アイドル達のお城。

 商店街から20分ほど歩き、二人は比較的新しい三階建ての建造物の前に辿り着いた。道路に面した入口には「星陵荘」と書かれた看板が掲げられている。


 星陵荘せいりょうそう。花恋やヒバリが所属している東北一のアイドル事務所「North Stars」が所有するアイドル用の寮舎の一つだ。設備は標準的で、入口のロックは暗証番号と虹彩認証によって解除される仕組みとなっていた。


「相沢さん、寮暮らしなのね」

「そ。岩手からアイドルになるために高校からこっちに来たんだ。いいよーここ、女子しか住んでないけどみんなアイドルだから防犯ばっちり」


 エレベーターに乗り、二人は三階へと上がる。


「あら、花恋お友達?」


 そしてエレベーターの扉が開くと、そこには一人の女がいた。二人よりも随分と大人びた外見で、着ている服の上からでもそのスタイルの良さは見受けられた。出るとこは出て、くびれるところはくびれている。後ろで纏めた長髪と銀縁の細いフレームの眼鏡が印象的で、顔の作りもアイドルの例に漏れず整っていた。


「あ、文美ふみさんこんにちは。――こちらは須藤文美すどうふみさん、私と同室の、一つ上の先輩」


 花恋に紹介され、文美はヒバリに向かって深々と頭を下げる。


「どうも、須藤です――それで、花恋とはどういう……!?」


 そして顔を上げヒバリの顔に焦点を合わせた文美は、突如目を極限まで開ききり、畏怖にまみれた顔となった。


「ま、まさかヒ、ヒバリたそ――ごふぁあ!!」


 文美は鼻から赤い華をまき散らして仰け反り、そのまま勢いよく後ろへと倒れ込んでしまった。


「きゃあああ!?」


 ブラウスに新たな血を受けたヒバリは驚き、エレベーターの中で尻餅をついてしまう。血だらけとなり倒れた文美の元に、花恋が駆け寄っていく。


「文美さん!! 大丈夫ですか!?」

「ふふっ……かわいいアイドルを拝んで死ぬ、それなら本望よ……」


 朦朧としていながらも、文美は口角を上げ親指を立てて見せる。


「そんなっ、まだ神セブンどころか千里ちさとちゃんを生で拝んでないじゃないですか!それでも死にきれるというんですかっ!」


 花恋は目に涙を浮かべ、必死に文美の体を揺さぶる。呆気にとられていたヒバリが「千里ちさと」のところで眉を寄せたのを、二人は見ていない。


「か、神7、千里神……はっ!?」


 花恋の呼びかけに、文美はあの世の入口から現実に引き戻される。


「あ、危なかった……三途の川で洗濯するお婆さんの所にどんぶらこどんぶらことカボチャの馬車が流れていってた……あれが脱衣婆?」

「デカい不確定要素があるので言い切りにくいですね……」


 花恋の助けを借り、文美は体を起こす。すかさず懐からポケットティッシュを取り出し、鼻を押さえた。ヒバリは立ち上がり、文美に歩み寄る。


「大丈夫ですか?」

「ちょ、ストップ! 話さないで近寄らないでマジで無理死んじゃうから!」


 最初の挨拶よりトーンの高い鼻声で騒ぎ、文美は視線を花恋に逃がす。二三度口での深呼吸を繰り返し、幾分かして文美は元の状態に戻った。鼻血を押さえているのとさっきの醜態に、ヒバリの中では随分と低い評価の第一印象が構築されていた。


「はぁー、花恋見てたらやっと落ち着いてきた」

「……それはそれで傷つきます」

「あぁいや魅力的じゃないとかそういうことじゃなくてさ、家族に容姿の良い人がいても何とも思わないでしょ? 花恋はもうその域なの。ほぼ家族よ家族」

「なるほど家族ですか! それならオーケーです!」


 あっさりと容認した花恋。二人のやり取りを端から見るヒバリは、事がさらに訳が分からなくなり困惑していた。その様子に、花恋もやっとのことで気付く。


「――あ。ごめんね、文美さんかわいいアイドルに目が無いんだ。私がヒバリちゃんのことを知っていたのも、多少文美さんからの話があったからなの」

「そ、そう……」


 鼻血を噴き出すのは目が無いとかのレベルに収まらないのでは。ヒバリはその言葉を言わずに胸中に留めておくことにした。


「文美さん、立てますか?」

「えぇ、もう大丈夫よ……」


 ふらつきながらも、文美は一人で立ち上がる。


「それで花恋……一体何がどうなれば、ヒバリたそと関わることに……? 私達Cランク風情じゃ、Aランクとコミュニケーションを取るだけで愚かだと陰に連れて行かれてボコられるが常じゃない」


 アイドルには「ランク」が存在する。日本サイキックアイドル協会の下部組織・サイキックアイドル監査委員会が各事務所から送付されるデータによって個人の総合値を算出し、アイドルとしてどれだけ活躍しているかをA~Dまでの評価段階で審査したものだ。スーパーコンピュータを利用したデータのデジタル統計化を推し進めたことによって、以前は三ヶ月に一度だったアイドルランク更新も現在では一週間毎に更新されるようになり、よりリアルタイムでそのアイドルが売れているのか知ることができるようになった。

 そして、現在のランクが花恋と文美はC、ヒバリはAなのだ。


「ノースタはランクカースト強いですもんねー。今ここに一緒にいるのだって、結構危ないわけですし」

「じゃあどうして――」


 私とユニットを組もうなんて言ったの。そう言おうとしたヒバリの口を、花恋は人差し指で制した。花恋の笑顔は柔らかく、裏路地での嗤いとは別人のようにヒバリは感じた。


「続きは中で、ね? 文美さん、見られてマズいものとか部屋にあります?」


 文美の動きが一瞬止まり、それからすぐに震えだす。


「部屋……!? バカ花恋! マズいものしかないに決まってるじゃないの!! ちょっと待ってて!!」


 さっきのよろめきは何処いずこと機敏な動きで、文美はエレベーターから見て一番奥手の扉を豪快に開けて入っていく。閉じられた室内から轟音が響くこと一分、中から文美が飛び出してきた。


「いいわよっ! ……はぁ、はぁ……」


 鼻にティッシュで栓をしたまま動いたらしく、文美は息を切らし、肩で呼吸をしていた。そしてさっきまでの眼鏡とは異なり、かなり色の濃いサングラスを掛けていた。それが鼻栓と相まって、出てくるや否やその見た目の滑稽さにヒバリは噴き出しそうになった。


「っ~~~!? ……な、何でサングラス……!?」

「あ、あれ対Aランクアイドル用サングラス。万が一直視できないレベルのアイドルと面と向かって話すときが来た時のためにって、文美さんいつも持ち歩いてるの。……というか、文美さん何か用事があったんじゃないですか?」

「用事? あぁ、そういえばミカと仕事だった。うわ、何かどうでもよくなってきた。はぁ」


 文美はため息をつき、辟易した態度を見せる。


「まぁまぁ、未解みかいさんも待ってるんですし、仕事なら行かないとですよ」

「うーん、でもヒバリたその方が」

「こっちもありますから」

「っ!? 次、ですって……!?」


 花恋の仕掛けた釣り針に、文美はまんまと食い付く。餌として使われたヒバリもまた、自分が後日またここに来ることが決まっていることに驚いていた。


「えぇ、次が」

「くっ――絶対よ、絶対だからね花恋!」


 悔しそうな顔(鼻栓サングラス)をしながらも、文美はエレベーターへと乗り込んで降りていった。嵐のような人物が去って行ったことに、ヒバリはほっと胸をなで下ろす。


「ごめんね、普段は良い人なの普段は。CランクなのもBランク以上のアイドルとの絡みが苦手なだけであって、能力だけなら結構スゴいんだよ」

「ウチの事務所って、あんな人もいたのね」

「大きい事務所だからね。あーでも、面倒くささだったらまだ上がいるかも」

「そ、そうなの……」


 あれ以上の強者がいるのかと考え、ヒバリは身震いをした。そんなヒバリの肩を叩き、花恋は玄関へと入っていく。


「じゃ、とりあえず上がってよ」


 星陵荘は、2LDKの部屋に先輩後輩の二人で住むことになっている。二人が入ると、リビングは文美の掃除によって埃一つ無い清潔な空間となっていた。昨夜から部屋干したままであった洗濯物も取り込まれ、散らかっていた机の上の物も所定の位置に戻されていた。


 綺麗に片付けられた部屋を見て、花恋は目を輝かせる。


「スゴい、あの状況からここまで……! これは定期的にヒバリちゃんに来てもらった方が良いかも」

「それはちょっと……」


 掃除させるために人を呼ぶのはどうなのかとヒバリは思った。

 ここまで来れば大丈夫だろうと、ヒバリは能力を解除する。頭の奥がじんわりと和らいでいくのを感じつつ、ヒバリは一息つく。


「あれ、そんな酷かったっけ? シャワー浴びたほうがいいよ」


 目に見える分では殺したアイドルの返り血よりも文美の鼻血の方が被害面積が大きいのだが、ヒバリは言わないことにしておく。

 

「いえ、そこまでは……着替えの下着だってないし――」



>私は目測でヒバリちゃんの3サイズを完璧に把握した。



「いいよいいよ、私今から適当なの買ってくるから! ゆっくりと入っててね! タオルは洗面所の脇だから!」


 嬉々として花恋は玄関へと戻り靴を履き始める。


「あ、ちょっと相沢さん!? もしかして能力変なことに使ってない!?」


 ヒバリの抑止も聞かず、花恋は風と共に去っていく。

 部屋に置いて行かれたヒバリは、深くため息をついた。 

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