エピローグ~そして新たなクソゲーへ
信じられない。
これだけの数の惑星を一度にぶつけるなんて正気の沙汰じゃない。一瞬だけちらりと目をやると、おっさんは全ての惑星を俺の方に飛ばすべくものすごい速度で腕を動かしている。名付けるなら百裂拳という感じなんだけど、あのおっさんがやっていると普通に気持ち悪い。
しかし、これはチャンスでもある。
今、あのおっさんが全ての惑星を俺にぶつけるべく飛ばしているということは、俺に向かってくる惑星を全て避けるか破壊するかすれば、おっさんはもはや無防備ということだ。アルティメットファイナルオメガオーヴァードライブイン本八幡が発動している状態の俺なら、一瞬でおっさんを葬り去ることができる。
問題は、当然ながら一万を超える惑星を避けたり破壊したりするのはほぼ不可能に近いということ。どこに避けても惑星があるし、どれだけ破壊しても次々に惑星が迫ってくる。どちらかと言えば、まだ破壊する方が生存の可能性があるか。惑星同士がぶつからないように一定間隔をおいてこちらに向かって来ているため、実質的に破壊する惑星は1000個ほどで済むはずだ。それでも何を言っているのかよくわかんないけど。
俺は腹を括った。おっさんとのリアルフレンド登録を何がなんでも避けるため、そしてついでにマリンの仇をとるため、この手で無限に惑星を破壊し続けようと。
そして、最後の攻防が繰り広げられる。
俺は、ひたすら『
コンビニの店長でミリーの親父でもある破壊神・紅ことおっさんは、ひたすら百裂拳のようなきもい動きで俺に惑星を飛ばし続ける。
実際には数分ながら、その攻防は永遠に続くようにも思われた。
ひたすら拳を突き出す俺。その上を、横を、通り過ぎていく無数の惑星。
おっさんのバーコード頭の中にぴんと立った孤独な髪が揺れる。
そしてもう何個目かもわからない惑星を破壊しようとしたそのとき。
俺はわずかにタイミングを間違えてしまう。
元よりタイミングの非常にシビアなこのシステム外スキルは、拳を突き出すタイミングがわずかでもずれるとミスになる。早くても、遅くてもダメだ。そしてミスになるとどうなるか。通常のキャラなら待っているのは死だ。
しかし、体力を強化する対人限定パッシブスキル、『金剛』をレベルマックスにまで上げている俺は、一撃だけ耐えることができた。惑星の直撃を受けて後ろに吹き飛ばされながら俺は思う。
ああ、負けるのか。
おっさんとリアルフレンド登録させられるのか。
もしそうなって俺がミルだとばれたら、ミリーと付き合わされるのかな。
いや、それ以前に、おっさんに別のゲームに付き合わされるかもしれない。
そうして俺が諦めかけたそのとき、どこかから声が聞こえた。
(……それでいいのか?)
お前は誰だ?
(おっさんとマブダチになってもいいのか?)
嫌だけどしょうがないだろ。
(ミリーの51人目の彼氏にさせられてもいいのか?)
いいよ。それだけいれば連絡しなくても気づかないだろ。
(マリンがお前のこと好きかもしれないよ?)
えっ……まじで?いや、そんなわけないだろ。
(いやいや~あるってこのこの~フッフゥ~)
い、いや~どうだろうな。そうだったらまあ嬉しいけど。
(とはいっても俺には実際のところどうでもいいから行くわ。それじゃ!)
いやいや待てよお前何しに来たんだよ!
そこで意識は仮想の宇宙空間に戻ってきた。
そうか、よくわかんないけど、きっとあの声の主は……
自分自身だ!
何か大切なことに気づかされた……というようなことも全くない俺は、そのまま諦めて試合終了を待っている。
しかし、そのときが訪れることはとうとうなかった。
俺に衝突する寸前のところで、全ての惑星どころか、戦闘用の宇宙空間に存在するもの全てがピタリと止まっている。それから、運営の公式であるシステムアナウンスが、直接頭の中に響くように語り掛けてきた。
「キングオブザデストロイ決定戦参加者の不正行為が先ほど急遽発覚したため、試合を中断します。これにより、実質的な不戦勝で優勝は神リムとなります」
…………。
…………。
あっ。そういえばあのおっさん、試合開始前に大声で自分がRMTや育成代行を利用してるってことを叫んでたわ。
一応説明しておこう。RMTというのは簡単に言えば、現実のお金でゲーム内のお金やアイテムを買う行為だ。大体は運営による公式のものではなく、それを生業としている業者がやっている。つまり非公式だ。
ここではあまり詳しく説明しないでおくが、とにかくRMTは大半のオンラインゲームの運営が禁止していて、この「神様になろう!」も例外じゃない。それなのに、神々の京都タワーにて特設ディスプレイを設置して、全プレイヤーが観ることのできるように中継されているこの戦闘直前に、おっさんは声高々に、リアルマネーを使って宇宙を育成したことを叫んでいた。
早い話が、おっさんはアカウントをこの場で抹消されてしまったのだ。
本当にアホみたいな話だが、どうやら俺は優勝したらしい。
急遽中止になった試合なので今回は戦闘の終了を告げるものは一切なく、気づけば神々の京都タワーの1Fロビーに転送されていた。
「対人戦は、宇宙空間を使って惑星をぶつけ合うという、広大なスケールの戦闘が展開される。基本は一つ一つの惑星を育てて、その結果宇宙全体を育てるという内容のゲームであるにも関わらず、最後にそれらをぶつけるという目標を持つこのゲームは、まさに人間を娯楽にして楽しむ、ある一つの神のイメージを具現化しているともいえる。愛されるべきクソゲーの鑑と言えるだろう」
キーボードを叩く音が響き渡る。
日が傾き、地平線の彼方に沈む夕日が空にオレンジ色を滲ませつつある頃。
俺は自室で、「神様になろう!」のレポートの続きを書いていた。
あの後、結局アナウンスの通りに俺が優勝ということで、キングオブザデストロイ決定戦は良くわからないままに幕を閉じる。今いち納得のいかない理由で優勝したとあって、俺は欲張ったことはせずに、優勝賞品としておっさんを確実にBANすることを要求した。
それから一度だけログインしてみたけど、俺のフレンドリストからおっさんこと破壊神・紅の名前が消えていたので、恐らくは本当にBANされたのだろう。これで一安心だ。まあ何だ、冷静に考えてみれば家族から冷たくされて、友達もいないだけのめちゃめちゃ可哀そうなおっさんだったな……。
そして今日は調査団のレポート提出締め切りを兼ねた臨時会議の日。家を出る前に親父に声をかける。
「親父、俺会議に行って来るから」
「ああ、わかった。それなら帰りに白味噌を買って来てくれ」
「了解」
ちなみに今のは親父の、家族にしかわからないような非常にわかりづらいボケでうちは味噌汁は赤味噌派だ。俺が小さい頃、母さんが白味噌で味噌汁を作って家庭が崩壊しそうになったと聞かされたことがある。
家を出てバスに乗り、見慣れた出版社の会議室に到着すると、マリンが話しかけてきた。
「ミル君、おはよう」
「おっす。神なろのときはありがとな。すっげー助かった」
「どういたしまして。お礼、期待してるから」
そう言って彼女は笑った。アンデルセン東郷のときのような不気味な笑いではなく、本物のエンジェルスマイルだ。
大会が終了した後、俺とマリンは一言二言会話をしてすぐにログアウトした。終わり方が終わり方なので、あまりワイワイと喋る気にはなれなかったからだ。
これはもう少し後の話になるんだけど、俺がクソゲー新聞に掲載した記事によって「神様になろう!」は息を吹き返すものの、ゲームを続けていくための顕著な新規ユーザー獲得までには至らず、あえなくサービス終了となる。しかし、メーカーには別のゲームもあるし、経営そのものは順調らしいのでむしろ「在庫が一掃できて助かった」と感謝をされた。何だか変なタイトルだし破壊神・紅はまじで怖かったけど、作品自体は悪くなく、愛されるべきクソゲーだったと思う。
俺は、そんな風に思い返しながら社長兼編集長にレポートを提出した。
そして。
「いやーミル君は相変わらずすごいね。まさか対人戦のトーナメントで優勝しちゃうなんて。これからも難易度の高いゲームや、話題のクソゲーはどんどんミル君にお願いしちゃおうかな」
俺のクソゲー調査はこれからも続いていく。
家に帰ってきた俺は、編集長から渡されたパッケージを見て嘆息する。
「また名前からして随分なクソゲーらしいな……」
その時、RINEの着信音が鳴る。確認すると、ロムからのチャットだった。
次のタイトルも大変そうだな……。
VRクソゲー調査団! 偽モスコ先生 @blizzard
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