アイドル業界は大変だ。


 かつて、アイドルといえば歌とダンスであった。


 それが変化したのは今から約20年前。原点にして伝説の『アイドル』、堀宮唯子ほりみやゆいこの登場に起因する。


 彼女は当初「サイキックアイドル」を自称した。ここで論ずるべきなのは、彼女が本物のサイキッカーであったことである。嘘偽り無い、正真正銘の念動力サイコキネシス。堀宮唯子はそれを大衆の前で惜しげも無く披露して見せたのだ。


 そんなものを公表して、物騒な機関らが黙っているはずが無かった。数ヶ月のアイドル活動の後、堀宮唯子は一度業界から姿を消すことになる。マスコミはこれを堀宮唯子の一身上の都合と報道し、一部の人間は彼女を大嘘つきだと批判した。


 そんな人達に先見の明が無かったことは、今となっては分かりきった事実であろう。「サイキックアイドル」は、


 世界中で、少女達――勿論美少女である――が超能力へと目覚めだした。念動力サイコキネシスだけではなく、透視、瞬間移動、発火、ガチャ確定SSRなどその発現能力は多岐に渡った。


 外見の良さもあり、芸能業界はいち早く「サイキックアイドル」を推しだした。彼女達に求められたのは歌でもダンスでも無かった。場を盛り下げないだけのトーク力と、分かりやすく派手な超能力である。逆に雑誌等では「こんなのもあるよ、地味超能力特集」等を組み、マイナー路線の開拓もやり出した。


 時代は遷移する。現在の日本において、「アイドル」とは普通「サイキックアイドル」を示す言葉となった。


 そして20年経っても、アイドルの人気は衰えていない。今や生活する上で、アイドルの顔を見ない日はないだろう。


 しかしアイドル達にとって、良いことばかりではない。

 アイドルの数は増え続けるばかり。アイドル、及び超能力を発現した少女の総数は日本全国で2万人を越えたという。世はまさに、大アイドル時代である。

 アイドル達は年端もいかぬ内から互いを蹴落とし、敗者の骸の上に立つことを強いられるのだ。こればかりは、どの業界もそうなのかもしれない。



 ―――――――――――――――――



「ユニット……?」


 理解の追い付かないまま、ヒバリはその単語を復唱する。


「そ。あなたにとっては損な取引じゃないと思うけどな。自分の犯行を見た相手が黙認するどころか、そのまま手伝うって言ってるんだもの」


 銃を向けたまま、花恋はヒバリへとわらいかける。その不気味な微笑みに、ヒバリは体を震わせた。


「ま、この状態で聞いてもアレか」


 ヒバリの回答を待たず、花恋は立ち上がってヒバリが殺したアイドルを見やる。


「長居はよしとこう。それでヒバリさん――固っ苦しいや、ヒバリちゃんでいいよね? 私も好きに呼んでくれていいから」

「わ、分かったわ」


 ペースを取られたヒバリは、花恋の言葉にただ頷くばかりだ。


「ヒバリちゃんは今までたくさん殺してきたのよね。証拠隠滅はどうやって?」

「……私の能力よ」

「能力? ヒバリちゃんの能力は確か、透明化ステルスのはずだったけど? 殺すにはいいかもだけど、証拠隠滅は難しいんじゃないかな」


 超能力は商売道具だ。売れるためには、まず自身の能力が知られる必要がある。ヒバリの能力は透明化ステルス。分かりやすく、派手な能力だ。先程花恋の視界から消えたのも、ヒバリが能力を行使したからである。

 一瞬告白するかどうか迷ったヒバリだが、どうも花恋の笑顔は黙秘を許しているようには見えなかった。ため息をつき、ヒバリは話すことにする。


透明化ステルスは、私の能力の一部。正しい能力は、私に対する認識の阻害」

「認識の、阻害……」



 >私は、ヒバリちゃんの能力を把握した。



「……なるほどね。自分が認識されるためのあらゆる情報を制御できる、ってわけか。視覚に関する情報だけ消せばそれで透明人間の完成だし、全て消せばそれは完全犯罪だ」


 吹き込む風に髪を靡かせ、花恋は嗤う。そしてそのまま路地裏の外へと足を踏み出す。


「それじゃあ、ここから逃げるとしましょうか」

「このままだと相沢さんの証拠は残ったままよ。あなたが犯人になる」

「おぉそれもそっか、教えてくれてありがと。教えてくれたってことは、私には捕まってほしくないということ――それは即ち、ユニットを組んでくれるということかな?」


 ヒバリの指摘にも、花恋は背を向けたまま楽しそうに返す。この女の余裕はどこから来るのかと、ヒバリは恐怖すら感じていた。


「別に、まだ組むと決めたわけじゃ――」


 ヒバリは言い淀む。すると花恋は踵を返し、ヒバリと正面から向き合った。


「ヒバリちゃんも教えてくれたから、私も教えるよ。

「本当の……? 相沢さんの能力は確か、そよ風ブリーズだったはずだけど……?」


 実際、花恋は事務所でもそれで通していた。周囲の空気に干渉し、風を起こす能力。しかし起こす風の強さだけなら神7セブンに上位互換アイドルが存在するので、イマイチ需要がないというのが周囲の見解だった。


「それは私の能力の。私の本当の能力は――」



 >私はこの後、完璧に自らの証拠を消し去った。



 花恋のが走る。そこは物質空間に裏打ちされた、天の星よりも遙かに多い情報が存在する高次元情報保有領域。そこではもう、『相沢花恋』は光速を越える。情報群を捜索・構築し、数億パターンをピコ秒レベルでシミュレート、状況下での最適解を弾き出す。

 そして物質空間、即ち花恋の脳に最適解がエンコードされてゆく。最適解以外の情報群も花恋の周囲、気体分子へと現出する。物質世界にただエンコードされた余剰な情報エネルギーは、すぐに分子の運動エネルギーへと変換され、風となる。

 花恋のが最適解を認知・理解するまで、掛かった時間は0.5秒。


 どこをどう掃除し何を片付ければ自身の痕跡が消せるか、花恋は


 亜麻色の髪を靡かせ、花恋が口に浮かべるは、微笑。








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