第239話

 駐車場内には合計十六体、ミュータントの死体が転がっていた。


 しかしこれで大金持ちだ、ひと財産だと喜ぶ気にはなれなかった。まず生きて帰れるかどうかも疑わしい。


 戦車の機銃は三分の一程度しか残っていない。主砲も何度か使ってはみたが、威力が高すぎて周囲の壁を粉砕してしまい、使い続ければ生き埋めになってしまいそうなので止めた。


 アイザックの義手は肘から先が千切れ落ち、切断面が火花を放っている。ミュータントの攻撃が落ち着いたタイミングで鉄屑となった義手を肩から外した。


「そこそこ長い付き合いだったなぁ……」


 義手を失った。愛用のバイクも破壊された。他に残っているものといえば自分の命くらいだろうか。鋼鉄の右腕が重すぎていつも左側に体重をかけていたので、義肢を外してしまうとバランスが取りづらい。


「ま、物は考えようだ。ぶった斬られたのが生身の腕だったらえらいことになっていただろうからな。うん」


 苦笑いを浮かべながら残った左手でサムライソードを拾い上げた。銃は無く、片腕も無く、刀一本で中型ミュータントとやりあおうというのだから正気の沙汰とは思えない。最後に残ったものを捧げるというのも冗談では済まないかもしれない。


「それもいいさ……」


 にやりと笑ってサムライソードを振るう。やりづらいが戦えないほどではない。


 駐車場の奥からのそりと現れたら大きな影がふたつ。大人しく首を差し出してやるつもりなどない。暴れまわって斬り死にしてやろう、とサムライソードを強く握り直した。


 しかし、ミュータントたちは動かない。何かの罠だろうかとじっと見ていると、ミュータントたちはくるりと背を向けて来た道をそのまま戻り帰ってしまった。


「……は?」


 その場に残された全員が一斉に間の抜けた声を吐く。奴らは何をしに来たのかと。


「どうしよう、追撃する?」


 チサトの疑問に、クラリッサが残弾数を確認してから首を振った。


「帰ってくれるならそれに越したことはない、ってとこですね」


 いつまでも戦い続けられるわけではないことはチサトもよくわかっていたので、特に反論はなかった。むしろ一息入れる時間があるならばありがたい。


 動きは遅いが力のある粘土の巨人。動きは素早く、鋭い剣を持った剣の巨人。特徴の異なる二体を相手に逃げ回り、チサトの疲労も限界に近い。ハンドルを強く握りすぎて指先に血が通わず真っ白になっていた。


 一度、粘土の巨人に車体を掴まれたことがあったが、アイザックが助けてくれなければそのままひっくり返されていたことだろう。思い出すだけで息が詰まりそうになるほど恐ろしくなる。


 片腕で長い刀を鞘に収めるのに苦戦していたアイザックがふと思い付いたように、


「あ……」


 と、声をあげた。


「ディアスたちが何かやってくれたんじゃねえの?」


 あり得る話だ、とノーマンも頷いた。そもそもディアスたちを先に行かせたのもミュータントを制御する装置か何かがあるのではないかと期待したからだ。


 しかし、確実ではない。敵が離れたのは罠である可能性は残っているし、ディアスたちがドクを倒してミュータントの動きを止めたのだとすると、何故戻って来ないのかという疑問が出てくる。誰かに様子を見に行かせるかと考えたが、ここからさらに戦力を分けるなど愚の骨頂だ。


 結局、全員で向かうことになった。ミュータントに後ろから襲われたらどうするのかという問題はとりあえず忘れることにした。何もかも完璧に進む方法などありはしない。どうしても賭けに出なければならない場面は出てくる。


「よし、行くか」


 ノーマンがマシンガンを掴んでハッチを開けると、ひどい胸騒ぎに襲われた。今まで生き残ってきたことが今日も生き延びるという保証になるのだろうか。


 馬鹿らしい。何故今日に限ってそんなことを考えてしまうのだ。彼らの生存能力には絶対の信頼を置いておるのではなかったか。


 面と向かって言ったことはないが、彼らには感謝しているし、尊敬もしている。


 無事な姿を確認できれば、思い過ごしであったと安心できるだろう。ミュータントとの連戦で疲れて、おかしなことを考えてしまっただけだ。そうだ、そうに決まっている。




 血の臭いというやつはどれだけ嗅いでも慣れることはないらしい。研究室のドアを開けると、濃厚な死の気配が一気に溢れだした。それもひとりやふたりではない、戦争でも起きたのかと思えるほどの気配だ。


 それでいて機械の唸り以外には何も聞こえない静寂。


「ディアス、カーディル! どこにいる!?」


 アイザックは不安を掻き消すように叫びながら奥へと進んだ。敵が潜んでいるかもしれない、などと考える余裕はない。


 足を止め、言葉を失った。眼前に広がるのはまさに地獄絵図。血と培養液に浸された十数名の全裸の男女、その射殺死体。


 脇には白衣の男と花嫁衣装の女。男はドクだろうが、女の方はよくわからない。まさかカーディルではなかろうかと恐る恐る近づくが、どうやらまったく知らない女のようだ。


 バチバチと火花を散らすコンピュータ。火花の明滅がそこに座った女の、血まみれの顔を照らし出す。


 カーディルがそこに居て、膝の上にディアスが乗せられていた。そしてカーディルは自らの頭に銃を突き付けて、今まさに撃とうとしているところだった。


「嘘、だろ……?」


 いつの間にか三人の仲間も追い付き、アイザックと同じようにその場に立ちすくんだ。


 ディアスの顔は左眼が潰されており、全身から血を流した痕があった。どれだけ弾を食らえばこうなるのか、彼の戦いの凄まじさを思い知らされた。


 ディアスはもう、生きてはいないだろう。また、そうでなくてはカーディルが死のうとする理由はない。


 カーディルもアイザックたちに気付いたか、


みんな、来たんだ……。ごめん、ここらで私たちはリタイアするわ」


 と、世間話でもするかのように言った。


「皆が無事ってことはミュータントの操作は成功したってことよね。うん、良かった良かった。ドクの野郎はぶっ殺して人格転移だかなんだかの機械も壊したから、もう出てこないでしょ」


 この異様な空間でカーディルはごく普通に話し続けた。


 身辺整理のつもりならば止めてくれ。アイザックは今すぐにでもカーディルの手から拳銃を奪い取りたいところであったが、一歩でも前に出れば即座に撃つだろうという凄みがあった。また、この場で自殺を止めても、その後に説得して生きると言わせる自信はない。ここにディアスは居ないのだ。


 金縛りのように身動きが取れぬなか、ただひとりクラリッサだけが少しだけ前に出た。


「カーディルさん。その銃、ディアスさんのものですよね?」


「ん? ええ、そうだけど」


「それは、その銃は! 貴女に向けるためのものじゃないでしょう!?」


 カーディルにはもう生きる望みはない、それはわかっている。わかってはいるが生きて欲しい。そう願うことはわがままだろうか?


 もう全ては終わったのだ、誰かが死ぬ必要は無い。ディアスだってカーディルの死を望むとは思えない。一緒に思い出話でもしながら生きていければ、それでいいではないか。


 そんな想いをぶつけたつもりだった。


 火花が散った。光の中でカーディルは微笑んでいた。それは今まで見たなかで一番美しく、優しい笑顔であった。


 次の瞬間、鳴り響く破裂音。カーディルの頭の左側が弾け、ディアスの死体の上に倒れ込んだ。


 また室内に静寂が戻る。


「どうして……」


 クラリッサは膝から崩れ落ち、呆然と呟いた。


 自分の言葉は届かなかったのだろうか。


 いや、届いたはずだ。だからカーディルは最期に優しく微笑んだのだ。生きて欲しいという皆の願いを知ってなお、死ぬ以外に道は無かったということなのか。


 ミュータントの大群を退け、不死身の化け物を退治した。それなのに何故、この場に英雄であるふたりが居ないのか。その答えを持つ者は沈黙し、ただ安らかな笑みを浮かべるのみであった。

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