第232話

「よっしゃあ! ざまあみやがれ!」


 マルコのテンションは最高潮、絶好調であった。


 ドクは最速で最短ルートを真っ直ぐに突き進んで来る。ならば進路上に地雷を撒いてやればどうかという策は見事に当たった。ドクが相手を見下してろくに注意もしていなかったことも大きいが、罠というものは単純なほど効果があるものだ。


(復讐が虚しいだけなどと誰が言った? 僕は今、最高に楽しいぞ。まあ、そこらへんは事情とか個人差があるのだろうな)


 ドクのために倒れていった仲間たちに対して誇らしさが湧いてきた。自分ひとりが生き残ったことに後ろめたさを感じていたが、全てはこの瞬間のためにあったのだと。


 この地雷は地面に置けば自動で回転し、浅い穴を空けて潜り込んで、砂をかぶってカムフラージュまでやってくれる優れものである。しかも登録した車両ならば通過しても爆発はしない。


 以前、整備班長ベンジャミンと共に開発したもののミュータント相手に使う機会は無いだろうとお蔵入りしていたものだ。


 当初、この地雷をトレーラーに積む予定ではなかった。直前になってベンジャミンの意志も一緒に連れていってやろうというマルコらしからぬセンチメンタルを発揮した結果であった。


 戦車は基本的に底部の装甲は厚くない。地雷に対する備えをしたくとも、そんなところまでガチガチに固めてしまえば重量が増えてまともに動けなくなる。なればこそ弱点と知りつつも優先度は下がってしまうものだ。故に、地雷は単純であるが有効な手段である。


 ……そのはずだった。


 晴れる土煙。光学カメラに映るのはピースメーカー健在という残酷な事実。十数秒前との違いは埃にまみれていることと、下からオイルのようなものが漏れていることだけだ。


「残念だったなあ、マルコ。手品はこれでおしまいか?」


 通信機から漏れる憎悪とあざけりの混じった声。生殺与奪の権を握った悪魔が舌なめずりしているようなイメージが頭に浮かぶ。


 必殺の一撃が直撃した。しかし、敵はこうして生きている。不死身の生物などあり得ないが、それに近い奴が目の前にいた。


 手詰まりだ。もう、どうすればよいのかわからない。


 このまま街まで追いかけっこを続けるなど、とても現実的ではない。


 悪魔は笑った。

 賢者は絶望した。

 そして、狩人は遠くから冷たい目で観察をしていた。




「カーディル。すまないが俺に命を預けてくれ」


「何よ、今さら」


 ディアスの沈痛な物言いに、カーディルはけらけらと笑って見せた。


 この状況を甘く見ているわけではない、カーディルがディアスのために命を賭けるなど、彼女の言葉通り当たり前のことであった。


 改まって言われたところで笑うしかない。


「そういう言い方をするってことは何かいい感じの作戦でも思い付いたんでしょう? 聞かせてよ」


「作戦と呼べるほどのものでもないが……」


 と、少しだけ迷ってから話を続けた。


「ドクが垂れ流している液体はオイルじゃない、血だ。乾いた土に吸われているのでわかりづらいが、相当な量が出ているようだ」


「深傷を負っているということね」


「今なら奴も動きが鈍っているかもしれない。そして、神経接続式に対する有効な戦い方がある」


 カーディルの記憶にも新しい、車体をぶつけ合うような超接近戦。敵はあの時よりもずっと強大だ。


 負傷して弱っているというのも確証はなく、希望的願望に過ぎない。


 しかしカーディルはにぃっと笑って見せた。


「賭ける価値はあるでしょ。少なくとも、ここでめそめそ泣いているよりはずっとマシ」


「そうだな、やるか」


「オーライ」


 打ち合わせと呼ぶにはあまりにも軽く短いやり取り。ふたりにはそれで十分であった。今さらくどくどと語ることなど何もない。


 23号はひとつの砲弾になったかのように勢いよく、真っ直ぐに飛び出した。目標はトレーラーを追うピースメーカー。


「いい加減、しつこいんだよ!」


 ピースメーカーは砲塔を180度旋回させ主砲を放つが、23号は回転しながらこれを回避、勢いを殺すことなく突撃を続けた。


 激突、そして両車輌に伝わる激しい衝撃。


 ディアスとカーディルは身構えていたので耐えることが出来たが、ドクにとっては未知の衝撃であり、一瞬だけ頭が真っ白になった。


(何だ、何が起きた!?)


 いつまでも呆けてはいられない。23号の主砲が向けられていることに気付くと、咄嗟とっさに体当たりを仕返して難を逃れた。


 徹甲弾がピースメーカーの装甲をかすめて飛び去って行く。あとほんの一瞬判断が遅れればピースメーカーに直撃していただろう。


 汗などかかぬ体から脂汗が滲み出るような奇妙な感覚を味わった。性能差という絶対安全圏、そのセーフティラインを奴らは越えてきたのだ。


 ドクは今抱いている感情が恐怖であるとは認めなかった。いや、理解出来なかったのだ。死を超越した身で恐怖を感じるなどあるはずがなかった。


「ふざけるなぁ!」


 怒りまかせに車体をぶつけて引き剥がし主砲を向けるが、意識の外側から飛来した対戦車榴弾が命中し爆発した。すぐに肉が盛り上がり破損箇所を修復するが、ドクは力がすっと抜けていくような感覚を味わっていた。


 2キロメートル先にもう一輛の戦車、TD号改だ。


「雑魚が、調子に乗りやがって!」


 あの戦車の動きは神経接続式ではなかったはずだ。ならば先に潰してやろうかと砲塔を向けるが、脇からの衝撃に妨害された。またしても23号の体当たりだ。


「死に損ないのアバズレが……ッ!」


「負け犬の遠吠えが耳に心地いいわね!」


 車体が大きく揺れる度に下部からバケツをひっくり返したような量の血が流れ出す。ピースメーカーと23号が格闘戦を繰り広げている場所はどす黒く染まっていた。


 パワーでも重量でも勝るピースメーカーが23号の体当たりに翻弄ほんろうされている。カーディルはただ正面からぶつかるのではなく、相手のバランスを崩すように的確に押しているのだった。


 それもドクには理解できない。そもそも戦車で超接近戦などというのが非常識だ。


 何度も攻撃を受け続け、その度に再生を繰り返した。装甲はほとんど剥がれ落ち、破片が肉塊にへばりついているといった有り様である。


 それはドクの執念であったか、このまま終わりはしなかった。タイミングを外して23号の体当たりをかわす。23号の履帯がずるりと滑った。


 超接近戦によりカーディルの疲労と緊張も限界に来ていたか、攻撃パターンが単調になっていたようだ。


(これで終わりだ、私の人生に転がった犬のクソが!)


 バランスを崩した23号、正面に叩き込まれる機銃と徹甲弾。接近戦を挑んだことが仇となった致命的な一撃、そのはずだった。


 ドクの誤算、それはミュータント戦車となったピースメーカーが血肉を失いすぎて体力が尽きていたことだ。吐き出す弾の勢いは落ち、23号の主砲を潰しガトリングガンを破壊し対空機銃も使用不能としたが、装甲を貫くことは出来なかった。


 23号損傷大なり、なれど健在。


「そんな、馬鹿な……」


 あまりにも理不尽。一体誰を呪えばよいのか、そんな迷いを抱くことすら許されなかった。


 剥き出しの肉へ同時に突き刺さる対戦車榴弾とロケット弾。その爆発はピースメーカーの前半分を消し飛ばし、主砲も機銃も熟れた果実のように落下した。


 ドクの本体が乾いた外気に晒される。正面に影、彼を見下ろす者がいた。23号の上に立ち、アサルトライフルを構えるディアスであった。


「運が悪かった、などと思われては困るな」


 確かに運の要素はあっただろう、だがそれだけではない。全力を尽くした、良き仲間に恵まれた。その積み重ねがこの結果を招いたのだ。


「ディアス、貴様さえ、貴様さえいなければ……ッ!」


 ドクの憎悪に満ちた瞳を真っ直ぐに見据えながら、ディアスは引き金を引いた。


 物言わぬ弾丸が次々とドクの顔を、体を貫き破壊する。鳴り止まぬ銃声と空薬莢の落下音だけが彼に捧げられる鎮魂歌レクイエム


 数秒後、そこにあるものは原形を留めぬ肉塊のみであった。

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