アイドルKiller×Killer《キラキラ》ガールズ!!

緒賀けゐす

ユニット結成!?


 その日、相沢花恋あいざわかれんは殺人事件を目撃した。


 仙台から少し外れた街の、とある路地裏から漂う鉄臭い臭い。その臭いを不審に思った花恋は臭いの元を辿ったのだ。


 そして見つけた。コンクリートの地面に倒れ込む血だらけの少女と、その脇に立つ長髪の少女を。


 犯行は手慣れたものであった。外傷は咽頭部と頭部側面の二箇所のみ。地面に花開く鮮血の量に対し、長髪の少女が浴びる返り血は少ない。背後に回って喉を切り裂いてからのヘッドショット、を殺す上でとても効率的な手順を踏んだからだと花恋は理解する。


 そう、殺されていたのは花恋と同じである。それに花恋が気付いたのは、ひとえに彼女が同じアイドル事務所に所属する人間だったからだ。他人に無頓着な花恋でも、その少女は記憶していた。何せ事務所では一番のアイドルから。


 そして、花恋はその地位を過去形にした少女も知っていた。


 翁草おきなぐさヒバリ。同じく花恋の所属するアイドル事務所に通う、同い年の少女。その手には拳銃を持ち、太ももに装備したホルダーではサバイバルナイフが赤く照っていた。


 花恋の思考はせわしない。

 最近世間を賑わせている、仙台を中心に発生しだしたアイドル連続殺人事件。その犯行手口と一致しているではないかと、花恋は気付いた。


 つまり今目の前にいるのは、その少女以外に幾人ものアイドルを殺した殺人鬼である。そう確信したにも関わらず、花恋は悲鳴もあげずにただ足を留めるだけだった。


 恐怖ではない。ただただ、花恋は翁草ヒバリの美しさに目を奪われたのだ。


 白いブラウスに紅い数輪の薔薇を咲かせ、ヒバリは屹然と花恋を見据える。


 アイドルである以上美少女であることは明白であるが、さらにアイドルという集団内で比較してもヒバリには目を見張る美しさがあった。ジーンズの上からでも分かる脚線美、腰まで伸ばした艶やかな黒の長髪。細く小さな顔は色白で、薄く引かれたルージュと頬にかかる鮮血が目を引く。吊り目気味の目に飾られた瞳は路地裏の薄暗さでも虎目石タイガーズアイのように輝き、真っ直ぐに花恋を捉えていた。


 刹那、ヒバリは花恋の視界から


「――っ!?」


 危険を感じた花恋は身構えようとする。しかし見とれていた花恋が反応するよりも速く、再び花恋の視界に現出したヒバリが花恋の鳩尾みぞおちに拳銃のグリップで一撃を加えていた。


「ぐっ……!!」


 呼吸が止まり、直後に染みるような痛みが花恋の上半身を駆け巡る。立つこともままならず、花恋はその場にうつ伏せで崩れ落ちた。


 苦しむ花恋の喉元に、ヒバリは背に乗ってホルダーから抜いたナイフを突き立てる。


「私の質問にだけ答えて。無駄口吐いたら殺す。も同様」

「……」



>しかし、私は逆に彼女を力で無力化した。



 風が吹く。風は脂汗の滲む花恋の頬を撫で、ヒバリの髪を靡かせた。


、か……)


 観念した花恋は、無抵抗が正解だとひとまずはゆっくりと呼吸を整える。


「あなた、相沢さんよね、同じ事務所の」

「! ……えぇ」


 花恋はヒバリが自分を知っていることに驚いた。事務所の中で可も無く不可も無い、一番目立たない位置にいる花恋だ。私のすぐ横で息絶えた少女ほどではないにしろ、事務所内で上位にいるヒバリが私を認識しているとは思わなかったのだ。


「今見たのを誰にも言わないと約束できるかしら? 保証できるなら見逃してやってもいいわ。証明できないようなら、ここで殺す」


 花恋の首筋に、ヒバリがナイフの腹をあてる。それでも花恋は怯えず、落ち着いた様子でいた。


「……どうして、殺したの」


 花恋の呟きに、ヒバリはナイフを握る力を強める。


「勝手に話さないで」

「それが分からないとさ、黙ろうにも黙れないから。殺されるだけの何かが、彼女に……殺されたアイドル達にあったってこと?」


 しかしそれにも臆せず、花恋は切り込んでいく。やがてナイフの刃先があたり、花恋の首筋が赤く滲んだ。アイドルは外見も商売道具の一つだ。その傷は花恋の価値を大きく下げるものである。

 それでも退かぬ花恋の態度に、ヒバリは言い切れぬ恐怖を覚えた。


「……殺すだけの何かが、私にあっただけ」

「……そっか、なら言わないよ」


 花恋は両手を後ろで組み、降伏の意を示す。そのあっさりとした反応に、今度はヒバリが驚くばかりであった。といっても、いまだ信じたわけではない。0


「あなた、どういうつもり?」

「別に、まだ殺されたくないだけだよ。私にはまだ、やらなきゃいけないことがあるからね」


 そう言い放ち、花恋はニヤリと口角を上げる。状況からして優位なのはヒバリなのだが、どうもペースを奪われているようにヒバリは感じた。



>そこで私は、翁草ヒバリが起こした事件の真相に気付いた。



「――翁草ヒバリ。たしか前回の総選挙では東北で20位くらいだったと記憶しているけど」


 喋りだす花恋にヒバリは眉を寄せるが、それを止めはしない。裏路地の端では、つむじ風が埃を巻き上げていた。


「それが何か?」

「最近の連続殺人事件で殺されたのは、全てそれ以上のアイドル。あなたよりも格下は一人もいない」

「っ……!」


 花恋の言葉に、ヒバリは動揺の色を隠せなかった。怯んだヒバリを背に感じつつ、花恋はとどめを刺す。


「そろそろだね、総選挙の地域予選」


 全国民を有権者として行われる、全国アイドル総選挙。それは各地方のブロックごとに予選を設け、各地方の上位者によって全国最終選挙が行われる、国家レベルの一大イベントである。花恋は惜しくも何ともなかったが、ヒバリは前回もう少しで全国への切符を手に入れるところだったのだ。


 言葉にせずとも、花恋はそれでヒバリに伝えきった。

 あなたがアイドル達を殺したのは、次の選挙で上位になるためだろうと。


 ヒバリの手から力が抜け、ナイフがこぼれ落ちた。


「……どうしても、行かなくてはならないの。私は、勝たなくてはいけない」


 花恋の着る栗色のカーディガンを握り締め、ヒバリは声を振り絞る。その一音一音に、花恋は耳を傾ける。


「復讐だけが、私の生きる意味なの……」

「復讐?」

「全てを壊した、あの人への復讐。そのために、私は勝たなくちゃいけない」


 覚悟を決めた人の言葉は、花恋に重く響いた。彼女は信念を持っている。罪の無い人を殺めてでも成し遂げたいと考える、確固とした信念が。


 ああ、今私の背中に乗る少女は、さぞ綺麗な目をしているのだろう。


 死体から血の海が目の前まで広がってきても、花恋はそんなことを考えていた。


「……その復讐に、私を使う気は無い?」

「――何ですって?」


 花恋の突然の提案に、ヒバリは訝しげな目をする。



>そして私は翁草ヒバリの拘束を外し、逆に彼女を押し伏せた。



 ヒバリの呼吸を読み、花恋は無駄の無い動きで身を翻す。片肘を視点に上体を起こし、ヒバリを倒す。頭に感嘆符を浮かべる程度の間隙。それだけで、花恋はヒバリからマウントを奪い取った。ナイフを蹴り飛ばし、ホルダーから拳銃を奪い取る。


「なっ――!?」


 花恋の突然の反撃に、ヒバリは身を固くする。

 そしてヒバリの脳天に銃口をかざし、髪を靡かせ花恋はわらった。



「ねぇ、私達でユニット組もうよ? 目標はそう――あなたの復讐」









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