酔生夢死-すいせいむし

イシグロキョウヘイ

西暦二〇十五年十一月九日

「眼鏡を外せば、煙草を吸えば、涙を流せばすぐに歪んでしまう。世界なんてそんなもの。分かる? ねえ?」

山寺ヒサシがうそぶく。左手ではマイセンライトが紫色に燻っている。

「――眼鏡を外さなけりゃ、煙草を吸わなけりゃ、涙を流さなけりゃ歪まない。そういう事だろ? れって」

緒方ユウスケは呆気と蔑みの視線をヒサシに向ける。両手はナイロンジャケットのポケットの中で温まっている。ナイロンジャケットは、ファイナルホーム。

「……んー、まあそうだけどさぁ。其れにしたって目の前に在る世界ですらこんな簡単に歪むんだぜぇ?」

焼けたマイセンライトの全長が少し短くなる。其れと同時に青白い煙が二人の世界を少し歪める。

「だからぁ、其れが一体何と関係あんの?」

ユウスケにとっての話はあまり興味を惹かれない。其れ故返事も、投げ槍になる。

「だからぁ、なんか目の前に在る物全部が出鱈目でたらめに見えんだよなぁ」

「……」

「生まれた瞬間から今迄に見てきた物全部が嘘。全て幻。そんな風に感じちゃう訳よ」

そう言ってヒサシはまた、紫色を肺臓の中に流し込む。彼の目線は何処か遠い。

「――何でそんな風に感じんの?」

「……何でだろ?」

「――お前が思ってる程世界は易く出来上がっちゃいねぇよ」

「……」

「――まあ吸えや」

そう言ってユウスケはヒサシに一本手渡す。ユウスケのマルボロは、残り十六本。

「……なぁ。何で俺達生まれてきたんだろうなぁ」

「――死ぬ為に生まれてきたんじゃない」

「……俺達って一体何者なんだろうなぁ」

「――神の手落ち。世界の副産物」

十一月の良く晴れた午後が四方に波打って広がる。二人の世界は亦、歪む。

「君達、高校生?」

齢、七十程の萎れた声が二人の視界を遮る様に現れた。彼の左腕には『生活指導』と書かれた黄色地のワッペンが、光を放っている。

「――社会人です」

二人は異口同音に答えた。幽かに震える現身うつしみ此処に在り。しかし其の顔は、微笑んでいる。


此れは、西暦二〇十五年十一月九日の出来事。場所は不明。

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