十七話 比翼の友、グラヴヒルト
その、直後。私の眼前でどこからともなくページが舞い踊り、質量を形成させていきます。グラヴヒルトさんが驚愕したように目を剥きました。
「ば、馬鹿な、レイトリスと俺以外に、召喚が可能な者がいるだと……!」
ほどなく、ページは宙へ溶けて――その場には再度、子連れドラゴンが現れます。が。
「あ、あれ……?」
私の期待というか想像と異なり、そこにはまだ、アバンナが倒れ伏したままでした。頭の上で小鳥が輪を作り、完全に気絶してるみたいです。底意地の悪い笑い声が響きました。
「はははははは! これは愉快! どうやら体力が回復しきらぬ内に呼んでしまったようだな!」
「た、体力って、そんなルールが!?」
「所詮レイトリスの創作物などこの程度! 盗作の負い目か、子連れドラゴンなどと中途半端に己の作品を登場させてプライドを保ったつもりだろうが、それが命取りよ! 大人しく呼び出す戦士も俺からパクれば良かったものを!」
そんな……レイトリスさんは、そんなつもりで子連れドラゴンを呼んでいたわけじゃないんです。レイトリスさんにだって虚栄心だけじゃないいろんな思いがあって、だからこそこの子連れドラゴンに執着があるのです。
その大事な心の揺れ動きまで、グラヴヒルトさんの口を通して否定させるわけにはいきません。私は必死に呼び掛けました。
「ねえ、お願いだから早く起きて、アバンナ!」
ですが寝息を立てるばかりで応答なし。私は呆然と迫るメヘカーンを見上げ――一言。
「……お母さんを守りなさい、シュテルンフリッド!」
口にしたのは、倒れているドラゴン――母ドラゴンのアバンナではなく、バッグの中で鉈と戯れている子ドラゴンの名前。
その言葉が届くと同時、シュテルンフリッドはやおら顔を上げ、もそもそと何やら身じろぎをし始めました。
「今さら何をしても無駄だ、大人しく末路を受け入れろッ!」
「いいえ、お断りです! まだ終わってなんかない……シュテルンフリッドは、ラスト・ドラゴンとアバンナの残した最後の末裔。その力は両親のそれを大きく上回ります!」
シュテルンフリッドが、ゆっくりと立ち上がりました。大きめのバッグに比べて小さく、貧弱な体型と思われていた彼ですが、それは実はあえて身体を折りたたんでいただけ。
一度身を起こせばアバンナにも引けを取らない長身でありながら、体躯はほっそりとしなやか。さらに小ぶりな両腕をくるくると回して、気合を込めるように力こぶを作ると、ぼごん、ぼごごん、と筋肉が膨れあがり、隆々とした二の腕が現れます。そうして寝ぼけ眼のように細められていた双眼が開かれ――赤く鋭利な眼光が、メヘカーンへと注がれました。
それまで遊び道具として扱っていた鉈の柄を握り込み、両手で構えて腰を落とし、まっしぐらに突進します。
初速からしてすでにアバンナのスピードを凌駕し、瞬きした時にはメヘカーンの懐へと潜り込んでいました。強烈な鉈の連撃がメヘカーンを叩き斬り、触角や肉片が飛び散っていたのです。
しかし、負けじとメヘカーンも全身を震わせて四方全体へ宇宙ショックウェーブスーパーを乱発し、シュテルンフリッドを振り払いました。
「む、無駄だ! いくら攻撃しようとメヘカーンは何度でも再生する! そう、身体の最奥にあるコアさえ破壊されなければ! ……あ」
「――聞いた、シュテルンフリッド! コアを狙って!」
油断か天然か、多分後者とは思いますけれどもそのヒントのおかげで、再度突入したシュテルンフリッドがドリルのように回転しながら遠心力をつけ、メヘカーンごと異形の頭蓋を貫きます。その胴体に巨大な空洞を穿ち、なおも止まらず反対側へと突き抜けていったのでした。
ぶしゅー、とあたりに液体ぽい体組織を降らせ、空気の抜けるようにメヘカーンはしぼみ始めます。やがてぐったりと横倒しになって液状の透明な溜まりを作りながら、蒸発するように見えなくなってしまいました。
「や、やった……! 倒した!」
大した感慨もなさそうに、一仕事終えたとばかりにシュテルンフリッドはバッグとアバンナを抱え上げ、彼方へと飛んでいきました。
「ば、馬鹿な……メヘカーンが、こんな……」
後には一人立ちすくむグラヴヒルトさん。けれども私は、立ち尽くしたまま呼吸も忘れたみたいに見入っていたレイトリスさんへと向き直りました。
「これが……レイトリスさんの作品の持つ力なんです。私なんかでも勝てるくらいなんですから、落ち込んだって、どうしようもなくなったって、筆を握って前へ歩けばきっと、いくらでも超えていけるんです!」
「……ジェシカ。俺は……」
レイトリスさんはためらうように私を見返していましたが、その瞳には力が戻り、決然と頷きます。
「そうだな……お前の見せてくれた、俺の可能性。気づいたならば、たやすい話だ。何も終わってなどいない、俺は……まだ先へ進む事ができる」
「……迷いは晴れたようだな。そうでなくては我が友を名乗る資格はない」
と、グラヴヒルトさんが小さく笑みをこぼします。そこには先ほどまでの攻撃的な態度はなく、言葉には率直にレイトリスさんの決意を祝福するような響きがありました。
「グラヴヒルト、まさかお前は……」
「俺がくたばったくらいで下を向いていないか軽く試させてもらったが、元よりいらん世話だったか。まあ、これでまだぐだぐだぬかすようなら本当に始末していたが」
目を見張っていたレイトリスさんですが、ややあって同じように笑い。
「ふっ……負け惜しみを。勝負はこれで、俺の勝ち越しだな」
「そういう事にしておいてやる。……そして見事だ、小娘。何とも鮮やかな逆転劇だった」
グラヴヒルトさんが腕組みをして、私へ目線を投げました。
「あなたの本も愛読してましたから……怖かったけど、楽しかったです。ありがとうございました」
「楽しい、か……嬉しい事を言ってくれる。お前ならばあるいは――絶望の未来をも変えられるのかもしれんな」
「え……?」
「求めるものはこの先にある。さあ、進め。どこまでも」
きょとんと瞬きすると同時、グラヴヒルトさんの姿は消え、代わりにぽつんと、見慣れた私の日記帳が落ちていました。
「あ……! 日記帳が……でも、グラヴヒルトさんは……」
「心象世界の登場人物に過ぎないはずなのに、日記帳の事は知らんと言ったり人を試したり、まったくどこまでもふざけた奴だ。まあいい。拾っておけ」
近づいて取り上げると、思った通り、表紙には名前が。でも、レイトリスという名前ではありません。多分レイトリスさんが名乗っている名はペンネームで、ここに書かれているのは本名、というわけでしょう。
「さっきのグラヴヒルトさんの言葉も、どういう事だったんでしょう……絶望の未来って」
「昔からノリだけで大仰な物言いを好んでいたからな。気にしないでいいだろう。それより――」
レイトリスさんが私の側を抜けて、奥にあるドアへと向かいます。ドアノブを見下ろして、小さくひとりごちました。
「奴は、この先に求めるものがあると言っていた。それが日記帳でないなら、何が待っているというのだ。そしてこのドアも、どこかで見た事が……」
きぃ、ときしむような音を立てて、レイトリスさんはドアを押し開きます。私も日記帳を見るのはひとまず保留にして、後ろから覗き込んでみました。
「部屋……?」
鍵もかかっていないドアの向こうにあったのは、どこか民家の一室でした。そこそこ間取りは広く、左右二カ所に窓がありますが、風景は何も映っていません。
しかし、私が目を奪われたのはその、なんというかあまりに散らかり放題の、部屋の惨状の方でした。
奥にあるベッドにまで積み上げられた箱や壺、民芸品らしき変な形をしたオブジェ。床一面には何だかよく分からないゴミやガラクタが散乱し、丸まった紙片が特に多いです。隅の方には蜘蛛の巣も張っていて、匂いもひどく、正直一秒たりともいたくありません。
けれど、それ以上に興味を引くものが揃っていました。向かって左手には椅子と、大きな白いキャンパス。作業机には大量の本が積み上げられ、回りにはびっしりと文字が記された紙の束。本の種類はばらばらで真面目な学術書からゴシップ雑誌まで混ざっています。
右側には壁にたくさんの楽器が飾ってありました。フルートにバイオリンにオルガン。打楽器と、床側のひどさに比べてよく磨かれ、手入れが行き届いています。他にもどう使うのか分からない器材や道具が整理されて置かれ、壁際にはどっしりとした衣装棚も。
「グラヴヒルト……」
呆けたように部屋を見回していたレイトリスさんが、呟きました。
「え……?」
「グラヴヒルトの、部屋なんだ……ここは」
「そ、そうなんですか……っ?」
言われてみれば、芸術家らしさにあふれた内装です。雰囲気からも、部屋の主は好きな事だけして生きていきたいのかなという意思を読み取れて、改めてグラヴヒルトさんのセリフを思い返しました。
「この中に、探しているものが、ある……?」
「分からん……最後に奴の部屋を訪れたのは、訃報を聞いて、呆然としたまま踏み込んだ時だ。俺はここで、奴の手帳を見つけて、そして……――」
レイトリスさんが気落ちするように目を伏せたので、私は慌ててフォローしました。
「で、でも、まだネタを手に入れただけで、発刊はしていないんですし……」
「……その通り、設定に手を加えただけで、まだ文章には起こしていないが……」
「ならぎりセーフですよ! ぎりで! はい! それに、レイトリスさんがアレンジする前の素材そのままの手帳の中身、私も知りたかったですね。どんなだったんでしょう」
「それはもう、俺など及びも付かない発想でハチャメチャで……ふふっ」
レイトリスさんが吹き出し、目だけで私にお礼を言ってくれました。どうやら気が紛れてくれたみたいです。と、その時、私はグラヴヒルトさんの作業机の上に何かが置かれているのを見つけました。
「これ……何でしょう。手紙、みたいな……」
あ、と私は声を上げました。細長い白い便せん。その紙面にはまごう事なく、レイトリスへ、とありました。かなり達筆です。
「これ、は……!」
便せんを取り上げたレイトリスさんが信じられないようなものを見つめる面持ちで、そっと封を破り、手紙を抜き出します。
「……俺宛の……グラヴヒルトの手紙……」
「それじゃ……グラヴヒルトさんが見せたかったものって」
これ、でしょう。混沌宇宙世界にいたグラヴヒルトさんは、レイトリスさんに何かを伝えたくて、この部屋に導いて来たのでしょうか。あの手紙を用意して……。
「……いや。日付からして、グラヴヒルトがこれを綴ったのは実際の死の間際、だろう。それに俺は、すでにこの手紙を、読んでいる」
レイトリスさんは手紙を持つ手とは反対の手で顔を覆い、声を震わせました。
「そうだ……俺は手紙を読んでいた。だが、忘れてしまっていたんだ。手帳の方に気を取られたから、じゃない。俺は……グラヴヒルトの死を認められなかった。だからこの目であいつの思いを確認したのに、無意識の内に頭の中から抜け落ちて、しまっていた……」
グラヴヒルトさんの死と向き合う勇気を持てず、その幻影を追うように下ばかり見てあてどもなく迷走し、いつしか見失っていたもの。
これまでなら恐らく何度この部屋を訪れ、手紙を目にしたところでまた忘却へと追いやり、自分の殻に閉じこもっていたかも知れません。
でも、迷いを振り払い、確固たる意志を取り戻した今なら。
我が友へ。手紙の一行目にはそう書かれていました。けれど私には内容を読むのが憚られ、レイトリスさんへそっと声をかけます。
「読んであげて下さい。もう一度。グラヴヒルトさんの、伝えたかった事を……」
気がつくと私は日記帳を手に、ロランさんとハヅキさん、みっちゃん達の前に立っていました。ハヅキさんの手にあるランタンの光がまぶしく、でもようやくいつもの図書館に戻って来られたのだという実感と、安堵が湧いて来ます。
「――おお、戻ったぞ!」
「ジェシカ、無事だったんだな!」
「あ……は、はい。ご心配をおかけしました」
取り囲まれ、次々にかけられる声に私はたじたじになりながらも応答して、申し訳なさと、身を案じてくれる人がいる事に温かな喜びを覚えていました。
「いきなりいなくなったかと思ったらまた急に現れやがって、混乱するこっちの身にもなれってんだ」
「あはは……でも、第三者からはそう見えるんですね。私達の方は、話せばそれは長くなる大冒険を経て来たんですが……」
と、私が視線を逸らした先では、レイトリスさんがいます。ちゃんと一緒に来られたみたいで、一安心です。するとみっちゃんが彼の顔を覗き込み。
「なんだよ、おめー。顔が赤いぜ。もしかして泣いてたのか? だっさ!」
「おい、やめろ、何をおかしな事を言っている……!」
「何があったか知らないが、向こうじゃえらい目にあったはずだからな。ジェシーにエスコートされてても、内心半泣きだったんじゃねぇの? ははは!」
「ええい黙れ低俗ども」
ここぞとばかり、みっちゃんとロランさんが結託してレイトリスさんをからかい始めます。最初こそ浮かない顔つきだったレイトリスさんですが、二人の相手をしている内に元のようなしかめっ面になっていきました。
「……ともかく、ここでの用は済んだ。――上へ戻ろう」
「本はもういいのかな?」
ハヅキさんに尋ねられたレイトリスさんは、ああ、と頷き、あるかなきかの微笑を浮かべて。
「
一階エントランスに上がってくると、私は日記帳を結局司書机の中へ押し込んでおく事にしました。あのまま地下書庫へ置いておいても良かったのですが、やはり目の届くところにないと、また何かの事故で誰かの手に渡りかねません。
それにしても私の名前が入った日記帳のはずなのに、どうしてこう立て続けに他者が手にしてしまうのでしょう。単なる巡り合わせが悪いだけなのでしょうか。
いずれにせよもうこんな事が起こらないよう、鍵はポケットに入れ、肌身離さないようにしておきます。
「しっかし、色々あったんだなー。鏡面世界に、宇宙っての? 世界は広いんだな」
「おうよ。俺達の思ってる以上に、この世には不思議がたくさんなんだ」
私は地下書庫からまでの道筋で、ロランさん達にそれまでの出来事を話していました。もちろんレイトリスさんの秘密に関わるデリケートな事柄は伏せてです。日記帳について知るのは大事ですが、やっぱり土足で踏み込むべきでない問題だってあります。
「あの刹那に、それだけ多くの経験を経てきた……というのは突飛すぎて信じがたいが、何せ私達全員、同じ状況に陥ったからな。今さら何が起ころうと、驚くには値しないさ」
「ごめんなさい……私が日記帳をきちんと管理できていないせいで……」
「……その日記帳とやらのおかげで、俺は進むべき道を見つけられた。ならばおそらくは、ここにいる連中も大なり小なりそう思っているだろう。お互い様だ、気にするな」
そう言ってくれたのは、なんとレイトリスさんでした。ロランさんやハヅキさん達も頷き、自分の落ち度を責めていた私は知らず、目頭が熱くなってきます。
「みなさん……ありがとうございます」
「それよりも、がぜんインスピレーションが湧いてきたぞ。今のモチベーションならば、何か一作、書き上げられそうだ」
と、レイトリスさんが机の脇に置かれた自分の鞄から、大量の原稿用紙と、十本ほどのペンを取り出します。さすが売れっ子作家、いつでも執筆できるよう道具を持ち歩いているのもさる事ながら、用紙からしてつるりとした光沢すら感じられる上質さです。
「も、もしかして、ここで執筆されるつもりですか……っ?」
「いけないか? なあに、すぐに済む。そこで顔を洗い、指をくわえて見ていろ」
にや、と口元を三日月型に曲げたレイトリスさんは唖然として見守る私達の前で、抱え上げた数百枚はある原稿用紙を、ばさりと上へ跳ね上げさせました。
羽毛の如く舞い散るページめがけ、両手の指に五本ずつペンを挟んで持ち、腕を交差させて構えると。
「――はッ!」
気勢を込めてその場で跳躍。原稿用紙のただ中へ突っ込み、目にも止まらぬ速さでペンを乱舞させました。そうしてくるりと宙返りし床へ華麗に着地するや否や、私へ一言。
「腕を伸ばせ」
「え、は、はい……っ!?」
指示通り両腕を差しのばした直後、全ての原稿用紙がどさどさと降り注いで来ました。一枚一枚わずかのずれもなく、しかも紙面にはたった今し方綴られた文章がずらりとぎっしり詰められています。
「す、すごい、下書きもなく一発で、しかも完成されてる……!」
その、太陽めいた神々しい輝きすら感じる一つの作品の出来に、私は喜びに感極まりました。今目の前で新たな歴史が形作られる目撃者に、私はなったのです。
「う、うう、でも、これ、おも……幸せだけど、重い……!」
「世界の重みだ。投げ出すな」
「は、はいっ……!」
感じ入りつつも用紙の重量に耐えかね、ぷるぷると腕のみならず全身を震わせる私へ、みっちゃんが冷たいジト目を投げかけて、ぽつりと。
「何言ってんだお前ら」
この新作は私へ進呈するとの事です。さすがに私としては大人しく出版されるのを待つつもりで返そうとはしましたが、レイトリスさんいわく、一度書けた話は何度でも書けるとの事。
さらに言えば、あの一瞬で、です。つまり私が気を回さずともいくらでも同じものを量産できるわけで、そこまで言われたら私としても、受け取らざるを得ませんでした。
「受け取らざるを得ないって言っても、ジェシーお前、顔がにやけてふやけきってるぞ」
「そ、そうですか……? えへへ、レイトリスさんの手書き……それもサイン入り……」
今だけは、あの日記帳に感謝しなければいけないみたいです。ああ、幸せ……。
「けどよう。こんだけ簡単に一作書き上げちまうんなら、ネタなんかすぐに
「けったいなけだもののくせに、中々鋭いじゃないか……」
誰がけだものだ、とみっちゃんが目を三角にして怒りハヅキさんがなだめるのを横目に、レイトリスさんは考え深げに腕を組み、人差し指で頬を叩きます。
「その通り、俺は執筆時間よりも、何を書くかで悩んでいる時間の方が多い。題材は常に探し求めている……それも、風味があり深い味わいの純度の高い代物でなければやる気が出ない」
「グルメみたいだな」
ロランさんの比喩は言い得て妙でした。思えばグラヴヒルトさんも、似たような悩みを抱えていたのかも知れません――これだけ速筆なら、さぞかし普段からネタに飢えていた事でしょうし。
「それが世界を旅する理由なら、レイトリス、君もまた一人の冒険家とも呼べるな」
「いや……ネタを探していたのは主に助手だ。世界各地を巡り、良質な体験や噂、都市伝説や出来事などをレポートにして寄越す。そっちの方がよほど冒険家らしいな」
「へー? だったらおめーはいつも何してんだよ」
「何って……家で寝たり、ファンレターを読んだり、遊んだり……」
途中でレイトリスさんはごほんと咳払いしました。何だか話せば話すほど地が出て来て、新聞や雑誌で見るだけではとても知り得ない人柄が分かって来ます――本人としては不本意でしょうけれども。
「今回、このフォレスの王立図書館の話を聞いて、そこも本来なら助手に行かせようとしたのだが、たまには一人で外の空気を吸ってこいと、部屋から引っ張り出され家から蹴り出され……くそ、奴め、この俺がおっかなびっくり遠出するのを、今この時にもほくそ笑んで過ごしているに違いないんだ……!」
「あ、あはは……それならレイトリスさんも、しばらくフォレスに滞在される予定なんですね? それなら――」
「ほいパンフ」
「坂を下りてちょっと行ったところにお勧めの宿屋があるぜ。多少散らかってるけどな!」
「部屋は余ってるんだ……ここはお互い、旅の冒険譚でも聞かせ合い、親睦を深めようじゃないか」
私を遮ってロランさん達がレイトリスさんへにじり寄ります。親しみやすい人だと分かるが早いかさっそく仲間に引き入れようとしてるみたいで、ぎょっとして引き気味のレイトリスさんも可哀想に思えましたが、それ以上に微笑ましかったです。
「く……な、なんだこいつらは! おい、離せ、どこへ連れて行く!」
「とってもいいとこだって。きっと気に入ると思うぜー?」
「ジェシー。今日は君も疲れているだろうから、彼の事は私達に任せて、ゆっくり休んで」
「じゃ、また明日な!」
「あ、は、はい! それではまた!」
よせぇ、と抗議するレイトリスさんはロランさん達に肩を掴まれ、連行されていきました。途端に図書館には沈黙が落ちましたが、私は寂しくないです。
だってまた明日も会えますし、大変な事もあるけど、もっと楽しい事だってあるのだと、知っているのですから。
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