6 エピローグ

6.1 騎士、ここに眠る

 リーシャやイーレイをはじめとする、まわりの街から集まった獣人たちの協力もあり、アルバーニ家のけしかけた襲撃は終わりを見た。ただしトゥエンが求めていたような、なるべく相手を殺さないよう捕まえろ、ということをする余裕はなかった。シモフはトゥエンに、息がないクレシアの横でそう告げた。



 大雨があがったあとから、死体が街郊外に埋められていった。墓を示すために木の棒が地面に刺されることとなり、名前の分かる幸運な死体には名前の書かれた墓標が与えられた。作業が続いて二日となり、数十数百と墓標が並ぶまでになっているが、街にはまだ死体が転がっている。さいわいなことか、ベルクタープ・ギーエンが石畳を染めた血の大部分を流した。



 トゥエンはクレシアの墓の墓標をとりかえていた。隣には腕に布を巻きつけているリーシャがいた。二人とも黒いオスェンをまとい、リーシャの手には木の墓標。トゥエンが新しい墓標を手にしていて、そして刺した。



 新しい墓標は、クレシアにトゥエンが託した武器を大きくしたものだった。ただ、刀身は本物よりも太めにってあり、というのは、そこに名前を彫ったからだった。



 和平の騎士、クレシア・ウェルチャ。



「きれい、クレシアもきっとよろこぶよ。和平の騎士、ってところも」



「オレは最後まで何もできなかった。オレがウェルチャさんをつれていったのは、広い場所でもみくちゃの戦闘をするよりも安全だと思ったから。でも結局、ウェルチャさんを殺してしまった」



「自分を責めないで。トゥエンくんもよくやったんだから。クレシアはみんなの役に立とうとしたのよ、だから、だから」



 トゥエンの肩に手と額をのせて、リーシャがむせび泣いた。耳元の音にあわせるかのように、トゥエンの目にも涙がうかぶ。リーシャの頭に手をそえて、自らの頭でもリーシャに触れた。その横を、獣人と人間ふたりが女の死体を運んでいった。



「ウェルチャさんのことを無駄にしちゃいけない。やっぱり、親父の提案を受けることにしようと思うんだ」



「国王に、なるの?」



「国王になるつもりはない。こそこそかくれながら生活する獣人のいないような世界、獣人と人間が一緒に遊んだりする世界。そもそも獣人と人間っていう区別がなくなる世界。国王ひとりがすべてを決めるんじゃなくて、この地で生きる人々がたがいに協力して国をる世界。これをりたい。ここで生きる人と協力して。みんなを率いてそんな世界をるんだ。でも国王じゃない、いうなら、師匠、みたいなところ」



「私にできることは?」



「たくさんあるよ、クレシアのためにも、みんなのためにも」



 トゥエンはリーシャと一歩間合いを離すと、手を差し出した。その手にはクレシアが使っていた武器をもっていた。クレシアと視線が重なる。ぬれそぼった目がまた涙ぐんではいたが、リーシャはコクンとうなずいて、手をにぎった。



 トゥエンとリーシャと、クレシアが、このとき強く握手を交わしたのだった。

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黒い雨に赤く滴り 衣谷一 @ITANIhajime

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