梨がヒバリの皿を掻っ攫っていった。ヒバリの伸ばした手は勢いを失い、そのままヒバリの膝の上に着地する。
「あはは……ま、次の機会にね」
苦笑気味に、花恋はヒバリにそう言った。
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