ある愛の形

第233話

 ピースメーカーが燃えている。


 上半分の肉は消し飛び、足だけとなった無惨な残骸にガソリンをかけて火を点けたのだった。


 恐るべき鉄と肉の魔人、その墓標に興味を示す者はいない。既に過去の話だ。


 狩人たちはトレーラーの簡易居住スペースに集まり最後の休憩を取っていた。


「これから遺跡に乗り込むわけだがよ……」


 アイザックの呟きに皆の視線が集まる。


「ドクがこの遺跡にいるだろうってことはほぼ確定だろうけどな、じゃあ具体的に何階のどの部屋にいるんだって話しだ。この人数で闇雲に探し回っていたんじゃあ何ヵ月かかるか知れたもんじゃないぜ」


 前回の遠征ではハンター数十人が数日がかりで探索して、わかったことは『なんだか怪しい所だな』という程度であった。宝探しなどを省き、目的が明確であったとしても時間がかかることは間違いないだろう。


「そのことなんだけどさ」


 と、マルコが答えた。


「この遺跡の周辺に貨物エレベーターとかないかな。戦車を乗せて昇降できるくらいのやつ」


「格納庫が地下にあるとすれば、そうしたものが無ければおかしいですね」


 ディアスが頷き賛同した。まさかあれだけの戦車を地上で組み立てたわけではあるまい。格納庫のある階がドクの研究施設とは限らないが、行動範囲はかなり絞ることが出来るはずだ。


「よし、ちょっくら一回りしてエレベーターを探してくらぁ!」


 アイザックが勢いよく立ち上がりパイプ椅子が音を立てて倒れた。初めての実践で疲労しきっていたクラリッサは珍獣を見るような眼を向けている。


 大男は両開きの扉を開けて出ていった。開け放しの扉から荒野の熱気が入り込み、クーラーの冷気と交換される。


 カーディルが文句を言いながら扉を閉めると、チサトがすがるような眼で見ていることに気が付いた。


「カーディルさん、23号は……?」


「ああ、それなんだけどねぇ……」


 マルコの方を見ると、彼は静かに首を振った。怒りも失望も無い。そうだろうなとある程度の予想はしていたことだ。


 武装は全て破壊され、エンジンも無理が祟って異音がする。強引に動かし続ければエンジンが発火するか、最悪爆発するだろう。戦車と繋がっていたカーディルにはそれがよくわかっていた。


「ま、要するにエレベーターが見つかったとしてそこに乗せられるのはバイクとTD号だけ。あなたたちが主力ってことよ。頑張ってね」


 ノーマンが本気で嫌そうな顔をしているが、カーディルは相変わらずにやにやと笑ったままだ。


「考えないようにしていたのに、お前って奴はよぉ……」


「ハンターの世代交代に準備期間なんてありゃしないのよ。よっ、トップハンターノーマン!」


「止めてくれ、マジで止めてくれ……」


 敵の本拠地、未知の迷宮に自分たちが主力として乗り込む。怖じ気付いているわけではないが、鼻歌交じりではいられない。


 カーディルの顔は笑っているが、黒い瞳はどこか寂しげな光を含んでいることにノーマンは気付かなかった。


 世代交代という言葉をノーマンは本気にしていなかった。そんなものが来るはずはないし、あったとしても十年後くらいだろう、と。


 ディアスとカーディルはそれを特に咎めたり訂正しようとはしなかった。ノーマンたちならば上手くやってくれるだろうという信頼があり、いきなりバトンを渡されて慌てふためくのも通過儀礼のようなものだと考えていた。


 話題も尽きて会話が途切れた頃、またしても強い熱気が入り込んできた。そこに立つのは不敵な笑みを浮かべるアイザックであった。


「見つけたぜ。奈落の入り口をよ」




 トレーラーを遺跡の反対側に向けて走らせると、そこには頑丈そうなシャッターが下りていた。


 見た目、大きさ、かすれて読みづらい注意書きなどから察するに貨物エレベーターと見て間違いはないだろう。


「以前来たときはこんなものはなかったはずだがなぁ……」


 マルコはエレベーターの制御卓に繋いだノートパソコンを叩きながら不満気に言った。前回の遠征で調査に見落としがあったことが気に入らなかったらしい。もしもあの時エレベーターを見つけていたらどうなっていたかなど、今さら考えても仕方のないことだが。


「ドクは自分が負けるなどと微塵も思っていなかったのでしょう」


「どういうことだい?」


 ディアスの言葉に、マルコは振り返りもせずに聞いた。


「前回の遠征時は巧妙に隠されていた。今回、ドクは俺たちを皆殺しにしてそのまま戻るつもりだったので面倒なことはしなかったのでしょう」


「ありがたいことだ。ついでに電子ロックなんかも外していただければもっと嬉しかったんだけどねぇ!」


 マルコは額に汗を滲ませ、塩タブレットをばりばりと噛み砕きながらハッキングを続けた。


 皆が固唾を飲んで見守っていた。誰もが手出しが出来ない、マルコだけの戦いだ。


 よし、とマルコが呟き重厚なシヤッターが開かれる。見るからに頑丈そうで、象でも戦車でも問題なく乗れそうだ。


 アイザックがバイクに乗ったまま乗り込み、げえっと唸った。


「なんだこりゃ、地下だけで十二階もあるぞ!」


 この遺跡はひとフロア分がとにかく大きい。薄暗く瓦礫が散乱しており、中型ミュータントが徘徊しているかもしれない所をしらみ潰しに探すというのは現実的ではない。また、あまり時間を与えてしまってはドクが何をしでかすかもわからない。


 唸りながらどこを押せばよいのかと指先をぐるぐると回すアイザック。その横からマルコが手を伸ばして階数ボタンにスプレーを吹きかけた。


「なんでい、そりゃあ?」


「まあ、見てのお楽しみってね」


 数十秒もすると、指紋が白く浮かび上がってきた。よし、とマルコが頷く。


「地下階のなかで一番使用頻度が高いのは地下八階ということになるね」


「おお、すげえな! 博士が博士っぽいことするの初めて見たぜ!」


「……そりゃどうも」


 複雑な表情でエレベーターを降りるマルコ。入れ替わりにTD号改が乗り込み、徒歩のディアスとカーディルが入った。


「それでは、行ってきます」


 ディアスが背筋を伸ばして挨拶をすると、マルコも深く頷いて見せた。


「あまり、無理はしないようにね」


「武器を持たぬ人々の代わりに無理とか無茶をするのがハンターというものです」


「臆病こそがハンターの資質、というのが君の持論じゃなかったのかい?」


「困ったことに、双方ともに事実です」


 苦笑するディアスの肩に手を置いたカーディルがひょいと顔を出して、


「そもそも、私たちに無理を押し付けていた張本人はどこのどなたでしたっけ?」


「さあて、心当たりが毛ほども無いな」


「嘘が下手ですね。やっぱり政治家には向いていませんよ」


「それについては完全に同意するよ」


 そう言ってから三人で笑いあった。ほんの少しの間、不安も緊張も、使命も復讐も忘れた穏やかな時間が流れた。


 アイザックが階数ボタンを押すと唸りをあげてシャッターが閉まり、狩人たちを奈落へと送り出す。


 肌を焦がすような熱気のなか、マルコは悪寒に身震いした。


 分厚いシャッターが、自分と仲間たちとを隔てる冥界の門のように思えてならなかった。

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