伝説の職業、それは"荷物持ち”!!

栄養素

伝説の職業、それは"荷物持ち”!!

 僕のあだ名‟モッチー”だ。

 このあだ名、僕は大嫌いだ。だってこれは‟荷物持ち”を縮めて言ったものだからだ。


 小学校の時、僕はずっと友達の荷物を持たされていた。お腹側にも両腕にもランドセルを抱えていた。

 中学校でも同じだった。通学カバンの他に、部活の荷物も持たされる様になった。

 そんな扱いから逃れるために、勉強を頑張って、地元から1時間以上かかる高校に入った。

 だけど、僕に荷物持ちをやらせていた主犯の奴も一緒の高校に入ってきて、僕は結局逃げることができず、高校でも荷物持ちをやらされていた。

 嫌ならはっきり言えばいい。と人は簡単に言うけれど、僕にはとっても難しいことだった。凄まれてしまうと嫌だと言えなくなってしまう。内気で、人に相談することも苦手だったから、僕はその扱いを受け入れるしかなかった。


 その日も僕は相も変わらず、数人分の荷物を押し付けられ、ひーひー言っていた。

 荷物の持ち主の同級生達は、僕の横で雑談をしてゲラゲラ楽しそうに笑っていた。

 駅前の交差点で信号待ち中。ギラギラの日差しに一杯の荷物。僕の顔は汗まみれだ。

 いきなり頭上から差す太陽よりも明るい光が足元から湧き上がった。その光は、魔法陣のような幾何学的な模様を描いていて、しかもゆっくり回転していた。


「なんだぁ!?」


 隣の同級生が言った。この魔法陣は僕の見ている幻覚じゃあないみたいだ。

 魔法陣の発する光が強くなって、僕は思わず瞼を閉じた。だけどその光は、そんな些細な壁を貫いて僕の眼球を痛いくらいに責め立てた。


 どれくらいそうしていただろう。

 恐る恐る目を開けてみると、周りの様子が一変していた。

 まず目に入って来たのは緑、続いて茶色。森だ。僕は森の中にいた。さっきまで駅前で信号待ちをしていたはずなのに。


「おい、ここはどこだ!?」

「何が起こったんだ!?」

「どうなってんだ!?」


 声のした方に目を向けると、そこには僕に荷物を押し付けた3人の同級生もいた。みんな一様にキョロキョロと周りを見渡している。

 僕も改めて周りを見渡してみた。一抱え以上ありそうな幹を持つ木々が乱立し、豊かな葉を茂らせた枝が天井の様に頭上を覆っている。枝に遮られているから辺りは薄暗くて、木々のせいで遠くを見通せない。

 行ったことは無いけど、富士の樹海ってこんな感じなのではないだろうか。


 背後でガサリと音がした。

 僕は咄嗟に振り向いた。横で騒いでいた同級生3人も、視線を同じところに向けている。

 もう一度ガサリと音がして、背後にあった茂みを突き破り、大きな影が僕たちの前に飛び出してきた。

 それは巨大なニワトリのような生き物だった。人間と同じくらいの大きさで、トサカや羽が極彩色に彩られている。

 巨大ニワトリのギョロリとした目が僕たちを見渡して、


「コギョエェェェェェェ!!」


 と鳴いた。文字通り首を絞められたニワトリのような鳴き声だったけど、耳が痛くなるほどの音量だった。


「に、逃げろ!」


 3人組の一人がそう言って走りだした。残りの2人もそれを追って走り出す。

 僕も逃げようとしたけど、持ったままだったあいつらの荷物が邪魔でとっさに動けない。

 死んだな、と思った。

 死の原因まで荷物持ちだなんて、僕らしいな。なんて、どこまでも情けない自分の人生を笑った。

 だけど、巨大ニワトリは僕を無視して、逃げ出した3人を追いかけていった。

 助かった。どうやら動くモノを優先して追いかける習性があるみたいだ。

 僕は自分の分以外の荷物をその場に捨てると、3人の同級生が逃げて行った方と反対側に向かって歩き出した。


 ◇ ◇ 


 あの場を離れてから、僕はあてもなく森の中を彷徨っていた。

 時間の感覚はすっかりなくなっていた。いくら歩いても森の終わりは見えてこない。

 ここは日本ではないだろう。それどころか地球ですらないようだ。ニワトリみたいなモンスターの他にも、僕の持っている常識ではありえない動植物を何度か見かけた。僕は、小説やゲームにあるような異世界に飛ばされてしまったようだ。

 頭の中には、いろいろな考えが浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していた。


 少し休もうと思って、身を隠せそうなところを探していた時、運悪くモンスターの群れに見つかってしまった。

 2足歩行の犬のようなモンスター、コボルトだ。それぞれ粗末な武器を手に僕を追いかけてきた。

 僕は疲れ切った体に鞭を打って逃げようとした。だけどコボルトたちは素早くて、すぐに追いつかれてしまった。

 もうダメかとあきらめかけたその時。僕の横を一つの影が通り過ぎてコボルトの群れに突っ込んでいった。

 ヒュンヒュンと風を切る音がして、銀色の閃光が走る度、コボルト達がバッタバッタと地面に倒れ伏す。あっという間にコボルトの群れは全滅した。

 すっかり腰を抜かしてしまった僕に、コボルトを殲滅した人物が近づいてきた。


「大丈夫ですか?」


 そう言って手甲に覆われた手を差し伸べてきたのは、一人の女の子だった。


 ◇ ◇ 


 僕を助けてくれた女の子はアリスさんというらしい。

 冒険者をしていて、【職業】は聖騎士。別の依頼の帰りにたまたまここを通りかかったと言っていた。

 アリスさんには他に2人の仲間がいた。【職業】魔法使いのリーリさんと盗賊のチェーンさんだ。

 3人ともそれぞれタイプは違うけど、日本でもめったにいないような美少女達だった。

 僕は助けてもらったお礼を言った上で、自分の身の上を話した。別の世界から来てしまったらしいことと、行く場所がないことなどだ。

 異世界から来たなんて信じてもらえないかと思ったけど、魔法使いのリーリさんには心当たりがあったらしい。なんでも異世界から迷い込んでくる人間の事は、幾つもの書物に出てきて‟漂流者”と呼んでいるらしい。

 さらに彼女たちは親切にも、彼女たちが拠点にしているという街まで僕を連れて行ってくれた。

 さらにさらに今後の身の振り方まで親身に相談に乗ってくれもした。それによると、身元が怪しい者がなれる職業は少なくて、一番手っ取り早いのは、彼女たちと同じ冒険者になることらしい。

 冒険者になれば、最低限の身分が保証されて、街に入るための関税もなくなって便利とのこと。因みに、の街に入るためのお金はアリスさん達に出しもらってしまった。

 僕はアリスさん達の勧めに従って冒険者になることにした。


 冒険者になるためには、冒険者ギルドに登録料を払った上、ギルドに必ず一つあるという女神の石像に祈りを捧げる必要があるらしい。そうすると女神がその人に合った【職業】と【スキル】を授けてくれるという。この職業は固定で、後からの変更はできないとのこと。

 ギルドでの登録料もアリスさん達に出してもらってしまった。彼女たちにはいくら感謝してもしきれない。僕は、冒険者になったら彼女たちに恩を返すために頑張ろうと心に誓った。


 そしていよいよ祈りの儀式の時。アリスさん達に見守られながら、僕は女神像の前に膝をつき、一生懸命祈った。どうか彼女たちの助けになれる職業でありますように。と。

 祈りを捧げると女神像が光を放った。そして、頭上から1枚のカードがゆっくりと舞い降りてきた。

 僕はそのカードを両手で受け止めて、そこに書かれている文字を読んだ。カードには【名前】【性別】【称号】【職業】【スキル】が記載されていた。

 僕は【職業】の欄を読んで、思わずカードを取り落としてしまった。

 僕のカードに記載されていた【職業】、それは【荷物持ち】だった。

 僕は目の前が真っ暗になった。まさかこんなところまで付いてくるなんて。僕にふさわしい職業が荷物持ちとは、まるで呪いの様だ。

 項垂れている僕を心配してくれたのだろうか、アリスさん、リーリさん、チェーンさんが僕の肩越しに落としたカードをのぞき込んできた。

 本当は見てほしくなかった。ここまで親切に接してくれていた彼女たちの軽蔑した目を想像して、僕は吐きそうになった。

 でも、のろのろと頭を上げた僕が目にしたのは、興奮した様子のアリスさん達だった。3人ともキラキラした目で僕のことを見ていた。

 なにがなんだか分からない僕が泳がせていた両手を、アリスさん、リーリさん、チェーンさんが取って、3人が同時に僕に向かっていった。


「「「わたしたちのパーティーに入って下さい!!」」」


 職業【荷物持ち】って言うのは、この世界では伝説なるほど珍しいく、そして有用な職業らしい。

 なんでもこの世界には、いわゆる【アイテムボックス】や【ストレージ】のような無限収納が可能な魔法やアイテムは存在せず、荷物の持ち運びは地球と同じく、自分で背負ったり荷馬車などを使わないといけない。だけど、ダンジョンや秘境の探索には大きな荷物を持っていけず、モンスターや敵と戦うときに邪魔になる。

 そこで、職業【荷物持ち】の出番だ。

【荷物持ち】には多くの荷物を持つことのできるスキルと持ち物の保存状態を最良に保つスキルがある。

 パーティーに【荷物持ち】が一人でもいれば冒険の効率が大幅にアップして、戦闘でも荷物を気にしないでいられる分より戦いやすくなるらしい。

 また【荷物持ち】は他人の荷物を預かって守るという性質上、人格者しかなれない職業らしい。

 それらのことをアリスさんは興奮気味に語ってくれた。

 正直僕は、荷物持ちって言葉にいいイメージが全くなかったから、彼女たちの気持ちが理解できなかった。だけど、僕が授かった職業【荷物持ち】は、彼女たちの役に立てるモノらしい。こんな‟モッチー”の僕でも彼女たちの役に立てるのなら、迷う要素はどこにもなかった。


 よろしくお願いします。と僕は彼女たちに頭を下げた。


 ◇ ◇ 


 僕の冒険者としての生活が始まった。

 アリスさん達は案外スパルタで、最初の数回は僕の為に簡単なクエストをこなしてくれたけど、すぐに難易度の高いクエストに挑むようになった。

 彼女たちについていけるよう、僕は必死に頑張った。

 落ち込むことも多かった。【荷物持ち】は本当に荷物を持つためのスキルしかなく、戦闘では全く役に立たない。彼女たちが戦っているのを見ているだけなのは辛かった。武器を買って振り回してみたりしたけど、とても実戦で使えるものではなかった。

 だけど、アリスさん達はそんな僕を責めなかった。それどころか、僕がいてくれて良かったと言ってくれた。

 いままでなら食料が足りなくなって、途中で引き返さないといけなかったダンジョンを奥まで進めるようになった。持ち帰れずに捨ててしまっていたモンスターの素材を全部回収できるようになった。物資の心配がなくなって心に余裕ができた。

 そんな肯定的な言葉を幾つももらった。


 アリスさんたちと数々の冒険を繰り返しているうちに、僕にも余裕が出来てきて、どうしたらもっと彼女たちの役に立てるかを考えるようになった。

 まず、料理を始めた。

 日本で高校生をしていた時は、料理なんてまったくしたことがなかったから、始めは失敗ばかりだったけど、試行錯誤して、冒険中の露天でも暖かい料理をみんなに振る舞えるようになった。

 モンスターの解体なんかも、僕が率先してやった。

 戦闘職のアリスさん達に解体までやってもらうと、彼女たちにかかる負担が大きい。戦闘で役に立たない分、その他の部分で役に立ちたかった。スーパーでパック詰めされたお肉しか知らない現代っ子だったから、始めは何度も吐きそうになったけど、歯を食いしばって耐えた。

 戦闘では役立たずだったけど、足手まといにはならないように工夫を凝らした。

 武器は一切持たないで、服やリュックのいたるところに仕込んだ補助的なアイテム―回復ポーションや煙幕など―を使って、彼女たちをサポートする戦術を身に着けた。【荷物持ち】は戦闘力こそないけど、逃げ足は速かったから、戦場を駆け回るこんな役に向いていた。


 そんな日々の中、時には冒険以外にも、アリスさんたちの事情によるトラブルに巻き込まれることもあった。

 実は貴族のご令嬢だったアリスさんに、突如訪れた婚約者問題。

 婚約者として現れた、いけ好かない豚王子の不正を暴いて、結婚式前になんとか彼女を救い出した。

 リーリさんの師匠の形見だという伝説の魔導書を巡って、それを狙う貴族の軍隊と戦った。

 リーリさんの師匠のご友人だったという貴族の協力を何とか取り付け、敵の軍隊を返り討ちにした。

 チェーンさんが急に僕たちを裏切ったこともあった。

 調べてみると、チェーンさんの古巣の闇ギルドが、彼女の生まれ育った孤児院のシスターを人質にとって、彼女に汚い仕事を強要していたことが分かったから、冒険者ギルドと協力して、シスターを救出し闇ギルドを壊滅させたりした。


 そんなこんないろいろな出来事があり、僕たちパーティーの絆は深まって、僕も自分自身に自信が持てるようになった。

 自分の役割をしっかりこなしてみんなで支え合う。毎日が充実していて、成長を実感できた。荷物持ちって言葉にも抵抗が無くなって、今はむしろ誇らしいとさえ思うようになっていた。


 僕以上に、アリスさんたちの成長はすごかった。

 今まで荷物の制約なんかで挑戦できなかった高難易度依頼にどんどん挑戦して、グリフォン、マンティコア、ケルベロス。海ではクラーケンやシーサーペントなんかの強敵をことごとく下した。

 そしてついこの間には、イービルドラゴンを討伐して、史上最年少での【ドラゴンスレイヤー】の称号を得るまでになった。

 イービルドラゴンの牙で作ったおそろいの短剣は、僕たちの絆の証であり、仲間と過ごした時間の証拠だ。

 そしてそんな日々の中、僕の中にとある小さな望みが生まれた。最初は小さなものだったけど、それは時を追うごとにだんだん大きくなっていった。


 ◇ ◇ 


 僕にとって転機となる事件が起こった。

 僕達は依頼を済ませた帰り、街道を馬車で移動していた。因みに御者は僕。この世界に来てから本当にいろいろなことができるようになった。

 仲間たちとのんびりおしゃべりをしつつ、ゆっくり馬車を走らせていると、世紀末恰好をした男たちがやってきて、僕たちの馬車を取り囲んできた。

 山賊だ。この世界では珍しくもない無法者たち。

 僕たちは素早く馬車から降りて戦う準備をした。人数は向うの方がずっと多い。

 僕たちが臨戦態勢を取っていると、周りを取り囲んでいた山賊たちの一角から3人の男が歩み出てきた。

 よくよく見るとそいつらは、巨大ニワトリモンスターに襲われた時にはぐれた、僕の同級生たち3人だった。

 3人はニヤニヤといやらしい目でアリスさん達を見た後、僕の存在に気が付き、愉快そうに笑いだした。


「おやおやぁ? そこにいるのはモッチーじゃねえかぁ」

「てめえ、ずいぶん上等な格好してやがるじゃねえか。生意気だなぁ」

「その女どもは、お前の彼女か? お前なんかにはもったいねぇな」


 3人は口々に、失礼で下品なことを言い出した。アリスさん達の機嫌が急降下で悪くなっていくのが分かる。それぞれ、武器を持つ手に力がこもって、すぐにでも飛び出して行ってしまいそうな感じだ。だけど僕は、そんな彼女たちを手で制した。

 僕は冷静だった。以前の、ただの高校生であった時の僕なら、こんなふうに凄まれればすぐに弱気になってしまった事だろう。でも僕はこの世界に来て、アリスさん達と冒険をして変わった。もう僕は彼らの知る僕じゃない。

 僕は山賊に身をやつした3人の同級生に向かって一歩踏み出して、右手の中指を立ててやった。

 彼らは一瞬、僕が何をしているのかわからない様だったが、すぐに顔を真っ赤にして、


「てめえらっ!やっちまえ」

「男は殺せ! 女は生け捕りにしろ」

「なめやがって!」


 と、山賊たちをけしかけてきた。

 でも、それからの戦いは一方的なモノになった。当然だ。最年少ドラゴンスレイヤーのパーティーに山賊ごときがかなうはずもない。

 アリスさんの剣が振るわれ、リーリさんの魔法が飛び、チェーンさんのナイフが躍る。山賊たちはあっという間に倒されていく。

 同級生の3人の相手は僕がした。奴らの繰り出す剣や魔法をひょいひょい躱して懐に潜り込み、キノコモンスターから採取した、麻痺の状態異常を引き起こす粉をその鼻づらに叩き込んでやった。効果抜群で、3人はあっけなく地面に転がり、ぴくぴくと痙攣した。

 僕たちは倒した山賊たちをロープでぐるぐるに縛り上げると、馬車に詰め込んだ。山賊は誰一人殺してはいない。気を失わせただけだ。このまま持ち帰って、街の衛兵に引き渡すのだ。

 僕は仲間たちと顔を見合わせて笑った。


 ◇ ◇ 


 後日、僕は街の衛兵詰所を訪れた。先日引き渡した山賊たちの取り調べ結果を教えてもらうためだ。


 衛兵さんが教えてくれた内容はこうだ。

 あの山賊団のトップは同級生3人組だった。彼らは巨大ニワトリから逃げ切った後、僕がアリスさんたちに連れて行ってもらったのとは別の街で冒険者になったらしい。最初の頃は、3人でパーティーを組んで真面目に活動していたようなのだけど、次第に街の荒くれ者たちとつるむようになり問題行動を多発、最終的に冒険者ギルドを追放されたようだ。その後は同じように脛に傷のある連中を集めて略奪行為をしていたという。余罪もゴロゴロ出てきていて人身売買なんかも行っていたらしい。

 衛兵さんはこれだけの罪状があれば、たぶん縛り首になるだろうと言っていた。

 僕はそれについて何も言わなかった。彼らが犯した罪は、この世界のルールで裁かれなければならない。


 僕は、衛兵詰所からの帰りに、街のランドマークでもある鐘楼を訪れた。

 ここは冒険者になりたてのころ、アリスさん達に案内されて訪れた、思い出の場所だ。

 ここからはこの街の様子が一望できる。

 レンガ作りの家々、馬車が行き交う道、荘厳な教会、立派なお屋敷、街を覆う城壁。

 それらは全部、日本にはなかったモノだ。日本にいたままでは見られなかった光景だ。


 僕はこの世界に来てよかったと思っている。

 アリスさん、リーリさん、チェーンさん、他にもいろいろな人たちと出会い、関わって来た。

 様々なところに行って、いろいろな光景を目にしてきた。

 もちろん良いことばかりじゃなくて、危なかったり、苦しかったり、悲しかったこともたくさんあった。


 もしアリスさん達に会っていなかったら、僕はどうなっていただろう。

 きっとあの最初の森で、僕はゴブリンに殺されてしまっていたことだろう。

 もし僕を助けてくれたのがアリスさん達じゃなかったら、僕はどうなっていただろう。

 身元の怪しい男が一人。彼女たちほど親身になってはくれなかっただろう。

 もし僕の仲間がアリスさん達じゃなかったら、僕はどうなっていただろう。

 それは想像もつかない。僕にとって仲間は、アリスさん達しかいない。


 そう考えると、あの森でのアリスさん達との出会いが、僕がこの世界に来てよかったと感じる、全ての思い出の始まりだということに気が付いた。

 きっと彼ら―同級生3人―にはその出会いがなかったのだ。僕はその大切な出会いがあったおかげで、こうして日の当たる道を歩くことができて、彼らにはそれがなかったからあのような結末になってしまった。あるいは彼らにもそんな出会いはあったのかもしれない。でも彼らはそれを大切にできなかったのだ。


 帰ろう。僕は立ち上がった。

 帰って、そして彼女たちに打ち明けよう。同級生の結末を見て僕はやっと決心した。


 ◇ ◇ 


 僕たちはとある遺跡に来ていた。

 ここは、古に栄えていたという超古代文明の遺跡の一つ。そして僕たちの物語の終着点だった。


「…本当に行ってしまうんですね」


 アリスさんが悲しそうな顔で言った。リーリさんとチェーンさんの表情も、悲しげだ。

 そんな顔をしないでほしい。と言っても、僕自身悲しいという感情を隠せているか自信がない。


 僕は今日、ココから日本に帰る。

 超古代文明の遺跡に残されたこの転移装置を使えば、僕は元いた世界の元いた時間に帰ることができる。 

 彼女たちと冒険を繰り返し、彼女たちとの時間を積み上げるほど、僕の中で日本に帰りたいという思いが大きくなっていくのを感じていた。

 一緒にこの世界に来た同級生3人の結末を見た日、僕はやっとその思いををアリスさん達に相談することができた。


「この世界が嫌になったのですか?」


 このことを最初に相談した時、アリスさんは僕にそう聞いてきた。

 そんなことはない。と、僕は言い切った。

 ならば、なぜ? と、さらに質問を重ねるアリスさんに、僕は答えた。


 この世界に来てよかったと思える僕になれたからこそ、僕は日本に帰りたいと思う。

 日本にいた時、僕は自分が嫌いだった。だけどこの世界に来て、アリスさん達とたくさん冒険して、やっと自分のことが好きになれた。いじめられっ子の荷物持ちが、一流の【荷物持ち】に変わることができた。そして、そう思えるようになったからこそ、元の世界でもう一度やり直したいと思うようになった。

 僕ははっきりと自分の思いをアリスさん、リーリさん、チェーンさんに伝えた。

 彼女たちは、泣きそうな顔で僕の話を聞いてくれた。僕はその顔を見て一瞬決意が揺らぎそうになったけど、何とか持ち直した。

 しばらく沈黙が僕たちの間を支配していた。

 その沈黙を破ったのはアリスさんだった。


「わたし、あなたのことが好きです」


 僕のポンコツな頭は、何を言われたかすぐに理解できなかった。

 僕を見つめるアリスさんの潤んだ瞳、赤く色づいた頬、固く引き結ばれた唇、それらを全部確認してからやっと告白されたことに気が付いた。

 さらに、追い打ちをかけるようにリーリさん、チェーンさんからも告白された。

 一緒に冒険をする中でいつの間にか好きになていた事。彼女たちのトラブルが解決した後それを自覚したこと。彼女たち3人はお互いにそのことを知っていて、誰かが抜け駆けしないように牽制し合っていた事。でも各自それとなく僕に対してアピールを繰り返していたこと。

 そんなことを恥ずかしそうに話すアリスさんたち。


「ほんと。腹立つくらいに・ぶ・ち・ん・すでよね」


 耳まで赤くしたアリスさんが、僕をなじった。

 まったくその通りだ。まさか僕自身がそんな鈍感ラノベ主人公みたいなシチュエーションに陥るなんて。

 申し訳ないことに、僕は彼女たちの気持ちに全く気付いていなかった。


 熱の籠った瞳で僕を見つめてくるアリスさん、リーリさん、チェーンさん。

 その視線は、僕の答えを切実に求めていた。

 また決意が揺れた。ぐらぐらと。震度7くらいあったかもしれない。でも僕の意思は寸でのところで倒壊しなかった。アリスさん達の気持ちは嬉しい、心の底から。だけど僕はその思いに答えられない。


「そう言うと思ってました」


 アリスさんが吹っ切れたように言った。


 ◇ ◇ 


 ガラスを挟んだ向こう側にアリスさん、リーリさん、チェーンさん、僕の大切な仲間が立っている。

 転送装置の用意は万全だ。後はカウントダウンが0になれば僕はこの世界から居なくなる。

 言葉は尽くしたはずだけど、こうして別れが目前まで近づくと足りないような気がしてくる。僕はそんな後悔に似た感情を心の奥に押し込め、笑顔を作った。やっぱり別れは笑顔の方がいい。カウントダウンが迫る中、僕は装置の向こう側にいる仲間たちに笑いかけた。仲間たちも僕に笑顔を向けてくれている。でも、抑えきれない涙が、頬を伝っているのが見える。

 ありがとう、みんなのおかげで僕は最高の【荷物持ち】になれたよ。僕は最後にそんな気持ちを込めたサムズアップを仲間たちに送った。

 ガラスの向こうで仲間たちも同じポーズを返してくれた。

 そしてそれが、僕がこの世界で見た最後の光景になった。


 きっと彼女たちはこれからもこの世界で伝説を作り続けていくことだろう。僕も負けないように頑張らなくては、伝説の【荷物持ち】は決して負けない。そう心に誓った。

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