#26 枷 (7)
報酬をもらうため組合の受付に行くと見知った顔に会った。豊かな金髪を揺らす空色の瞳の少女。もう一人の藤色の髪を下ろした少女と掲示板を見ながらあれこれ話をしている。
……意外と普通だな。受付に商談用の待合室。依頼が貼り出された掲示板。隣には酒場か。
むしろどんな場所を想像してたんだ?
もっとおどろおどろしい魔窟かと。
ひどい偏見だ。
――そこの南京錠がぶら下がった扉は?
散弾槍を預けてるんだ。酒場には持ち込み禁止だから。
ああなるほど。あんな馬鹿でかい鉄砲をみんな揃って持ってこられたりしたら足の踏み場もなくなりそうだしな。
そういうこと。
話したい気分ではなかったのでレイノルズはそっと出て行こうとした。野生の勘でも働いたのか向こうが振り向いてこちらを見つけた。目を丸くして声をかけてくる。――あれあんた、いつかの兄弟のスカベンジャー?
…………レイノルズだ。
私の名前、覚えてる?
忘れたよ。
本当は記憶していたがレノは嘘をついた。
――アリサ。今度こそ忘れてくれるなよ。
あいあい。
奇遇だね。あんたもこの街に来てたんだ。
そういうお前もな。まだ死んでなかったとは。
レノは腕を組んでもう一人の少女を見つめる。
……こいつは?
私の連れ。
スカベンジャーじゃないだろ?
くず鉄拾いじゃなければ同行は許されないなんて掟はない。組合施設への出入りも基本的に規制はないはず。問題ない。
そりゃそうだ。誰も俺達のところまで好んでやってくる奴なんていないからだ。依頼したいなんて酔狂な奴を除いてな。
藤色の髪の少女は名乗ろうとしてきたがレノは手で制した。別に知りたくもないと正直に云うと彼女は顔をほんのりと赤くして睨んできた。身なりは綺麗だが目つきは壊滅的に悪かった。素っ頓狂な給仕服を着てくず鉄拾いといつ死ぬとも分からない旅路に好んで同行している少女。――どう見てもまともではなかった。
これは忠告だ。レノは彼女に向かって云う。――こいつとあまり長く付き合い過ぎない方が好いぞ。無茶ばかりしやがるから早晩巻きこまれて死んじまうに決まってる。賭けても好いぜ。
そうはならないよ。
アリサが凄んできた。
レノは組んでいた腕を解いて散弾槍を担ぎ直した。……まあ俺の知った話じゃない。
◇
組合の施設を出ると今度は死神のスカベンジャーと行き会った。廃墟の壁にもたれて煙草を吸っていた。レノルズの姿を認めると煙草を持った右手を軽く挙げてみせた。レノは挨拶を返してから何だよと訊ねた。
……酒場で待ってたんだがお前が来なかったから出てきた。俺が長居しても空気を悪くするだけだからな。
なんで待ってたんだ。
打ち上げだ。
あんた酒は飲まないだろうが。
飲めないわけじゃない。普段は飲まないだけだ。
レノは足を踏みかえて大男のスカベンジャーを見返した。
……どういう風の吹き回しだよ。二人して無事に生き残った。報酬は受け取った。これ以上に何を付き合うってんだ?
そこが問題なんだ。オスヴァルドは顔をわずかに伏せた。俺とコンビを組んで依頼を受けて生き残った奴はお前が久しぶりなんだ。
それで記念にってわけか。
ああ。
裏がありそうだな。生き残った奴がいるって実例を酒場に
それもある。
ハっ。
レノは笑って背を向け表情を隠した。深呼吸をひとつ入れる。それから振り返って訊ねた。
……ちなみにあんたと組んで生き延びた幸運な奴って俺の前だと例えばどんな奴がいたんだ?
それは――。
そのとき組合の事務所から金髪の少女が出てきた。彼女はオズを見つけるとその場で固まった。空色の眼に動揺の色が走った。
――……あんたまでこの街にいたのか。
大男のスカベンジャーは少女をじっと見返していた。唇が何か言葉を結ぼうと動かされた。だが彼は何も云わなかった。代わりにレノの方に振り向いてさあ行こうと促してきた。レノはそれに従った。歩きながら振り返ると少女のスカベンジャーはオズの背中を見つめ続けていた。あんたら何かあったのかとレノは訊ねたがオズは首を振って答えなかった。
◇
レノは本棚の前に立っていた。古びた学校の小さな図書室。そこは“教授”の研究室であり本棚に収められた蔵書はすなわち彼の財産だった。ライティング・デスクに腰かけた教授が後ろから声をかけてくる。
君ならいつでも歓迎するよ。レイノルド君。
――レイノルズだって云ってんでしょうが。
失敬。でも嬉しいね。私以外にも同好の士がいてくれて。
同好?
本さ。
……読書は苦手です。
そうかい?
教授は吸いかけの煙草を指に挟んだまま前屈みの姿勢になった。そしてレノの表情を上目に窺いながら声を低めて云った。
……でも君、存外楽しそうな顔をしてるじゃないか。
そうですかね。
ああ。
教授は煙草を灰皿に押しつけた。彼が語るところによれば本を読むことは大海を舟で漕ぎ出すことであり鍵のかかった鋼鉄の扉を開け放つための魔法であるということだった。陳腐な言葉ですねとレノが云うと彼はニヤリと笑って続けた。海を渡るための舟も扉を開けるための鍵も私達人間に与えられた知性の賜物。まさに最大の宝物さ。か弱い動物という枷から逃れる唯一の手段。本は人類最古にして最大の友と云って好い。その真なる価値を分かってくれる人間が私以外にもいてくれたことがたまらなく嬉しいんだ。
大げさですよ。
そうでなければ君はわざわざ私の依頼を受けることはしなかったはずだろう。
…………。
――珈琲を淹れてあげよう。疲れただろう。
教授が珈琲を用意している間にレノは再び本棚に向き直り一冊の書物を手に取った。
彼は穏やかな声で云った。
……あの。
なんだい。
一冊、――借りていってもいいですか。
いいとも。
教授は微笑んだ。
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