第235話

 粘土の巨人には戦車で対応した。


 動きの素早い剣の巨人も奇襲されれば厄介であるが、来るとわかっていればなんとか対処は出来た。もっとも、かなりの緊張を強いられる戦いでもあったが。


 唯一の幸運は敵が行儀よく順番に出て来て常に二体ずつと戦えたことだが、これは各階層のミュータントが真っ直ぐ地下八階へ向かってきた結果であり、どのようなきっかけでリズムが狂うかもわからない。


 今、駐車場には合計八体のミュータントの死体が転がっている。死体は傷口がはっきりと見えるほど明々と照らされていた。アイザックのバイクが真っ二つに斬られ、炎上しているのだ。


 息を整えながらマガジンを交換するディアスに血刀を下げたアイザックが寄ってささやいた。もっとも、彼の囁き声とはつまり常人の話し声と同じような音量であったが。


「ディアス、お前らは先に行ってドクを倒せ。ここは俺とノーマンたちが引き受ける」


「なんだって?」


 ディアスは目を丸くして戦友の顔を見上げた。


 今の面子でもミュータントの波状攻撃に苦戦しているのだ。これ以上戦力を減らしたらどうなるというのか。


 しばし見合った後、アイザックは静かに首を振った。


「お前さんが何を言いたいかはわかる。だからこそ、だ」


「……どういうことだ?」


「このまま戦い続けてもらちが明かないのはわかるな? いつまで続くか、いつまで耐えられるかわかったもんじゃない」


 それならばやはり一緒に、そう言いかけたディアスを、アイザックの真剣な眼差しがさえぎった。


「あの化け物どもを操っているのはドクだ、多分だけどな。ならばドクをさっさと殺して奴らを止めてもらいてぇ。目的を果たして俺たち全員が生きて帰れるハッピーな作戦だ」


 言わんとすることはわかる。だがそれも彼らが耐えられればの話だ。戦力を分散した挙げ句にアイザックたちが殺され、ディアスたちが背後から襲われたのでは目も当てられない。


 迷うディアスの肩をアイザックの鉄腕が強く掴んだ。


「以前、お前は俺のことを屋内で一番頼れる男だと評したそうだな、ノーマンから聞いた話だが。ありゃあ嘘だったのか?」


「事実だ。確かに俺はそう言った」


「それなら、少しは俺を信用してくれよ」


 そう言ってにぃっと笑った。数々の修羅場を潜り抜けてきた男が見せる、頼もしい笑顔だ。


「わかった、ここは任せる」


「おう。だが俺も死にたい訳じゃないからな。なるべく早くドクを殺ってくれよ」


「善処しよう」


「おいおい、そこはよぉ、もっとデカイ口を叩いてくれてもいいんだぜ?」


 自信の無いこと、不確定要素のあることは言わない。こんな時でもディアスはディアスだった。


 ふたりは右手をぶつけあう。それで別れは十分だ。


「行こう、カーディル」


「ええ」


 駐車場から走り去る戦友の背中を、アイザックは目を細めて眩しげに見送った。


「悪いな、あいつら追い出しちまったよ」


 アイザックがヘッドセットのマイクを摘まんで戦車内のノーマンに話しかけると、


「以前、あの粘土野郎どもを倒したときは俺たちふたりだけだったな」


「そんなこともあったなぁ」


「今は四人で、しかも戦車まである。負ける要素なんか微塵もねぇよ」


 と、力強く語った。


 正直なところ前回の遠征で剣の巨人を倒せたのは奇跡と幸運の相乗効果であり、連戦でもなかった。あの時とは状況が違うが、そんな細かいことよりもノーマンが全く萎縮していないということが重要だ。


 状況が違うということくらいノーマンもわかっているだろう。そうと知りつつ前だけを向いて闘志を燃やしているのではないか。


(俺とディアスとノーマンで、なかなか良いチームに仕上がったんじゃねえかな)


 アイザックはにやにやと笑いながらサムライソードを振るった。今日も相棒は風を切るよい音をさせる。


 敵があと何体いるかはわからないが、負ける気はしなかった。明確な根拠があるわけではないが、そんなことはどうでもいい。




 白い、あるいは昔は白かったであろう壁。血と埃と経年劣化によって雑に塗り替えられた廊下を、ディアスとカーディルは警戒しながら突き進んだ。


 埃を払った足跡が目印となりドクの下へと導いてくれる。まだ新しい、数時間程度しか経っていない足跡だ。


 罠ではないか、という考えはすぐに捨てた。ドクは地上で負けるつもりなど毛ほどもなかったからこそ、罠や偽装をしなかったのだ。この足跡が罠である可能性は限りなく低く、用意する時間などもなかったはずだ。


(そうとも、俺たちはドクを追い詰めているんだ……)


 稼働する機械の低い唸りが聞こえてきた。廊下の埃も途切れ、ここからが居住スペースだと示していた。


 ディアスはカーディルに目配せをし、ライフルを構えてドアを蹴破った。遮蔽物しゃへいぶつに身を隠しながら素早く周囲を見渡すが、人の気配は無い。


「畑……、じゃなくて、水耕栽培っていうんだっけ、これ?」


 カーディルが興味深そうに棚を見て回った。人造の光に照された植物たちは街で見たことがないほど瑞々みずみずしい。


 奥へ行くといくつも水槽が並び、それぞれに赤黒い肉の塊が浮かんでいた。水槽にはプレートが張られていて、ビーフ、ポーク、チキン、変わったところでフロッグなどと書かれている。


「なんだ、こりゃあ?」


「どうやらここは食料生産施設のようね」


 カーディルはディアスと同じ水槽を覗き込みながら言った。よく見るとそれは豚の形をしていた。皮は無く、眼も歯も無い。食べられるためだけに産まれ培養された生物だ。


「ふぅん。俺たちが食っている人造肉よりも旨いのかな」


「多分、ミートサンドに使っている肉よりはね」


「あの食ったら死にたくなる飯か。あれを売っている奴を自殺幇助じさつほうじょの罪で逮捕したほうがいい」


 敵の本拠地に乗り込んだとは思えぬほど穏やかに笑いながら次の部屋へと向かった。


 倉庫、浄水施設、ジム、バスルーム。多種多様な部屋があり、どこにもドクはいなかった。


「地下生活をずいぶんと楽しんでいるようね」


 カーディルが呆れたように言った。


「ドクを殺したら改めて探索をしよう。場合によってはこの施設を丸ごともらってしまってもいい」


「あ、それいいわね。いっそここに住む?」


 半ば冗談のつもりであったが、悪くないアイデアのような気がしてきた。


 生活基盤の整った隠れ家で、カーディルとふたりだけの暮らし。残り少ない時間を過ごすにはピッタリではなかろうか。


 ここならばよい暮らしができる。他人の邪魔も入らない。タライ風呂ではない、しっかりと湯を張った風呂に毎日入ることだってできる。


 彼女の死を看取り自分も後を追う。ふたりの死を知るものは誰もおらず、いつしかその存在を忘れられる。なんとも甘美な夢ではないか。


 いい、実にいい。そう呟きながらディアスは笑みを浮かべ何度も頷いていた。


 思考が未来へ飛び去り心ここに有らずといったディアスであるが、次のドアを前にするとピタリと足が止まり、その眼に鋭い光が宿った。


「奴が、ここにいる」


「え?」


 人の気配がするだけではない。悪意を再生産し続けてきた、そうしたどす黒いものの存在を感じるのだった。


 ディアスは手に滲み出た汗をズボンで拭き取り、アサルトライフルをしっかりと握り直した。

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