2番目

2番目のドアを開けてはいけない、そうである。

「それはどこの2番目なの?」

「さあ……? トイレとかじゃない?」

「トイレのドアって全部開いてない?」

入学しておよそ1ヶ月、なんとか活動圏内の構造を覚えたところだが、学校のトイレなどそう設備に変わりはあるまい。この学校に限っては男女交互に踊り場に設置されているのに少々戸惑ったぐらいだ。

「うーん、これ私達と同じ一年生から聞いた話だから、中学の話を持ち込んだのかも」

顎に手を当てて記憶をひっくり返しているらしき難しい顔をする友人を眺めながら、コンビニのおにぎりにかぶりつく。

なお、この話の怖い要点部分は白い腕が出て来てカッターで切り付けられる、というものだった。ホラーというか生きてる不審者である。度々ニュースになってるようなリアル方向に怖い話だ。

植えて間もないらしい銀杏の若木と、その樹を背にした小型ながらしっかりした造りの社を眺めながら、また話始めるのを待つ。

此所で昼食を取り始めるまえに、この友人に言われるまま供えたクッキーの他にも食べ物が積み上げられているが、この学校の生徒は信心深いのだろうか。

「ねえ、あの社は何なの?」

「ん? あ、あれは狐の社だって。

……何で学校に狐の社があるのかは、とっておきだから今度ね」

うふふふ、と含み笑いをしながら「今先輩たちにリサーチ中なのだ」と言う友人に引いて更に何か供えるべきだろうかと考えた。



部活動は仮入部中である。

例の社の横を通って(なんとなく素通りは気まずくなってキャンディを供えた)部活棟へ向かう。写真部であるが、ここ数代の活動の中心はデジタルであり、ほぼ物置になっているという。

古いドラマみたいに暗室で現像とかはしないんですね、残念と言ったら予算とそれにともなう枚数制限がどうのこうのと力説されたがよく分からなかった。

最初はスマホでもいいよ、という気楽なノリだったのは有難いし、それで我慢できなくなったら歴代の部員たちが寄贈していった古いカメラを使っても良いとのことで、随分取っつきやすい。

(えーと、一階の……)

入部時に説明されたきりの部室を探して視線を左右に振る。

この学校自体設立百年を超えるというが、この部室棟もなかなか古い。流石に木造ではないものの、そこかしこに年季を感じる佇まいである。

写真部、と毛筆で書かれたやけに立派な、百年ものの色合いをしている木の表札を見付けてそこに近付きながら秘かに嫌だなぁと思った。

2番目の部屋だったからだ。

(気のせい気のせい)

聞いたときは気のない流しかたをする割りに、後々まで引きずるからあの友人は面白がって自分に怪談を聞かせるのだ……と自戒を噛み締めながら、鍵を出してもうその古めかしさが怖いドアの前に立つ。幸いにも上部にガラスの窓が取り付けられ内部が伺えるようになっているのには安心できた。当たり前だが誰もいない。

ふう、と安堵の息を吐いて鍵を開けドアノブを捻る。

妙な抵抗があった。重い、というより何か開くときに張り付いたものを引き剥がした感じの抵抗が上の方にあった。

「え」

見上げると粘りのある白いものがずるりと枠とドアの間を繋いでいた。垂れ下がって枠の方から離れ、真ん中辺りの高さまで落ちてきたそのとりもちのようなものの先に、何か銀色のものがくっついている。

カッターだ、と思ったのとどっちが早かっただろうか。頭上を掠めた突風に、勢いよくドアが閉まる。

「??」

強引にもぎ取られたドアノブとの摩擦で赤くなり始めた手のひらを体に引き寄せながら混乱する。

突風? その割りには体が押されなかった……ていうか今の腕っぽいもの何!?

「どうしたの?」

背後から可愛らしい声が聞こえて振り向く。スーツを着ていなければ、教員だととても思われないだろう、小柄な眼鏡の女性を見て正気付いた。安心したというよりは庇護欲でしゃきっとさせられた感覚だが、失礼な話であろうから口にはしない。

しかし説明に困る。

結果として赤くなった手のひらを見せながらの、ドアがおかしいというあやふやな説明になったのだが、なぜか事態をおおむね正確に理解したらしい。

「春は変なものが増えるの?」

とのコメントである。豪胆にもドアに近付いて開けないまでも色々確認したあと、「逃げたみたい」と言った。

「貴女はその手のひらをすぐに保健室で見てもらって」

誰かを呼んで更に調べるつもりかスマホを取り出してすぐ近くの教員棟に入る通用口を指差しての指示にうなずいて、その場を去った。


怪談体験にこの友人が食い付かないわけがない。楽しんでいただけて何よりである。心配もしてくれたし一応文句はない。一応。

「あれ、詳しく話を聞いたんだけど、隣の市の学校とかじゃなくて町全体で噂になってたやつだって。だからドアを開けるときは気をつけてねって」

注意喚起系の都市伝説はそれなりに怖いもののお化けの話とは受け止めていなかったが、そうではなくなりそうである。というかそうじゃなかった。

寒気に肩を擦りながら恐々としていると「でも、良かったね。突然ドアが閉まって助かったんでしょ? お供えしたから守ってもらえたんじゃない?」

「……だからこの社って何?」

「うーん……調べたけど……」

いつもは嬉々として怖い話を語る友人が何故か曖昧に微笑んで「また今度ね」と言った。

「え、何、本当に何なの!?」

「大丈夫。とにかく食べ物上げて」

その真剣さが怖い。戦慄しながら手持ちのミニシューを社に供えると、一枚だけ黄色く色付いた銀杏の葉がひらりと落ちて屋根に張り付いた。





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“四房が原の狐”の話 日向永@ひゅうがはるか @halkahyuga

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