第10話 心を一つに(後編)

「私もなめられたものですわね!」


 りんとした声が辺りに響いた。

 謙治けんじのすぐ横に麗華れいかがいきなり現れる。

 直後、クローナイフが彼らの横で炸裂した。高温の炎がまき散らされる。麗華は左手を炎に向ける。ドリームティアが光を放った。ただそれだけで炎が見えない壁に遮られる。


「か、神楽崎かぐらざきさん!」

「何よ。」


 冷たい視線で謙治を睨み、その後上空に視線を向ける。深紅の不死鳥が悠々と空を舞っている。いつも乗っている麗華ですら一瞬本物に見間違えるほどだ。


(一体どういうつもり……?)


「謙治…… 一端現実世界に戻るわよ。小鳥遊たかなしさんがあんたを待っているそうよ。」

「はい…… すみま……」


 謙治の謝罪の言葉を麗華が遮る。


「行くわよ。

 ……でも謙治、一つだけ言っておくけど、少しは女の子を見る目を養うのね。」


 チラリと上のフェニックスブレイカーを見て嫌そうな目をする。


「私の方がもっとスリムよ。」

「はあ……?」


 謙治にはその違いが全く分からなかった。



「まず一つ。今回はスターローダーは使用不能です。またライトクルーザーもすぐには使えません。」

「ええっ!」


 小鳥遊の説明に美咲みさきが小さく悲鳴を上げる。


「それ以前に今回の敵はブレイカーマシン、というかそれと同じ能力を持つ夢魔むまと思われます。

 とにかく謙治君。こっちを手伝ってくれ。リアライザーが使えないと何もできない。」

「分かりました。」


 しばらく黙々と二人の作業が続く。生身で夢魔に立ち向かう方法が無い以上、しかもその能力がブレイカーマシンと同等ならなおのことリアライザーが必要である。


「まずどっちから行く?」


 隼人はやとに視線を向けられて麗華が分からない、という顔をする。


「この調子だと一機ずつしか出られなさそうだ。たちばなは最後まで出られない。田島たじまは機械の操作で忙しい。となるとだ、俺か神楽崎しか残らないわけだ。

 敵はおそらく俺達に狙いを定めているのだろう。なら一番手はブレイカーマシン四機の攻撃を一身に受けるわけだ。」


 さも楽しそうにいう隼人に麗華が目を細めてニコリと微笑む。それはそれなりに迫力があった。


「それは私に対する挑戦かしら? 甘く見られたものね。いいでしょう、その挑発にのりましょう。」

「麗華さん! 隼人君! どちらか一人なら出動できる。急いでくれ、夢幻界むげんかいに夢魔のエネルギーが広がりつつある。」


 小鳥遊の声に麗華が壁際に腰掛けた。ブレスレットを目の高さに上げる。ドリームティアが赤い光を放った。


「ドリームダイブ!」



(ねえ、隼人くん?)

(なんだ?)


 麗華が夢幻界に入るとすぐに美咲は隼人と背中合わせになると小さくささやいた。その声には多少の非難の響きが混じっている。


(どうして麗華ちゃんを先に行かせたの?)


 肩越しに少女を振り返って、困ったように頬をかいてから天井を見上げる。


(ん~ 俺なりに一応考えたんだがな……)

(うん。)

(まず一つはあいつが何となく田島を顔をあわせづらそうだったからな。

 実際の戦い、というか時間稼ぎをすることを考えるとだ、フェニックスブレイカーなら空に逃げるだけで二機の攻撃をほぼ完全に避けることができるが、ウルフブレイカーなら四機の攻撃に常時さらされる可能性が高い。

 ま、そんなことか。おっさんと田島ならすぐに二機目を出せると思ったのもその理由だがな。別に面倒くさがったワケじゃない。)


 美咲が背中でうつむいたのが気配だけで分かる。そしてそこから離れると前にまわって正面から隼人の顔を覗き込んできた。


「ゴメン…… そんなつもりで言ったんじゃ無いんだ……」

阿呆あほう。そんなことで一回一回謝るな。俺は気にしてないし。

 ……あ~、その、なんだ。一つだけ言っておくがあんまり浴衣で屈むもんじゃない。」

「うぇ?」


 隼人が少し顔を赤くして横を向いた。そこで初めて気づいて美咲が胸元を合わせて耳まで真っ赤なる。赤い顔のまま隼人を睨む。


「隼人くんのエッチ。」

「あ、阿呆。見ようと思って見たわけじゃないからな。」


 慌てている小鳥遊が隼人を呼んだ。隼人は気を取り直したようにポンと美咲の頭に手を置いてから、その場でゴロリと横になった。ブレスレットを額にかざす。


「ま、とにかく橘が来るまでには片づけといてやるからな。

 ドリームダイブ!」


 更に数分後、謙治も夢幻界にダイブしていく。残されたのは美咲と小鳥遊だけになってしまった。



「しつこいわね、もう!」


 フェニックスブレイカーは夢魔フェニックスに追われていた。背後からチマチマと熱線を撃ってくる。おそらくヒートパルサーと同質のものだろう。眼下では夢魔バスタータンクが空にバラバラとエネルギー弾をばらまいている。一撃一撃はさほどでない――飽くまでもこちらと同じ性能だとしたらだ――のだろうが、そのさほどが積み重なれば笑い事で無くなるのは自明の理であろう。

 今彼女にできることは、できるだけ消耗しないで援軍を待つことである。


「ああ、もう! 美咲はしょうがないとしても謙治も隼人もなにやってんのよ!

 レディを待たせるなんて最低ね!」

「そいつは参ったな……」


 声とともに夢魔バスタータンクが仰向けに転がされる。人間型に変形したウルフブレイカーが面白くなさそうに上を見上げた。


「神楽崎、とにかく時間を稼げ。もう少しで田島も来る。向こうは何体いるか知らないが、こっちも全員揃うまで無理に仕掛ける必要はない。」

「あ~ら、偉そうね。」

「神楽崎……?」


 素直に人の言うことを聞くようなタマでは無いと思ったが…… と麗華には聞こえないように呟き、ため息をつく。麗華はフェニックスブレイカーを反転させると同じように飛行している夢魔に機首を向ける。


「一対一なら負けないわ! 隼人、下の奴らは任せたわよ!」


 麗華の言葉に再びため息をつく。重戦車型の夢魔は人間型に変形して身を起こす。更に遠くから隼人の機体と全く同じ色の狼が走ってくるのが見えてきた。


「やれやれ…… 簡単に言ってくれるぜ。」


 と言いつつもコクピットの中で隼人は獲物を見つけた野獣の笑みを浮かべる。二対一でも余裕の表情だ。

 夢魔ウルフがウルフブレイカーに体当たりをかけてくる。それをサイドステップでかわすと、立ち上がったばかりの夢魔サンダーに足払いをかける。重量級の夢魔が派手な音と共にうつ伏せに倒れた。


(なんだ、意外と楽だな。)


 しかし倒れた夢魔はいきなり戦車形態に変形し直すとウルフブレイカーの至近距離で全砲塔が火を噴いた。直撃こそは受けなかったものの爆風と破片が装甲を激しく叩く。

 体勢を崩したところに夢魔ウルフが突っ込んでくる。避けることもできずに隼人は大きく吹き飛ばされた。そこへ素早く振り返った夢魔ウルフが喉笛を狙って飛びかかってくる。隼人は腕一本を犠牲にする覚悟で左腕で喉を庇った。

 一瞬の交錯。閃光と爆音、衝撃波。

 自分を狙うプレッシャーが消えて、転がりながら立ち上がる隼人。すぐ横には主砲を発射した後の煙がまだ残っているサンダーブレイカーがいた。今の刹那の時間であの鈍重なマシンが移動したとは考えられないから、十中八九謙治がリアライズしたものだろう。


大神おおがみ君! 大丈夫ですか!」

「悪い…… 助かった。」

「僕はバスタータンクを相手にします。大神君はウルフブレイカーをお願いします。」

「ああ。」


 二機のブレイカーマシンが左右に散った。すぐに重装甲のロボット同士の激しい撃ち合いが始まる。隼人の目の前で夢魔ウルフが人間型に変形をした。どうやら相手も格闘戦が望みのようである。


「さあ来い。本物と偽物の違い、体に刻み込んでやるぜ。」


 夢魔が視界内で大きくなってくる。ああは言ってみたものの隼人は何か心に引っかかることがあった。


(本当にこれでいいのか……?)



「ねぇ、ねぇ、博士ぇ。早くぅ!」

「無茶言わないで下さい。私だって急いでいるんですから。」

「でもどうしてそんなに時間がかかるの? どうしてスターローダーが使えないの?」


 美咲の質問に小鳥遊は文字の乱舞しているディスプレイから目を離さずに答えた。

 要はデータ量の多さが原因だった。リアライズの際に必要なデータの大きさはその体積と複雑さに比例する。今回は研究所から直接データを受け取ることができないため、持ってきた端末を中継させている。そしてその端末のメモリにはスターローダーのデータは大きすぎた。フラッシュブレイカーは大きさが大したことがなくても未解析のプログラム部分がおおく、データ量は膨大になっていた。それでもぎりぎりメモリの容量は足りたのだが、今度は通信速度の関係上、時間がかかる羽目になってしまったのだ。


「美咲さん、分かりました?」

「博士、難しい……」

「そういうものと思って下さい。」


 いい例えが思いつかなかったのか小鳥遊はそう言って言葉を濁す。美咲は一応納得した顔をするが、すぐに関心事は夢幻界で戦っている仲間の方へ向いてしまう。 


「みんな大丈夫かなぁ……」

「大丈夫でしょう。相手はブレイカーマシン。知らない相手ではありません。逆にいつもよりも楽に戦えるでしょう。」


 小鳥遊はそう言うが美咲も隼人同様、何か引っかかるものを感じていた。


「ねえ、博士。例えば…… 例えばだよ。博士が誰かと喧嘩になって……」

「確かに私には縁の無い話ですね。」

「で…… その相手もやっぱり博士で……」

「はい?」


 小鳥遊は一瞬、白衣姿の自分が二人殴り合っている光景を想像し、あまりのくだらなさに頭を振った。


「でさ、博士。相手は自分がよく知っている自分だよ。勝てる?」

「…………」


 それは美咲が口にするまで誰も考えなかった単純な問題だった。事実、隼人の中のわだかまりもこの事だった。


「それに…… 相手は夢魔でどんどん傷が治っていくとしたら…… それでも勝てる?」

「いえ、勝てません……」

「どうしよう……」


 言い出した美咲の方が泣き出しそうな顔になる。その時、データの転送が終了したのを知らせる小さなビープ音が鳴る。


「美咲さん! 出られます。さっきも言ったとおりスターローダーは使えませんが……」

「大丈夫! それくらい何とかなるよ。じゃ、行って来るね。」


 いつものように慌ただしくダイブしようとする美咲の腕を小鳥遊が軽く押さえた。ふと真剣な表情を見せる。ただ、双方が浴衣姿だから何となく様にならない。


「美咲さん…… 月並みかもしれませんが聞いて下さい。

 相手は夢魔。所詮はある種の精神エネルギーの固まりに過ぎません。しかしあなた達には『心』という、そして『絆』という最も強い力があります。

 あなた達がそのことを忘れない限り、どんな夢魔が襲ってきても必ず勝てる、と私は信じています。

 それでは行ってらっしゃい。」

「うん……

 ドリームダイブ!」



「ちっ、やるわねこいつ……」


 フェニックス同士の空中戦は夢魔の方に分があった。麗華は認めたくなかったが、性能は向こうの方が若干上のようであった。引き離そうにも速度で負けている分、引き離すことができない。


(このままじゃやばいわよ……)


 麗華の心に焦りが生じ始めていた。



 激しい轟音が続く。

 爆煙と閃光の中で二機のロボットが足を止めて全身の武器を撃ち合っていた。己の火器と装甲を頼りに壮絶な消耗戦である。

 弾幕を抜けてきた砲弾が堅牢な装甲を削っていく。ここまでくると性能よりもどこまで耐えられるかの根性の問題だった。


「いつまで保つか……」


 射撃をブレイカーマシンに任せ、謙治は目の前の夢魔を調べていた。残念ながら他の二体はブレイカーマシンとすぐに区別がつかず調べようがない。

 謙治の指先がコクピット内のキーボードの上を滑る。その間にも少しずつダメージが蓄積されていく。


「攻撃能力…… 確かに見た目はサンダーブレイカーと同じに見えるが、結局は夢魔のエネルギーの一部。質量分布からもブレイカーマシンと違って機械的な構造ではなく、均一の構造。つまり見かけだけ……」


 謙治の手が小さく震える。


「つまり…… こいつらはブレイカーマシンじゃない。こいつらは単なる『夢魔』だ!」


 真実に気づいた瞬間、夢魔からの砲撃が一層激しくなった。押し寄せる力にサンダーブレイカーは吹き飛ばされた。



 隼人は目の前の強敵、つまり自分と対峙していた。どう謙遜しても隼人の実力は並大抵のものではない。そしてそんな強い相手は彼の師匠と美咲ぐらいしか知らなかった。


(やりづらい……)


 まるで鏡に映したかのような自分の姿、動きに困惑する。同じ動きだから簡単に見切れそうな気もするが、逆に自分の動きというものは分からないものである。

 相手の動きを見て隙を窺いたいところだが、それは自分の弱点を露見することにもなる。そのことが気になって思うように体が動かすことができない。


(俺がよく知っている、そして俺じゃない動き方……)


 呟いてから、フッと小さく笑った。


(俺にできるかな?)


 ウルフブレイカーが不意に身を沈めた。素早く真横に跳び、直後に弾んだボールのように逆方向に移動する。相手が反応できない内に小さく足元を蹴る。

 夢魔ウルフがバランスを崩しながらも殴りかかってくる。隼人はそこに自らを投げ出すと、寸前で風に吹かれた木の葉のように身を翻した。空振りして体を開いた夢魔に速度と体重のすべてを乗せた肘を打ち込む。

 脇腹のあたりを強打された夢魔が吹き飛ぶ。その部分の装甲が割れ、内部が露出する。そこにはブレイカーマシンのような機械部品は存在せず、妖しく蠢く生物の内蔵を思わせるような「闇」があった。

 コクピットの中で隼人は汗を拭う。今見せたのは美咲の動きそのものだった。が、実際やってみて美咲の天賦てんぷの能力の高さに驚かされた。ハッキリいってもう一度同じことをやれ、と言われてやれる自信はなかった。


(俺もまだまだ修行が足りないな。)


 向こうから白のマシンが走ってくるのが見える。

 最後の援軍の登場だった。



 フラッシュブレイカーが肩に手をかける。透明な刃がその手に現れた。空を飛ぶ二機を目がけグラスブーメランを振りかぶった。


(あれ……?)


 隼人は何となく違和感を感じ、そして考えるよりも先に体を動かしていた。両腕を斜め上から前に突き出す。


「ブリザード・ストーム!」


 凍てついた吹雪がフラッシュブレイカーを襲う。グラスブーメランを持ったままフラッシュブレイカーが跳躍する。その攻撃は簡単にかわされた。


「何やってるの、隼人!」

「違う! そいつは橘じゃない!」


 その白の機体は跳んでいる空中でグラスブーメランを放った。そしてその刃は麗華のフェニックスブレイカーの軌道を切り裂くように空間をわたっていた。


「ダメッ! 避けられない!」


 夢魔フェニックスを相手にしていた麗華にはそんな余裕が無かった。


 ギンッ!


 空間が鳴った。

 二枚のグラスブーメランがお互いを砕き、輝く光の粒子になった。


「遅れてゴメン!」


 もう一体、別の方向から白の機体がやってくる。


「もう君たちの好きにはさせないよ!

 クリスタル・シューター!」


 銃を取り出し、空中の二機に向けるが、激しく動き回っているため、区別をつけることができない。その間にも夢魔フラッシュも美咲と同じように銃を構え、躊躇いもせず引き金を引いた。針のように細い光線が空中の二機を貫く。


「クッ…… 敵味方お構いなしなのっ!」


 フェニックスブレイカーの被弾箇所が増加する。もともと収束率の高い武器であるから外見上傷自体は小さいが内部まで簡単に貫く威力がある。翼から煙を噴きながらゆっくりと降下してきた。


「麗華ちゃん!」

「だ、大丈夫よ美咲…… これくらいならなんとか……」


 中心に麗華をかばうように四機が集結した。それと同時に飛べない夢魔三体に三方を、夢魔フェニックスに上をおさえられ完全に包囲された。


「囲まれた、か……」


 隼人の声で全員に緊張が走る。


「しかも認めたくないが、向こうの方が能力が上のようだ。

 こういうときは相手を一体でも減らすことを考えた方がいい。運良く俺の偽物に一撃を与えている。

 俺に任せておけ、とりあえず潰す。」

「待ちなさい隼人! 私もやれるわ。下の三機をおさえてちょうだい。」

「待って下さい! 逆にこの陣形ならバスタータンクの全方位射撃が有効です。こちらから離れないで下さい。」

「みんな……」


 我先にと夢魔を倒しに行こうと三機がお互いを牽制する。その間にも包囲の輪が狭まってくる。


(ダメだよ…… このままじゃみんなやられちゃう……)


「……チェンジ! ライトクルーザーッ!」


 いきなり車両形態に変形すると美咲は夢魔の足下を狙って車体をドリフトさせた。足下をすくわれた夢魔たちがバランスを崩し倒れる。しかし夢魔フラッシュだけは美咲のような身軽さを見せ、ライトクルーザーに蹴りを見舞う。クルーザーの巨体が宙に舞い、きりもみしながら落下する。落下しながらフラッシュブレイカーに変形すると夢魔と激しい格闘戦を始める。ほかの三体の夢魔もフラッシュブレイカーを狙って攻撃を開始した。

 白のブレイカーマシンの姿が爆発の閃光と煙で覆い隠される。麗華たち三人も美咲の唐突な行動に一瞬動くことを忘れていたが、すぐに少女の援護をするために動き出していた。

 煙がはれ、視界が鮮明になる。

 二体の同じ形の白いマシンが同じポーズをとっていた。腕を胸の前で交差させている。両手の甲と額に光が灯り、正三角形を描く。必殺技を放つ体勢だ。


「いけません! 威力を考えれば良くて相討ち、悪ければ一方的に撃ち負けます!」

「美咲! やめなさい!」

「…………!」


(俺のスピードなら片方だけを助けることができる…… どっちが本物の橘だ?)


「イルミネーション……」


 まさに二体のフラッシュブレイカーが腕を振り下ろそうとしている。


(間違えたら俺が橘を殺してしまうことになる…… 考えろ隼人。鏡にうつしたようにそっくりな物を見分ける方法…… 鏡? 待てよ、俺はさっきもそう思ったぞ。なんでだ……? そうかっ!)


 隼人は二体の足と手に注目する。


「ブレイクッ!」


 次の瞬間、美咲の気合いの声とともに光の三角が解き放たれた。お互い技を放った直後で身動きがとれない。光が肉薄する。


「こっちだ! シェイプシフト!

 チェンジ! ウェアビーストッ!」


 ウルフブレイカーがコバルトの閃光に姿を変える。戦場である夢幻界を一気に走り抜けると一体のフラッシュブレイカーをかっさらっていく。イルミネーション・ブレイクがもう一体のフラッシュブレイカーを光の粒子にまで粉砕する。


「何考えてんだ、橘! 無茶するにもほどがあるぞ。いい加減にしろ!」


 と言いながらもいつものように感謝と謝罪の言葉に若干の照れが混じる美咲の言葉を期待している隼人だった。しかし、少女の言葉は彼女が見せたことの無いようなさめた響きを持っていた。


「そうだよ。無茶だよ。隼人くんが来なかったらボクもやられていた。

 ……わからないの? 君たちがやろうとしたことをしただけなんだよ。相手はともかく、ボクたちは一人でも欠けたらそれで負けなんだよ。それなのに…… みんなどうしちゃったのさぁ!」

「橘……」

「美咲! 隼人! 一つ倒しただけで油断するんじゃない!」


 フェニックスブレイカーの一斉掃射が地面をえぐり、夢魔サンダーの足と砲撃を止める。その間にフラッシュブレイカーとウルフブレイカーが左右に分かれる。しばらく攻撃をやり過ごすと夢魔同士、ブレイカーマシン同士がかたまって対峙する。

 と、その時、夢魔たちに変化が起きた。

 一体失って不利と思ったのか、その体が膨れ上がり、元のイメージは残しつつもさらに大きく不気味な姿に変貌した。


「夢魔のエネルギーが増加しています! せっかく一体倒したのに、これではまだこちらが不利です!」


 その声が終わらない内に夢魔がそのエネルギーを矢にして放出した。直撃を受けないまでも爆発の衝撃波が四機を襲う。すぐに謙治が弾幕を張らなければ装甲の薄いフェニックスブレイカーは木っ端微塵だっただろう。


「今更遅いが……」


 衝撃に耐えながら隼人が口を開く。


「あいつらの正体は鏡像、つまり鏡にうつった姿だ。だから下手するとそいつらを作った大物が残っているかもしれないな。」

「どうにかできないの? このままじゃ謙治が保たないわ!」


(ダメだ……)


「大丈夫です、まだしばらくは……」


 しかし、サンダーブレイカーは膨大なエネルギーの前でジリジリと後ずさりを始める。ブレイカーマシンに向かうプレッシャーが更に増大した。


(このままじゃ…… みんなやられちゃう…… 麗華ちゃん、謙治くん、隼人くん……)


 美咲の心に生まれた焦りと大切な人を失う恐怖に呼ばれたのか、彼女のドリームティアが光り輝いた。光の中で美咲は叫んだ。


「みんな! ボクに力を貸して!」


 美咲を、フラッシュブレイカーを中心に真っ白の光が広がった。光が夢魔の攻撃をはじき飛ばし、更に広がり夢魔たちをも吹き飛ばした。

 光の中でウルフブレイカーが動物形態に、サンダーブレイカーがバスタータンクに強制的に変形させられる。


「ドリーム・フォーメーション!」


 フラッシュブレイカーの腕が背中に固定される。腰から下が半回転するとつま先が伸びて足が根本から折れ曲がり胸部と密着する。

 バスタータンクの主砲がその砲塔ごと分離し、変形したフラッシュブレイカーの左右を挟み込むように近づく。フェニックスブレイカーとウルフブレイカーがその更に左右に浮き、バスタータンクが下にまわった。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 と、美咲のいきなりの悲鳴と共にフラッシュブレイカーが落下した。あおりを喰らって他の三機も吹き飛ばされる。

 今の間に体勢を立て直した夢魔は再び攻撃を仕掛けてきた。謙治は再び弾幕を張り、麗華は空に逃げ、隼人は動けないフラッシュブレイカーを背中に乗せると素速く離れた。

 夢魔も三方に分かれてブレイカーマシン達を追った。



「橘っ! どうした橘。しっかりしろっ!」


 悲鳴の後、美咲は意識を失っていた。しかしまだフラッシュブレイカーは存在したままだった。少女をコクピットから引きずり出す方法も思いつかず、フラッシュブレイカーごと揺さぶって起こそうとする。


「う、ううん……」

「橘っ!」

「あ…… 隼人くん…… ボク…… どうしちゃったの……?」


(よかった……)


 小さく安堵の息をつく隼人。ざっと簡単に状況を説明する。


「そっか、まだ夢魔がいるんだ。ねえ、麗華ちゃんと謙治くんは? それに何がどうなったの?」

『それは私から説明しましょう。』

「うひゃあ。」


 突然、小鳥遊の声が通信に割り込んできた。いきなりのことで美咲が間の抜けた悲鳴をあげる。


『まずは現在の状況です。麗華さんと謙治君の二人は今のところは無事です。多少ブレイカーマシンのダメージが目立ちますが、戦闘能力に影響は無いです。

 それと…… 美咲さんの精神疲労が危険レベルに入っています。』

「そうなの?」

「なんでだ、おっさん?」


 返ってきた小鳥遊の返事はやけにきつい口調になっていた。


『ハッキリ言わせてもらえば、美咲さんの精神疲労、いや精神ダメージの原因はあなた達です。』


 美咲も隼人もまるで分からないのか小鳥遊の説明の続きを待つ。


『通信はできませんでしたが、こちらでモニターはしていました。

 とにかくさっき美咲さんがやろうとしていたのはブレイカーマシン四機の合体だと思われます。』

「そんなことできるのか?」

『私も無理だと思います。しかし、今まで美咲さんは三種類の合体をしておりますが、元々は不可能なことを無理矢理やっているのです。リアライザーの断続的な使用、つまり自分の精神力を糧に、合体に必要なシステムを構築して初めて完……』


 小鳥遊の声が雑音にかき消される。隼人の直感に夢魔の気配が感じられる。しばらく走り回って彼らを追っていた夢魔を撒いたはずなのだが、見つかるのも時間の問題である。夢魔のエネルギーが通信を妨害したのだ。


「くそ…… 橘、とりあえず他の二人と合流しよう。考えるのはそれからだ。」

「うん。」


 長時間の戦闘で隼人も疲労がたまってきている。しかしそれ以上に美咲の疲労はひどいはずだ。それを思い出し、ウルフブレイカーは足を止めた。夢魔の来る方に構えをとる。


「移動するのはやめだ。時間を少しでも稼ぐから体を休めていろ。とにかく神楽崎と田島に連絡をつけてから考える。」


 その言葉が終わらない内に狼型の夢魔が見えてきた。すぐさまウルフブレイカーに襲いかかる。


「隼人くん!」

「俺には構うな!」


 冷たいまでの言い方で美咲を遠ざける。夢魔の爪がブレイカーマシンを引き裂こうと振るわれる。それを腕ではらうと空いた方の拳を夢魔にたたきつける。

 吹き飛ばされながらも夢魔はさほどダメージを受けた様子がない。再び跳躍し、頭の上から牙をむいて跳びかかってくる。


「急げ! 俺だってそんなに長くは持ちこたえられないはずだ。」

「隼人くん……

 麗華ちゃん! 謙治くん! どこにいるの、返事して!」


 美咲の呼びかけに雑音と一緒に麗華と謙治の声が聞こえてくる。


「待たせたわね、って言いたいところだけどね……」

「すみません。僕達も大変でして……」


 隼人とは反対の方向からフェニックスブレイカーとバスタータンクが来るのが見える。バスタータンクはいくつかの砲を後ろに向け、夢魔を牽制するように砲撃を続けていた。

 三度、ブレイカーマシンが包囲される形になった。夢魔は距離をおいて周囲からジリジリと近づいてくる。


「このままじゃジリ貧だな……」


 全員の疲労も限界に近づきつつある。背中合わせになりながら周囲に目を配る。隼人が口を開いた。


「こんな時になんだが、勝てる方法があるとしたら聞く気あるか?」

「当たり前でしょ!」

「じゃあ、もう一つ。」


 麗華の焦り声にも隼人はペースを乱さず、言葉を続ける。


「神楽崎、田島、お前らは橘のことをどこまで信じている?」

「え?」

「……俺は性善説なんて信じていない。根っからの悪人だってこの世にはいる。それと同時に根っからの善人というのもいる。

 俺は橘がそれだと思っている。いいか、前に言えなかったことはそれだ。お前は夢魔に成り下がるほど弱くない。

 だから、俺は何があっても橘を信じる。」

「……私もね、」


 隼人のセリフにしんみりとした口調で麗華がしゃべり始めた。


「美咲がいなかったら、もしも私が最初のパイロットだったら…… 多分ブレイカーマシンになんか乗ってなかったわ。」

「僕は…… 橘さんが来たら、それだけで勝てるような気がいつもしています。」

「みんな……」


 夢魔の攻撃が始まった。フラッシュブレイカーを守るように他の三機が夢魔に立ち向かう。


「さっきまで自分の偽物は自分で倒すものだとばかり考えていた。そのせいで自分勝手に動き、橘のやろうとしたことも結果的に妨害することになった。

 おっさんの言った通り、橘の疲労が激しいのは知っている。だが、逆転するにはそれしかない。やってくれるか?」

「……やるよ。

 みんな! もう一度ボクに力を貸して!」

「何度でも貸してあげるわよ。」

「やりましょう!」

「俺達がついている。心配するな。」

「うん!」


 美咲のドリームティアが光を放った。

 フラッシュブレイカーを先頭に、フェニックスブレイカーとウルフブレイカーが左右、バスタータンクが後ろのダイヤモンド形態をとると四機が走り出した。


「自由なる鳥の翼、気高き獣の魂、力強きマシンの力、そして優しき人の心。

 今こそ一つに!

 ドリーム・フォーメーション!」


 真っ白な光がすべての色を消滅させる。光の中でブレイカーマシンが変形を始めた。

 フラッシュブレイカーの腕が背中にまわり、足が胸に密着する。その左右にバスタータンクの砲塔が主砲ごと合体する。バスタータンクが二つに分かれ、鋼の足に変形する。フェニックスブレイカーとウルフブレイカーはそれぞれの頭を肩にして腕に変化する。

 フラッシュブレイカーをコアとし、すべてが一つになった。スターブレイカーをも上回る巨大ロボットが地上に舞い降りた。


「夢幻合体……」


 鋼の巨人がポーズをとり、その目に新たな光がともった。


「ナイトブレイカーッ!」



 いきなり現れた巨大ロボットに夢魔達が一瞬、躊躇いの動きを見せたがすぐに敵と判断し攻撃を再開する。

 しかしナイトブレイカーはエネルギーの奔流にも微動だにしない。逆に麗華達の方が驚かされる。


「すごい……」

「これなら……勝てる。橘! 一気に勝負をつけてやれ。」

「無理です。橘さんの反応がありません。精神レベルが限界に達しています。」


 美咲はコクピットの中で気を失っていた。三人のサポートがあっても夢幻合体は少女の精神に大きなダメージを与えていた。


「私たちだけでやるしかないわね。

 来たわよ!」


 鳥型の夢魔が上空から迫ってきた。ナイトブレイカーが赤い左腕を天に掲げる。


「ファイヤー・トルネードッ!」


 左腕から炎の竜巻があがり、夢魔を包み込む。巻き込まれ身動きがとれなくなる。


「こうなると実に呆気ないものね……

 フェニックス・スライサー!」


 左の上腕についている翼のパーツが広がると、それが赤い光に包まれ、エネルギーの刃として放たれた。刃は夢魔を両断すると空の彼方へと消えていく。


「俺も同感だ。

 ビースト・スマッシュ!」


 青いオーラをまとった右手が無造作に狼型の夢魔を打ち砕く。


「でも油断はできません。この夢魔よりも巨大なエネルギーが近づいています。

 しかし今はとりあえず目の前の敵を……

 ブレイカー・ファランクス!」


 ナイトブレイカーの全身から発射されたエネルギー弾が重戦車型の夢魔の弾幕をあっさりと突き破ると、夢魔を一掃射で粉砕する。


「さて、と。そろそろ親玉の登場か?

 橘抜きでも何とかなりそうだな。」


 隼人の呟きと同時に肌でも感じられるほどのエネルギーが夢幻界に出現した。空間に支えもなく浮いた長方形の鏡。それがその夢魔の形状であった。


「なんか…… 弱そうね。」


 麗華の感想ももっともである。ただ空中に張り付いたようにピクリとも動かない夢魔に驚異を感じろ、という方が無理がある。

 突然、その鏡面がさざ波のように揺れた。鏡の内側にサンダーブレイカーの姿が映し出される。両手を胸の前で合わせている。


「まさかあれは……」


 謙治が予想を口に出す前に鏡の中のブレイカーマシンは両腕に力を込めた。手と手の間に雷球を作り出すと前に、鏡の外へと突きだした。


「大神君、回避!」

「分かってる!」


 しかし避けるよりも先に電光の速さの雷球がナイトブレイカーに命中する。強烈な電撃がマシンとその中のパイロットを襲った。

 悲鳴を上げる暇もなく激しくナイトブレイカーが揺さぶられた。嵐のように衝撃がすぎると全身から細く煙を上げながらガクリと膝をつく。


「回路の一部が今のショックで一時的に閉鎖しました。数秒は全く動きがとれません!」


 その間にも夢魔は自分の中に新たな姿を映しだしていた。大きな白いブレイカーマシン、スターブレイカーを。鏡の中の映像は剣を幾度か振るい、六芒星ヘキサグラムを描いていた。

 描かれた図形は淡く光を放つと、星を召還する門となった。鏡面から星屑が光の弾丸となって飛び出してきた。

 コントロールは回復したものの、流星は眼前に迫っていた。避けるどころか立ち上がる余裕すらない。


「せめて……」

「橘さんだけでも……!」


 氷の右腕と炎の左腕がフラッシュブレイカーを、美咲を守るように胸の前で交差した。ナイトブレイカーの全身の武器も上半身に迫る流星を一つでも落とそうと全エネルギーを振り絞っていた。


「俺達が守ってやるっ!」



(みんな……!)


「サークル・ディフェンダーッ!」


 突然、美咲の声と共にナイトブレイカーが両腕を前に突きだした。半透明で円形の障壁が手の先に現れると夢魔の高エネルギー弾を全てその表面で受け止める。


「ディフェンダー・ブローッ!」


 そのまま一度腕を引き、腰だめにした握り拳を足から膝、腰を捻り込みながら障壁に全身の力を込めて叩きつける。

障壁が半透明の弾丸となって夢魔に炸裂した。その表面が無数のヒビに覆われた。鏡像が消える。美咲は荒い息をつくと疲れたように体の力を抜いた。


「橘…… 気が乱れているぞ、無理をするんじゃない!」

「ボクはまだ…… 大丈夫……

 ゴメン、わがまま言うけど…… みんな、あいつの動きを止めて。」

「美咲! 無理よ、止めなさい!」

「橘さん! 危険です!」


 データを見るまでも無く、美咲の精神は今の攻撃で限界を越えていた。これ以上の行動は美咲の心までも破壊される恐れがある。


「早く…… お願い……」


 声を出すのも辛そうだった。


「やるぞ、神楽崎、田島。」

「隼人!」

「いいからやれ! 橘がもうもたない……」

「! 分かったわ…… いくわよ!」

『トライアングル・ケイジッ!』


 赤、黄、青の光線が発射されると夢魔を取り囲み、三角錐の檻に閉じこめた。


「やれっ! 橘っ!」

「うんっ!

 悪しき夢を断つ刃……」


 ナイトブレイカーが胸の前で手を合わせた。その間に光球が生まれる。


「夢幻剣、」


 手と手を打ち鳴らす。光球が潰れ、真っ白な光があふれ出す。


「リアライズッ!」


 光が両手剣になった。ナイトブレイカーはその剣を頭上から振りかぶり正面に構える。


「もう…… 目覚めの時間だよ……」


 背部のバーニアを全開にすると夢魔に突進する。夢幻剣をバットのように横に構えた。


「ドリーム・レボリューション……!」


 夢魔の横をすれ違いざまに夢幻剣を振るった。横一文字に切り裂かれた夢魔がピタリと動きを止める。

 夢魔の後ろで振り返り、夢幻剣を頭上に、天を突くように掲げる。剣の刃に光のエネルギーが宿り、炎のように揺らめいた。ナイトブレイカーの全身も同様に光に包まれた。


「ブレイクッ!」


 最後の力を振り絞って美咲が夢幻剣を振り下ろした。光の奔流が夢魔を上から下まで切り裂き、その十字の断面から夢魔がゆっくりと、徐々に加速をつけて分解していく。そして夢魔が消滅した。

 麗華達が喚起の声を上げるよりも前にナイトブレイカーがその場で崩れ落ちた。強制的に分離され、ブレイカーマシン達が放り出された。フラッシュブレイカーが霞のように消失する。しかし美咲の姿はそこに無かった。

 現実世界の小鳥遊の声が流れてくる。


『美咲さんの精神はこちらに戻ってきました。しかし、ひどい昏睡状態です。いつ意識が戻ることか…… とにかく皆さんも戻ってきて下さい……』



「おっさん、橘の意識はいつ戻るんだ?」

「私が知りたいくらいです…… これだけ精神的に消耗していると、最悪の場合…… 一生目が覚めないかも……」

「ふざけんなっ!」


 隼人の手が小鳥遊の胸ぐらを乱暴に掴み、怒気のこもった目で睨む。しかし小鳥遊はその目を静かに見つめ返した。


「私だってあなたと同じ思いなんです。怒鳴ったり、わめいたりして美咲さんの意識が戻るのならどんな醜態ををさらしたとしても構いません。

 ……私たちには待つしかないのです。せめて何かきっかけがあれば……」

「きっかけ、か……」


 力を無くした手がダラリと下がる。


「隼人君達も少し休んだ方がいい。美咲さんほどではありませんが、常人には危険なレベルの疲労状態です。」

「ああ……」


 隼人は肯定の返事をしたが、彼には一つ、やっておきたいことがあった。



 そしてその日の深夜……

 半日以上眠り続けている美咲。月の光が少女の顔をまるで死人のように青白く見せている。美咲一人しかいない部屋のふすまが静かに開けられた。

 疲れ切った顔でヨレヨレの隼人が手に紙袋を持って足音を立てないように入ってくる。

 規則正しい寝息をたてている少女の枕元に近づくと耳元で囁いた。


「おい、橘。せっかく海に来たのに泳がないなんて勿体ないぞ。あれだけ楽しみにしてたじゃないか。」


 少女からは目を覚ます気配すら感じられない。それが分かると隼人は目を伏せて寂しそうに笑った。


「なんてな、お偉い博士でもできないことが俺ごときにできるわけないか……」


 来たときと同じように静かに去ろうとすると、不意にその足が止まった。小さな手が隼人のズボンの裾を掴んでいる。


「隼人くん…… おはよう……」


 その声を聞いた瞬間、隼人は情けなくその場に座り込んだ。振り返ると両手で優しく美咲の手を握る。


「こ、この…… 心配かけやがって……」

「えへへ、ゴメンね。」


 まだ疲れが残っているのか、少し時間をかけて身を起こすと、そこで初めて隼人の持っていた紙袋に気づいた。美咲達の住んでいる街のデパートの紙袋だ。


「それ何?」

「あ、ああ……」


 言葉につまって、何も言わずに美咲に紙袋を渡す。隼人の方を見ながら袋を開き、ゴソゴソと中身を取り出す。隼人は照れたようにあさっての方を向いている。


「あれ? これ…… 水着?」

「まあ、な…… 神楽崎に聞いたから間違いは無いはずだけどな。」

「……隼人くん?」


 もしかして街まで戻って…… と聞きかけたが、途中で思い直して言葉を変える。


「ちょっと外で待っててくれる?」

「え? あ、ああ……」


 部屋の外で待つことしばし、美咲が隼人のサマージャケット姿で飛び出してきた。隼人の手をとって引っ張る。


「行こ、行こ! 海に行こ!」

「お、おい! 橘。少しは落ち着け!」

「だって、明日はもう帰る日だよ。泳ぐのは今しかないじゃない!」

「やれやれ……」


 隼人は呆れたようにため息をつくが、普段の彼からは想像できないような楽しそうな笑みを浮かべていた。



「……ったく。自転車でここまで戻ってくるなんて無茶よねえ。そして深夜に泳ぎまくるなんて…… 馬鹿じゃないの?」


 帰りの電車の中。麗華は隼人を見て小馬鹿にしたように肩をすくめた。その隼人は座席で眠りこけている。隣では美咲が彼に寄りかかって眠っていた。


「いやあ、青春しててよろしいじゃありませんか。」

「でも…… そういうことができるって、ちょっと羨ましいですね。」


(まったく、うちの男どもは……)


 何となく的外れな二人のセリフに、麗華は不機嫌そうに髪をかきあげた。しかし、よりそって眠っている二人の方を見ると、気づかれないくらいに小さく微笑んだ。


(結構この二人、お似合いかもね。)


 電車は日差しの中をゆっくり走っていた。彼らの夏休みもそろそろ終わりである。




次回予告


小鳥遊「夏休みの終わりといえば、大学のとき二日くらい連続で徹夜して何とか課題を終わったおぼえがあります。思い返せば高校の時も、中学の時も、はたまた小学校の時も宿題に追われてましたねぇ。時代が変わっても宿題に追われる子供はいなくならないようです。さてさて、皆さん大丈夫ですか?


 夢の勇者ナイトブレイカー第十一話

『美咲の宿題大作戦』


 最近ゆっくり寝ていますか?」

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