とある音楽船の記録〜異世界食紀行〜

花ほたる

前書き〜風吹く極東の島

音楽船と呼ばれる飛行船が、

異世界の空に浮かぶ島々をゆるやかに飛び交う世界。


食道楽の高貴なる御方(おんかた)のために

空飛び屋たちが島々を巡る。

さまざまな異世界の食の記録を集めた、

その、断片。





【風吹く極東の島】



さても、


腐るという現象は憎むべきことだと思っていた。


例えば家。屋根が朽ちれば雨風が侵入して家族の健康を脅かし、家の柱が朽ちれば生活の根本が危うい。


例えば食べ物。美しく熟れた果実が一日置いただけで鋭く尖った異臭を放ち、甘いというにはべたついた不快さが勝つ味に変わってしまう。それでもなんとか腹に納めれば後に胃腸に支障をきたす。


それは例えば人と人との関係としても、甘さが過ぎれば腐りもしよう。

さても腐敗というものは憎むべきもので、わざと腐らせるとはどういうことか。


と、わざと腐らせたようなものを喜んで食べることを蔑視さえしていたわたしであるが。


それは、

穀物を発酵させたものだそうである。腐敗と発酵は違うのだ、と頭で理解しても割り切れるものではない。

頭が硬い、理屈っぽい、だと、何を書いている、記録者が主観を入れるものではない。


とにかく、わたしは気づかなかったのだ、それが発酵食品であることに。


もちろん、飲んだこともない汁ものであった。最初は泥水を出されたのかと思ったが、香りがそれを裏切る。とても深く、甘く、ゆったりとして、湯気に暖められてさらに鼻腔や肺に柔らかく染みるような香りであった。


茶色の雲のようなものが汁の中でゆったりと動いていて、具の野菜にぶつかり渦を巻き、一時として同じ形を保たない。小さく千切れた雲がふわと浮き、また、大きな雲へと帰る。見ているだけでも稚気をかきたてられる面白さもあった。


味か、土のようでもあり魚のようでもあり、あの甘さは野菜から来るようでもある。とにかく地に着いた味であり、そう、一言で言うなら母であろう。

汁物の母、そう言うしかあるまい。


ところで良薬にうまいものはないと言うが、この汁はうまいうえに毎日飲むと健康に大変よろしいと聞いた。それが本当なら贅沢すぎる話ではないか。


しかし汁物の要である発酵食品の製法は秘伝だそうだ。大島におわす月の御方(おんかた)にそう報告しなければならないことだけ、残念だな。


書いたか。

ではまた、記録してほしいときに来るとしよう。


土産だと、まあ、次の機会にな。



咲く花の長き年

7の月3日

カグラより報告

コハク 記す

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