#5
立夢が公園を訪れると、猿渡がベンチに座って煙草を吹かしていた。
「おじさんって煙草吸うんだね」
「ん? ああ、立夢か」
声をかけられたことで立夢が近くにまで来ていたことに気づいた猿渡は、咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付ける。
「普段は吸わねえんだが、そういう気分になったらたまにな」
「そうなんだ」
立夢は猿渡の隣に腰を掛ける。
「もしかして邪魔した?」
「いや、もう十分堪能したさ」
それから少しの間、二人は言葉を発さずに公園を眺めていた。
夢で見た公園の景色と比べると、今は閑散としているなという感想を立夢は抱く。あれからかなりの時間が経っているので、変わっていくのは仕方がないことなのだろう。
ふと、立夢は思う。隣に座る猿渡はこの光景を見て何を想っているのだろうか。
「……少し昔話をするが、独り言だと思って聞き流してくれ」
立夢がそんなことを考えていると、唐突に猿渡が話し始める。
「俺の知り合いに変わったヤツがいてな。初めて出会ったのはそいつがお前さんと同じくらいの頃か。由緒正しい家柄の出なのに全然そんな欠片もないはねっかえりでよ。そのさばさばとした性格のせいか馬が合って、よく一緒に仕事してたんだ」
猿渡の話に出てきた人物が、立夢の知っている人物と重なって聞こえる。
「面白いヤツだった。あいつと一緒に色々やってた時期は、俺の人生の中でも最も生きてることを実感できた時間だったよ。ただ、あいつは家庭を持つっていう別の生き甲斐を見つけたみたいだけどな。それからはお互い顔を会わすことはなくなったが、連絡はたまに取りあう関係になっていた。よくこの公園で娘と遊んでいる話を聞かされたよ」
そこまで語った猿渡の表情が曇る。
「だが、あいつは突然この世を去った。この公園の近くで事故に巻き込まれて死んだ」
己の顔を手で覆う猿渡。
「俺はその時、ここからそう離れてないところにいた。騒ぎを聞きつけてすぐに事故現場に駆けつけられるような場所に。もし……もし俺が気まぐれでもなんでもいい、あいつのところに行っていれば、あいつを助けられたかもしれない。毎年あいつの命日が来る度に、俺はそのことを考えちまうんだ……過去にあった可能性の話をしてもどうしようもないのにな」
猿渡は自嘲する。立夢の知っている猿渡の姿とは全く違う、弱々しい男の姿がそこにあった。
聞き流せと言われたが、何か元気付かせる言葉をかけてあげたいと立夢は思案する。
こんなとき、あの人なら何と言うだろうか。
「……明るく生きる」
立夢がポツリと呟くと、猿渡が顔を上げてそちらを向く。立夢はそのまま話し続けた。
「誰にだってできることには限界があるし、残念だけどおじさんにその人を助けることはどうしてもできなかったんだとわたしは思うよ。それでもおじさんがその人のために何かしてあげたいって言うのなら、明るく生きてその人との楽しい思い出をずっと忘れないでいてあげるのが、一番の供養になるんじゃないかな」
そう話す立夢を、猿渡は遠い友人に会ったかのような目で見る。
「立夢……そうか、お前さんは……」
何かに気が付いた猿渡は小さく笑みを浮かべた。
「そうだな。お前さんの言うとおりだ。きっとあいつもそれを望んでいる」
そしてお前さんのそばにいてやることも――と猿渡が決意を込めて続けた言葉は、誰かに届く前に風の中に消えていった。そのことを気に留める者は誰もいない。
「――さて、腹も減ったし何か食いに行くか」
そう言って立ち上がる猿渡は、どこか清々しい表情をしていた。立夢もそれを見ていつものおじさんだ、と安堵する。
「あ、わたしパスタ食べたい」
「誰も奢ってやるとは言ってないんだが。まあ良いけどよ」
二人は軽口を交わしながら公園を後にする。それはこれまでもよくやっていた光景だった。
そんな二人の日常的な姿を、暖かな日差しが優しく包んでいく。
まるで、温もりに満ちた母親の腕のように。
了
有楽島立夢の無自覚 ジェネライト @Genelight
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