万能薬

にとろげん

万能薬


「やった……! ついに、ついに完成したぞ!」



 薄暗い部屋で、白衣の男は両手を上げて喜んだ。


 彼の目の前にある三角フラスコには、薄く煙を上げる透明の液体が入っている。



「ああそうだ……早く連絡しないと!」



 震える手で携帯を操作した。そこに光るのは世界的医療メーカーの電話番号。それも重役へ直通のものだ。


 何度かコールが鳴り、プツッという音と共に通話が始まる。



『はい』


「もしもし! 私です! ついに完成しましたよ!」


『そうですか。ではすぐに向かいますので少々お待ちください』


「ええ、お待ちしております!」



 冷淡にも聞こえる電話口の重役にペコペコと頭を下げながら、白衣の男は電話を切った。


____________________________________



「お邪魔します」


 

 数十分後。約束の相手は本当にすぐ現れた。つば広のハットを目深に被り、頭の上から足の先まで黒で統一されている。



「それで……万能薬でしたか」



 重役は机の上の三角フラスコをチラリと見やりながら、コーヒーを用意する白衣の男に声をかけた。



「そうです! さらに材料も安価で、大量生産も容易! どうしてこんなに簡単な理論に気がつけなかったのか……自分でも驚きですよ!」


「この番号をお教えしておいて良かったです。あなたなら可能だと思っていましたから」



 白衣の男が完成させたのは『万能薬』。どんな大病でもたちどころに治してしまうという、文字通りの代物だ。



「私が完成させて、あなた方のネットワークで世界中に配ってもらう。これで多くの命が救われます! 本当に良かった……」



 男の研究に目を付けたメーカー側からこの契約を持ちかけ、電話番号を渡していたのである。研究施設や費用を援助する代わりに、開発に成功した暁にはメーカーに連絡を入れるようにという約束だった。



「ええ、本当に良かった……」



――ズドン!



 振り返った白衣の男の額を銃弾が抉り、一瞬で命を奪う。



が世の中に出回れば我々医療業界の仕事も収入もなくなる。完璧な物なんて、存在しちゃあいけないんですよ」



 そう言い終わると、資料の束に火を点けて適当に放り投げた。

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万能薬 にとろげん @nitrogen1105

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