口元のバンソウコウ

@yukicchan

口元のバンソウコウ

おれは何日か前からヒゲが生えてきた。

無理もない。中学に入って、かなりたつのに、まだ生えてないのも

オカシナ話だからな。


朝は、まずコーヒーを飲み、歯をみがき…という朝の

作業に最近ではヒゲを剃ることが加わった。

これが実にめんどくさい。まだ生え始めなので一本一本

残らず剃るのは、そう難しい話ではないのだが、

何しろ"口〟というモノを食べたり、喋ったりする大事なところで

"刃〟を向けるという行為をするのだから、怖いったらありゃしない。

あやうく唇までとは、いかなかったが、その寸前で口元を

切ってしまい、ちょっとした血が出た。

オカンがそれを見かねて

「あんた!血ィ出てるで、ちっさいバンソーコー貼っとき!」

と、ぬかしその後新聞を読んでいたオヤジが

「おーい!精治!そんな安物のヒゲソリやから切ってまうんや!

今度父さんが電動ヒゲソリ買うたるから!」

と、何だか嬉しそうに言いやがった。だったら早くそうしてくれよ

と言いたかったが。

それから何やら夫婦で顔を合わせてニヤニヤして笑っていた。

何なんだ…コレ。


おれは学校に行くのがおっくうになったが、ちょうど冬の時期なので

マスクをしながら登校することにした。

我ながら名案かも。

しかし、名案どころではなかった。

教室へと向かう途中、クラスメイトの女子の小春のヤツに早速言われた。

「あれ~精治くん、マスクなんかして~?珍しい、風邪なんかひいたん?」

おれは思わずマスクを外して、今朝の経緯経過を事細かに話した。

すると小春のヤツがスマホを取り出して

「その顔をネットにUPしよっかな~?」

と、ぬかし、おれは思わず

「おい!この学校じゃスマホ学校に持ってくるの禁止やって

先生が言うてたやろ!それに、ホラ生徒手帳にも…」

書いてあるわけなかった。


昼休み、クラスではおれがマスクをしている訳を知らぬ

奴はいなかった。まあ、その前にLINEかなんかで

皆知ったんだろと思ったが…。


その帰り道、もう血が止まっていると思ったのでマスクを外し

バンソウコウを外そうとした。

すると、後ろからスマホのカメラ音が。

ヤバッと思ったが振り返ると朝にも「ネットにUP」するとか

言ってた小春だ。いきなり

「ゴメン…。」

とか言いやがって、そのあと

「ゴメン。今朝はホンマにUPしてへんし!

昼休みみんな知ってたけど私言うたんちゃうし!」

いきなり人の背後から撮っておきながら、なんじゃいと

思ったが…。

「いや、あの私、精治くんと話がしたくて、それと

待ち受けに…写真を…。」

それ以上は言わんでいいやと思った。


夕方、家に帰るとオカンが言った。

「アンタ~、お父さんがアマゾンで電動のヒゲソリ頼んでくれたし!

明日の晩には届くと思うわ~」

という訳で急ごしらえで100均で買った安物のヒゲソリは

わずか数日で御用済みとなった。

しかし、なんか捨てがたく

おれの部屋の机の引き出しに

バンソウコウとマスクとともに

ヒゲソリを置いておくことに…しようかな。


完。





















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