アイドル浪漫逃避行。


「千里ちゃんが、ヒバリちゃんの姉……!?」


 予想だにしないヒバリの告白に、花恋は驚愕していた。


「そう。そして一色千里の正体を認識した以上、相沢さんはもう逃げられない」

「それはどういう――」


 ピンポーン。


 花恋の声を遮るように、玄関のインターホンが鳴った。


「っ!? さすがに早過ぎる……!?」


 ヒバリが驚愕の表情を浮かべる。いまいち理解していない花恋は、何かエラいことが起きたのかな?くらいのスタンスだった。


「出た方いい?」

「……どっちでも大差無いわよ、多分」

「大差無いって何が?」


『あのー、もしもーし! いるんでしょー! 出てきなさいよー!』


 ドアを直接叩き、インターホンを押したであろう人物が外から声を掛けてくる。それは幼げな少女の声だった。もっとも、ここまで来られるのは玄関を普通に通ろうが他の手段だろうがどちらにしてもアイドル、もしくは一般の超能力者に限られる。その事を思い出し、花恋は状況の緊急さを察した。


「もしかして、もうバレたの?」

「可能性としてはほとんどありえないと思ってたんだけど……それほどの相手だということね」

「デリバリーピザでもこんなに早く届かないよ、ははっ」


 アメリカンにウィットに富んだジョークを言ってみた花恋だったが、雰囲気がウェットに富むに終わる。


「――ま、ヒバリちゃん最初に言ったもんね。ここから先は危険だって」


 花恋は思考を切り替え、能力を使うか考え始める。今ここで使って先手を打てるのならいいが、無駄撃ちになることだけは避けたい。今日は能力を使い過ぎたため、空けた時間も考慮して恐らくあと二回が限界だろうと花恋は感じていた。


『おーい、入っちゃうよー! 入っちゃうよー?』


 ドアを叩く音が強くなっていく。


「はぁ、しょうがない……」


 花恋はエナジードリンクを一気に飲み干すとソファから立ち上がり、インターホンへと向かって歩き出した。


「!? ちょっと何する気!」

「しー……」


 止めようとするヒバリに、花恋は人差し指を立て静かにと合図する。何か言おうとしたヒバリであったが、自信ありげな花恋に任せることにした。

 花恋がインターホンを取る。


「……あ、すいません待たせちゃって」

『あ、やっと出やがったわね! 何待たせるのよ!』


 インターホンの画面の中で激昂しているのは小さな少女だった。背丈の割に髪を金髪に染め、派手な服に身を包んで背伸びをしているように見えるが、先週から玄関のライトが壊れているため顔や細かいところまではよく分からない。とりあえず、アイドルの類いに間違いは無さそうだった。


「色々取り込み中でして」

『関係無いわよ早く開けなさい!』

「えっと、その……」


 花恋は声音に羞恥を混ぜる。



「い、今裸なんですけど……」


 妙に色っぽく、頬を染めて花恋はインターホンの相手にそう告げた。

 後ろで見ていたヒバリは絶句するばかりであった。


『は、裸!?』

「えぇ、『取り込み中』ですので」

『ふぁ、ふぁあああ……!!』


  画面の少女が慌てる様が見て取れた。頭を抱え、わたわたと悶えている。


「ちょっと今服を着てくるので、少しお待ちを」


 最後にそう付け加え、花恋はインターホンを切った。

 満足げな表情で、ヒバリへと振り返る。


「ま、エロゲもしないような歳だとこんなものよ。下の毛が生えてからでも出直してもらうことにしましょう」

「私達もするような年齢じゃないけど……」

「そんじゃ、逃げるとしましょうか」


 花恋はカーテンを開け、そのままベランダへと出る。ヒバリもそれに続いて出てみると、小さな空間に金属製の箱があった。


「避難用の梯子はしご使うのは二回目だっけ……」


 そんな事を呟きつつ、花恋は手際よく梯子を準備し、ベランダから下に垂らす。


「じゃ、お先に」



  *  *  *



「あわ、裸、あわわ……」


 二人が梯子で脱出し走り出している間も、六道実那ろくどうみなはインターホンの前で頭から湯気を出して立ち尽くしていた。


 そこに実那の華美にデコられたケースを付けたスマートフォンが鳴り、実那は何も考えられないまま電話を取る。


『もしもし実那? まだなの?』


 何も考えないで取っても、実那は相手がそうだと分かっていたので現状報告する。


「ご、ごめん優梨ゆうりちゃん! だ、だっては、はは……」

『はは?』

「は、裸なんだよ!」

『……は?』

「だからインターホンで聞いたら今裸だって! それにその、あの、うぅ~……」


 実那はもう泣き出す寸前だった。

 しばらくの無言――実際は絶句だが――の後、電話の向こうから少女のため息が聞こえて来た。


『はぁ……いいよもう、中入りな』

「え、でもはだk『いいから』

「うぅ……」


 言葉を遮られ、実那は心臓がバクバクするのを感じる。それでも意を決し、実那は


 電気の消えた部屋。そこには女の子の香りこそ残れど、人一人いなかった。


「あれ!? いない!?」


 実那はそんな馬鹿なと口を開ける。

 電気を点ける。リビングにはテーブル上のカップとアルミ缶程度しか人のいた痕跡は無く、目に付く物といえば一色千里のポスターくらいであった。


 閉じられた扉を見つけ、実那は今度はそこを開ける。そこは寝室……らしき空間だった。


「え、何これ……まさか、これ全部アイドルグッズ!?」


 まさに山であった。そこにはリビングで大量に陳列していた種々の須藤文美お気に入りアイドルグッズが避難されていたのだ。ヒバリが入るにあたり、文美はここに全てを移動していたのだ。


「ここにもいない……となるとまさか!」


 実那は駆け出す。カーテン、窓を勢いよく開け放ち、ベランダへと出る。


 そこにあったのは、風に揺れる梯子。


『おーい、実那ー?』


 瞬間移動テレポートの六道実那はスマートフォンを手から落とした。


「に、逃げられたーーーー!!」



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