ハイウェイ

#75 キャラバン

 弾痕が穿うがたれたコンテナには手枷を嵌められたままの遺体が何十と詰め込まれていた。邦間道路ハイウェイの路肩に停車したトレーラー。積荷は全員が服を剥ぎ取られ丸裸だった。髪はもちろん体毛まで剃られていた。暗がりの中では折り重なった枯れ木に見えた。鼻を刺す臭いさえなければ人間だと気づかなかったかもしれない。


 アリサはコンテナの扉を開け放したまま荷台から飛び降りた。待機していたスヴェトナとトフィーに向けて首を振ってみせた。それから別のトレーラーに近づき運転席にいる隊長に声をかけた。

 みんな死んでる。数週間は経ってる。

 そうかい。ありがとう。

 お仲間?

 隠れ奴隷商と私らを一緒にするんじゃないよ。隊長は鼻を鳴らして云う。戦争が終わってもう何年だい。破滅の時代が過ぎ去ってはや幾星霜か。――未だにこんなことを続けている連中がいるとは。

 襲撃を受けたみたい。輸送中に。

 見れば分かるよ。


 アリサは再生機を取り出してダイヤルをいじり映像を見せた。奴隷商の護衛を追い散らしトレーラーの運転手を射殺した賊どもはコンテナの荷を奪おうと近づいた。だが弾痕の奥から漏れ出てくる苦悶や助けを求める声を聞いて荷が何なのかを悟った。悪態まじりの相談を経て結論は下された。賊は去っていった。荒野の只中にトレーラーだけが取り残された。他に誰も通りがからなかった。今やエンジンは切られ空調も止まっていた。コンテナの内部はたちまち蒸し焼きの状態になり夕刻までに多くの積荷・・が死亡した。


 ――もういい。充分だよ。

 隊長の女性はそう云って骨ばった手を振った。アリサは映像を止めて彼女の表情を観察した。顔に刻まれた皺の一本一本が巨大な渓谷を思わせるような深みを湛えていた。表情を変えることは滅多になかったが笑うにしろ睨むにしろその渓谷は地殻変動が起こったかのように隆起と埋没を繰り返した。髪は真っ白に汚れていた。戦中と戦後の年月が彼女の髪からそれ以外の色素を奪い去っていた。


 隊長は云う。お嬢ちゃん。いつも再生機をそんな風に無駄遣いしてるのかい。

 お嬢ちゃんはやめてほしいな。

 ガキだよ私らから見れば。

 それに再生機は本来こう使うべきなんだ。誰かが覚えておいてやらなくちゃいけない。こんなむごい死に方をした人達が大勢いたんだって……。


 隊長は眉をわずかに持ち上げてみせた。そして運転席の窓から顔を突き出しトレーラーの屋根に設けられた見張り台に座っている護衛の男に声をかけた。

 聞いたかいあんた。

 聞いたよ。彼は何の肉かも分からないジャーキーをくちゃくちゃと咀嚼しながら答えた。――ガキ臭ェ正義感だ。

 今どき珍しいね。

 ああ。普通の馬鹿ならとっくに死んでる。

 そうさね。

 男は嗤った。――屍肉喰らいはこれだから厭になるぜ。てめぇの趣味の悪さを体裁の好い言葉でラッピングしてやがる。


 そばで聞いていた従者の少女が口を挟んだ。云わせておけば貴様よくも――。

 スヴェトナっ。


 アリサは少女の肩をつかんで制止した。護衛の男に負けず劣らずの目つきの悪さで睨み返してからスヴェトナは藤色の髪を振り乱して背を向ける。アリサは誰にも聞こえないようそっと溜め息をついた。散弾槍を担ぎ直した。そして隊長に向き直る。アリサが口を開く前に彼女は云う。


 申し訳ないねうちの奴が。腕は確かなんだがなんせ口が悪くてね。

 別に。慣れてる。

 だろうね。老女はうなずく。よろしく頼むよ。順調にいけば三晩と四日。短い旅だがオーデルは物騒だから。

 本当に私なんかで好かったの。今さらだけど。

 これでも人を見る目はあるつもりだよ。その歳であの禿鷲の数。只者じゃない。それに私は職業で人の善し悪しを判断しない。報酬に見合った実力と契約を守るだけの誠実さがあればそれでいいんだ。

 あれは私の禿鷲じゃない。少なくともほとんどは。亡くなった父さんのが今も付いてきてるだけ……。

 そうかい。それならこのばばあの勘がいよいよ衰えてきたってだけさ。気にすることはない。報酬は払うよ。約束どおりね。


 アリサはうなずいた。護衛の男がこちらを見下ろしながら見張ってるぞと念を押してきた。アリサは何も答えずに襟布を引き上げて口元を隠した。砂塵で喉が痛かった。


 アリサは魔鉱駆動の二輪車にまたがった。彼女に付いてきた何十もの禿鷲は今コンテナの内部に突入し遺体を空に還そうとしているところだった。中のようすは見えない。乾いた皮と肉にくちばしを突き立てる音が響くだけ。道路沿いの電柱から垂れ下がった電線が砂塵にさらされて揺れている。アリサは電線を見るたびに街路に吊るされた人間の死体を思い出してしまう癖がついていた。プラカードが縄と一緒に首にかけられている。警告文。――近づくな。こちらには銃がある、と。


 アリサがトレーラーを見つめていると半装軌車ハーフ・トラックの助手席に腰かけたトフィーが声をかけてきた。砂や塵が一粒たりとも混入していない鈴のような声だった。

 ――アリサも大変ね。

 何が?

 会う人ごとに悪口云われて。

 屋根の銃架でふんぞり返ってるあいつはともかく――。アリサは云った。あの婆さんは悪い人じゃないと思う。見た目は大理石みたいにかたくなで隙がないけど。

 それが依頼を引き受けた理由?

 大人数のほうが安全なのは確かだし方角もいっしょ。情報も欲しいし路銀はいくらあっても困らない。

 それだけじゃないんでしょう?


 アリサは連れの二人の少女の顔を交互に見た。スヴェトナはハンドルに視線を落としながら黙って聞き耳を立てておりトフィーは両手で本を持ちながら笑顔を咲かせている。

 アリサは二輪車を起動させた。魔鉱駆動の甲高い音が風を切り裂いた。彼女は云った。――いつもの好奇心だよ。あの人達がどうしてもっと大きな隊商を組まずに危険なオーデルで商売をしてるのかとか。面白い話が聞けるかもしれないとか。それに何より――。


 隊長が運転しているトレーラーハウスに目を向ける。その中には商いに必要な物資の他にもある人物が乗っていた。依頼を引き受けた際に顔合わせをしただけだがその声を聞き間違えるはずはない。

 アリサは云った。――本物のミスター・ホプキンスに会えるなんて。何があるか分からないもんだね。

 トフィーがくすくすと笑う。スヴェトナがじろりと睨んでくる。

 なあアリサ、……あんな気が滅入るくらい退屈な番組のどこが好いんだ?

 失敬な。私の父さんだって熱心なリスナーだったんだぞ。

 アリサってやっぱり面白いわ。トフィーが云った。あの番組よりもずっとね。

 云ってろ。

 アリサは頬を膨らませて顔を背けた。そしてスモークの貼られたトレーラーハウスの窓をじっと見つめた。


 ミスター・ホプキンス。

 日頃からアリサが聴いているラジオ番組のパーソナリティだった。



*****



 ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。

 大変お久しぶりとなり恐縮です。新章では再びアリサさん達が主人公となります。

 例によって不定期更新となりますが、どうかお付き合い頂けると幸いです。

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