第6話 説得

 父と娘は、床をくりぬいて作った掘りごたつに両足を入れ、隣同士ですわった。

 灯りは傘なしの豆球だけで、ワット数が少ないせいでうす暗い。

 久しぶりの団らんで、茂夫の両肩には必要以上に力がこもる。

 我が娘ながら、女は女、どう話を切り出せばいいか、悩んだ。

 こいつのことは、赤子の時からみてやってたんじゃねえか、何をばかなことをと、笑えてしまう。

 「ねえ、お父ちゃん」

 悦子が急にかん高い声をだしたので、茂夫は目を丸くした。

 「あほか、おまえ。そないな、おっき声出したら、せっかく寝よったまりこが起きよるやろが」

 この一言が、茂夫を、自然体にもどすきっかけとなった。

 いくぶん気持ちが楽になったのか、茂夫はため息をついた。

 「なんや。ひょっとして父ちゃん。わたしの前であがってんのとちゃうか」

 悦子は口もとに笑みを浮かべて言った。

 「あほいえ。おまえはわしの子や。あがるわけないやろが。それになにがおかしいんや。親ことばかにしくさったら、ほんま承知せえへんで」

 「ばかになんかするわけないやろ。父ちゃんの考えすぎや」

 茂夫の身体には、もう一合ほどの酒がしみこんでいる。

 となりの部屋で寝ているまりこの様子をうかがおうと、背後の唐紙を開けようとしたが、酔いのせいで体の自由がきかない。

 彼は畳の上に転んでしまった。

 「父ちゃんこそ、なんやそれ。でかい音だして。起きるやろが。このくらいの声じゃ、あの子起きひんで。うちできょうだいに鍛えられとる」

 「そんなもんかいな」

 茂夫の声が急に小さくなった。

 「こんな大きなうちでひとり暮らししてるから神経質になるんや。たまにはたくさんで暮らさんと」

 また悦子の説教がはじまると思った茂夫は、気の利いた言いまわしで彼女の二の口をふさごうとした。

 だが茂夫の口から出るのは、たんのからんだ咳ばかりである。

 「言わんこっちゃない。もうええ年やから。すなおに娘の言うことに従うたらええのんや」

 「あほいえ。まだ早いわ。コンコン」

 せきが出るたびに苦しいのか、まっちゃんの顔が紅みを帯びた。

 これ、飲み足りんからこうなるんやと、茂夫は酒の注いだ湯呑みに右手をのばしてほほ笑んだ。

 栄養不良のせいか、ところどころ唇の皮膚が薄くめくれあがっている。

 その唇すれすれまで湯呑みを運んでくると、茂夫はその中に入っている透明な液体をしげしげと眺めた。

 「これあるからな、母ちゃん亡くなっても、商売やってこられたんや」

 茂夫はぽつんと言い、舌なめずりを一度してからぐいと飲みほした。

 「ほんならお酒なんか、もう飲まへんほうがええ。ほかのものを食べへんようになるから」

 「なんぼでも憎まれ口たたいたらええ。ぜったいにやめへん。酒も仕事もな」

 茂夫の節くれだった指が、悦子に、彼女の幼かった日々を思い起こさせた。

 彼女の目じりに涙がうかぶ。

 茂夫の声の大きさが度を過ぎていたのだろう。

 隣の部屋で眠っていたまりこがぐずりだしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

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むかしもの 菜美史郎 @kmxyzco

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