Ex.1 #1 sideシャリヤ
驚いた。
いきなり家の中に自分より少し年上の男の子が入ってきている。政府軍の軍人か、はたまたそれに追われてきた市民か。ともかく何故ここにいるのかよく分からない。彼は椅子に座ってきょとんとしていた。
シャリヤは素性を訊いた方がいいだろうと思って、目の前にいる少年に話しかけることにした。
“
少年は自分の質問を聞いて、唖然としていた。身元を知られてはいけないとかそういう様子ではなさそうだ。
もしかしたら、言葉が通じないラネーメ系の人やリナエスト系の人かもしれない。もしそうだったら、政府軍に追われて逃げ出してきた可能性の方が高い。
「◇▲、◇*■◆……%◇c!#▲&▲%◇▲」
首を10度ほど傾げ、彼の素性を特定しようと考え込んでいた私に少年が話しかけてくる。
何を言っているのかはさっぱり分からないが、肌色や言葉の雰囲気からしてリパラオネ系ではなさそうだ。首を傾げてよく分かっていないことを示す。多分、リパライン語を利用した会話は彼には難しいはずだ。
彼は頬杖をついて考え始めた。よく見ると、銃や兵器は何一つとして持っていないようだった。つまり、政府軍の人間ではないということだろう。
そんなことを考えていると、少年は机の横にある本棚を物色して、一冊の本を引き出した。題名は“lipalain untirkrlevip(リパライン語詳解辞書)”だ。それぞれの単語に説明を加えている辞書だが、彼はそれを引き出して何かを見ている様子だった。懐からペンと手帳を取り出しては辞書と手帳を行き来して、何かをメモしている。
結構な時間が経っても、作業に熱中しているところを見ると、こちらに敵意はないのだろう。喉も渇いているだろうし、バルサフィーカをテーブルに置いてみたが、手もつけずに作業を続けていた。
「●@■■■■■■■、=▲%■▲!!!!」
少年はいきなり大声を出してのけぞりながら手帳をテーブルに投げてしまった。何が起こっているかは分からないが、完全に脱力しているあたり、やっている作業が行き詰まってしまったのだろう。いきなりの大声で驚いてしまったが、とりあえずコミュニケーションを取って、どういう意図で家に入ってきたのか、そろそろ訊いた方が良いのかもしれない。ただ、相手の言語が分からないことには、どうしようもない。
投げ出された手帳の文字は私たちの母語を書き表すのに使うリパーシェとは全く違うものだ。ぐにゃぐにゃに曲がったり、回ったりした文字と角ばった文字が混在している。たしか、本で読んだことがあるが、タカン人の使う文字はこのような文字だった気がしなくもない。
少年はのけぞったままだったから、シャリヤはそのうちに部屋の奥の方にある本棚からいくつか本を持ち出してきた。
一冊目は“undestanen lkurftless(この世界の言語)”。本棚の中で一番分かりやすそうな本だったので取り出してきた。以前読んだとき、様々な外国の文字が書かれていたことを覚えている。
二冊目は“lin-iou-man-ge'd(燐帝字母の) lyjotadirrlbe(字源研究)”。題名は難しそうに見えるけど著者のキャスカ・ファルザー・ユミリアという学者は昔、ラネーメ人の言語に関する研究に一生を捧げたらしい。タカン文字っぽい形なのだからヒントが書いてあるかもしれない。
三冊目は“grocasionana sch lipalain durxe'd (古典的理語詩の) festelo mattilieno'ct(復興試論)”。これは勢いで取り出してきた本だった。表紙にエスポーノ・ドーハという著者名が見えたから、あることを思い出して持ってきた。エスポーノ・ドーハは古い形のリパライン語詩を復活させようとして、スキュリオーティエ叙事詩を発掘、翻訳し、研究した考古学者だ。スキュリオーティエ叙事詩を掘り出し、その細部に至るまで、物語と民俗性・文化と宗教の繋がりを研究してきたシャリヤの一番尊敬できる歴史上の人物だったからである。
そんなことはさておき、二冊目を開いてページをめくりながら手帳に書かれた文字と見比べる。手帳に書いてある文字にはリパーシェや数字が少し混ざっているところをみると少しはリパライン語が分かりそうだ。あまり、遠くの国にルーツがあるという印象も受けないが、文字に関してはタカン文字とはよく似ていた。角ばった文字は“
「◇▲、◇*■◆。」
さっきまでのけぞっていた少年は、いつの間にか上体を起こしてこちらに話しかけていた。異邦人に囲まれて、言葉も通じなくて寂しい日々を送ってきた末にこの家にやってきたのかもしれないと思うと、自分たちと同じような境遇の人間なのだろうと思ってしまう。もし、政府軍に自分の安住の地を奪われたのなら似た者同士だ。助けざるを得ない。
「?◇=◆゛%■?▲+■◇!■%●゛!◆゛%◇゛?■=●#◇」
少年は伝わらない言語でこちらに話し続けてくる。手当たり次第に家に入ってはその言語で話しかけて、言葉が通じる人を探そうとしていたのだろうか。しかし、「ヤツガザキ、セン。」と自身を人差し指で指して言い続けていたところを見て、やっとその意図を理解した。
彼の言語は分からない。だから、自分の言語で返答しようと思った。
“
それが彼との最初のコミュニケーションとなった。
紛争が始まって人とのふれあいが少なくなってから、久しぶりの新鮮な交流だった。リパライン語が話せない人とはあまり接したことはない。それに、彼は読書の趣味がありそうだったし、気が合うと思った。今はまだリパライン語の辞書を読むレベルだが、いずれスキュリオーティエ叙事詩も読めるようになるのだろうか。
※続きは書籍でお楽しみ下さい。
書籍試し読み『異世界語入門 ~転生したけど日本語が通じなかった~ 』 Fafs F. Sashimi/「L-エンタメ小説」/プライム書籍編集部 @prime-edi
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