第10話
試験との兼ね合いで、今日の講義は一限だけであった。図書館に寄って勉強してから帰るのも悪くはなかったが、何となしに自宅でゆっくりと昼食をとりたい気持ちが強かったため、まっすぐと帰宅した。
帰り際、自宅すぐ近くのスーパーで買い物を済ませた。二リットルのミネラルウォーターのせいで、自転車の籠は溢れんばかりで、ハンドルも中々言うことを聞いてくれない。少しだけ慎重に運転して、そのまま宿舎の駐輪場に向かった。
宿舎棟に入る小さな階段には、清掃業者の方々が座っていた。恐らくこの棟の清掃が終わり、一休みしているところなのだろう。
自転車から降りて入り口に向かう道すがら、
「こんにちは」
「あ、こ、こ、こんにちは」
簡単な挨拶を済ませた。いつも通りのやり取りである。
しかし今日の彼らは、少しだけ様子が違った。そのまま横を通り過ぎ、宿舎に入ろうとしたところで、小さく声を掛けられた。
「おいしそうだねぇ」
と見つめる先には、つい先ほどスーパーで購入したばかりのビニール袋があった。
「おひるごはん?」
思わぬ呼びかけに驚く僕に向けて、彼らはそう続けた。
見れば彼らは優しく微笑んでいた。
彼らを見ていると、僕はなんだか嬉しくなって、
「はい、楽しみです」
と頬が緩んだ。
その後、彼らは数回頷いた切り、会話を続ける様子もなかった為、僕は小さく会釈して自室に向かった。
部屋に入るや、まず冷蔵庫を開けて、購入品をしまっていく。
キャベツ。
もやし。
鶏肉。
人参。
カニカマ。
とそこで手が止まった。
実のところ、これらの食材は全て夕飯に備えてのものだった。
でも、とふと思い立つ。
僕はそのまま冷蔵庫の扉を閉じて、おもむろにカニカマの封を解いた。夜のサラダのために購入したそれは、しかし今この瞬間おやつがてらに口に放り込むことも悪くはないような気がしたのだ。
一本。二本。三本。仕舞には八本全てを口に運んでから気付く。
「手がべたべた」
僕はひとり呟いてみた。
シンクでざっと手を洗い、今度は拭く為のタオルがないことに気付く。
「自然乾燥だ」
またもや僕は独り言ちて、いつぞやぶりにカーテンを全開にすると、射し込む陽光に濡れた両手をかざした。
真冬の陽射しはそれでも暖かかった。
何となく、明日も晴れる予感がした。
サイクリングにでも出かけてみようかな、と僕は思った。
未完成タイムマシン @tanaka01
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