第7話『マーケット(後編)』
二人分の足音が、忙しなく広い通路に響く。
脇にいくつか扉や細い分岐路があったが、例によって彼らはそれらに脇目を振らずに、ただ血の跡だけを追い続けて進んでいた。
「……もしも、この先であの少女が何者かに襲われていたら、彼女の救助が優先でも構いませんか?」
「はい。最悪、血の跡の原因が衛星と無関係であった場合は、わざわざ戦闘する必要すらありません。あの少女に限らず、生存者が居た場合はその者の救助を優先してここを脱出しましょう……いや。少し、訂正します。その場に居たのが衛星であった場合も、生存者を見つけたら人命救助を優先してください。体制を立て直すのも兼ねて、一度ここを脱出します」
「分かりました。……マルス!」
《ご用件をどうぞ》
「前にやっていた熱源感知ってやつ、今は使えるか?」
《熱源感知の使用は可能ですが、周囲の環境とシャロンの熱源感知の性能等の条件から鑑みると、あまり効果が期待できません》
「ん?どういうことだ?」
《当該マーケットは壁が厚く、そのうえ断熱材のようなものが使用されています。シャロンの熱源感知は名前の通り、ロボットや生物、または設備等の排熱を感知して位置を把握するものですので、この施設内での熱源感知の使用は壁越しに存在するものを感知できないおそれがあります》
「なるほど。言われてみれば工廠でロボットの群れに襲われた時も、同じ部屋の中にいたから使えたのか」
シャロンは、辺りの壁を見渡して言う。
《しかし、部屋を移動する都度、熱源感知はおこなっておりますので、ご安心ください》
「それはどうも。……何というか。僕よりも、こいつの方が有能な気がするんだよなぁ……」
《私は、シャロンのオペレーションシステムです。私が有能ということは、シャロンが有能である証です》
「そういうことを言ってる訳じゃないんだけどな……」
「シャロン、そろそろ構えてください。奥の部屋が近づいてきました」
「あ、はい!」
二人は、長い通路の突き当たりに辿り着き、足を止める。
凹み跡が目立つ両開きの鉄扉。その下の隙間を潜り抜けるように、無数の血の跡は扉の奥へと続いていた。
「開けます。エリーは後ろに下がっていてください!」
シャロンはそう言うと、ドアノブを引いて鉄扉を蹴破る。扉の前方には、人やロボットの気配は無い。扉を抜けた先には、コンテナや木箱が至る所に積まれた、だだっ広い空間が広がっていた。
「……何もいませんね。この部屋は一体……変な箱で埋め尽くされていますね。まるで迷路みたいです」
「どうやら、倉庫のようですね。各地から送られてきた売り物を、ここにまとめていたようです」
「なぜそのような事が分かるのですか?」
「これを見てください。コンテナに伝票が貼ってあります」
そう言ってエリーは、入口のすぐ目の前に置かれたコンテナに手を置く。手の置かれた近くには、何やら文字がたくさん書かれた紙片が貼り付けられていた。
「えーっと……発送……納品……?あ、本当だ。送り先の欄に、このマーケットが指定されている風に書いてありますね。じゃあこれらは全て、マーケットに売るために送り込まれてきた物なのですね」
「はい。おそらくですが……」
《──熱源感知が完了しました。前方30メートルほど先に、熱源の反応を2つ確認。形状は、中型のロボットと人間です。どちらも、部屋の奥へと向けて進んでいます。》
「やっぱり、誰かが襲われてるんだ……!血の跡はコンテナでできた道に沿って続いています。追いかけましょう!」
「まだ何がいるか分かりません。慎重に」
「わ、分かりました」
エリーに忠告され、先導するシャロンはなるべく足音を立てないように進んでいく。コンテナの隙間から見える高い天井は、随分と遠くまで続いているようだった。
「結構、広い部屋ですね。コンテナだらけで体感は狭いですけど」
「ええ。しかし、血の跡を追っていけばいずれ熱源まで辿り着くでしょう」
「それにしても……この沢山の血の跡、先程の扉を潜ってからずっと、全て同じルートを進んでいますね。もしかして、血の跡の先に何かがあるのでしょうか……っ、止まってください、エリー」
シャロンが咄嗟に2歩下がり、曲がり角の手前まで退却する。後方で続くエリーは、シャロンに促されるまま同じく後退りした。
「……どうかしましたか、シャロン」
「いました。この先の一本道です」
エリーは、曲がり角から頭だけを出して、先の道を覗く。すると、コンテナが両脇を囲むように並んだ一本道に、キャタピラで歩行している背の低いロボットが、奥へと向けて進んでいた。
その背面には、ぐったりとした血塗れの人間が血の跡を作りながらワイヤーのようなもので牽引されている。
「あれが、血の跡の正体ですか」
「何してるんですかね、あれ……人間を、運んでいる……?」
「シャロン。あの人間の安否を確認できますか」
「ちょっと待ってください。ズームして確認します」
シャロンは、マーケットに立ち入った時と同様に、牽引されている人間に視線を合わせて瞳の倍率を拡大していく。
拡大して表示された人間を見たシャロンは、曲がり角から顔を引く。
「どうでしたか?」
「引きづられている人間は、男です……多分」
「"多分"?安否の程はどうだったのですか」
「分かりません。ただ……顔面が、平たく潰されていました」
「……生きていても、地獄ですね」
「一体なぜ、あのような事を……?」
「分かりませんが、安否が分からない以上は救出しましょう」
「はい」
二人は、曲がり角を飛び出しロボットを追いかける。ロボットは既に一本道を抜けたところにいた。右折する男のつま先が、シャロン達から見えた。
「ロボットの方は、どのような感じでしたか?」
「後ろ姿なので、あまりはっきりとは見えませんでしたが……男を引っ張っていたワイヤーは、おそらくロボットの片手です。もう片方の手には袋のような物を握っていました」
「袋?何か入っていましたか」
「分かりません。でも、ガラクタみたいでした」
「……まさか、あのロボットは……」
同じくして、一本道を抜けたシャロンとエリーは、右折した先を見る。
そこは行き止まりで、横たわった血塗れの男とロボットがすぐ目前で佇んでいた。そして。
「な……っ、何だ、これ……」
無数の死体の山が、彼らの向こう側にあった。
突如現れた予想だにしない光景にシャロンが慄いていると、男を引き摺っていたロボットが、ぐるりと首を回してこちらを凝視した。
「エリー、下がってください!!」
「シャロン、待ってください。このロボットは……」
「……ヲ……マシタ」
「……え?」
ナイフを懐取り出して構えたシャロンに、ロボットが硝子玉の瞳をチカチカと光らせて何か言葉を発する。
「ポイ捨テ、を、発見シマシタ」
「……ポイ捨て?」
「コチラ、タンクたウンマーケット衛生管理ロボット、ノ、積載所、デス。ポイ捨テは、衛生管理規則第六条ニ、該当しまスノデ、回収致シマス」
「やはり、そうでしたか」
「やはりって……どういうことなんですか、エリー」
「このロボットは、清掃ロボットです」
「……清掃ロボット?」
「はい」
ロボットは、こちらから背を向けると、死体の山へと向かって男を再び牽引していく。どうやらこちらのことは一切気に留めていないようだった。
「このロボットは、マーケットで放置されたゴミを判別して回収するために作られたロボットなのでしょう。何か言葉を発しているのはおそらく、それの名残です」
「なるほど……いやでも、運んでいるのはどう見てもゴミじゃなくて、人間の死体ですよ」
「おそらく、暴走してゴミと死体の判別がつかなくなっているのではないでしょうか」
「じゃあ、ここに来るまでに落ちていたゴミはどうして放置されていたのですか?」
「推測ですが……優先順位じゃないでしょうか」
「優先順位?」
「マーケットに散乱しているガラスや缶詰と比較して、腐敗物である人間の死体は、回収して取り除く優先順位が他よりも高かったのでは無いでしょうか。だから、ここで資材の奪い合いが勃発して死体が溢れかえった後、死体ばかりをここに運ぶようになった」
シャロンは、ふとマーケットの外の様子を思い出す。そして、合点がいく。
「そうか……それで、争った形跡はあるのに街には死体がひとつも無かったのですね」
「そういう事です。おそらく、当時街やマーケットに転がっていた死体が全て、この死体の山の中にあるのでしょう。この暴走した清掃ロボットがずっと、長い時間をかけて、一人で」
ロボットのボディをよく見ると、至る所に血が付着していた。それを見て、エリーの推理は概ね正しいようにシャロンには思えた。
「コチラ、タンクたウンマーケット衛生管理ロボット、ノ、積載所、デス。ポイ捨テは、衛生管理規則第六条ニ、該当しまスノデ、回収致シマス」
「ずっと同じ事を喋っていますね。暴走しても、自分の役目を覚えているのでしょうか?」
「このロボットの様子を見る限り、そのようですね。人間を引き摺ってはいましたが、反対の手にはきちんと集めたゴミも持っているようですし」
「……害は無さそうですし、壊さずに放っておきますか?」
「そうですね。別段、人間に危害を加える力を持ったロボットでも無さそうですし、それでもいいでしょう。あまり大きな音を立てると、別のロボットが寄ってくる危険性もありますしね」
「分かりました」
「それでは、せっかく山のような資材が置かれていることですし、リュックに入る分だけコンテナを漁ってここを出ましょう。私はこちらを探しますので、シャロンは反対側を」
「了解です。ここは争った形跡も少ないですし、期待できそうですね」
エリーが向かい側のコンテナへと歩き出したのを見届けて、シャロンは背を向ける。
しかし。ふと、記憶の隅で何やらむず痒いような、妙な感覚に襲われた。
「……あれ?でも、それだと道中にあった缶詰は、一体誰が食べた物だったんだ?あの、すみません。エリー……エリー!!!」
振り返ったシャロンは、目を見張る。
コンテナへと向かうエリーのすぐ後ろに、先程の清掃ロボットが忍び寄るように近づいていた。
異常を察して振り返るエリー。その瞬間、ロボットの腹部が、エリーを覆うように大きく開かれた。その刹那、シャロンは牽引されていた男の様相を思い出した。潰された顔面。真新しい血の跡は、その男を引き摺ってできたもの。
そうか、男の顔面を潰したのは、目の前のロボットに違いないのだと。
「くそ……っ!!」
シャロンは、ロボットとエリーの元へと向けて走り出す。しかし、間に合わない。エリーは懐からイノセントを取り出したが、それを発射するまでにロボットはエリーの顔面をその腹部で砕ききるだろう。
間に合わないことを悟りながらも、シャロンは
駄目だ。
間に合わない。
諦めかけた、シャロンの目前。
プレス機のような腹部を開けたロボット。
その隙間から見える、イノセントを持つ両手を諦めたかのように下ろしたエリー。
遥か東の方角から飛来する、眩い一閃の光。
流星のようなそれは、振り向いたロボットの脳天を寸分
「なっ……!?」
消し飛ぶ頭部。よろめくロボットの肢体。そして、畳みかけるように閃光は飛来する。
二発、三発。開かれた腹部のヒンジを撃ち抜くように穿き、また撥ね飛ばす。
四発、五発。同様に両脚が撃ち抜かれ、ロボットは跪く。
六発。胴体を撃ち抜かれたロボットは、奥のコンテナまで吹き飛ばされて、ついに崩れ落ちた。
「今の光は、まさか……」
「命拾いしたわね」
聞き覚えのある声が、コンテナの上から落ちてきた。
シャロンとエリーが顔を上げると、そこには電子銃を抱えた少女が立っていた。
「君は……!えっと……」
「相変わらず、歯切れの悪いアンドロイド。アンリよ。恩人の名は覚えときなさい。貴方、エリーだっけ。巻き添えは食らわなかった?まあ、顔面が潰されていないだけマシよね」
「大丈夫です。怪我はしていません」
「そ。ならよかったわ。じゃあ、この間の借りはこれでナシだから。分かった?」
エリーが頷くと、アンリと名乗った少女は、足元に下ろしていたリュックサックを肩に背負い、得意げな表情を浮かべてコンテナを降りた。
「でも、どうしてアンリがここに……」
「どうしてって、資材調達よ。そもそもこの街に私が来た目的は、ここで食糧を探すことだったから。それでこの倉庫まで来てみたら、なんだかヤバそうなロボットが居るわ、隠れてやり過ごそうとしていたら、急にアンタ達が入ってくるわ。挙句の果てにロボットの前で無防備に背中を晒し始めたもんだから、こっちも気が気じゃなかったわよ。まったく」
「じゃあ、心配して遠くから見守ってくれていたってことですね」
「ち、違うわよ!さっきも言ったけど、この間の借りがあったから!チャラにできると思ってピンチになるのを待っていたのよ!」
「それなら、私を見殺しにしていれば借りも無くなってよかったのでは……」
「それは……っ!その、なんか違うと思ったのよ!見殺しにしたら流石に寝付きが悪くなるっていうか、私もさっきのロボットが資材調達に邪魔だったから、ついでに助けただけで……そう、ついでよ!」
「でも、前は僕達を殺そうとしていたじゃないですか。というか現に、僕は胸元撃ち抜かれましたし」
「ああもう、揃って意地悪ばかり言わないでよ!助けたんだから、お礼だけ言えばいいじゃない!それにあの時はまだ知らなかっただけで、こいつにあんな事言われたから私は……!」
「アンリ、ありがとうございました」
「急に素直になるな!!」
「本当に、助かりました。ありがとうございました」
「……まあ。別に、どうって事無いわよ。私もあのロボットが邪魔だと思っていたから好機を伺ってたの。それに。アンタもまだ、生きていかなくちゃならないんでしょう?私と同じで」
「……ええ」
エリーは、イノセントを懐に仕舞い、袖で頬の汗を拭った。
「その通りです。やるべき事がまだ、終わっていませんので。なので、助かりました」
「……そう。というかアンタ達、もっと警戒心を持った方がいいわよ。この星でこいつみたいに人を襲わないロボットなんて、今や数える程しかいないんだから。暴走していたらどんなロボットでも襲ってくるものと思いなさい。じゃないとこいつ、いつかアンタの目の前で死ぬわよ」
シャロンは、エリーのほうを見る。すると、遅れてエリーも彼を見つめ返した。見つめ返してきたその瞳は、これまで通りの澄んだ空の色をしていた。
アンリに言われて初めて、彼はつい先程まで起こり得ていた結末を思い出す。
もしもアンリがこの場にいなければ、エリーは既に死んでいた。
この澄んだ空は濁り、こちらを見つめ返すこともおそらく二度となかっただろう。
「……すみません。次からは、用心します」
「それでよし。それと、残念だけどもう、コンテナを漁ってもゴミしか見つからないと思うわよ」
「えっ?」
「さっき隠れている間に、コンテナの中をいくつか開けてみたの。でも、もう既に荒らされた後だったわ。まあ、それもそうよね。マーケットの倉庫なんて普通、誰でも真っ先に探す場所だもの。なにか残っていればと思ってたんだけどね」
「そうでしたか……残念ですね、エリー」
「無いものは仕方ありません。それなら、ここにはもう用はありませんし、入口まで戻りましょう」
「それだったら、向こうで積み込み用の通用口を見つけたの。そこから出ましょう。ついてきて」
電子銃を肩紐で背負い直したアンリは、倉庫の更に奥へと歩き出す。
二人が後に続くと、そこには縦幅5メートル程はあろうかという巨大なシャッターが聳え立っていた。
「これはまた、大きなシャッターですね……」
「まあ、こういう場所だからね。でも、私達にとってはデカいと不便なだけよ。電力の供給が無い今じゃ、発電機でも回さなきゃ人の手じゃ開けられないもの」
そう言ってアンリは、シャッターの脇の壁に取り付けられた配電盤の蓋を開ける。
中には、シャッターのものらしきブレーカーと、それに繋がれた線が二本。一本は電源へ、そしてもう一方は同じ箱に収められたコンセントへと繋がっていた。
「ああ、そうか……街全体がこんな状況だと、普通はライフラインも機能していませんよね」
「街全体じゃなくて、正しくは星全体が、だけどね。ああでも、メトロポリスの都心はまだ電気が生きてるんだったっけ……まあ、いいわ。とにかく、このコンセントから電力を供給するわよ」
「分かりました……って、肝心の発電機が無いならこのシャッターを開けられないんじゃ」
「アンタねえ。私が何の銃を持っているのか、忘れたの?」
「何って……まさか、その電子銃でコンセントを撃って、電気を送り込むんですか!?」
「そんな訳ないでしょ。そんなことしたら、シャッターが壊れちゃうわよ。この電子銃は、弾が要らない代わりに充電が必要なの。だから、発電機はいつもリュックサックに入れて持ち歩いているわ。携帯用で小さなものだけれど、このシャッターを動かすくらいなら充分よ」
「ああ、なるほど……」
「さ。準備するから手伝って」
足元に降ろされたリュックサックを開くと、中にはアンリが言った通りの小さな発電機が収まっていた。
「えっと、このコードが……?」
「ああっ、それは引っこ抜いちゃ駄目だって。もう私がやるから、アンタはちょっと向こうに行ってて」
「えっ。でもさっき、手伝ってって……」
「扱いを知らない人間……じゃなかった。ロボットにやらせるわけないでしょ。私がコードを伸ばしていくから、アンタはプラグをコンセントに届くまで持っていなさい」
「……分かりました」
アンリに手渡された先端のプラグに視線を落とし、シャロンはどこか不服そうに答える。
アンリが発電機からどんどんコードを引き伸ばし、充分かというところまで出したところで、シャロンに合図を送った。
「さあ、もう届くでしょ。じゃあそれを差し込んで」
「はい」
シャロンは、言われるがままに配電盤のコンセントにプラグを差し込む。
「で、次はこのハンドルを回して」
「……はい」
やはり不服そうに、シャロンは言う通りに発電機のハンドルを握った。
「えっと。これを、ガーーって回せばいいんですか?」
「ええ。私達が通れる程度にシャッターが開くまで、ずっと回し続けて」
「はあ」
「何でそんなに不服そうなのよ?」
「いや、うーん……何でだろう……」
「シャロン。大変だと思いますが、頑張ってください」
「……!はい、お任せください!」
「……アンタって……いや、もういいわ。何でもいいからさっさと回して頂戴」
ようやくシャロンは、ハンドルを握る手に力を込め、力強く回し始めた。シャロンの機械仕掛けの腕は、規則的な運動でハンドルを回し続ける。
「うん。そろそろいけるかな。アンタはそのまま回し続けていて」
「分かりました」
アンリがブレーカーを入れると、シャッターは軋んだ音を上げて、ゆっくりと開き始めた。その隙間から射し込んだ外の光が、三人の影を伸ばしていく。
「動き出したわね」
「やりましたね……!」
「……もう、潜れば出られるわね。止めていいわよ。発電機を片付けるから、貴方達から先に出なさい」
「分かりました。エリー、僕が先に行くので、後についてきてください」
エリーが頷いたのを確認して、シャロンはシャッターの隙間を屈み、マーケットの外に出る。
室内とはうって変わった新鮮な外の空気が、シャロンの体内に満たされた。周囲を見渡し、人やロボットの気配が感じられないのを確認してから、エリーに合図を送った。
シャロンは再び屈み込み、シャッターを挟んだ向こうでリュックサックに発電機を詰め込んでいる最中のアンリへと視線を向ける。
「アンリも早く出てきてください」
「分かってるから、そんなに急かさないで。……ん?」
「どうかしましたか?」
「いや。今なんか、地鳴りみたいな音がして──」
アンリが言い終えるよりも先に、それは起こった。
けたたましい轟音。巻き起こる砂塵。砂塵は、一人マーケットに残されたアンリを包み込むようにその範囲を広げてゆき、瞬く間にアンリの姿はシャロン達のいる外側から見えなくなってしまった。
「……アンリ!大丈夫ですか、アンリ!」
「私は大丈夫!さっきのシャッターの振動でゴミと死体の山が崩れちゃったみたい!」
「そうですか……よかった」
「視界が晴れるまでここでやり過ごすわ。アンタ達はそこで待っていて!」
「分かりました!」
シャロンが胸を撫で下ろしたのも束の間、マルスがシャロンを呼び出すための電子音を二度鳴らした。
《シャロン。至急、アンリの救出活動を開始してください》
「……救出?どうしてだ。アンリは怪我をしていない。無事だと言っていたじゃないか」
《先程の部屋から、点在する新たな熱源を複数感知しました。数はおよそ、7体。ゴミの山に集まるように接近しています》
「くそ、他にもロボットが隠れていたのか……!アンリ、そこに留まるのは危険です!さっきの音に誘われて何かが近づいて来ています!」
「何かって、何よ!?」
「分かりませんが、おそらく──」
「ポイ捨テ、を、発見シマシタ」
聞き覚えのある声に、その場にいた全員の背筋が凍る。
「ポい捨てを、発見シマした」
「何よ、こいつら一体どこから……!!」
「コチラ、タンクたうンマーけット衛生管理ロボット、ノ、積載所、デス。ポイ捨テは、衛生管理規則第六条ニ、該当しまスノデ、回収致シまス」
「ポイ捨てを、発見しまシた」
「ポイ捨てヲ、発見しますた」
「ポイ捨てを、発見しましタ」
「"ポイ捨てポイ捨て"って……人間はゴミじゃないわよ!」
アンリは、四方八方から近づいてくるロボットの声に、立ち込める砂塵の中を宛てもなく走り出す。すると、それを追いかけるようにキャタピラの駆動音が、幾重にも重なり声を上げた。
「ポイ捨ては、衛生管理規則第六条に、該当しマす」
「ポイステは、館内の衛生維持を阻害しまス」
「生ゴミは、処分の対象デス」
「生ゴみは、処分の対象です」
「うるさいうるさい!ああもう、どっちが出口よ……!!」
「アンリ……そうだ。マルス!僕が以前ロボットから追いかけられた時みたいに、熱源感知でアンリの所まで僕をナビできるか?」
《ナビは可能ですが、救出は不可能です》
「何でだ!?どうして不可能だと言いきれるんだよ!」
《アンリは既に、完全に包囲されています。シャロン単身での救出は、不可能です》
「そんな……!」
「くそ、腕を掴むな!離せ、ポンコツ……っ!!」
砂塵の中から、アンリの張り上げるような声と、争う物音が聞こえた。無数の駆動音から、アンリに件のロボットらが押し寄せていることがシャロンにも容易に想像できた。
「ゴミの回収を完了しまシた。処理を開始しまス」
「注意。こちらは、生ゴミとしてそのまま処理ができナいゴミとなります。衛生管理規則第二条に基づき分別を始めまス」
「くそ、やめろ!触るな!」
「分別中です」
「分別中です」
事態は悪化していくが、砂塵は一向に晴れる様子が無い。気が
「くそ、数を減らせたらどうってことないのに……エリー、イノセントでどうにかなりませんか!?」
「不可能です。アンリがロボットに包囲されてい以上、イノセントを使えばアンリまで巻き込んでしまいます」
「そんな……」
《待避を、推奨します》
「何を言っているんだ……!?」
《現状、アンリを確実に救出できる手立てはありません。次にあのロボットの標的が我々に切り替われば、エリーの生死にも関わります。早急に待避を──》
「アンリを囮にして逃げろっていうのか!?そんなの、絶対に駄目だ!アンリがここから出してくれなかったら、間違いなく僕達もあのロボット達と鉢合わせしていた!アンリを置いて行くことなんてできない!」
《エリーが死にます》
「……っ、僕は……」
「アンタ達、何でもいいから助けてよ……!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、こんなところで死にたくないのに……助けて、姉さん……っ!」
「……どっちも、死なせないッ!!」
シャロンは言い残し、マーケットへと向かって走り始めた。
「シャロン」
「エリー、そこでイノセントを構えていてください!」
「何をする気ですか」
「アンリをあいつらから引き剥がします!僕らが抜け出した瞬間に、引き金を引いてください!もし駄目だったらその時は、エリーだけでも逃げてください!」
アンリに向かって走り出したシャロンは、先刻拾ったナイフを握り締める。そして。
「……。……分かりました」
イノセントを握り直したエリーは、砂塵立ち込めるシャッターへと向けて、イノセントを構えた。
「マルス、アンリを救う確実な手立てが無いってことは、一か八かならまだ助かるってことだろ……!」
《はい。アンリを捕縛しているロボットのみを沈黙化し、イノセントで一掃してください》
「だったら、予定通りだ!熱源感知で僕の視界を確保しろ!前方だけでいい、とにかく詳細に頼む!」
《了解》
マルスが熱源感知を使用すると、シャロンの視界に映っていた砂塵の中で、アンリとそれに群がるおよそ7体のロボットが赤く強調して表示される。
アンリの腕を掴むロボットの手を、シャロンは視界に捉えた。
「邪魔だ、どけ!!」
シャロンは、ナイフを握っていない手をロボットの群れに伸ばす。そして、アンリの姿を遮る目前のロボット複数を押し退け、その僅かな隙間からナイフを突き入れた。
ナイフの切っ先は、彼女の腕を強く掴んで離さない清掃ロボットの腕の関節のその隙間へと狂い無く滑り込む。
「シャロン……!?」
「うおおおおおおおおおおお!!!」
力の限りナイフを振り抜く。すると、ロボットの腕は火花を激しく散らしながら、勢いよく撥ね飛ばされた。
「アンリ、手を伸ばしてください!」
シャロンは、手を離したロボットの腹を蹴り飛ばす。そして、自由になったアンリの手を取り、清掃ロボットの群れから外へと向かって引っ張り出した。
「今です、エリー!お願いします!」
アンリを抱えてロボットの包囲網と砂塵を突破した瞬間を逃さず、エリーは構えていたイノセントの引き金を引く。
──飛び込んでくるシャロンと少女の頭上、紙一重。
イノセントの起動により出現した重力の特異点は、清掃ロボットをシャッターやコンテナ諸共を巻き込みながら圧縮し、捻じり、分解し、やがて空間ごと焼き切り消し飛ばした。
イノセントの射出により僅かに残された清掃ロボットの残骸が、音を立てて床に跳ねる。そして、元の静寂が訪れた。
「……た、助かったの……?」
後方を振り返り、アンリが思わず呟く。
「マルス」
《熱源の消滅を確認しました。臨戦態勢を解除してください》
「……今度こそ、大丈夫そうですね」
マルスの応答に、緊張の糸が切れたシャロンとアンリはその場で座り込み、深く溜め息をついた。
「……ありがとう。正直、もう駄目かと思ったわ」
「無事で何よりです。エリーは大丈夫でしたか?」
シャロンの問いかけに、エリーは無言で頷く。
「それにしても……アンタ達って、本当に甘いのね。普通、ああなったら誰でも置いていくわよ?おかげで命拾いしたけれど……」
「アンリが僕達を置いていかないでくれたから、僕達も置いていかないことに決めただけです」
「……それだけ?」
「ええ、それだけです」
言動によく似合ったシャロンの真っ直ぐな瞳を向けられ、アンリは何だかおかしな気になって笑った。
「え、何ですか?エリー、僕なんか変な事言いましたかね……?」
「まったく……アンタ達って、本当に」
言い切る前に、アンリは再び笑った。
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