#17 残滓

 翌朝。下士官の男と兵士達に別れを告げて数時間後にまた訪問があった。“彼”が来たことはすぐに分かった。まず数百羽という禿鷲の大群がやってきた。雲霞うんかのように群がってモーテルの上空を覆うとアリサが連れていた禿鷲達を追い散らして後釜に収まった。

 彼らに導かれてきたかのようにその男も続いて敷地内に入ってきた。それはモーテルの室内にいたはずのアリサの鼓膜さえ引き裂かんばかりの轟音だった。治りかけの右耳が激しく痛んでアリサはベッドから転げ落ちた。散弾槍をつかんで外に飛び出すと男がちょうど怪物のような大型バイクから降りるところだった。恐らくこの世界では二度と製造されることのないだろう魔鉱駆動に対応した機械式過給器が付いており轟音はそのせいだった。バイクの両脇に取りつけられたサドルバッグもまた大型だ。ビル一棟を解体するのに優に足る分の爆薬を積載できそうだった。


 男はアリサを一瞥すると大儀そうにバイクから散弾槍を下ろした。アリサが使っているものよりも一回りは大きく部品点数も多かった。何に使うつもりなのか補助バレルが二つも付いており最早携行できる連装砲だった。彼は腰のポーチから煙草を取り出してライターで火を点けようとした。だがライターは死んでいた。

 ……悪いが。男は口を開いた。火を貸してくれないか。

 アリサは無言で自分のライターを渡した。男もそれ以上は何も話さずに煙草を吸いながらアリサの姿を頭のてっぺんからつま先まで検分するようにじっと見た。アリサは顔をそらさないよう努めながら腰に手を当てた。男は頭二つか三つ分くらい背が高くアリサは見上げるような恰好になっている。


 ……何? 子供のスカベンジャーがそんなに珍しい?

 いや……。男は低い声で返した。お前とは何処かで逢ったかな。

 アリサは周囲を見渡した。

 こんな沢山の禿鷲を連れてるスカベンジャー、一度見たら忘れられるはずないよ。くず鉄拾いというよりも死神みたいだ。――あんたは自覚してるか知らないけど。

 じゃあその散弾槍は何処で手に入れた?

 アリサは唾を飲みこんだ。

 これは……。

 盗んだのか?

 ち、――違う。私の父さんから受け継いだんだ。

 ああ。そうか。

 男は細めていた目をほんの僅かに開いてアリサの瞳を見返した。そして唐突にアリサの父親の名前を口にした。――あいつの娘だったか。なるほど。


 アリサは乾いた口の中を舌で湿らせた。

 父さんを知ってるの?

 好い奴だった。お前がそれを持ってるということは奴は死んだわけだ。

 ああ。

 どんな最期だった?

 ……云いたくない。

 ならいい。ろくな死に方はしなかったろうしな。

 …………。


 死神のようなスカベンジャーは煙草を吸い終えた。吸い殻は捨ててしまわずに携帯灰皿を取り出してその中へ入れた。まるで別の重要な使い道があるかのように丁寧な動作だった。それから彼はブロックに腰かけて自身の役立たずなライターを器用に分解すると中のオイルを取り出した小瓶に移し入れた。そして中を満たした小瓶をアリサの目前で振ってみせた。

 ……これはこれで使い道がある。

 アリサは頷いて同意した。そして訊ねた。――あんた、二週間くらい前にもここに来てただろ。

 再生機を使ったのか?

 うん。

 なら申し訳ないことをしたな。だが漁り場は早いもの勝ちだ。恨むなよ。

 浴室で拾った銃を転がってた死体の頭で試し撃ちしてた。

 ――はっ。

 死神スカベンジャーはそこで初めて笑った。笑ったというよりも発作で唇を引きつらせたかのようだった。

 彼は笑いながら云う。……あの親にしてこの子ありだな。

 どういう意味?

 屍肉しにく漁りが人道を気にかけてどうする。

 その云い方は嫌いだ。

 どの云い方だと。

 屍肉漁り。

 事実だろう。

 事実でも厭なんだよその呼び名は。

 彼は笑みを深めた。

 健気だな。父親そっくりだ。

 そうかな。

 ああ。

 父さんとは友達だったの?

 スカベンジャーは友人を持たん。家族はなおさらな。あいつは例外だったが。

 少しは親しかった?

 仕事を何度かこなした。それだけだ。


 彼は話を断ち切るように腰を上げた。懐から弾の入っていない拳銃を取り出した。それは浴室の死体の頭を撃ち抜いたのと同じものだった。しっかりと手入れがなされており新品同然とまではいかないが機能には何ら問題なさそうに見えた。

 ――お前も覚えておけよ。彼は厳かな調子で云う。最近のスカベンジャーは拾ったものをそのまま届ければそれで仕事はこなしたと考えている間抜けが多い。最低限の芥浚ごみはらいと手入れをやっておくだけでも評価額が跳ね上がることもある。組合にとっても自分にとっても利益になる。ちょっとした積み重ねが後でお前の命を助けることだってあるんだ。

 ……それ、先輩としてのアドバイス?

 そう受け取っても好い。

 だからって死体に追い討ちをかける必要があるわけ?

 頭蓋骨すら砕けない銃を拾っても意味はないだろう。

 アリサは云い返せなかった。


   ◇


 忘れ物を取りに来たと大男のスカベンジャーは目的を語った。彼はそれまでアリサが寝泊まりしていた部屋に入ると通気ダクトの金網を留めていたネジをドライバーで外した。そして金網をどけるとダクトの奥から中身の詰まったダッフルバッグを取り出した。彼はチャックを開けて中を覗くとバッグを肩に担いだ。

 ――これの存在には気づかなかったようだな。

 アリサはそっぽを向いた。……恥ずかしながらね。

 歳月を重ねると再生機の使い所が分かってくるようになる。……お前は奴と同じくしょうもないことに使い回して魔鉱石を無駄にしているようだが。

 うるさいな。っといてよ。

 怒るな。そうした感性を保てているのは今時珍しい。大事にすることだな。


 彼は外に出てダッフルバッグをバイクに括りつけるとまたがってエンジンをかけた。始動の瞬間アリサは耳を塞いだ。アイドリング中でもなおうるさい。発進する前に彼は声をかけてきた。

 ――裏手に掘ってある墓はお前の仕業か?

 そうだよっ。アリサは半ば叫ぶように返事する。墓を建ててくれって頼まれたから。

 誰にだ?

 ――私が殺した連中の生き残りだよ!

 そいつはどうした。

 死んだっ。自分の頭を吹き飛ばしたんだ!

 男は答えを保留してしばらく空を見上げていた。それから顔を戻して云った。

 ……お前は長生きできると好いな。父親の分まで。

 そっちこそ!

 ああ。


 父の友人らしきスカベンジャーは砂塵を残して去っていった。その後を追うようにおびただしい数の禿鷲たちも羽ばたいていった。まるで渡り鳥のように一斉に。彼の往く先では数え切れない程の大量の死体が横たわることになるのは間違いなくそうでなければあれだけの数の禿鷲が彼に従うはずがなかった。

 彼が去ってからしばらくしてアリサに付きまとう禿鷲達が戻ってきた。アリサは試しに彼らを数えてみた。記憶がおぼろげだが以前よりも確実に増えていた。アリサは未だに路上に放置されている炎上したトラックの残骸に視線を向けた。それから蜘蛛くもの巣か何かを振り払うように激しく首を振って浮かんだ考えを消した。

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