一人勝ち

 小笠原商事の三人の取調べが始まって数日後、南副社長が夜間に東京拘置所横浜支所内で体調不良を訴え搬送先の東京都中野区の警察病院で急死した。クモ膜下出血だった。南の訃報を聞いて茜は拘置所内で涙を流した。

 小笠原社長は会社の最高責任者であると同時に現場の監督者として起訴され、起訴事実を争わなかったため執行猶予付きの有罪判決を受けて保釈された。茜は経理部長であるにすぎず不法投棄を知り得なかったとして起訴猶予処分となった。小笠原社長が保釈された直後、茜は離婚と慰謝料2億円を請求する訴訟を夫に起こした。小笠原社長はこれを争わず、自宅とマンション、会社の株式のすべてが茜のものになり、欠格になった前社長に代わって社長にも就任した。もっとも廃棄物処理業の許可は取消された。

 小笠原商事犬咬工場は、施設の新設を受注していたプラントメーカーの日光建業が転売先を斡旋し、新会社グリーンスターに土地と施設が譲渡された。伊刈の指導のおかげで場内が清掃され、操業可能な状態となっていたため十億円の値がついた。年商の半分(十億円)で売れると茜にアドバイスしたのは伊刈だった。市は場外保管場の未熟性堆肥の処理と不法投棄現場の廃棄物の撤去を5年以内(許可更新時まで)に終える改善計画書を提出することを条件に、施設を承継したグリーンスターに産業廃棄物処理業の許可を出した。小笠原商事は称号をAKANEと変更し、施設を売却した資金を元手に化粧品を輸入する商社へと事業内容を一新した。

 旧姓の稲峰に戻った茜が伊刈を訪ねてきた。輸入化粧会社の社長として華麗な転身を果たし、美貌にはさらに磨きがかかっていた。自慢の胸元を目立たせる服にも嫌味がなかった。

 「AKANEの輸入化粧品は天然資源の調達に環境オフセット(開発によって失われた自然を同面積のビオトープの造成で代替すること。欧米では第三者が造成するバンク方式によって行われることも多い。)とフェアトレード(通貨価値の差益を還元することで低賃金の途上国からの搾取にならないように配慮した貿易)を導入していることが評判になってるの。売上は順調で初年度からなんとか黒字なりそうなの」茜は嬉々としていた。

 「もしかしてこれも商社マンだった南副社長のアイディアですか」

 「南さんは化粧品じゃなく食品でフェアトレードをやりたかったのよ」

 「考えましたね。食品ならもうありふれてますからね」

 「ところで伊刈さんに私からご提案なんだけど小笠原の現場の撤去をお手伝いさせてくれないかしら」

 「不法投棄現場は新しい会社に始末させますよ」

 「小笠原が不法投棄した現場はほかにもあちこちにあるのよ。それを少しずつでも片したいの」

 「本気ですか」

 「環境保全活動に取り組みたいのよ」

 「企業イメージの向上に役立ててさらに儲けようってことですね」

 「会社はお金がないといいこともできないでしょう。でもね、そうじゃないの。伊刈さんがあんなに親身になって指導してくれなかったら会社は売り物にならなかったわ。私そのご恩はわかってるつもりよ。だから恩返ししたいのよ。そうしないとなんだか気がすまないからなの」

 「結果としてはみなさん逮捕されてしまったし、南副社長は亡くなられてしまうし、許可は取消されるし最悪でしたね」

 「違うの。小笠原と南のためにも私は成功しないといけないのよ」

 二人の存在は自分が輝くためであったと言わんばかりの茜の言葉に呆れながらも、AKANEの事業の成功は伊刈もなんとなくうれしい気がした。

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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 12 腐臭の谷 石渡正佳 @i-method

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