第4話『貴方の使命』
《──以上が、今回の修復に必要な資材となります》
灰被りのセメントに等間隔の隙間を開けて並べられた、百余りのガラクタ。これらは、シャロンが自ら
「マルス。ここにある部品を修復に使うとして、完全に左腕が治るには何日かかりそうなんだ?」
《修復に使用する資材として、これらの部品は充分な性能を有しています。よって、修復は二日程度で完了します》
「二日か……僕が目覚めてからのこの数時間の間だけで、既に二度の戦闘に遭遇した。今後も同じ状況が続くと考えて、これから二日も左腕が無い状態でやり過ごすことができるのか……?」
シャロンは、先程まで腕が付いていた左肩の切り口を見る。そして、それと同時にこれからの未だ見ぬ旅路に不安を感じていた。
「マルス。そのシャロンの左腕の修復というのは、場所を問わずに行えるものなのですか?」
《如何なる場所でも可能です。しかし、安静にできる場所が望ましく、修復中に省電力化を努めるほど、左腕の完治は早まります》
「成程。では、どこか建物の中で二日間身を隠すのが良いでしょう。今の我々では、戦う手段がこの銃ひとつしかありませんから」
エリーは、右手に持った歪な形状をしたブラスター銃『イノセント』を掲げてそう言った。シャロンは、認めざるを得ない現状に静かに首を縦に振った。
「すみません、エリー。僕は、貴方を守るロボットなのに」
「いいえ。今の貴方は、あらゆる箇所が損傷して、自身の機能を満足に扱えない不完全な状態です。気に病むことはありません」
「えっ……まさか、そこまで知っていたのですか。エリーはやはり、以前の僕の事を何か知っているのですか?」
「言ったでしょう。少し知っているというだけです。貴方が優れたアンドロイドであるということ……そして。貴方が私にとって、必要な存在であるということ」
「それが何故なのかは、教えてくれないんですよね」
「……。ええ。今は、まだ」
エリーは黙り込む。自分がそうさせてしまったのだと察しがついたシャロンは何だか気まずくなり、いまだ道の真ん中に横たわっている歯車のロボットの残骸へと歩み寄った。
「ん?」
ふと、歯車の側面を見ると、何やら銘板のようなものが付けられていることにシャロンは気が付いた。目を凝らしてよく見ると、小さな文字と数字が数行彫られているようだった。
「何だろう、これ。なにか書いてあるな」
《
「こういうロボットひとつにも、ちゃんと名前があるんだな……ん?そういえば、マルス。僕は何年前に作られたロボットになるんだ?」
《記憶デバイスが損傷している関係上、詳細な製造年をお答えすることができません。しかし、当該ボディの製造年でお答えすると、今から百六年前に製造されたという情報がデータとして残っています》
「百六年!?なんだってそんなに古いんだ」
《詳細は不明》
「まあ、そうだよなあ」
シャロンはマルスの返答に仕方なく納得して、しかしやるせないという風に頬を搔いた。
「はあ。本当に僕って一体、何なんだ……」
「シャロン」
溜め息を零すシャロンに、終始全く別の方向を向いていたエリーが突然声を掛ける。
「何ですか?エリー」
「あそこに市街地があるのは見えますか?」
「市街地?」
エリーはそう言って、歯車のロボットと遭遇する前に二人が本来向かっていた方向を指差す。
指差す先をシャロンが目で追うと、五百メートルほど離れた場所に、いくつかの建物が密集しているのがぼんやりと見えた。
「ああ、本当ですね。さっきまでは霧が濃かったせいで見えなかったのか……それで、あの市街地がどうかしたのですか?」
「今から、あそこを目指しましょう。かつての商業施設があれば、何か今後に役立つ物資が手に入るかもしれません。それに、二日間身を隠すならここよりも断然好都合ですから」
エリーに言われて、シャロンは辺りを見渡す。イノセントによって霧が晴れた一帯は、ガラクタが転がるばかりの見通しの良い荒野が広がっていた。
長期的に隠れるにはあまりにも野晒しなこの場所では、再び凶暴なロボットに遭遇するのが時間の問題であることは、シャロンにも容易に想像できた。
「分かりました。では、この部品の山をまとめたら、早速市街地へ向かいましょう……と、言いたいところですが、こんなにも沢山の部品、両手に抱えて歩くのは難しいですね」
「それでしたら、私のリュックに詰めましょう。おそらく全て入りきると思います」
「エリーのリュックに?でも、その中にはエリーの荷物が入っているんじゃ……」
エリーは、問い掛けに「大して何も入っていませんから、大丈夫ですよ」とだけ答えて肩掛けのリュックサックを足元に下ろし、線ファスナーの口を全開にする。シャロンが開いた口を横から覗き込むと、その中には折り畳まれた羊皮紙と、眠っていたシャロンに掛けられていた襤褸。そして、缶切りと懐中電灯がどこか申し訳なさそうに底に詰められているだけだった。それ以外には文字通り、何も入っていない。
「あれ……エリー。水と食糧が何も入っていないようですが、普段の食事はどうしているのですか?」
「食糧でしたら、懐に別で持っています。生憎今は、この一本だけですが」
そう言ってエリーが胸元の内ポケットから取り出したのは、ビニールの包装紙に包まれたブロック状の固形食だった。見てくれではクッキーの類に近いそれは、土色一色でおそらく練り固められた時のままの素材本来の色をしていることがひと目で分かる。一言で言うと、あまり美味しそうな外観ではなかった。
「……えっと。これは何ですか?」
「俗に言う
「いつもこんなものを食べているのですか?」
「運が良ければ、インスタントスープなども手に入るのですが……ここのところは、こういったレーションを道端に横たわる
「成程……ここまで、大変だったんですね」
「ええ。なので、今から向かうあそこはそういう意味では少し楽しみです」
「そうですね。あれだけ大きな街なら、食べ物がまだどこかに置かれたまま残っているかもしれませんし」
「はい。荷物を荒らされていない亡骸が、多く転がっている筈です」
「あ、そっちですか……」
「誰も手をつけていない食糧なんて、今どきそうありませんよ」
エリーとシャロンは、足元に並んだ部品を一掴みずつリュックサックの中へと入れていく。
部品を全て仕舞い終えた時には、リュックサックはボールのように膨らんでいた。
「では、行きましょうか」
リュックサックを背負ったシャロンがそう言うと、エリーは小さく頷いて歩き始めた。
「そういえば。そのイノセントっていう銃……いや。弾丸が出ないので、装置って言う方が正しいんですかね?」
「なにも、弾丸が出るもののみが銃器と呼ばれている訳ではありませんよ。実際に、電気そのものを弾丸の代わりに射出する電子銃なんてものも銃器の一種としてこの星には存在します。イノセントもまた、擬似的なブラックホールを撃ち出す銃として捉えて、問題無いでしょう」
「成程……ああいや。イノセントが銃か銃じゃないかはそれほど問題ではないのですが……そのイノセントっていう銃、本当に凄い威力でしたね。ここら一帯に立ち込めていた深い霧も、イノセントのチカラですっかり晴れ渡っていますし。あんなに大きかったロボットにすら、一瞬で風穴を開けてしまったのですから」
「そうですね。この銃には、これまでに何度も危機的状況から助けられてきました。これが無ければ今頃、私はこうして大地を歩けてはいないでしょう」
「イノセントをエリーが所持しているということは、イノセントはエリーが作ったものなのですか?」
シャロンが投げかけた素朴な疑問に、エリーはイノセントへと視線を落とし、鏡のような銀色に映った自分を一瞥する。
「……ええ、そうですよ」
「やっぱり、そうでしたか。白衣を着ていたので、出で立ちから科学者だろうなとは何となく思っていました。この旅も、研究の一貫なんですか?」
「いえ、これは……」
「……やはり、お話できない事情が何かあるんですね?」
「……はい。いつかは、それも含めて話したいと思っているのですが」
「それを聞けただけで充分です。それにもう、エリーについて行くと決めましたから」
「……」
「着きましたよ、エリー」
歩いていた道が、線を引いたようにアスファルトで舗装された道へと変わる。それを踏んだと同時に、エリーは足元ばかりを見ていた視線を上げる。目の前には、砂埃の舞う廃れた市街地の光景が広がっていた。
「ちょうど街と外との境界に、看板が建てられていますね。ちょっと文字が掠れて読みづらいですが」
《シャロンの視覚から、情報をスキャン。不明瞭な文字の補正及び文章の解読を開始──解読完了。この看板には、街の名前と、旅客を歓迎するメッセージが記されています。街の名前は、タンクタウン。街の中心まで伸びているこの通りは、ジャックストリートと呼ばれているようです》
「タンクタウン、ですか。エリーはこの街のことはご存知ですか?」
「こうして来たのは初めてですが、地名は以前から知っています。さほど大きな街では無かった筈ですが、小規模なマーケットが街の中にあったはずです」
「マーケットですか。もしかすると、まだ食べられる食糧が残っているかもしれませんね」
「それは、どうでしょうか。マーケットなんて、食糧を探せと言わんばかりの場所です。既に漁られた後である可能性の方が高いでしょう」
「そう言って誰もが見逃している場所が、まだあるかもしれませんよ?」
シャロンがそう言うと、エリーは浅く溜め息を吐いて歩き始めた。
「……どちらにせよ、この街を探索することに変わりはありません。進みましょう」
「そうですね。行きましょう」
二人は、ジャックストリートに設けられた歩道に沿って並んで歩いた。視界が届く範囲に、人の気配は無い。通りを形成するように両脇に並んだ建物はどれも酷く廃れていて、骨組みがむき出しになったものや、店先のショーウィンドウが割れたものばかりだった。
街の光景を目の当たりにしたシャロンは、思わず眉を傾ける。
「これは、酷い有様ですね……建物はほぼ半壊といったところでしょうか。ガラスが割れている店があちこちに見える辺り、エリーの言うように大方の店は既に漁られた後のようですね」
「そうですね」
「エリーは、何も驚かないのですか?」
「今までの街も、似たような感じでしたから。今更驚くものもありません」
「……今までの街も?ち、ちょっと待ってください。この街や、これまでに通ったガラクタだらけの道のような場所は、一体どこまで広がっているのですか?」
「どこまで行っても、これに果てはありませんよ。この星全てが、このような状態です。今でもまだ人間が集って、維持或いは再興を進めている地域は少なからずありますが、それも先程のような暴徒化したロボット達がこの星の地を彷徨い続ける限りは、廃退の一途を辿るのみでしょう」
「どうして、そのような事が……この星は一体、何なんですか」
問われたエリーは不意に立ち止まり、シャロンの方を振り返る。空色の瞳は、シャロンを真っ直ぐに見つめていた。
「……この星の名は、第九太陽系惑星、冥王星です」
「冥王星……?第九太陽系惑星?」
「はい。冥王星は、他の星からやってきた多くの移住者達が文明を築き上げた、小さな惑星です。ロボットを発明した地球と呼ばれる惑星の民がおよそ二世紀前に移り住んできたことにより、飛躍的な発展を遂げ、今に至ります」
「今に至ります、って……ロボットでこの星が発展して、なぜ今はこの有様なのですか」
「二年前に起きたあるひとつの事件の影響で、星中のロボット達が一斉に暴徒化し、冥王星は数日のうちに今の状態まで廃退しました」
「ある事件って、何ですか?」
「それは──」
エリーの言葉を、それよりも大きな炸裂音が響き渡り制止した。
そしてその音の正体は、シャロンの胸元をリュックサック諸共一直線に貫き、足元のアスファルトを焦がした。それは、紛れもない熱光線の類であった。
「シャロン!!」
有無も言わずにその場に崩れ落ちるシャロン。エリーは咄嗟に、横たわったシャロンへと歩み寄った。
うつ伏せになったシャロンの身体からリュックサックを降ろし仰向けにすると、左胸に焼き切ったような穴が空いていた。煙をたなびかせている穴の奥には、シャロンの倒れた地面のアスファルトがこちらを覗いている。それらをひと目見たエリーは、これが電子銃によって作られた穴であることを確信した。
「そこを動かないで!」
背後で、若い女の声がした。それも、エリーの立っている場所よりも高い場所からの声だった。ゆっくりと、声のした方を振り返る。振り返ったエリーの視界が捉えたのは、建屋の屋上に立つ、一人の少女だった。
少女は背中にリュックサックを背負い、肩掛けの紐で銃身の長い銃器を携えていた。おそらくあれで、シャロンの左胸を狙撃したのだろう。
「貴方は、何者ですか」
「別に、名乗るほどの何者でもないわ。一日を生きるのに精一杯な、ただの年若い一人の少女よ。貴方達と同じ」
少女は、目元に揺れる前髪を払い、身軽な動きでパイプを伝い、屋上からアスファルトへと降り立つ。そして、エリーの元へと歩き始めた。
「突然相方の命を奪ってしまってごめんなさい。でも、生きる為には必要なことなの」
「……」
「そんなに睨まないでよ。こんな世界じゃ、こういうのはお互い様でしょう?」
エリーから五メートルほど離れたところで、少女は足を止める。エリーと少女の視線が、揺るぎなくぶつかった。
「……何が、言いたいのですか」
「ああもう、察しが悪いわね!さっさとその荷物を置いて、この場を去りなさいって言ってるのよ!アンタも殺されたいわけ!?」
「成程。つまり、追い剥ぎ目的で私達を襲ったのですね」
「だからそうだって言ってるでしょう!分かったらさっさと──」
少女が声を荒らげているのを横目に、エリーは立ち上がる。すると、それに合わせるように、横たわっていたシャロンが糸を引かれたマリオネットのようにゆっくりと起き上がり始めた。
「えっ……?」
《痛覚を一時的に遮断。被弾箇所の自己修復を開始しました》
「な、何よこいつ!何で……どうして、まだ生きてるのよ!?」
「足の次は、左胸か……はは。今度は、頭でも撃ち抜かれるんですかね。僕は」
「シャロン、大丈夫ですか?」
「大丈夫かと言われれば、全く大丈夫じゃありませんけど……それでも、右腕と両足は動かせますよ」
「こいつ、アンドロイドか……!!」
状況を把握した少女は思い出したように肩掛けの銃に手を伸ばす。しかし、シャロンは少女の銃がこちらを向くよりも速く少女に向かって走り出し、銃を持つ手を押さえてその場に組み付いた。
「くそ、離せ!!」
「嫌に決まってるじゃないですか。すみませんが僕は今、エリーの身を守る為だけのロボットです。例え人間であろうとも、貴方がエリーに危害を加えるならば、ここで……」
「いけません、シャロン」
エリーの遮る言葉に、シャロンは少女を地面に押さえつけたまま、エリーの方を振り向いた。
「えっ?」
「ロボットは、人間を守り、そして助ける為の存在です。そして如何なる時でも、その使命を侵してはなりません」
「ですがエリー」
「いけません」
シャロンは、エリーの言葉に思わず硬直する。シャロンを見つめるエリーの瞳には、これまでの彼女になかった厳格さが込められていた。
「ここで彼女を殺せば、この先記憶を取り戻した貴方はきっと、そのことを必ず後悔することになるでしょう。だから、殺してはいけない」
「……エリーが、そう言うなら」
エリーはシャロンの返答を聞くと、力強い足取りで二人の元へと歩み寄る。そして、少女の顔の前に立つと、馬乗りしていたシャロンを退かし、そのまま屈んで少女の左頬を平手で力一杯に
「ええっ!ちょっと、エリー!?」
「痛っ、ちょっと……痛いってば!!」
痛みに悶え叫ぶ少女を気に留めることもなく、結局エリーは普段の涼しい表情のまま、合計して五回少女の左頬を叩き終えた。シャロンが銃を取り上げて少女から離れると、少女は真っ赤に変色した左頬を涙目で摩った。
「くっそ……何すんのよ!!」
「五回」
「は……?」
「五回。私は先程、貴方を殺す代わりに叩きました。今の貴方は、私に五回殺されています。本当に殺しはしません。命を手に掛けることは私は好きじゃありませんし、貴方を殺したところで私には何の得もありませんから」
「何を言って──」
「なので、一日を生きるのに精一杯な貴方の為に、殺さずに殺したことにしてあげました。ですが、私も貴方と同じように、今後も生きていかなくてはなりません。こんな世界ですから……お互い様ですよね」
エリーはそう言って、少女の左頬を押さえた手に、自身の右手を重ねた。
少女はエリーの言わんとしていることを理解し、おずおずと口を開いた。
「……フン。そういう事ね。何が欲しいのよ。銃が欲しいの?それとも、このリュックの中身全部?」
「いえ。二日分の食糧を一人分、我々に分けてもらいます」
「え?二日分の、食糧……?そんなものでいいっていうの?」
「ええ」
エリーは答えて、少女のリュックサックから缶詰やパン切れなど、最低限の食糧二日分を取り出して立ち上がった。
「貴方もまだ、生きていかなくてはなりませんからね」
エリーはそう言うと、シャロンに目配せをして、銃を少女へと返すように促した。シャロンは戸惑いながらも、銃をそっと少女の膝の上に置いた。
「行きましょう。シャロン」
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