一家団欒

三津凛

第1話

子宮が産まれる前の揺籠なら、家庭は産まれ堕ちた後の揺籠であるべきだ。

ムンクは、病と狂気と死が自分の揺籠を見守る黒い天使だったと言った。私の揺籠は、一体何が見守っているのだろうか…いや、私は見守られるに値するような存在でもない……。

私に揺籠はなかった。


私はできるだけ平凡な家庭を見つける事にした。肌に馴染んで離れない幸せは、多分ああいう吹けば飛ぶような家庭の中にあるだろうと目星をつけたからだ。だから、私は智美に狙いを定めた。

「弟が一人いて、お母さんはクリーニングでパートしてるの。試験前はうるさくて嫌になっちゃう。お父さんはあまりうるさくないけどね」

「大切に思われてるからだよ」

私はまだ見たこともない、智美の家族を夢想しながら言った。

「千里の親はうるさくないの?」

「私は一人っ子だし、母親は病院の中だし、父はたまにしか帰ってこないの。自由だけど、つまらないよ。誰も私の事なんか知ろうとしないから」

智美は自分の痛みのように、少し哀しそうな顔をする。

そんな優しさが、悪魔につけいる隙を与えていることに気が付いていない。

幸福な人間は、私のような人間をむかつかせる。

「家族は仲良いの?」

「うん、悪い方ではないと思う…」

智美は少し机を離すような仕草をした。なんて、分かりやすい。

私はお前のような幸福な人間は愛せない。それと同じように、幸福な家族も家庭も愛せない。

「ねぇ、試験勉強一緒にしない?智美の家で」

「うん、いいけど…」

「週末行くね」

私は一方的に言って、もう智美の方は見なかった。


捕まるとしたら、動機はなんになるのだろう。恨みだろうか…。確かにそれも間違いではないように思った。あぁ、でも何かが違う。

恨みよりも、切実なものがあるような気がした。


私はまず、隙だらけの智美を刺した。紺色のセーラー服を抜ぎざまに白い体操服を着込んだ脇腹を躊躇うことなく刺した。思ったよりも人の体に刃は沈み込まず、倒れ込んだ智美にそのまま全ての体重をかけた。手首に物凄い力で爪を立てられる。私は気にせず何度も反復訓練をする兵士のように刺し込んだ。

包丁の刃が肋骨の間に挟まって智美の中で折れる。欠けた刃を探すために、割いた傷口に指を入れる。折れた刃は見つからず、ふと智美の顔を眺めると既に死んでいた。


その次は母親を殺した。娘を呼ぶ声に私は2階の智美の部屋から降りて行き、正面から金槌でその頭を割った。

私は精神病院から帰ってこない母を思った。時報のように断続的に叫ぶ人間を思った。良心は痛まない。

私は智美の母親の頭を、飽きることなく打ちつけた。大人はしぶといかもしれない、と手を止めて思った。

既に動かなくなっていたけれど、念のために台所へ行って智美と同じように脇腹を刃が折れるほど刺した。


それから何も知らずに部活から帰宅した中学生の弟を待ち伏せして、刺身包丁で喉を刺した。一刺しで血が噴水のように噴き出して、弟は倒れ込んだ。その拍子に喉に刺さったままの刺身包丁の柄が押し込まれて刃が浅黒い首の後ろを突き抜けた。

父親が帰ってくると、そのまま玄関で果物ナイフを持って突進した。これだけでは死なないと思ったので、私はもう一方の手に持っていた菜箸を振り上げて眼窩めがけて突き刺した。猪が鳴くような音がして、無音になった。


私は苦労して、4人を居間に並べた。血みどろの家庭を眺めて、私は満足した。これは私が作った揺籠だった。暴力と血と殺人が、私を彩る黒い天使になった。

身体の節々が軋んで、筋肉の繊維が千切れる前まで伸びきる。

これ以上は動けない、という所まできてようやく私は落ち着いた。寝室から毛布を引っ張り出してソファの上で以前から飼われていた猫のように蹲る。眠気は直ぐに降りてきた。



騒めきで目が醒める。

あぁ、生きている人間は、ハゲタカのように血の匂いに煩いらしい……。赤い色の光る踊りに私は終わりを悟る。動機はなんになるのだろう。恨みだろうか…。確かにそれも間違いではないように思った。あぁ、でも何かが違う。

恨みよりも、切実なものがあるような気がした。

物言わぬ団欒が崩されること未来に、私は泣いた。



「…どうして、4人を殺した後に…あんなことをしたんだ」

「あんなこととは、なんですか?」

「…4人の遺体を、並べるようなことをしたんだ」


「一家団欒を、味わいたかったから」

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一家団欒 三津凛 @mitsurin12

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