モーテル

#08 空っぽの瓶

 郊外に佇むモーテルの廃墟で酒瓶を見つけた。中身は空だった。照明の失われた部屋は薄暗い。そして埃にまみれている。多少なりとも感受性を残したスカベンジャーならそこからかつての時代のうらぶれた残り香を嗅ぎ取るのかもしれない。アリサは酒瓶を手にしたままベッドの縁に腰かけた。そしてゴーグルを外してふうっと息を吐きだした。ラベルからはかろうじて文字が読み取れる。かつて父が好んで飲んでいたブランカ酒の銘柄だった。


 ベッドには先客がいた。干からびて黒ずんだ遺体が安らかに眠っている。再生機を使って初めてそれが女性だと分かった。生前の時分でさえおぞましいほどに痩せこけており髪はとうの昔に手入れを放棄されて乱れている。彼女は小瓶に入っていた丸い錠剤を栄養ドリンクか何かのように一気に口の中に流しこむと酒をあおって飲み下した。そして布団にくるまるとそのまま二度と動かなくなった。

 アリサは再生機の電源を落として布団を引き上げ頭まですっぽりと遺体を覆ってやった。それから立ち上がって煙草を一本吸って部屋を後にした。


 他の部屋にも自殺した遺体がいくつかあった。バスルームで拳銃を使ったらしき男のむくろがあったが肝心の得物はすでに誰かに持ち去られていた。壁に残った弾痕だけが起こった事実を伝えている。

 再生機を使うと拳銃を持ち去った同業者の姿が映し出された。彼はバスタブの底に落ちていた拳銃を拾い上げると撃鉄を起こし何のためらいもなく死体の側頭部に向けて一発撃った。乾いた銃声が狭い室内で反響を残さず消えた。スカベンジャーはうなずいた。少なくとも銃の性能に関しては人を殺すという目的を達成しうるくらいには劣化していなかったわけだ。彼はシリンダーから残りの銃弾を抜き取ると満足気にバスルームから立ち去った。遺体は頭に穴をひとつ増やされた状態で虚ろな目を壁に向け続けていた。

 アリサは再生機の電源を落として首を振った。


 探索を途中で切り上げて外に出たアリサを禿鷲たちが出迎えた。役目を終えた電信柱の上に留まってじっとこちらを見下ろしている。アリサは舌打ちしてから呼びかけた。――これじゃ遺品を漁りにきたのか死体を探しにきたんだか分からんぞ。

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