エビネのせい


 ~ 五月二十七日(日) P.M. ~


   エビネの花言葉 謙虚



 友達って、ちょびっとの損の積み重ね。

 相手より、ちょびっと損してあげることで。

 こんなにも仲良くやっていける。


 でも、そう思っているのは自分だけで。

 相手も、ちょびっと損していると思ってる。


 そしてそのうちお互いに。

 損をするのがばかばかしくなって。

 損してあげないようになる頃には。


 自分の買ったハンバーガーを。

 損とは思わずに。

 当たり前のように半分あげるんだ。



 by おじさん




 ~🌹~🌹~🌹~




「では! ゴールの三メーター手前で失格という実に面白い思い出を作った二人を祝して! 乾杯!」

「のりにくいわ!」


 山ほどのハンバーガーが乗ったテーブルが、苦笑いで満たされましたけど。

 それでも当の本人たちは笑いながら六本木君へツッコミを入れていますので。

 まあ、良しとしましょうか。


「こらお前ら! 他のお客様もいらっしゃるんだから、ちったあ静かにしろ!」


 祝勝会という名は前半にそのまま残し。

 後ろ半分を残念会という名に塗り替えたワンコ・バーガーでの宴会は。

 テーブル二つをまるっとお借りして、ちょっぴり豪勢に開催されたのですが。


「……貸し切りのつもりだったのに」

「なんだ? 今から貸し切りにしてやってもいいけど、料金を払えるのか?」

「席の取り置き、感謝いたします」


 わかりゃあいいんだと捨て台詞するカンナさんを見送って。

 山積みのバーガーを一つ手に取ると。


 こんな光景に慣れていない後輩二人が目を丸くします。


「セ、センパイ? こここ、この夢のようなピラミッドは一体……」

「……なんだか、ちょっと物怖じします……」


 キラキラな目で山を見つめる瑞希ちゃんと。

 苦笑いで身を引く葉月ちゃん。


 まるきり逆な反応が、ちょっと楽しいのです。


「びっくりしたろ、瑞希。これでなんと、たったの千四百円だ!」

「うそっ!? いやいやいやいや! おにい、冗談でしょ!?」

「ほんとだよ。なあ道久!」

「……君が飲んでるコーラのXLサイズを勘定にいれなければね」


 一段目九個+二段目四個+頂上一個。

 税込み千四百円。


 まあ、それくらいなら出してあげることもやぶさかではないのですけれど。

 だれがドリンク代まで持つと言いました?


「秋山センパイ、何者ですか!? レジも通さずにこれだけの品が出てきましたけど!」

「『天引き』という言葉をよく知っている、すっごく普通な高校二年生です」

「……ひょっとして、ここの店長さんの弱みを握ってるとか?」


 うん。

 それは否定しない。


 でもね、弱みなんか握ってなくても。

 ここの店長さんは何でもしてくれるよ?


「お待たせなの! トッピングの目玉焼きとホットソースと山盛りポテトなの!」

「……瑞希。あっちは何と、全部タダだ」

「藍川先輩、何者ですか!?」


 勝負に負けたとは言え、競技に勝った二人は。

 ほんのちょっぴりのわだかまりがあることを正直に告白しつつも。

 二人で一位になれたことについては心から喜んで。


 素敵な勝負と素敵な友情。

 そんなものを祝ってご招待してみたのですが。


 アウェー感満載な葉月ちゃんに対して、この瑞希ちゃんのはしゃぎっぷり。

 なんだかとっても微笑ましいのです。



 高校生のバカ騒ぎ。

 普通なら眉根をしかめられる午後のひと時。


 でもこのお店、普段からうるさいし。

 俺たちの顔見知りしか来ないし。


 どちらかと言うと、何の宴会なのか説明を求められて。

 そういう事ならと一品ご馳走してくれて。

 サイドメニューがテーブルから零れ落ちそうになっているほどの歓迎っぷり。


「これ、お持ち帰りにしないと無くならないのです。みんな、おうちに連絡入れといてください」

「秋山センパイ、何者ですか!?」

「だから普通の高校生だってば」

「でも秋山、普通の高校生は生徒会長に目を付けられたりしないわよ?」

「そうなのです。不良の王様みたいな扱いなのです」


 ハンバーガーにかじりつく渡さんに指摘されて。

 俺は訳が分からない扱いを思い出してため息です。


「なんでだろ?」

「そりゃあ、お前が不良だからに決まってるだろ」

「こんな善良な模範生徒をつかまえてなんてことを言いますか」

「毎日立たされてるのにか?」

「毎日立たされていることが玉に瑕という模範生徒をつかまえてなんてことを言いますか」

「あ、あの……。ひょっとしたら……」


 穂咲が勧めてくれたポテトを。

 清楚に紙ナプキンでつまみながら召し上がる葉月ちゃん。

 おずおずと手を上げたりしてますけど。


「なにか知ってるの?」

「……ひょっとしたら、やきもちなのかもしれないです……」


 ああ、なるほど。

 彼女の推理に、一同揃って納得です。


 自分が泣く泣く突き放している葉月ちゃんが。

 嬉々として俺にくっ付いていたら。

 たしかにやきもち、焼きますよね。


 ……でも、それは別に俺に限った話じゃなくて。

 どちらかと言うと穂咲にべったりという気もするのですが。


「……やっぱ、やきもちでは無いのでは?」

「そうだな。校内きっての不良生徒と一緒にいたら、追い払いたくもなるだろうよ。誰だってそう思うだろ? 朱に交われば赤くなるって」

「だまれ、朱の王様」

「俺の朱なんてまだまださ。全国の朱肉、生産量の八割は道久なんだろ?」

「なんの、全国各地にある御朱印は、全部六本木君の色形を模したものだと聞いたことがあるのです」

「あんな複雑ポーズをいくつもやった覚えはねえ」


 いつものバカな口喧嘩。

 そんなバトルを見つめる一年生たち。

 二人の反応も、相変わらずの両極端。


 もっとやれと、バーガー片手にはやし立てる瑞希ちゃんのお隣で。

 ドリンクを上品に両手で持って、ハラハラとする葉月ちゃん。


 ほんとに赤く染まってしまうかもしれませんし。

 俺も、ちょっとは大人しくしないとね。


 

 ……でも、そんな両極端な二人も。

 この体育祭を経て、より強い絆で結ばれた様子。


 二人を繋ぐ二人三脚の紐が。

 ゴールまで解けなかったのがその証拠なのです。


 遠慮して、気を使って。

 友達の形を無理して作っても。

 それが固く結ばれるには沢山の時間が必要で。

 優しいおじさんは、そのことを小さな俺に教えてくれたけど。


 ちょっと強引だけど。

 力ずくでかた結びしてしまう方法もあるのだと。

 俺は自分の力で見つけた気がします。



 ……いえ。



 自分の力では無かったですね。

 これを俺に教えてくれたのは、穂咲と渡さんなわけで。


 そのうちに、二人が教えてくれたことだという記憶はなくなってしまうのでしょうけど。

 でも、俺の中で。

 俺の言葉としてずっと残り。


 そして誰かに伝えることが出来るなら。

 きっと君たちも満足なのでしょう。



「……改めて。一等賞、おめでとう」

「え? いやいや! 香澄お姉ちゃんたちの前でそんなこと言ったら……」

「なに言ってるのよ瑞希ちゃん。もっと胸を張っていいのよ?」

「そうなの。おめでたいの」


 改めてみんなで乾杯する中。

 穂咲は淡々とホットソースまみれの目玉焼きバーガーをかじっているのですが。


 見た目はいつも通りだけれども。

 本当に残念なのでしょうね。


 だって、もしも一位になっていたならば。

 飛び跳ねて喜んでいたのでしょうから。


 キラキラな笑顔で。

 はしゃいでいたのでしょうから。



 ……実は、この体育祭において。

 俺が、たった一つだけ望んだもの。


 それは、君がキラキラと微笑む姿を見たかった。

 ただそれだけだったのです。

 


「ほんとにめでたいの」


 繰り返し、穂咲は言いますが。

 その瞳はいつもと同じで。

 キラキラとは縁遠い、眠たそうなタレ目でしかなく。


 俺が見たかった光が。

 そこには瞬いていないのです。


 ……でも。


「あたしの夢も叶ったし、万々歳なの」


 彼女の言葉に偽りは無く。

 自分の夢は叶わなかったというのに二人の事を…………?


 いまお前。

 何と言いました?


「君の夢? ……ああ、結果はともかく、テープを切ったのは君ですもんね」

「なんの話なの? 変な道久君なの」


 穂咲の言葉に首をひねるのは俺ばかりでなく。

 今まで各々談笑していた全員が。

 揃って穂咲を見つめながら首を傾げます。


「……変なのは君です。何のために特訓してたのか忘れたのですか?」


 もちろん、渡さんと一位になるため。

 当然の返事が来るものと思っていたら。


「何のためにって? そりゃもちろんダイエットのためなの」


 総員同時に苦笑いなど浮かべてますが。

 違いますよ? これはジョークじゃないです。


 この人、本気で言ってます。


「……その夢、叶ったんですか」

「うん。二人三脚のあと、学校の保健室で測ったから目標越えてたの。だから、今のあたしはいくら食べても平気なの」


 平気なわけあるかい。

 とは言っても、ガツガツと食べる君では無いですけど。

 口の周りをホットソースでべったべたにしながら言われると。

 容易に明日の泣きべそが想像できるのです。


 改めて、変な奴。

 でも、だったら。

 なんでキラキラ笑顔じゃないのでしょうか。


「……俺には、さほど喜んでいないように見えるのですけど」

「そうなの。だって、ぶたばらの在庫にはさほど変動が無いの」


 そう言いながら、お腹をふにふにいじる穂咲ですが。

 渡さんがそんな姿をまじまじと見つめています。

 どうしました?


「……穂咲、顔、痩せた?」

「ううん? びたいち変わってないと思うの」

「でも……」


 そう呟いたまま。

 俺と穂咲を交互に見比べて。


 何かに気付いたようで。

 ぽんと手を叩くと。


 ……衝撃の事実を口にしたのです。


「ああ! 秋山が太ったのね!」

「何をバカな。穂咲のダイエットにずーっと付き合っていたんだから、いつもより細いはずですよ?」


 まったく、俺が太るなんてありえないのです。

 腹立たしさを紛らわすために、俺は二つ目のバーガーに手を伸ばしました。


 うん、美味しい。


「……道久」

「もぐもぐもぐ。……なにさ」

「お前、今食ってるの五個目だぞ?」

「ウソでしょ!?」


 六本木君が指差す俺の手元に。

 ぎゅっと握りつぶした紙袋は一つだけ…………、ではなく。

 いつの間にやら四つの包みが転がっていました。


「……そういえば、最近ダイエットの反動でめちゃめちゃ食べるのです」


 ぽつりとつぶやいた俺のお腹を。

 穂咲はぷにぷにと触るのでした。




 ……みんなの望み。


 一位になった葉月ちゃんと瑞希ちゃんは、少しわだかまりがあると言い。

 穂咲も渡さんと共に、心から満足することはできず。


 どこかぎこちなくて。

 誰の望みも叶っていないというこの席で。


 唯一、俺だけが。

 俺の望みだけが叶うことになりました。



 俺が、たった一つだけ望んだもの。


 それは、君がキラキラと微笑む姿を見たかった。

 ただそれだけだったのです。



「なかーま!」

「ぎゃーーーーーーーー!」



 ……こうして、俺の望みは叶って。

 だというのに。

 悲嘆の涙にくれたのでした。




 「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 11冊目


 おしまい!




 ………………

 …………

 ……


「……瑞希ちゃん。スポーツって、いいね」

「ほんとね! あたし、なにか部活入ろうかな?」


 机に突っ伏す俺の頭の上で。

 随分と爽やかなお話が進んでいるようです。


「お前たち二人とも帰宅部だもんな」

「い、今からどこかに入るの、変でしょうか……」

「べつに変じゃないわよ? いろいろ見学してみたら?」

「そういうことならまかしとくの」


 顔を上げずともわかります。

 今、六本木君と渡さんが。


 葛切りに七味唐辛子を山のようにかけた穂咲を見た時と同じ顔をしています。


 まあ、俺もこいつのセリフに呆れかえっていますけど。

 あの伝説が、再び開催されるのですね?


「先輩が案内してくれるんですか?」

「う、嬉しいです……」

「まかしとくの」


 俺を巻き込まず、一人で頑張って下さい。

 俺を巻き込まず。

 俺を巻き込まず。

 俺を巻き込ま


「道久君に」

「やっぱりそう来たかーーーー!」



 ……友達って、ちょびっとの損の積み重ね。

 そう教えてくれたおじさんに、後で言っておかないと。



 これはもう、ちょびっとじゃない。





「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 12冊目!

 2018年5月28日(月)より開始です!


 二人の帰宅部一年生と一緒に、あの悪夢が再び?

 今度は「部活荒らし四人衆」が学園狭しと暴れまわる?



 ご期待くださいませ!



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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 11冊目🏃 如月 仁成 @hitomi_aki

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