最終章 十八話 夢の終わりと悪夢の始まり
「大体よぉー、このドラゴン滅亡記って結局何がしたいってんだよ。ただ主人公一行がうろつきながらドラゴンをこけにして回ってるだけじゃねーか」
「ふん……一大叙事詩たるこの高尚かつ壮大なストーリーが理解できんとは、所詮は畜生か……」
「んだとー!」
「ははは……まあでも、話自体は俺も面白いと思ってるぜ。ただそれなら、今度は逆にドラゴンを人類種の天敵として扱っていざ死闘! みたいな展開も見てみたいよな」
「その作品はすでに世に出ている。あまりの
「なんだとてめぇっ!」
がるるる、とみっちゃんとロランさんがレイトリスさんを睨み付けますが、当の本人はさらりと受け流しながらメモ帳に書き付けを行っています。
翌日、私達は図書館一階で読書会のようなものを開いていました。といってもレイトリスさんの既刊や即興で執筆された短編を読んで意見交換したり、感想を言い合ったりとささやかなものです。
最初の頃こそはレイトリスさんも神妙に耳を傾けていたようですが、次第にみっちゃんが悪のりし、ロランさんもそれに乗って思いつくままに言いたい放題吐き散らすものだから現在ちょっとした修羅場になっていて、たしなめるのも一苦労です。
ちなみに、昨日の風変わりなお客さんの事は話していません。どう説明すればいいか分からないというのもありますがまだ自分の中でも消化しきれていず、白昼夢を見ていたような感覚が脳裏にこびりついているのです。
「私も書店で目にした事があるよ。ドラゴンキラー、という題名だったかな。表紙絵からしてドラゴン滅亡記を意識したような感じで、誰も見向きもしていなかった」
「あ、それは私も知ってますよ!」
応酬の中にようやく入り込むとっかかりを見いだし、私は嬉々としてハヅキさんに便乗します。
「テーマ自体はドラゴンという軟弱な存在の裏をかいたいい目の付け所だったんですけど、悲しいかな作者の筆力が追いついてなくて、内容もドラゴン滅亡記を四番煎じ、五番煎じしたような劣化もいいところ――つまり単純にダメだったんですね」
「なんだよそれ、間抜けすぎて笑えらー」
「こいつ、性格に反して文章はほんとレベル高いからな……それだけは認めるぜ」
「気安いな……貴様らなんぞに訳知り顔で作品を評論されたくない」
「あはは……なのにレイトリスさんとドラゴンの著作権をかけて裁判なんかも引き起こしちゃったりで。今となっては笑い話みたいですけどね」
懐かしいな、とレイトリスさんがメモ帳から顔を上げ、天井へ視線を注ぎます。
「懐かしいだなんて。――まだ最新刊の子連れドラゴンが出てからたいして経ってないじゃないですか」
その時、ぴたり、とレイトリスさんが動きを止めました。それから緩慢に頭を振り戻し、私を見据えます。
「……待て。もう一度言ってくれ。……私の最新刊が、どれだと?」
「え? ……だ、だから、この間出た子連れドラゴンで、私も書店の方にお願いして、やっと一冊だけ手に入れられて……」
気づけば、ロランさん達も談笑するのをやめて、私の方を見ていました。何とも言えない沈黙と、探るような色の混じった視線に、私は心なしか怯みます。
「あ、あの……? 私、何かおかしな事、言いましたか……?」
「……ジェシー」
ロランさんに静かに呼ばれて、けれどその声調に含まれた確かな迫力に、私は口の中が乾くのを感じました。
「ロラン、さん……?」
「もう一つだけ聞きたい。……今、何年か分かるか?」
「何……年って。え……?」
「王国歴でいい。何年か、答えてみてくれ。……頼む」
急なロランさんの奇妙なお願いに、私は戸惑ったように目線を逃がしますが、レイトリスさんもハヅキさんも、みっちゃまでもが何も言わず、ただこちらの返答を待っているみたいで。
「み、みなさんどうしたんですか……? 変ですよ、いきなり。……今は、えっと――王国歴336年……ですよね?」
誰も、何も言いませんでした。騒がしくも温かだった時間が急変したように、凍てついたような空気が流れています。私を怖がらせるための何かのどっきりか冗談かとも一瞬思いましたけど、いくら待ってみても誤解を解くための言葉を誰も発してくれません。
「……ここまでだな」
小さく呟いて、レイトリスさんが立ち上がりました。どこか失望したような調子に、ハヅキさんが鋭い視線を送ります。
「レイトリス。言い方があるだろう」
「同じ事だろうがよ、ハヅキ。これではっきりしたしな。もうここに用はねぇ……違うか?」
「それは……そうだが」
え……え? 何……何の事を言っているのでしょう。私が立ちすくんでいる隙にハヅキさん、みっちゃんも椅子を立ち、私へは目もくれず、先に歩くレイトリスさんの後についてドアの方へ行ってしまいます。
「ろ……ロランさん! あの、どうして……?」
「悪い、ジェシー。今日はここまでだ。それと……明日には、俺達はフォレスを発つ」
――え?
突然の解散より何より、後半のロランさんの口から出たセリフが、私を打ち据えるようにその場へ縫い止めました。
ロランさんもきびすを返し、すでに開かれ、白い光の漏れるドアへと歩き出しています。
「長いこと世話になったな。おかげで楽しめた」
「……ロラン、さん……?」
「明日はみんなで別れの挨拶に来るから。それでおしまいだ。多分もう、ここに来る事はないよ」
待って。待って下さい。
私は自分でもよく分からない強い焦燥感にかられて、思わずロランさんを呼び止めようと足を踏み出しかけましたが――その目の前で、ドアがばたんと閉ざされました。
「行っちゃう……ロランさん達が、行っちゃうよ……」
物言わぬドアを見つめ、そしてドアノブを鈍い動きで見下ろし、私は呟きました。
ただ、その時が来ただけなのです。ロランさん達だって旅があります。自分の生活があります。いつまでもこの図書館にいられるわけじゃない。だからいずれは出て行く。
そんなのは分かっていたはずなのに、いざ私がまた、この図書館に一人きりで残されるのかと思うと、何かが強くこみ上げて来て。
「――でも、図書館はずっと静か……今までも、これからも……」
ぽつり、とかすかなささやきのようにこぼれた言葉に、自分で驚きました。
一人。どうしてそんな風に思ってしまったのでしょう。だってここは図書館。利用者なんてたくさんいるはずなのに。
でも。あれ。
最後に本を借りて行ったのは、いつ。
誰。男。女。大人、子供。老人。……誰。
半ば操られるように、私はドアノブへ手を伸ばしました。
指先が、硬質な光沢を放つノブに触れて――それ以上、手が動きません。
あれ。おかしいな。私は毎日、このドアを開けて出入りして、家からここまで、往復して……。
「あ……ああ……」
かたかたと身体が震えて、頭が熱いです。何。私は何を忘れているの。答えてくれる者は、誰もいない――そう思わされた、刹那。
閉ざされていたドアが、向こう……外側から、再び開かれていきます。
私は肺に詰めていた息を、安堵と共に押し流しました。ああ、良かった。戻って来てくれた。さっきのは嘘だって。なんでもないんだって。また本を読もう。そう言って、きっとロランさんが。
「いたぜ、こいつだ」
――なのに。ドアの向こうに立っていたのは、私の知らない人でした。それも一人や二人じゃないです。身なりの悪い、皮や鉄製の防具を身に纏った、強面の男の人達が並んで、私を見下ろしていました。
「……本当に中身がまともな状態で残ってるとはな」
「すげぇな、宝の山じゃねえか! これ全部、いただいちまっていっていいんだろ?」
男達は私を押し出すようにずんずん踏み込んで来て、あっという間に一階のあちこちへ散らばりました。私は司書机まで押し戻され、後ろ手で机の角を握りながら、震えてその様子を見守ります。
「……で、件の司書はこいつか」
男の一人が振り返り、別の一人へと問いかけました。その人は一言だけ、ああ、と唇だけを動かして肯定します。人相や格好は他の人達と同じなのに、顔や瞳が人形みたいに不気味なほどのっぺりしていて、人間味が希薄に思えました。
「あ、あの……ら、来館者の、方ですか……?」
「へー。可愛いじゃん。眼鏡っ子とか」
私の質問は当然のように無視され、反対ににたにたしたねばっこい視線を注がれて、身体の震えがますますひどくなっていくのを、他人事みたいに感じていました。
「やめろよ、こんな薄気味悪い女」
「捕らえておけ。あれを探して、見つからなければ脅して、ありかを聞き出せ」
「分かってるよ。だが金目になりそうなもんもついでに持っていくからな。そういう契約だろ」
表情筋をぴくりとも動かさず、途切れ途切れの男の言葉に、渋々他の人達も従います。
私なんかそっちのけでそこら中の本棚を物色し、まだ片付けていない机の本をあさり、次々と手にした袋へ入れていきました。そんな蛮行を目にして、私は脊髄反射で踏み出します。
「や、やめて下さ――」
「うるせぇ!」
怒号とともに近くにいた男に頬を肘で打たれて、私の身体は軽々と後方へ倒れ、司書机に側頭部をぶつけて悶絶しました。
衝撃で眼鏡が外れ、床に転がったそれが無情にも歩き回る男の一人に踏み潰されてしまいます。
「大人しくしてろよ。そうすりゃ危害は加えないからよ……ははは!」
ぐりぐりと、砕けた眼鏡を踏みにじりながら男が馬鹿笑いした時でした。
「――お前ら何してる!」
ドアの方から、たとえようもない怒気を孕んだ叫びが上がりました。私のよく知っている声でした。頭を抱えたまま涙でぼやけていく視界に、光の中から駆け込んでくる、一人の青年の姿を見て取ります。
「ジェシー、大丈夫か! くそっ……てめぇら、許さねぇ!」
ロランさん、でした。私は鼻をすすりながら、しゃがれた声でロランさんを呼ぼうとします。ですが私を殴った男の一人が、背を向けて立ちはだかり。
「おいおい……なんなんだてめぇは? 俺達の仲間……じゃねぇな。……おい、どうする」
お伺いを立てているのは、見えませんがさっきの表情のない男にでしょう。そんな確信とともに、やはり色のない返事が短く、返されて。
「――殺せ」
剣を抜いた男達が、うなり声や笑い声を発しながらロランさんへと殺到していきます。
「ふざけんなよ、おらぁ!」
襲い来る男達にも臆さずロランさんは逆に踏み込み、手近な相手の顔面へと拳を叩き込みました。続けざまにぐるりと腰をひねり、横合いから来る敵へ渾身の裏拳を放ちます。
ぐえぇっ、と手前の男がもんどりうって倒れました。
「な、なんだこいつ、つえぇ!」
「てめぇら無駄に押し合うな、数を活かして回り込め!」
「ジェシー、逃げろ!」
怒声と人の壁を割り、ロランさんの声と顔が私の視界に入ります。
「ロランさん……!」
「こいつらはお前が狙いだ、とにかくどこか――地下に行って隠れてろ、俺もすぐ行く!」
どうして私が、何のために。何一つ理解が及ばない展開ですが、私はロランさんを信じ、まだショックから立ち直り切れていない足を叱咤して立ち上がります。
地下、とロランさんは言いました。つまりはあそこしかありません。
「女を追え。追ってありかを聞き出せ。あれを探せ」
「このガキ、待ちやがれ!」
機械的な指示を聞いた男の一人が、がなり立てながら追いかけて来ます。はじめはもたついていた私の足取りも何とかましなものになりますが、背後から迫る足音はどんどん近づいて来て――。
突如、男がうめきながらつんのめって倒れます。振り返れば、その後頭部には何とも分厚い事典が突き刺さるように乗っていました。
ロランさんが急げ、と叫びます。どうやらあの混戦の中、私を援護するために隙を突いて本を投擲してくれたみたいです。この機を無為にはできません。急いで休憩室へ駆け込み、地下書庫の鍵を握って廊下へ出て、全速力で走りました。
地下へのドアを開き、片手で投げるように閉じて駆け出そうとして、ドアに鍵をかければ時間を稼げるのではないかと思い立ちます。
即座に向き直りましたが、その瞬間向こう側から凄まじい力でドアが押し開かれ、私は額と鼻、二の腕や肘を打ち付けながら跳ね飛ばされてしまいました。
ごろごろと階段を転がり落ち、踊り場で倒れ込む私へ、男達が階段を下りてきます。床に手を付いて身を起こすや否や、髪を掴まれながら引きずり上げられました。
「ったく、手間をかけさせやがって。どこに行こうとしてたか知らねぇが……」
「は、離して……ください……」
うるせぇ、と耳元で怒鳴られ、強く突き飛ばされるとさらに階段を背中から転げ落ち、一番下まで下り終えた頃には、私は身体中の痛みに動けなくなっていました。
「ここは……地下書庫か? へっ、都合良く目的地に案内してくれたってわけだ」
「もく……てきち……?」
舌や頬の内側も切れていて、うまく言葉が出せません。男達は入り口近くの机に置いてある、非常用に備え付けられていたランタンを手に取って明かりをつけました。
「……それで? これからどうするんだって」
「奥の部屋へ女を連れて行け」
へいへい、と先ほどから指示を出している仲間へ肩をすくめ、男が私を物のように再び引き上げて、無理矢理歩かせ始めました。
「まっ……て……。どこに、いくの……?」
「知るかよ。あの野郎が何考えてるかなんてこっちが聞きたいぜ」
舌打ちしながらも男は歩みを止めません。後ろからも何人もついて来ていて、とても逃げられるような状態ではないです。
どこに連れて行かれて、何が起こるというのか。
「あ……ああ……!」
ランタンに照らされて見えてきたもの。それは、数日前にレイトリスさん達と地下書庫へ降りた時、私が頑なに開けさせまいとした、地下倉庫への、ドア。
「――いや……嫌あぁぁぁぁぁ!」
そう頭が理解した途端、自分でも驚愕するほどの壮絶な叫びが放たれ、鈍くなっていた身体が勝手に暴れ出していました。男達がぎょっとしたように足を止めます。
「嫌! あそこは嫌なの! やめて、お願いだから! やめてえぇぇぇぇぇ!」
「な、なんだこいつ、いきなり……くそ、逃げるな!」
「すげえ力だ……おい、そっち抑えろ!」
身も世もなくわめき、喉が潰れんばかりに絶叫する私を男達総出で押さえつけ、じりじりとドアの方へ引きずっていきます。
ひどく頭がくらくらしました。血液が逆流するようで、総毛立つまでの拒絶感と、吐き気。
視野が歪み、身体の内側が燃えるように熱いです。髪を振り乱し、腕力ではかなわぬのも知っていながら構わず暴れ続けます。節々が悲鳴を上げ、男の腕を掴む指がぎりぎりと嫌なきしみを上げていました。
「よ、よし、ついたぞ……おい、ドアを開けろ!」
無駄です。あのドアは絶対開きません。鍵もないです。私は瘧のように震えながら歯を食いしばってドアを睨み――男の一人によってそれがあっけなく開かれるのに、心臓が止まったような錯覚を起こしました。
「うそ……うそうそ、どうして? ――どうして開くのよぉ!」
「女を運び込め。あれを探せ」
「探せ探せって、うるせぇな! つかこんだけの本の中から、どうやって見つけろって」
半ば言葉にならない私の叫び声と、いらだちまぎれに言い争う男達の怒声。
かつてないほどの騒ぎが起きている地下書庫にその時、駆けつけてくる足音が、凍り付いたように動けない私の
「見つけたぞ。名前も書いてあるし……これじゃねぇか?」
身を丸めてうずくまる私の隣で、何人かが集まります。浅く肩で息をしながらも、私はそっと視線を上げ――男の手元へ視線を送ります。そこに抱えられていたのは。
「私の……にっき、ちょう……?」
「引き出しの一つだけ鍵がかかっていたから、怪しいと思ったんだ。剣でこじ開けたら、ビンゴってわけさ――っておい!」
得意げに語る男の手から、命令を出している男が日記帳を奪い取り、言いました。
「女を運び込め」
「あ、ああ……分かったよ。だがここからどうするか、俺達は聞かされてないぞ?」
私の首もとに手がかけられ、痛みも忘れてかっと熱くなるような忌避感が脳天まで駆け抜けます。
さっき以上の叫声を張り上げますが、力ではどうにもならず、開かれたドアの向こうへ押し込まれてしまいます。
「ああ……嫌……ここは駄目……駄目なの……!」
何が駄目なのか、自分でも分かりません。――いえ、本当は分かっているのに、目を背けていたのです。でも、きっと誰だってそうするでしょう。この部屋に何があるか分かっていれば、その事を何かで塗りつぶしてしまいたくなるに決まってます。
「な、なんだよ……脅かしやがって、普通の部屋じゃねぇか。別に金目のものも」
言いかけた男の一人が、声を途切れさせました。他の者も話声を収めます。彼らは見つけてしまったのです。私が図書館の奥の奥に閉じ込めて、なかった事にしていた、それを。
「おい……あれ……まさか」
ランタンを持つ男が、明かりを掲げて部屋へ踏み入ります。照明が照らし出すのは、空き箱や使わなくなった机などの道具、本棚、椅子。なんという事もない単なる倉庫です。
――その、物陰の一つに隠れるようにして転がっている、一つの亡骸を除いては。
私は息をする事すら忘れ、食い入るようにまばたきもせずに見つめていました。
影を光が追い払い、明るみになったそれ。
何かを掴もうとするように腕を伸ばしたまま、うつぶせに倒れている、白骨死体。
「おいおい……おっかねぇ図書館だな。誰かが人を殺して、こん中に隠しでもしたってか」
違います。この図書館で、そんな恐ろしい事が起こるはずありません。でも、ここで息絶えたのは確かで――私はその遺体の服装に、見覚えがありました。
私と同じサイズの、司書服。司書帽。頭部にわずかだけ残っている、元は金髪と思われるくすんだ毛髪。そして少し離れた位置に落ちている、割れた眼鏡。
これは。……これは。
これは――私だ。
「あ――ああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
何もかもが頭から吹き飛び、自分の叫喚すらも耳には届かず、目の前が青い光で満ちていきます。幻覚ではありません。実際に、この部屋を取り巻くようにして唐突に魔法陣が現れ、青い柱を立ち上らせているのです。
「ジェシー! 大丈夫か……って、なんだよ、これは……! 何が起きてんだ!」
後ろの方でロランさんの声が聞こえ、直後に争う物音がし始めますが、私は座り込み、涙を流しながら頭を抑えていました。暴力的とも言える勢いで、産まれて生きて、司書になるまでの全ての記憶が脳内で荒れ狂っています。
そうです。そうでした。私。私は。
他の男達は皆部屋から逃げ出していますが、近くに一人の男が立っていました。ばさり、と私の膝元に何かが落とされます。
それは日記帳でした。青い光と共鳴するように、凄まじいスピードでページがめくられていきます。
ロランさん、ハヅキさん、レイトリスさんときて、少しずつ読めるようになっていって、それでも今まで開かなかった後半の部分。なんて事もない日常の軌跡。それらの時間が急速に進んで、やがて、最後のページへとたどり着きました。
赤と黒と赤。血糊。血液。それも、大量の。べったりと。
血文字から粘りを持った鮮血がごぽごぽと流れだし、手元が真っ赤に濡れていきます。
「私――私は……ああ……あああああああ……――!」
「ジェシー! しっかりしろ、今行く! ……ジェシー!」
赤いページと青い光が乱舞します。ロランさんも間に合いません。私は連れて行かれます。
本来あるべきところに。濁流のような恐怖と痛みと絶望にもがき苛まれながら、私は薄れ行く意識の中、声もなく呟きました。
(ロランさん……さようなら)
王国歴 年 12月 11
街が燃えて ます 何もかも炎 焼かれて 人がたくさ 死んで 殺され
熱 て 私も走って 逃げて 見慣 たあの通りも 広場も 民家も 建物もみんな 火が 隠れるところ なくて
剣で 刺さ た おなかが 痛 で 血もずっと流れ 出てい 押さえても 止まら て
この日記も 多分これで 最 意識がもうろうとして て 血で書くのが精 杯で
図書館 燃えてて ――守りに 私が、じゃないと……みんななくなってしまうか
それだけ は 守らなきゃ でも もう 火が回って 前も見え くて
この日記だけ 持って来 てそれで、 屋根も崩れ 柱も折れて 廊下を抜け 地下に……奥の、へやに
ちが とまらないよ いたい あつい 死ぬ のかな しにたくな なにもできないで まもれない で
ほん 本だけは だれかおねが まもっ あれだけがわたし の
この にっき だれかがひろったら わたしがいたこと だれか おぼえていて わたしは
じぇし――
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