書籍試し読み『異世界語入門 ～転生したけど日本語が通じなかった～ 』

#12 まるで異世界料理の宝石箱や！

（お、おう……これは……）

　目の前に並べられた料理を見ると、わりとゲテモノらしいゲテモノはなかった。変なものはあるが。

　香り高いスープ、飯、豆腐のようなもの、ヨーグルトと玉ねぎのサラダ、謎の白いぷるぷるした物体、なにかの肉、香辛料だと思われる真っ赤なペーストにらっきょうが入ったようなものは多分この地方の漬物、副菜に当たるのだろう。

　緑のペーストと醤油のようなソース、塩のようなものも小皿に付いていた。見るからに豆腐みたいな何かにはこれをつけて食べるのだろう。

　とりあえず、本当に自分に出されたものなのか確認することが礼儀というものだろう。異世界でも現実世界でもそれは変わるまい。

“fqa es mi'd......?（これは私の……？）”

“Ja, fgir es fua co（うん、これは君……である）.”

　どうやらそうらしい。

　ならば、極限まで腹が減っているので食べるしかない。

　まずはスープに手を付ける。

　表面に黄色い油が浮いていて、ラーメンのスープみたいな状態になっている。スープの色自体は茶っぽいが、香りからして悪いものは入っていないはずだ。多分。

　食器を持ち上げて口を付けて、啜ろうとしたところ、シャリヤが“mili cen's.”と止めてきた。プレートの横の方にあるレンゲのようなものを指さした。

（ほほう、なるほど。口を付けてスープを飲むのはマナー違反と）

　お食事のマナー、といえば大げさだがもちろんどの国にだって守った方がいい最低限の常識というものがあるはずだ。例えば、日本では嫌い箸という箸の使い方のルールがあったり、インドでは左手を不浄な手として食事に使わなかったり、基本的な作法にも地域によって様々なものがある。

言語文化や宗教観と密接に関わっていて、あまりそれに背くのはよろしくない。「異世界旅行パックいちきゅっぱ！」なら帰るまでに何にもなければいい話であるが、翠はといえば帰り方も分からない。とりあえず、郷に入れば郷に従えの精神を徹底していくことで信頼を得ていく必要があるだろう。

　レンゲで口にスープを運ぶ。

　おいしい……。

　彦〇呂でもないのでそんなグルメレポートみたいなことは言えないが、うるさい肉汁の風味がスープの酸味で程よく消されており、美味だ。多分何かを骨ごと煮込んで出汁を取っているから、こんなに油が付いてくるのだろう。

　ただ、このスープ。唇が脂っこくなってしまうのでそこだけが文句の付けどころだ。

　次は、豆腐のようなものだ。

　シャリヤはずっと食べるのを眺めている様子であったので、どの調味料を使えばいいのかと指さしで確認したが、やはりどれでもいいようであった。少しずつつけて食べて確認するしかない。

　……緑のやつは辛い。それも香辛料っぽかった。わさびかと思っていたのに、グリーンチリソースとは。このプレートは一体どこ風の料理なのだろうと愚痴りたくなるが、地球の料理なんてここで出てくるはずもない。間違いなくこの地方の料理なんだろう。いきなり市街戦が始まるような戦時中にまともな料理を出してくれているとも限らないが。

ちなみに、醤油のようなやつは風味は違えど、ソース系の味であったので醤油に近い用途なのだろう。塩っぽいやつは普通の塩だった。さすがに異世界でも、塩を使わない料理はないだろうし、まあそういうわけで普通に存在はするのだろう。

　次に何かの肉。

　本当に何の肉かよく分らないので恐る恐る食べてみたが、やっぱり何肉かはよく分からなかった。柔らかいし、おいしいのだが。そもそも、一般人に肉を食べ比べさせて、どれが何肉かとか、聞いてそうそう、当たるものでもないような気がする。翠は美食家ではない。

ちなみに、肉の方にも味付けは無かった。どうやらさっきの調味料群を利用するらしいのだが、どうも調味料と肉の食べ合わせが翠の口にはあまり合わなかった。

　次に真っ赤なペーストだ。

　多分この地方の漬物だと思うんだが、匂うだけで強烈な酸味臭が感じられてとてもじゃないが、食いたいとは思わなかった。ただ、少し食べてみると、これは漬物と調味料の両端の要素を持ち合わせているのだろうということが分かった。あまりにペーストの味が濃かったので、多分肉はこちらにつけて食べるべきだったのだろう。

　ヨーグルトと玉ねぎのサラダ。

　まあ、ヨーグルトサラダというものは地球にも普通にあって、インド先輩と一緒に行ったインド料理屋とかでも出てくるので慣れているのだが、異世界にもあるとはなあ。それともドレッシングなんて贅沢品は戦時中だから持ち合わせていないとかだろうか？　どちらにしろ口に合わなかったわけでもないので問題はないだろう。

　最後に謎の白いぷるぷるした物体に手を付ける。

　よく分からなかったが、やはり食感はナタデココより柔らかく、寒天よりは堅く、素朴な甘さがあった。どうやらデザートだったらしい。食べたことはなかったがこれもおいしかった。

　とまあ、一通り食べながら翠は何かおかしいことがないか確認していたが、特にそんなところは見当たらず食べ終わってしまった。

エレーナはいつの間にか本を持ち込んで読んでいたようだ。読書に夢中でこっちには興味がないようだし、テーブルマナーに関する情報を得ようとシャリヤを観察してもあまり理解できなかった。

(ふむ、面白くないな……)

　食べ終わったタイミングで、シャリヤがお茶をいれてくれた。最初にいれてくれたのと同じ味だったので安心した。まさか、お茶以外の飲料がこの異世界にないわけないだろうが、戦時中のようなのであまり贅沢は言えないだろう。

　食べ終わって、数分休んだのち、翠はシャリヤに手を引かれて部屋を出た。エレーナはというとまだ部屋の中に持ち込んだ本を読み続けているようだった。シャリヤは特に彼女に声を掛けることもなく翠を引っ張っていった。

　案内された先は個室であった。シャワーもあるらしく、着替えも用意してあるらしい。ここで今日は寝ろということなのだろう。

　シャリヤの言っていることは相変わらずよく分からないが、親切にしてくれている。本当にこの異世界が戦時中であればわりと翠は幸運な部類に入るのだろう。

　シャリヤが部屋を後にしたのち、翠はベッドに身を投げ込んだ。

(今日は本当に色々あったな)

　何があっても驚かない覚悟はしていたが、まさか言語が通じないとは思っていなかった。だが、ことは上手くいっている。ハーレムまでの道のりが長いだけでいずれそこには到達できるはずだ。異世界もの主人公らしく、とりあえずはチート能力とハーレム、略してチーレムを目指してこの異世界を生きていこう。

　そんなことを考えながら、翠は疲労の中で深い眠りに落ちていった。

・一日目習得内容

1.　等式文の動詞はes（エス）を使う。英語のbe動詞のように語順はSVC(主語-述語-補語)の順だ。

2.　挨拶はSalarua（ザラーウア）をいつでも使うことができる。

3.　「はい」、「いいえ」はそれぞれ“ja（ヤ）”と“niv（ニヴ）”である。

4.　「これ」、「あれ」はそれぞれ“fqa（フクワ）”と“fgir（フギー）”である。

5.　属格(～の)は“-'d（ド）”を名詞に付ける。

語彙

larta（ラータ）(【名】人)、pernal（ペーナル）(【名】椅子)、lyjot（リュヨット）(【名】文字)、ferlk（フェールク）(【名】名前)