読書する女性

有原ハリアー

読書する女性

 黒髪をたなびかせる女性は、図書館の窓辺で本を読んでいた。

「…………」

 ひたすら無言のまま、ただページをめくる音だけが、館全体に響き渡る。

 彼女が館の主であるかのようだ。

 けれど静かな館とは裏腹に、女性の心の中は声が響いていた。

(ふふ、まるでこの本の主人公は私の小さい頃のようだわ)

 目に見える表情は無く、しかし胸中ではほほ笑んでいた。

(わかるわ……。これから苦悩を味わうのね? 今の内に、思う存分笑っておきなさいな、あなた)

 そして、優雅な手付きでページをめくる女性。

 本もまた、その手に吸い込まれるようにページを新たにした。

(あら、随分と唐突ね)

 本の中身である物語は、転換点を迎えたのだろう。

 女性は率直かつ端的な感想を、胸中だけで述べた。

(ずいぶんと大胆な方針の転換だこと……。この作者は、荒波の中を航海する、そんな人生を送られたのね)

 女性の目が、ゆっくりとだが確実に動いている。

 ひたすら並ぶ文章を心の中で味わい、そして自らに落とし込んで、内容を自らの記憶に刻み込むように文章を読んでいた。

(しばらくは、私の心もこの主人公のように落ち着かなくなるわね)


     *


 それから三十分後。

(いよいよ、黒幕との対峙ね……。陳腐などと批判する方もいらっしゃるけれど、裏を返せばそれは王道……。さあ、どう展開させてくれるのかしら?)

 期待を伴って、ページをめくる女性。

 しかし、カツン、カツンという靴音に、彼女の意識は遮られた。

 そして女性の視界に、メモ書きが差し出された。

 メモ書きには、こう書いてあった。

「そろそろ仕事のお時間です、お嬢様」

 女性はそのメモ書きを一瞥いちべつすると、本に静かにしおりを挟み、また、静かに本を閉じた。

 そしてそのメモ書きを手にとり、こう書き足した。

「まったく、今いいところだったのに。無粋ね、貴方。それでも私の執事なの?」

 しかし女性の表情は、まったく動かなかった。

 そしてゆったりとした仕草で席を立ちあがると、執事と呼ばれる燕尾服の男性と共に、図書館を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読書する女性 有原ハリアー @BlackKnight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ