お前がアイドルにならないのは勝手だ。けどそうなった場合、誰が代わりにアイドルになると思う?


「それで、どうしてバレたわけ?」


 日が出ている時に歩いた道を走りながら、花恋はヒバリに問い掛ける。ラフな格好の花恋とは異なり、ヒバリはジーンズの上から武器二種を収めたホルダーを付けている。それでも花恋とヒバリの走るスピードは変わらない。自身の能力が認識阻害である以上、ヒバリの攻撃手段は非アイドル的なものに頼らなくてはいけない。そのためヒバリは常日頃から身体を鍛えているのだ。


「これは憶測でしかないけど、恐らく私と姉さん……一色千里いっしきちさとの間では認識阻害能力の効果が機能しないの」

「……なるほど、両者筒抜けってわけね。それは血縁関係だから?」

「さぁ、姉妹揃って超能力者なんて聞いたことが無いから」


 認識阻害が無効化されるからこそヒバリは一色千里のことを認識し続けていたと考えれば合点がいくし、ならばその逆が起こらないとは言い切れないだろう。能力への理解速度に関して言えば、能力に頼らずとも花恋は高い理解力を持つ。


 ここで、花恋に一つの疑問が浮かぶ。


「でもそれなら、どうしてヒバリちゃんは殺されなかったの? 認識阻害が効かないなら、隠れることは不可能だよ」

「いくら一色千里でも、目醒めた時から今みたいな化け物じゃなかったんだと思う。私は認識の阻害できないから、結果としてその時の修練度で勝っていた――この様子だと、もう凌駕されてるみたいだけど」

「なるほど、圧倒的自由度の弊害ってわけか」


 花恋達普通の超能力者をコードがプログラミングされた機械とするならば、一色千里はキーボードを叩くプログラマーの領域に存在している。一色千里は、。その場でアイドル次元へと干渉するコードを書き、臨機応変に超能力を行使することができる唯一の存在、それが一色千里なのだ。


 現在ではほぼ全ての能力を使う事ができると言っても過言ではない彼女に、敵は存在しない。もし本気でも出してみれば都市の壊滅くらい造作もないのだろう。それだけの人物だ。そしてそんな恐ろしい存在が、この国では超能力者の象徴として崇め奉られている。そうようになった花恋は、この瞬間自分の暮らす世界の不気味さにこの時初めて気付いた。


 他の家族を皆殺しにした姉が、国の象徴として崇拝される世界。

 そんな狂った世界で、ヒバリは5年も生きてきたのだ。その気持ちを想像するだけで、花恋は飲んだものが込み上げてくるような気持ち悪さを感じた。


「……だとしても、どうしてお姉さんは家族を殺したの?」

「それはむしろ私が聞きたいわ。それを知るために追ってるんだもの。こうして本人が直接来ないままなのも、何を考えているのか分からない」

「確かにそうか」


 二人は走るのを止める。商店街へと辿り着いたからだ。人の賑わいがあり、おいそれと騒ぎを起こせる空間では無いだろうと花恋は思案する。


「ここまで来ればとりあえず大丈夫かな。問題はこの後どうするかだけど……」

「あら、花恋じゃない。どうしてここに?」


 声を掛けられ、二人は振り返る。そこにはサングラスを掛けた文美と、横に並ぶトレンチコートを着た小柄な少女がいた。トレンチコートの少女は栗色のふわりとした髪の上にドット柄の鹿棒撃ち帽を被り、その出で立ちは古典的な探偵を思わせた。といっても背丈はヒバリの肩口程度しかなく、顔立ちも幼いため、総評に関しては「子供探偵」とでも表現するのが正しいだろう。

 そして、その少女は花恋にとっても馴染みのある人物だった。


「文美さん! それに未解みかいさんも!」

「ふむ、翁草ヒバリの件は本当じゃったか。てっきり文美が幻覚を見始めたものかと思ったわ」


 時代めいた口調で探偵風の少女、御手上未解おてあげみかいはヒバリを一瞥する。その言葉に、文美は頬を膨らませて横から未解を抱き締める。豊満な胸が顔に押し当てられ、未解はかなり嫌そうな顔をした。


「もー、ミカちゃんひどいなぁ」

「じゃからその呼び方はやめろと言っておろう」

「いいじゃん減るものじゃないし」

「ええい五月蠅うるさい!」


 未解は文美を引きはがす。それからため息を吐き、再度ヒバリへと目線を戻す。


御手上未解おてあげみかいじゃ。「御手洗おてあらい」と「美嘉みか」以外なら、チビだろうが何だろうがどんな呼び方でも構わん」


 とりあえず本名で呼ばれることが嫌なんだとヒバリは察する。本人が望むならならそれを考慮してあげるのが良いのだろう。しかしその格好で御手上とは。「御手上さん」と呼ぶのはヒバリには抵抗があった。


「……それじゃあ、未解さんでいいでしょうか?」


 結果消去法的に多くの人がこうなる。


「ふむ、無難じゃの……っ!」


 すると突然、未解は怪訝な表情をする。その表情に花恋と文美は身を固め、ヒバリは何があったのかと戸惑う。


「……おるの。この感じは座標干渉系――人? となると瞬間移動テレポートの類いか。距離があっていまいち計りかねるが、恐らく二人じゃな」


 眉を寄せ、未解はそう告げる。その言葉に、花恋は引きつった笑みを見せた。


「あー、もう追い付かれたか……というか一人増えてるし」

「能力が分かるの?」


 ヒバリは驚いていた。アイドル次元の現象を知覚し、相手の能力を見極めることができる能力。そういう能力を持った超能力者がいるとはヒバリも風の噂に聞いたことがあったが、実際にNorth Starsを含めそんなアイドルを見た事は無かったからだ。


「所詮分かるだけだがの。意識外意識特有の情報干渉パターンを感知し、三次元情報まで噛み砕いて理解する能力――能力視ビジュアライズとでも呼んでくれ」


 表情をあまり変えずに、未解は能力を説明する。それに花恋が捕捉を加える。


「未解さんは一応ノースタ所属だけど、定義的にはアイドルじゃなくてスカウトマンだからね。野良の超能力者を探してアイドルにならないか交渉したり、後はこの辺で起こる超能力関連の事件の調査とかも手伝ってるの」

「ま、今度の連続殺人は何も掴めておらんがの……というか花恋、お主また能力を乱発していたようじゃが、マジでやめてくれんか。お主のは他のやつと比べてレベルが違いすぎる。おかげで気絶しかけたぞ」

「はは、気を付けます……」

「……」


 未解の言葉に花恋は苦笑いし、ヒバリは無表情だった。

 未解の横では、文美が口に手を当て考え込む。


「瞬間移動――それだと朱鷺とき様……は、そっか……」

「うむ、昼に殺されておる。それに、あいつは自分だけじゃ」


 文美は目に涙を蓄える。

 文美の言う朱鷺様とはNorth Starsのトップアイドルで、短距離ではあるが数少ない瞬間移動を有するアイドルだった。女王系のキャラが受け、前回の総選挙でも50位圏内に入るなど高い人気を誇っていた。

 そして、花恋が目撃したヒバリの殺人の被害者でもある。

 無言になる花恋とヒバリに対し、文美は悲しみに明け暮れている。


「こうなるなら、勇気を出して一回踏んでもらえるよう頼むんだった……」

「殺されるべきはお主だったのではと私は思っとるよ……っ! また飛んだか、今度はかなり近いぞ」


 未解は商店街の入口に目を向け、雑踏へと目を細め探している。その雑踏が少しざわつき始めるのを四人は感じる。


「――六道実那」


 ヒバリは短く名前を呟いた。その名前に、三人はヒバリへと視線を集める。


「六道実那って……まさかあの?」

「恐らく」


「あー!! いたよ優梨ちゃん!!」

「「「「!?」」」」


 四人が声の方向に目を向けると、そこには小さな金髪の少女と背の高いクール系の黒髪ポニーテールの少女の二人が立っていた。二人を中心に、通りがかりの人々が輪を作ってざわついている。


「おいあれ、もしかして六道実那と七織優梨ななおりゆうりか!?」

「まじ!? ホンモノの神7!? 写メ撮らなきゃ!!」

「キャー! 優梨様ー!!」


 老若男女問わず、皆が騒然としている。落ち着いた様子だったのは未解とヒバリぐらいのもので、花恋と文美も目の前の光景に身体を震わせていた。

 実那が一歩進み、胸を張って四人を睨む。


「さっきはよくも騙してくれたわね! もう容赦しないわ!!」


 八重歯をちらつかせ、実那は怒鳴りつける。その様を花恋と文美は信じられないといった表情でまじまじと見た後、示し合わせたかのように顔を合わせる。


「花恋ちゃん、あれ……」

「えぇ、間違いないです……!!」


 再び実那を見る。

 目を輝かせ、二人は互いの手を握り合った。


「「みーたんだー!!!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る