#27 タリスマン (1)
服を着て煙草を吸った。燃やしたレタスみたいな味だった。私が相手をしていた男の所持品だ。
そいつはいま背中を向けて大いびきをかきながら眠っている。鼻風邪をひいた
そしてつい先ほど新しい傷跡が増えた。
私が立てた爪の痕だ。
そいつのリクエストだった。
思い切り突き立ててくれと。
他の客にそんなことをやったらお代を貰うどころか元の形も分からないほど顔面を殴られるところだった。
十数年しか生きていなくとも紛争地帯という地獄の釜の底でぐつぐつと煮立てられていればひと通りの人種に巡り逢うことができる。
革のベルトを鞭のように振るって嗜虐心を満足させる奴もいる。
何もしてこずに話だけをして帰っていく人間もいる。
背中に爪を立てられるのが大好きな輩もいる。
――三人。その三人が今日、――私を買った人。
レタスみたいな味の煙草を吸い終えた。吸殻を明り取りの穴から外へ放り捨てた。サイドテーブルの上に置かれた配給券を服のポケットに突っ込んだ。テーブルといっても道端に捨てられていたタイヤに布切れを被せて部屋に運びこんだだけだ。そしてその“部屋”だって
しばらくして背中が傷だらけの男が目を覚ました。肌着に袖を通して持ち物を確認し何も盗られていないことを確かめた。それから私の方を振り向いて無言で指先を
男はしばらく私の顎をなで回したあと口を開いた。
……いつから客をとるようになった?
物心ついてしばらくしてから。
それからずっとか?
普段は別のことで稼いでる。要領の好い友達がいるんだ。
今日はまたどうして?
その質問はあんたにとって大事なことなの?
軍に入ってからというもの俺は何十って女を抱いてきた。
――軍だって? 私は傷男の腕を払いのけて云った。ただの銃持った汗臭いおっさんの集まりだろ。
お前は俺が今まで使ってきた中でいちばんマシな女だ。
へえそう。
俺達の専属にならないか。食うには困らんしその首元のミミズ腫れをこれ以上作らなくても済む。
――代わりにあんたみたいな醜い背中をぶら下げた連中に盛りのついたテナガザルよろしく抱きつけって?
私は云ってしまってから云うんじゃなかったと後悔した。こんな風に軽口を挟んでしまうから革ベルトの一撃を喰らう羽目になるのだ。だが男は顔色ひとつ変えなかった。片方の眉毛がほんの数ミリ持ち上がったくらいだ。大したものだった。
――そうそう。俺達のところじゃそれくらい生意気な方が可愛がられる。……だから俺といっしょに来い。
話を聞いてないみたいだな。私は普段は別の仕事をしてるんだ。
徴用の手続を取っても好いんだぞ。
脅しのつもり?
ああ。
◇
それから説得と脅迫、平手打ちの一発をお見舞いされてから強引に手を引かれて部屋を出たところで男は立ち止まった。
赤髪の少女が銃の照準を男の胸にぴたりと据えて待ち構えていた。
銃といっても火薬や雷管は使わない。脇に取りつけられたポンプを操作して圧縮空気で鋼球を打ち出す類の代物だ。だが人の身体に真新しい穴を空けるにはそれで充分だった。その男も肺や心臓にまで傷を
――そいつの手を放してもらえるかな。あたしのダチでね。
男は云われた通りにした。それから云った。
……お前さんも中々
いいから行けよこの猿。麻酔の代わりに棍棒を使うような外科医の世話になりたくはないだろ。
はいはい。
傷男は両手を広げた。まるで神様への供物として捧げられるみたいに大仰な仕草だった。銃を向けられてなおこうした芝居がかった動作ができる奴は世間が思っている以上に少ない。たとえその銃がおもちゃよりかは
何はともあれ男は立ち去った。また来るぜという捨て台詞はきっちり残していった。
赤髪の少女は肩を上下させて大きく息を吐いた。私も震える唇から吐息を漏らした。
友人はへにゃりと笑って云った。……だから忠告したじゃん。客をとるにはここはもう危険すぎるってさ。
いつ戻ってたの?
あんたが今の猿とやり始めてすぐだよ。嫌な予感がしたからずっと張ってたんだ。
このバカ。私は赤くなって云い返した。聞いてたってこと?
仕方ないだろ。命が懸かってんだ。嬌声を聞かれたくらいでがたがた云うなよ。
誰が嬌声なんて――。
彼女は微笑み続けていた。
私はもう一度、息を吸ってから吐いた。
…………まァとにかく。ありがと。リシュカ。
いいってことよ。スヴェトナ。
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