第6話『マーケット(中編)』

「……まるで、嵐が通り過ぎたような光景ですね」


 シャロンがそう言ったのは、彼がマーケットの入口を跨いだ直後だった。マーケット内部は、タンクタウンに点在していたその他の店と、概ね似通った状況であった。


「建物の中に嵐は来ませんよ」

「例えで言っただけですって」

「ですが……そうですね。分かりきっていたことですが、ここでもやはり資材を求めて争いが起こったようですね」


 エリーとシャロンは、ゆっくりとした歩調で辺りを見渡しながらエントランスの広間を進む。

 空になった商品棚は乱雑に横倒しにされ、壁や天井はほとんど剥げ崩れていた。

 シャロンは、右から左へと視線を滑らせる。

 割れた飲料水のディスプレイ。貨幣を抜き取られた痕跡の見られる、口を開けたままのレジスター。肩紐が千切れた置いてけぼりのリュックサック。封の切られた中身の無い携帯食料レーション

 散らばったリーフレット。空き瓶。ガラス片。レジ袋。

 そのどれもが、血や泥水で汚れていた。


「……はい。そうみたいですね」

「この先、エントランスから大きな通路が真っ直ぐに伸びていますね。シャロン。床に付着した血の跡は、どこに続いていますか?貴方の目で確認できる範囲で構いません。確認し、報告してください」

「分かりました、確認します」


 シャロンは、瞳に搭載したレンズで倍率を上げながら、足元の血の跡を辿っていく。

 足元に散らかった有象無象に紛れた、赤褐色の染みだけを、シャロンは目で追っていく。やがて。


「えーと……ずっと、真っ直ぐ続いていますね。いくつかの血の跡は蛇行していますが、どれもこの建物の奥に集まるように向かっています」

「そうですか。目的地が明確で助かります」

「楽観的ですね、エリーは……。ああ、そうだ。この施設内でも、食糧探しは行うってことでいいんですよね?」

「そうですね。流石にもう無いとは思いますが、一応は」

「最初から無いと思って探していたら、見つかるものも見つかりませんよ」


 二人は散開し、エントランスの探索を開始する。

 一見、ゴミだらけのように見えるマーケット内だったが、しばらく探しているとそれらに紛れて使えそうな物も見つかった。


「エリー、ここにナイフがありました。刃先が零れていないので、まだまだ使えそうですね」


 そう伝えるシャロンに、別の場所を漁っていたエリーが腰を上げて頷く。


「分かりました。では、それはシャロンが所持していてください。貴方はまだ、本来の機能を取り戻せていませんからね。不便なことも多いでしょう」


 それだけ言って、エリーはガラクタの山に向かって屈み込んだ。

 シャロンは、改めてナイフを見る。滑り止めのためか、布切れが柄の部分に巻かれたナイフは、しっかりとした刀身を持っていた。


「分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えて……それにしても、随分と大きなナイフですね。道具というより、まるで武器みたいです」

「それはそうでしょう。そのナイフは、人を殺すための武器なのですから」

「……人を殺すため?そんな。それじゃあ、僕にはこのナイフは使えません」

「何故ですか?」


 エリーは、ガラクタを掴みかけた手を止め、再びシャロンの方を振り返る。シャロンは、ナイフの鋭利な刃先を見ていた。


「ロボットとは、人間を守り、助ける為の存在です。エリーがそう言ったじゃありませんか。だから、このナイフは僕には使えません」

「今の貴女には、あらゆる敵に対して有利に戦うための手段が、なるべく多く必要です。私を守るために。そして、貴方自身を守るために。その必要があることは、貴方も理解しているでしょう」

「それはそうなのですが……だからといって人間を殺すための道具を持つことは、僕にはできません」

「何も、そのナイフで本当に人を殺せとは言っているわけではありません。それに、私自身シャロンにそれを望んではいません。敵味方問わず負傷者を少なく留めるためには、時にはそういった"脅威"を味方につけることも必要だということです。傷つけるためではなく、守るためにナイフを握ってください、シャロン。貴方が人間を傷つけるかどうかを決めるのは、そのナイフの本質ではなく、貴方の意思の在り方です。貴方が人間を傷つけまいと思ってナイフを振るえば、そのナイフが人間を殺すことは決して無いのですよ」


 改めて、シャロンはナイフに視線を落とす。

 ナイフに反射して映りこんだ自身の瞳が、こちらを見定めるように見つめていた。


「……はい、分かりました。何となく、ですが」

「何となくではいけませんね。いつか必ず、分かるようになってください」

「……僕に、できるでしょうか。人間を傷つけずに、これを振ることが。エリーは、どうですか?」

「どうとは」

「エリーは、あの銃……イノセントの引き金を引く時に、人間を傷つけずに敵を撃つ自信はありますか?」


 エリーは、白衣の懐から分解銃イノセントを取り出す。しばらくイノセントの銃身を見たまま黙り込んだ後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「自信は、あります。幾度と引き金を引いてきましたから」

「そうですか……エリーは凄いですね。イノセントのあの強大さを目の当たりにしたらきっと、誰でも恐ろしくて引き金を引けないと思います」

「……理論とアルゴリズムの塊であるロボットという身で"もしも"という、可能性でしかない一要素を恐れるとは。シャロンは、人間寄りの感性を備え持っているのですね」

「そうでしょうか……」

「……引くしかない時は、引くしかない。ただ、それだけですよ。その時私が引き金を引かなければ、どの道私達はそこで死ぬのですから」


 シャロンに反して理論的な思想を語るエリーの隣で、シャロンはロボットに相応しくない半端さであると自身を不甲斐なく思っていた。そして、それと同時にエリーのことをまるでロボットみたいな人だと密かに思った。決して良い意味と受け取られる気はせず口に出すのはやめておいたため、文字通り密かに思っただけであった。


「すみません。話が長くなってしまいましたね。ここでの目的は、貴方への教育ではありませんでした」

「資材調達と、マーケット最奥部へと続く血痕の調査、ですね」

「はい。とは言っても、資材調達はもうこれ以上めぼしい物は見つかりそうにありませんね。むしろ、こんな状態でナイフと地図が拾えただけ十分ですが」

「……地図?いつの間に地図なんか見つけたのですか?」

「先程、向こうのデスクの上に置かれているのを見つけました。状態はそれほど良くないですが、読めないほどではありません」

「それはいいですね」


 エリーは、向こうのデスクとやらを遠めに指差し、その片手間に折り畳まれた地図を広げてみせる。

 地図の左下には大きな沿岸が。対して右上には小さな離れ小島が書かれていた。左下の沿岸脇には、手書きの文字で『タンクタウンマーケット』と書かれていた。

 島と島の間には、弧を描くような点線の矢印が離れ小島から沿岸へと向かって引かれている。矢印の付近に意味不明な印や数字が書かれているが、二人に何の事だかはよく分からなかった。


「タンクタウンマーケット……って、今僕達が居るここの事ですよね?」

「ええ」

「この右上の島みたいなものと、間に引かれた矢印は一体何でしょう?」

「わざわざ地図にしてあるくらいですから、この地図は海図なのでしょう。マーケットと繋がれていることから、おそらくこの右上の島とマーケットを輸送船で行き来する際に使っていたのではないでしょうか」

「なるほど。マーケットならではの地図ですね。じゃあ、この海図と船があれば、ここに書かれた島まで行けるってことですか」

「いえ、流石にそれは無理でしょう。海図は、道筋の節目に記されている値や記号を読み取れて初めて、海図として役に立つものです。私にはこれを読み取ることはできませんし、そもそも私とシャロンは船を操縦できません」

「確かに……まあ、それ以前にこの島に行く用事なんて僕達には無いんですけどね」

「なので、もしもどこかで海図を欲しがっている船乗りに会えれば、物々交換くらいには役に立ちそうです。ロボットが暴徒と化している現状、本土と大海で隔てられた島に逃げ延びたいと思っている者は、五万といるでしょうから」


 シャロンは、エリーの言葉を聞いて、なるほどと感心する反面、ふと思った。

 エリーは、なぜ逃げずにロボットを探しに行くどころか、壊しに行こうとしているのだろうか。と。

 おそらく、壊そうとしていることからして、その標的にあたるロボットも暴徒化しているのだろう。本来ロボットは、人間のためにあり、人間のために行動する。元々違法に作られたり、人間の管理下を外れたロボットでない限り、ロボットは人間に害を為すことができないのである。つまり、人間からすれば無碍に壊す必要が無い存在なのだ。しかし、彼女はとあるロボットを壊すのだと言う。それはつまり、断定的ではあるが、その標的とは暴徒化したロボットなのだ。

 しかし、暴徒化したロボットが徘徊するこの星で、危険に身を晒してまで特定のロボットを探し破壊することについて、如何なる理由があろうと利点が無いようにシャロンには思えた。


「あの」

「何ですか?」


 シャロンが、呼びかける。


「前も一度エリーに似たような事をお尋ねしたのですが、エリーが壊そうとしているロボットというのは、一体どういうロボットなんでしょうか?」

「貴方に話す必要はありません。なので、答える気はありません。貴方はただ、私と行動を共にし、標的が現れた時に私が死なないようにしてくれればそれでいいです」

「そうは言いますけど……ああ、そうだ。その標的って、どんな見た目かとかどんな名前かとか、大まかな検討はついているんですよね?それだけでも教えてもらえませんか?ロボットを探す目は、一人分より二人分あった方がより見つかりやすいと思います」


 取ってつけたような提案であると、シャロン自身思った。しかし、これを聞いたエリーはしばらく考える素振りを見せる。


「……そうですね」


 そして、縦に頷いた。


「教えるくらいなら、別段支障は無いでしょう。分かりました。詳しく話すと長いので簡単にですが、教えましょう」


 少し含みのある返答であったが、どうやらシャロンの言い分には納得してくれたようだった。

 頷くシャロンに、エリーは語り始める。


「私が探しているロボットは、総称で『衛星』と呼ばれているロボットです」

「衛星……総称ということは、何体か存在しているのですか?」

「はい。合計で五体存在しています。それぞれに先日対峙したイクシヲンのような呼び名が与えられています。名を、『ニクス』『ケルベロス』『ヒドラ』『スティクス』」

「……あれ。五体なんですよね?もう一体の名前は何ですか?」

「すみません。それが、実は最後の一体だけ私も名前を知りません。残りを破壊していけば、いずれ分かってくるとは思うのですが」

「なるほど。ところでその、衛星って何のためのロボットなんですか?総称が付けられているところからして、何らかの役目を持つロボットなんですよね?」

「彼らは、この星を守る役目を担っているロボットでした」

「ははあ、守り神みたいな感じなんですね……って。そんなロボットを破壊するんですか?何というか……」

「……何というか、何ですか?」

「いや、なんか……バチが当たりそうというか、バレたら大変そうだなと」

「バレるも何も、この星に住む人間は総出で破壊しようとしていたくらいですよ。もちろん暴徒化してからの話ですけどね」

「ああ……その衛星というロボットもやはり、暴走しているのですね」

「はい。なので、今では誰にも止められない人殺しの怪物扱いです」

「そんなロボットを、五体も壊しに行くんですか?言っちゃあなんですが、僕達には無茶が過ぎるんじゃ……」

「はい。壊します。それに……もう、その内の一体は、既に破壊しています」

「えっ。そうなんですか!?」

「はい。先程お話した『ニクス』という衛星は、先日破壊しました。なので、残りは四体になります」

「凄いですね……エリーが破壊したってことですよね?ちなみに、どんなロボットだったのですか?」

「外見的なことしか詳しく話せませんが、ニクスは大陸を闊歩する四足歩行の超大型ロボットです」

「超大型って……ちなみにそれは、どのくらい超大型なんですか?」

「人づてに聞いた情報なので断言しきれませんが、全長は約440メートルです」

「よ、440!?」

「はい。地上を一度に広範囲で防衛するために、そのように大きく作られたようです。衛星としての役目は、対空兵器でした。その証として、空からの外敵を迎撃するために、背部に4発500丁のミサイルの発射台を搭載していました」

「出てくる数字がどれも滅茶苦茶すぎて、正直イメージがついていけてないんですけど……それを、エリーが一人で倒したというのですか?」

「いえ、私が直接倒したわけではありません」

「? ということは、戦ったのはエリー一人じゃなかったということですか?」

「はい。当時は星の軍も総出で衛星ロボットの鎮圧を試みていたので、軍もその場にいました」

「軍ですか。大きな勢力が衛星と戦っているのなら、気が少し楽ですね」

「いえ。残念ながら、ニクスを始めとする衛星との戦いで、軍は殆ど撤退しました。ニクスとの戦闘の際も、その場にいた軍はニクスの攻撃により戦車ひとつ残さず壊滅してしまいましたしね」

「そんな……どうにかして、軍の協力を仰げないのですか?」

「正直のところ、軍が現存しているのかどうかすら定かではない状況です。どこに行っても情報の入手が困難な現状、軍に協力を仰ぐことは不可能に近いでしょう」


 シャロンはふと、エリーが自分と出会った際に、無線機で何らかの電波の受信を試みていたことを思い出した。もしかすると、あの時もそういった情報を手に入れようとしていたのかもしれない。

 今頃になって、イクシヲンとの戦闘でエリーの無線機をスクラップにしてしまったことを申し訳なく思うが、壊れたものは今更取り戻せないので悔やむ他ない。


「……エリーが戦ったニクスという衛星がとんでもないロボットだったことは、よく分かりました。しかし、これからあと四体、そのようなロボット達をたった二人で壊していくんですよね?そんなことって、可能なのでしょうか?こんな事を言うのもなんですが、そのニクスという衛星を破壊できたのは、軍が一緒に戦っていたからというのも大きいでしょうし……それに何より、僕とエリーでは先日のイクシヲンのようなそこらに徘徊している暴徒化したロボットの撃退ですら精一杯な戦力しかありませんよ」

「それは、問題ありません。貴方が本来の性能を取り戻せば戦力の大幅な上昇が見込めますし、それに……何よりも、これがありますから」


 エリーは、懐から再び分解銃イノセントを取り出してみせた。


「うーん……イノセントはともかく、僕の性能は流石に買いかぶり過ぎでは……?」


 平然と言ってのけるエリーに対して、シャロンは困惑していた。


「何故そう思うのです?貴方は記憶を失っています。元の性能なんて、知りやしないでしょう」

「そういうエリーは、僕の本来の性能を知って……いるんでしたね。そういえば」


 エリーは「ええ」とだけ短く答える。やはり、教えてくれそうにはない。


「それに、先程怖がらせるようなことを話しましたが、星の守り神的存在と言っても、衛星は所詮は規模がでかくて頑丈で、一芸に秀でただけの旧式おんぼろです。元々コミュニケーションを取る機能が搭載されていない個体が殆どで行動のアルゴリズムも単純なので、騙そうと思えば簡単に騙せます。暴走して制御が効かなくなっているのが難ですが、基本的に先日の歯車のロボットよりも頭は悪いですよ」

旧式おんぼろって……」

「なので。熊を欺いて鼻先を叩きに行くくらいの気持ちで頑張りましょう」

「頑張りましょうって言われても、全然簡単そうに聞こえないんですけど、それ……」


 突然行く先が不安で陰り、重ための溜め息がシャロンの口から零れる。

 標的のロボットについて知れたのは良かったが、謎と不安要素が増すばかりである。エリーが教えてくれたなら不安要素はいくらか解消できたのだろうが、実際問題教えてくれる気配が無いので厄介だった。


「でも、今の話を聞いた限りではここにその衛星の一体が潜んでいるとはとても思えないのですが……冥王星を守っているロボットなんですよね?こんな何も無い場所にいますかね」

「持っていた役目はそれなりですが、見た目のスケールは正直何とも言えませんからね。もしかすると、私やシャロンのような人並みサイズの個体もいるかもしれません」

「なるほど、それは確かに……」

「それに。シャロンはそうは言いますが、ここはそれほど"何も無い場所"だと私は思いません。建物に向かって無数に伸びる、引き摺られたような血の跡。人間にも手に負えず未だに暴れ続け、人間の命を貪り脅かす存在が、ここを根城にしている可能性があります。そしてそれは、衛星ではないとは、言いきれない」

「……そうですね。何にせよ、早く奥へ向かいましょう」

「そうですね。ですが、その前に……」


 エリーは、自身の腹部を上下に擦る。どうやら身体が空腹を訴えているらしいとシャロンは察した。


「ああ……どこかに、食べ物が残っていたらいいんですけどね」

「このような目立つ場所に食べ物があるとは、ハナから期待していませんがね」

「そうは言っても、お腹は空くでしょう」

「大丈夫です。まだこれが一本残っていますので」

「出た、戦用糧食レーション……!それ、絶対にいつか体調崩しますから、ちゃんとしたのを探して食べてください!」

「そうは言っても、無いものは食べられませんから」

「探しますから!ほら、そこに取り分け綺麗な缶詰が……」


 シャロンはそう言いながら、ふと目に留まった外傷の少ない缶詰を足元から適当に拾い上げる。

 ラベルには、赤魚のイラストと掠れた文字の羅列。しかし、既に半開きの蓋を開けると、中身は空っぽだった。


「……まあ、エリーの言う通りかもしれませんけど……仕方ありません。取り敢えず今日のところは戦用糧食で凌いでいただいて、先に血の跡について調査をしてしまった方がいいかもしれませんね。この先に何が潜んでいるのか分からない以上、あまり長居はしたくありませんし……」

「ちょっと待ってください」

「え?」

「その缶詰、中身が入っていませんか」


 言われてシャロンは、缶詰の蓋を剥ぎ捨てる。

 しかし、やはり缶の中に魚は残されていない。


「……いや、見ての通り空っぽですよ。魚の煮汁がちょっと残ってますけど、流石にこれを食べるとか言いませんよね?」

「食べません。しかし、空っぽでもありません。煮汁が乾いていないということは、つい最近に封を開けた缶詰だということです」

「……つまり?」

「ここに、つい最近で私達よりも先に立ち入った何者かが居るということです。それも、人間の──」


 エリーがそう告げた直後、突然甲高い金属音がどこかで鳴り響いた。反響した金属音は、二人の間を風のように抜けていく。


「……今の音、何でしょうか?」

「奥の方からです。もしかすると、丁度居るのかもしれませんね」

「居るって、人間がですか?」

「どちらかというと血の跡の元凶が、です。両方じゃないといいですね」

「……怖い事言わないでくださいよ」

「行きましょう」


 そう言って、エリーは血の跡の続く奥へと向けて歩き始めた。先程の異音について恐れている様子は微塵も無く、涼しげな表情で早足で進んでいく。


「ちょ、ちょちょ……!エリー、危険ですからそんなにどんどん進まないでください!」

「大丈夫です、警戒はしていますので。シャロンも、なるべく警戒を解かないようにお願いします」

「だったら、もっと慎重に……!」

「先程の缶詰についてですが、最近見た憶えがある柄の缶詰でした」

「え?最近ってそんなの、一体いつ……あ」


 シャロンは頭の中で記憶を遡る。そして、先日自分達に奇襲を仕掛けてきた少女の鞄の中身を思い出し、無意識に声を上げた。エリーは頷く。


「もしかしたら、私達よりも先に立ち入ったのは、彼女かもしれません。先程の音が何なのかは分かりませんが……場合によっては、手遅れになります」

「じゃあまさか、さっきマーケットの外でエリーが見つけた、真新しい血の跡って……」

「急ぎましょう、シャロン」

「は、はい!」


 二人は、走り出す。

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