最後の一服

三津凛

第1話

憎悪が銃弾を飛ばせる。引き金に指をかけることを、躊躇わせない。頭を割ってやれ、腹を裂いてやれ、骨を砕け!

わたしは木の陰に隠れた男を執拗に撃った。相手も撃ちまくった。気がつくと彼は倒れ、わたしも右腕を撃たれていた。

破裂音の聞こえなくなった森には、ただあぶくを吐くような呻き声しか響かない。わたしは彼の元へと歩いて行った。

凄まじい憎悪を向けられる。だが、彼は長くはないだろう。わたしは足元に投げ出された銃を手に取った。彼の薄い腹が、芋虫のように波うって苦しげによじれる。

「母さん…母さん…」

わたしはもう7カ国語で、死ぬ間際の人間が母親を呼ぶのを聞いた。どれだけ増えていくだろうか、と彼を見下ろす。

そして一旦わたしはその場を離れた。


しばらくして戻って見ると、彼はまだ生きていた。まだ死ねずに唸っていた。傷口にはハエが集り始めている。煩いハエを払うこともできずに彼はただ虚空眺めていた。それでも、兵士の本能はまだ残っているのか、わたしを見つけると憎悪を向けてきた。わたしも睨み返してやった。ほんの少しだけズレていたら、わたしが彼の立場だった。泥に塗れ、血に汚れ、傷口にはハエがたかっていた。

わたしは持ってきた毛布を掛けてやった。彼の瞳がほんの少し、和らぐ。水筒の水を飲ませてやったが、上手く飲めないようだった。苦しそうにむせて、血が滲んだ。

わたしは傍に腰を降ろして、煙草に火をつけた。最初の一口は自分で吸い、二口目は彼の唇に挟んで吸わせてやった。

彼は美味そうに、堂々と吸ってみせた。憎悪が徐々に薄くなる。そうやって、彼が死ぬまでわたしたちは交互に煙草を吸った。


最期の顔に、憎悪はなかった。

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最後の一服 三津凛 @mitsurin12

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