やっぱり二人は

少女は暗闇の中で目を覚まします。

 はじめに感じたのは体にしみ込んでくる寒さ。次に頭に走る鋭い痛みです。

 寒さと痛みで、少女の意識は覚醒しました。

 少女は武装集団に拉致されたのです。


 少女は自分の体を確認してみます。

 身に纏っているのは、誘拐された時と同じ学園の制服です。乱暴に扱われたからでしょう、埃だらけです。足を覆っていたストッキングもところどころ伝線してしまっています。

 両手両足は縄できつく縛られ、身動きが取れません。

 殴られて倒れ込んだ時に出来たものでしょうか、オデコの辺りがヒリヒリと痛みます。流れた血が鼻筋を通って顎まで伝って来ています。ペロリと舌で唇を舐めると鉄の味がしました。


 次に、周囲を確認してみます。

 少女が監禁されているのは、一言で言えば牢屋です。壁も床も石でできている部屋です。正面に木製のドアが一つだけついています。広さは10畳程で、隅の方にはガラクタが乱雑に積み上げられています。

 首をめぐれせて背中側にある壁を見てみると、上の方に小さな窓がありました。その窓からは、冷たい銀色の光が僅かに差し込んでいて、部屋着漂う埃をキラキラと輝かせています。おそらく月明り。外はすっかり夜になってしまっていることでしょう。


「あら、やっと目が覚めたのね」


 不意に少女に声がかけられました。扉が開いて、少女と同じ制服を纏った女生徒が現れます。

 ピンクブロンドの少女、レイラ・スプーンビルです。

 女生徒はどこか楽し気な様子で、部屋に入ってきます。


「フフフ、ブロウさんご機嫌はいかかがかしら?」


 女生徒が笑いながら問いかけてきます。こんなところに閉じ込められているのです、良いわけありません。

 少女が黙っていると、女生徒はツカツカと足音を立て少女に近づいてきます。そして、少女の髪の毛をむんずと掴んで、無理やり顔を上げさせます。

 痛みに、少女の顔が歪みます。


「いい気味ね。ブロウさん」


 女生徒は歪んだ笑みをたたえ、少女を見下ろします。


「…みんなはどうしたの。無事なの?」


 少女が尋ねます。友人たちも一緒に捕らえられたはずですが、ここにはいませんでした。

 女生徒は、少女の髪から手を離すと、後ろ手に手を組んで機嫌が良さように行ったり来たりします。


「ああ、あの子たちね。あの子たちなら別の部屋にいるわよ。大切な人質だもの。

 でも、無事かどうかはわからないわ。騒いだらちゃんと躾をするようにって、お願いしてあるから」

「乱暴は止めなさい!」


 少女が思わず声を張り上げます。


「止めなさい? 偉そうね、何様のつもりかしら? ああ、公爵令嬢さまだったわね。

 でもブロウさん、あなた勘違いしているわよ。

 あなたがそうして縛られているのも、彼女たちが怖い思いをしているのも、全部ぜーんぶあなたのせいなの。

 あなたが、物語の通りに動かないからいけないの。あなたのせいでシナリオが狂ってしまったから、私がわざわざ修正する羽目になっているの」


 女生徒は、少女の様子を楽しそうに眺めながらいいましす。


「わからないって、顔してるわね。いいわ。特別に教えてあげる。今の私はとっても機嫌がいいの。

 ここは私の為に用意された世界。私が大好きな乙女ゲームの世界なの。そして私はその主人公なの。

 私はね。ハーレムエンドを目指しているの。攻略対象者み~んなと仲良くなって愛し合う、とっても素敵なハッピーエンドなの。

 私はこの学園に入ってから、ちゃ~んとゲームのシナリオ通りにみんなを攻略したわ。効率よくみんなに会って、イベントをこなしてね。アルヴァンもロレンスもクリストファーもライオットもヘーゲルも月影も、みんなそれでうまくいったわ。ちゃんと愛し合えたのよ。

 でもおかしいの。一番のお気に入りのユーリ様だけはまだ攻略できていないの。

 私、ユーリ様の事は何でも知ってるの。よく行く場所も、プレゼントすると喜ぶモノも、好感度の上がる言葉も全部よ。

 原因はわかっていたわ。あなたのせいよ。ブロウさん。あなたがちゃんと役をこなさい、この世界のバグだからからいけないのよ。

 なんで、まだユーリ様と婚約者同士なの? なんで第一王子と組んで、ユーリ様を暗殺しようとしないの? なんで大切なイベントの邪魔をするの? 

 早くしないと卒業式エンディングが来ちゃうわ。

 ああ、本当に鬱陶しいバグ。あなたがいるから、ユーリ様のストーリーが進まないのよ。

 だから私、どうすればいいか考えたの。辛かったわ。それを考えるの。だって、本当なら必要のないことだもの。

 でも、幸せハッピーエンドの為にはしなくちゃいけない事だから、一生懸命考えたわ。

 そして思いついたの。これしかないって方法を。

 この後ね、とっても重要なイベントがあるの。悪役令嬢のあなたブロウディアヒロインを誘拐して殺そうとするの。でも間一髪のところで、ユーリ様が助けてくれるのよ。そして、失敗したブロウディアはね、おかしくなって辺りに火を放って、みんなの前で焼け死んでしまうの」


 女生徒は、ここまで一気にしゃべりました。

 しゃべりながら両手を高く上げ、くるくると踊ります。


「私、そのシーンが大好きだから、ちゃんとユーリ様にかっこよく助けてもらいたいんだけど、ゲームのストーリーと違っちゃてるから、うなく行かないかもしれない。だから、結末だけでもちゃんとしようと思って」

「結末って、まさか!」

「そう、あなたはここで焼け死ぬの。ご友人たちも一緒にね。まさか、友達を見捨ててあなただけ逃げたりはしないわよね?」


 顔意を青くした少女に、女生徒は満面の笑みを向けて言いました。


 ◇ ◇ 


 少年は、学園の談話室で一人頭を抱えていました。

 今、学園は大騒ぎです。

 公爵令嬢のブロウディア・コモンガルが、数人の女子学生を誘拐したと言うニュースが突如としてもたらされたからです。

 最初は誰もそんな話を信じていなかったのですが、念の為確認してみると、ブロウディアと数人の生徒の行方が分からなくなっている事が判明しました。

 教師も生徒も右往左往、上を下への大騒ぎです。

 少年はわちゃわちゃする現場から抜け出し、考えを整理するためにこの部屋へとやってきたのです。


 今、この談話室には少年一人だけです。少年はソファーに深く腰をかけ、大きくため息をつきます。

 少年は頭に、行方不明になった生徒達の名前を思い浮かべてみます。少女とその友人たち、そして厄介ごとの種となっていた例の女生徒。

 少年の頭の中に、いろいろな考えが浮かんでは消え浮かんでは消え、まとまりません。


 そんな時、ギィと蝶つがいの軋む音が少年の耳に入りました。

 反射的に扉の方に目をやると、そこには行方不明になっていたはずの女生徒の一人レイラ・スプーンビルがいるではありませんか。

 女生徒は部屋に入ってくるなり、少年に駆け寄って、彼の胸に飛び込んできました。


「ユーリ様。私怖かった」


 そして、少年に抱きついたままさめざめと涙を流し始めまたのです。

 少年の目がキラリと光ります。どうやら手がかりの方から飛び込んで来たようです。

 少年は努めて優しい声を作り、女生徒に語りかけます。


「ああ、可哀想に。このハンカチを使いなさい。で、いったい何があったのかな」

「それが」


 女生徒は震える声で語り始めます。いきなりブロウディアとその取り巻きたちに襲われた事。郊外の屋敷に閉じ込められ、焼き殺されそうになったけど、なんとか逃げて来た事。

 恐ろしい出来事に震える可哀想な少女の体で語る女生徒。彼女は少年の目がだんだんとつり上がって行く事に気がつきませんでした。

 なおも自分が味わった恐怖を語ろうとする女生徒ですが、少年は彼女を放置し、身を翻して部屋から出ていこうとします。

 彼女の『証言』はもう十分にとれました。

 でも、少年のその行動は嬢生徒が後ろから抱きついてきたことによって阻まれます。


「わたし怖かった。ユーリ様、もうどこにも行かないで下さい」


 女生徒は少年の浮かべる怒りの表情に、まだ気がつかないようです。


「離してくれないか。俺は彼女を迎えに行かなければいけないんだ」


 少年は声を取り繕うことをやめていました。先程までの甘い声とは違う声色に、女生徒がやっと顔を上げます。


「彼女? 彼女って誰ですか? まさかブロウディアのことですか? そんな! 私はあの女に殺されそうになったんです!」

「俺は彼女の事をよく知っている。彼女はそんな事はしない」

「本当なんですユーリ様! 信じて下さい!」


 食い下がってくる女生徒。腰に回された腕にますます力が込められます。


「君のことは信じられない。彼女のことは信じられる。それだけの事さ」


 少年の冷たい声色に流石の女生徒も怯んだようで、腕の力が弱まりました。少年はその隙に拘束から抜け出します。


「どうして? 私ならあなたを理解してあげられる。私ならあなたを幸せにできるのに、どうして答えてくれないんですか?」

「…俺を理解する?」


 少年の歩みが止まりました。

 今の女生徒の言葉。それは少年にとって、とても見過ごすことのできないことでした。

 少年が立ち止まったのをチャンスと見たのか、女生徒が畳み掛けるように言い募ります。


「そうです! 私はあなたの痛みも苦しみも全部知っています。私だけがそれを理解して癒してあげられるんです!」

「いいや。俺を理解してくれる。本当の俺を知っているのは、彼女だけだ」


 少年の声は、地の底から響いてくるように低くて、紐解くことが不可能なほど様々な感情が絡み合ったものでした。


「あの女は所詮当て馬の負け犬よ! 何もわかるはずないわ!」

「なら答えてみろ。俺の名前を。

「あなたはユリウス。ユリウス・クレイン。この国の王子様。わたしの運命の人」

「違う!」


 女生徒の答えを、少年が切り捨てるように否定します。

 理解、知っている、運命。

 それらの言葉は少年と少女にとって特別な意味を持つ言葉です。それを軽々しく口にする目の前の人物に、少年は怒りを隠すことができません。

 怒りに満ちた少年の瞳に見下ろされ、女生徒はやっと目の前の男が、自らの記憶にあるゲームの王子様では無いことに気が付きました。


「俺のことを全部理解しているなんて、大きく出たもんだ。俺でさえ自分ってモノがあやふやなままなのに。

 俺には俺が多すぎて、もう本当の自分がどうだったかなんて自分でもわからない。

 でも彼女は。彼女だけは最初の俺の名前をよんでくれる。最初の俺のことを覚えていてくれる。

 俺でさえ忘れてしまった自分の事が彼女の中には残ってる。

 彼女のこともそうさ。俺は最初の彼女の事を覚えている。

 幾多の繰り返しの中に埋もれてしまった彼女もいるけど、最初の彼女だけは忘れない。

 俺の、俺たちの原点。俺たちの最初の姿。

 それがある限り俺の事は彼女しか理解できないし、彼女の事は俺しか理解できない」


 少年はレイラを壁際まで追い詰め、逃げられないよに壁に両手をついて、女を腕の間に閉じ込めます。

 いわゆる壁ドンですが、甘い要素は全くありませんでした。


「さあ、早く俺を彼女のところまで案内しろ」


 ◇ ◇ 


 ぱちぱち。

 木材の弾ける音があちっからもこっちからも聞こえてきます。火の粉が舞い、黒い煙が壁と天井を舐めていきます。すでに辺りは真っ赤な炎に包まれていました。

 女生徒―レイラ―が少女の前から姿を消して程なく、建物に火が放たれました。

 事前に準備していたのでしょう。火の回りが非常に速いです。

 少女は、炎が席巻する建物の中を歩いていました。

 とらわれた友人たちを救出するためです。女生徒の話を信じるなら、この屋敷の中にいるはずで、彼女の性格を考えるとウソの可能性は低いでしょう。

 何処かで固いものの砕ける音がしました。炎にあぶられシャンデリアでも落ちたのでしょう。時間はあまりありません。

 はたから見れば危機的状況ですが、少女の顔に諦めはありません。


「こんなピンチくらい何度も経験してるわ。甘く見ないでよね」


 少女の口から不敵な言葉が飛び出します。ある今世は貴族令嬢、またある前世は歴戦の傭兵。女の子の過去には秘密が山積みです。

 少女は一つの部屋に辿りつきました。その扉は外から木材が打ち付けられ物理的に開かないようにされていました。扉に耳を当てて中の声を聴くと、複数の女性の声がきこえます。どうやら友人たちはこの中の様です。

 少女は、こんなこともあろうかと、探索中に発見して持ち出した斧を、扉に叩き付けます。

 二度三度、ついに扉は木屑をまき散らして破壊されます。

 少女が中に踏み込むと、手足を縛られた友人たちが悲鳴を上げます。

 当然でしょう。今の少女は、ぼろぼろの制服を纏い斧を片手に下げています。さらに顔は血と煤で汚れ、猟奇的な様相を呈しています。

 騒ぐ友人たちを何とか宥め、少女は彼女たちの戒めを解く作業に入ります。


「ブロウディア様、お手が!」


 斧の刃を使って縄を切っていると、友人の一人がいいます。

 斧を持つ少女の両手、そこには痛々しいやけどの跡がありました。少女は自らの戒めを解くため、縛られた両手を炎に晒して縄を焼き切っていたのです。


「大丈夫よ。このくらい」


 少女は友人たちを安心させるため、何でもないふうを装って答えます。

 実際はものすごく痛かったのですが、それを隠すくらい少女には朝飯前でした。


 全員の解放が終わり、脱出に移ります。

 炎はもうすぐそこまで迫ってきています。

 ルートを慎重に選んで進みます。友人たちも涙をこらえて少女に続きます。

 最終的に少女たちは、台所の奥にあった扉から脱出することができました。

 振り返って閉じ込められていた建物を見ると、お屋敷がゴウゴウと音を立てて燃えるいます。どこもかしこも炎に呑まれ、何かが崩れる音が断続的に聞こえてきます。間一髪でした。


 しかし、彼女たちの危機はこれで終わりではありませんでした。

 燃え上がるお屋敷から距離を取ろうと歩き出した時、少女たちは数人の男たちに取り囲まれました。既視感のある光景です。実際取り囲んでいるのは彼女たちを拉致した男たち、すなわちレイラの取り巻きの連中でした。


「まさか、あそこから逃げ出すなんてな」


 騎士団長の息子アルヴァンが言います。うつろな光を称えた瞳が少女たちを見渡しました。

 男たちがじりじりと迫ってきます。全員すでに剣を抜いています。

 しだいに狭まる包囲の輪。前回は誘拐だけでしたが、今回は容赦なく切りつけてくるでしょう。


「大丈夫よ。すぐ助けが来るわ」


 そんな中、少女は柔らかい声を友人たちに投げかけます。


「ですが、ブロウディア様……」

「安心しなさい、絶対助かるわ。あいつは、いつだって間に合ったんだから」


 危機感が欠如しているような少女の言葉。でもその言葉には、ある人物への深い信頼が滲み出ていました。

 そしていよいよ、男たちの刃が少女たちに届こうとした直前。

 辺りを覆う闇の帳を切り裂いて、一頭の白馬が躍り出ます。

 白馬は少女たちと男たちの間に割り込むと、棹立ちになり男たちを威嚇します。

 大慌てで下がる男たち。誰もが白馬の突然の登場に驚いて、言葉を失っている中、少女だけが声を上げました。


「遅いわ!!」

「わるいわるい」


 白馬の騎手であり、この国の第二王子である少年が悪びれる様子もなくいいます。


「でも謝るのは後だ。さあ、こいつらを捕らえろ!」


 少年が号令をかけると、鎧をまとった騎士たちがこの場になだれ込んできて、男たちをあっという間に拘束していきます。


 こうして、一連の事件は白馬に乗った王子様の手によって、あっけなく幕を閉じたのでした。


 ◇ ◇ 


「結局、今回の出来事ってなんだったのかしら?」


 少女が新聞から顔を上げて言います。

 新聞には、少女も巻き込まれた先日の事件の結末が載っています。

 学園を揺るがした集団誘拐殺人未遂事件。

 首謀者レイラ・スプーンビル伯爵令嬢および共犯者の男子生徒複数名と教師は、それぞれ身分剥奪の上、別々の場所に流刑。親族も被害者側に多額の賠償金支払い。

 そんな内容です。

 少女は、新聞を丁寧に折ると、脇のテーブルに置きます。 

 少女は今ベットの上の住人でした。身に纏っているのは白い患者服。両手と頭には包帯が巻かれています。


「取り調べでレイラ・スプーンビルは「ここはゲームの世界で、自分は主人公だから何をやっても許される」って喚いているらしい」


 ベットの脇に置かれた椅子に、少年が座っていています。

 少年はナイフでリンゴの皮を剥いていました。ナイフが軽快に滑り、シャリシャリと爽やかな音がします。そして、できた。と少年が言い剥いた皮を広げると、リンゴの皮でできたドラゴンが現れました。切り絵の要領でリンゴの皮から切り出したのでしょう。無駄に器用なことです。

 少女はドラゴンの出来栄えにはしゃぐ少年を見て、小さくため息をつきました。


「私もあの娘自身から聞いたけど、ゲームの世界って何なのかしら? 私達には命はなくって、データ上の人格だったってこと?」

「いや、違うと思う」


 少年は、リンゴの皮製ドラゴンを丁寧な仕草でテーブルに置くと、今度はリンゴの果実を手に取り、再びナイフを振るい始めます。


「レイラには俺たちと同じように前世の記憶があるみたいだ。ただまあ、俺たちみたいに何回分もってわけじゃなくて、前回の一回分だけらしいけど。

 んで、この世界はレイラの前世がやっていた乙女ゲームって奴によく似ているらしいんだ。それも、ゲームの中に入り込んでしまったって、勘違いをしてしまうほどに」

「でも、ゲームと現実なんて全く別物じゃない?」

「そう。まったくの別物のはずなんだけど、どうやら途中までゲームの通りにストーリーが進んでいたらしい。ゲームの通りに学園に入って、攻略キャラたちと出会って、愛を語り合って。レイラの取り巻きになっていた奴らは、攻略されたキャラクター達ってわけだ」

「ふーん。でもこの国では、女性が複数の男性と関係を持つことってダメなことだよね。彼女はハーレムエンドを目指してるって言ってたけど、攻略され男たちはその辺どう思ってたのかしら」

「どうやら全く疑問に思ってなかったらしい。たぶんだけど、この世界独自のルール―物語の強制力―みたいな奴があって、都合の悪いところは全部無視されるようにでもなっていたんじゃないかな」

「でも、その強制力っていうのがあったのなら、あなたに影響がなかったのはどうして?」

「それは、お前への愛故さ! ……半目になるなよ。

 仮説だけど、中身が違ったからだと思う。俺とお前には前世の記憶がある、たぶんそのせいで俺達にはゲームの強制力が働かなかったんだ。

 それに周りの人たちを見直すと、俺とお前が深く関わった人間はレイラに影響されてない。俺たちと関わったことで、強制力から解放されたんじゃないかと俺は思っている」

「そうなの。

 ねえ。もしかしたらこの世界。本当に彼女の為に用意されたものだったんじゃないかしら。そこに私たちみたいなイレギュラーが入り込んでしまったとか」

「そうかもな」


 少年は手を止めずに答えます。


「でも、そうじゃないかもしれない。

 俺、ずっと考えていたことがあるんだ。どうして俺たちは、記憶を持ったまま何度も転生するんだろうって。

 きっと、俺たちが転生を繰り返して、その度に出会うのには意味があるんだ。

 俺たちには想像もつかない超越的な何か。ありていに言えば神様かなんかが、わざと俺たちを転生させているんじゃないかって。そう考えたら今回もこの結末もお見通しことで、あえてゲームの通りに進ませないように、俺たちをここに送り込んだって解釈もできる」


 少年は、手の中にあったリンゴを差し出します。

 少年の手の上には、リンゴをまるまる一個使って作られた、無駄にリアルなウサギが乗っていました。

 少女はそれを見てプッと噴き出してしまいます。


「それにアイツは俺の大切なものに手を出した。ハッピーエンドなんて許さねえよ」


 少年の意外な一言に、少女はぽかんとした顔を晒してしまいます。

 少年も思わず口から飛び出してしまったセリフに照れてしまったのでしょうか、顔を伏せてしまっています。綺麗な金髪から除く耳がほんのり赤く色づいています。


「……確かに、今回のあなたはカッコよかったかも」


 少女も、もじもじしなから言います。

 前世の前世の、そのまた前世。常人の想像を超えるほどの長い付き合いの二人ですが、だからこそ失われていた直接的な愛情表現。

 久々に二人の間に漂う、初々しい恋人のような雰囲気に、自然と二人の顔は近づき、その唇同士がふれあ――――。


「ブロウディア様~。お見舞いにきましたよ~!」


 唐突に飛び込んできた声に、二人は弾かれたように距離をとります。

 病室に入って来た少女の友人たちが目にしたのは、顔を真っ赤に染めた少年と少女の姿。

 己らの間の悪さを悟った彼女たちが、ムーンウォークのような不自然な動きで病室から出てゆきます。


「……ふふふ」

「……ははは」


 その後しばらく、病室からは二人の笑い声が聞こえてきたのでした。


 ◇ ◇ 


 その後、二人は順当に結婚し、幸せな結婚生活を送られました。 


 今回の物語はここで終了です。


 ですが、お二方の物語はまだまだ終わらないかもしれません。


 強固な赤い糸で結ばれた少年と少女の物語。その結末はいったいどこにあるのでしょうか。


 それを知るものは果たして居るのか居ないのか。



 それでは、お時間となりましたので此度はここで幕引きです。


 皆さま、お疲れ様でございました。

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運命の恋人~二人の赤い糸はオリハルコンでできていた~≪乙女ゲーム編≫ 栄養素 @eiyou

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